相続対策は多くの資産を持つ家族だけの話ではない

高齢化社会への対応が大きな課題となるなかで、成年後見制度と家族信託が注目されつつあるようだ。
これらの制度をどのように活用するべきなのか、主に不動産に関する相続対策の視点から考えてみたい。その内容は多岐にわたるため2回に分けてお伝えすることとし、まずは成年後見制度と家族信託が注目される社会的背景と基本的な予備知識について整理しておく。

相続対策が関心を集めるのは税金の問題だけでなく、国内で急速に進む高齢化や核家族化などがあるためだ。親世帯と子世帯が離れて暮らすことが一般的になり、成人した兄弟姉妹が国内に分散居住、あるいは家族のうち誰かが海外で暮らすことも珍しくない。相続時の年齢が高くなることで、相続人がそれぞれ独立したマイホームを所有しているケースも多い。

そのため、両親が亡くなって相続した家に誰も住まずに、空き家となるケースも増えている。国土交通省が2015年11月に公表した「空き家実態調査」の結果によれば、賃貸・売却用の住宅や二次的住宅などを除いた「その他の住宅」のうち、56.4%が相続により取得されたものだった。とくに1960年以前に建築された「その他の住宅」では、相続による取得が4分の3を超える。その多くが老朽空き家として放置された住宅だと考えられる。

その一方で、高齢化に伴う介護問題も課題となっている。兄弟姉妹が離れて暮らすことが多いなかで、老親の面倒をみる負担がそのうちの誰かに偏りがちだが、現代の相続制度においてその負担が正当に評価される仕組みとなっていないのだ。親の面倒をみた者とそうでない者との間で不公平感も生じやすいだろう。

2015年1月に相続税が強化されたこともあり、相続対策といえば多額の資産を持つ家族の「相続”税”対策」のイメージも強いが、税金のことよりも先にしっかりと考えておきたいのが「争族対策」である。2014年度の司法統計によれば「遺産分割事件のうち認容・調停成立件数(全家庭裁判所)」は遺産価額「1,000万円超5,000万円以下」の割合が最も多く、次いで「1,000万円以下」となっている。相続争いのうちおよそ4分の3を「ほとんど相続税が課税されることのない世帯」が占めている状況だ。

2014年度司法統計(裁判所)をもとに作成2014年度司法統計(裁判所)をもとに作成

認知症高齢者の増加はますます深刻に

2025年には「団塊の世代」がすべて75歳以上になるなど、超高齢化社会への対応はこれからの日本にとって避けることのできない大きな課題だが、それと同時に懸念されているのが認知症高齢者の増加である。認知症にかかる人の増加は日本特有の問題ではなく、世界各国でも同じ傾向のようだ。

厚生労働省が2015年1月に発表した「新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)」で示された将来予測によれば、2012年時点で約462万人とされた認知症の人の数が、2025年には約675万人となり、2040年には800万人を超えるとしている。

ただし、これは有病率が現在と同水準で推移した場合であり、生活習慣病(糖尿病)の影響を加味した認知症の推計では2025年が約730万人、2040年が約953万人に達する。2012年には高齢者(65歳以上)の7人に1人の割合だったが、2025年は5人に1人、2040年は4人に1人となる見通しなのだ。75歳以上、あるいは85歳以上の高齢者だけで考えれば、認知症の有病率はかなり高くなるだろう。

厚生労働省「新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)」をもとに作成厚生労働省「新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)」をもとに作成

成年後見制度のあらまし

明治時代から続いた「禁治産・準禁治産制度」に代わり、2000年4月に導入されたのが「成年後見制度」だ。これは認知症や精神的な障がいなどのために自分で判断をすることが難しかったり、自分の意思を伝えることができなかったりする場合に、本人の財産管理や法律行為を助ける人を家庭裁判所が選ぶ制度である。この場合、支援する人のことを「成年後見人」、支援を受ける人のことを「成年被後見人」という。

民法によって規定される「法定後見制度」とは、認知症になるなどした後に親族などが家庭裁判所へ申立てをして後見人を選任してもらうものだ。本人の判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3種類がある。申立者が選んだ候補者が家庭裁判所に認められるとはかぎらず、弁護士や司法書士など法律の専門家が選ばれることも多い。

広い意味での「成年後見制度」には任意後見契約法(任意後見契約に関する法律)で規定される「任意後見制度」も含まれる。ただし、根拠とする法律が異なるため「法定後見制度」と「任意後見制度」は異なる部分があることに注意が必要だ。

本人が判断能力を失う前の段階において、本人の意思で後見人の予定者を選んでおくものが「任意後見制度」であり、あらかじめ公証役場において「任意後見契約」を結んでおき、本人の判断能力が衰えた時点から後見人がその職務を開始する。

なお、法定後見の場合は家庭裁判所が後見人を監督するが、必要に応じて「後見監督人」を設置することになっている。それに対して任意後見の場合は「任意後見監督人」を選任して家庭裁判所に認めてもらうことが原則だ。いずれの場合でも、監督人は後見人が正しく職務を遂行しているかどうかをチェックすることになる。

また、法定後見人は本人がした法律行為の同意・取消ができるものの、任意後見人には取消権がなく、悪質な訪問販売で被害を受けたときなどに任意後見人はそれを回復することができないことも知っておきたい。

□ 成年後見人:判断能力が失われた人などを支援する人
□ 成年被後見人:判断能力を失うなどして、成年後見人の支援を受ける人
□ 法定後見制度:認知症などになった後に家庭裁判所が後見人を選任(後見、保佐、補助)
□ 任意後見制度:本人が判断能力を失う前に後見人の予定者を選んでおく
□ 後見監督人:必要に応じて家庭裁判所が設置する
□ 任意後見監督人:選任したうえで家庭裁判所に認めてもらうことが原則

家族信託における委託者、受託者、受益者など

委託者の意思能力があるうちに信託を始めることが必要委託者の意思能力があるうちに信託を始めることが必要

「信託」と聞いて多くの人がイメージするのは「信託銀行」や「投資信託」だろうか。しかし、改めて注目されつつあるのは「民事信託」だ。信託銀行など営利目的のものが「商事信託」であり、商売でないものが「民事信託」である。2007年9月に改正信託法が施行され、民事信託が比較的自由に設定できるようになった。

無報酬であれば信託業法の規制対象外となるほか、未成年者、成年被後見人、被保佐人でないかぎり原則として誰でも信託を引き受けることができる。そのうち家族間で行うものを「家族信託」と呼んでいるのだ。なお、「家族信託」は法律用語ではなく、あくまでも「民事信託」における一つのパターンである。

信託において財産を託す人(不動産などの所有者)が「委託者」であり、財産を託される人が「受託者」だ。そして、託された財産から利益を得る人は「受益者」となる。たとえば、夫が自ら所有する賃貸マンションを妻に託し、妻がその管理・運用をしたうえで、その利益を子に渡すケースで考えれば、夫が「委託者」、妻が「受託者」、子が「受益者」である。信託する財産は金銭に換算できるものであれば不動産、有価証券、動産、債権など何でもよく、もちろん現金でも構わない。

受託者や受益者を複数定めることもできるほか、委託者、受託者、受益者を別々にする必要もない。委託者と受益者が同じ場合を「自益信託」、委託者と受益者が異なる場合を「他益信託」と呼ぶ。また、委託者と受託者が同じ場合も認められ、これを「自己信託」という。なお、受託者と受益者が同じ場合は、その状態が1年続くと信託が終了するルールになっている。

さらに、親族2名以上で「一般社団法人」を設立し、この法人を家族信託の受託者にすることも可能である。この場合でも営利目的の「業」にならないため信託免許は不要だ。

いずれにしても、委託者の意思能力があるうちに信託を始めることが必要であり、委託者本人が受託者による資産の運用や管理を見届けることになるが、受託者が善管注意義務を守り忠実に役割を担っているかどうかをチェックするため、任意で「信託監督人」を置くこともできる。また、受益者が認知症で判断能力を失った場合などに備えて、あらかじめ任意で「受益者代理人」を定めておくこともでき、この場合は「受益者代理人」が受託者を監督することになる。

□ 委託者:財産を託す人(不動産などの所有者)
□ 受託者:財産を託される人
□ 受益者:託された財産から利益を得る人で「受益権」をもつ
□ 自益信託:委託者と受益者が同じ場合
□ 他益信託:委託者と受益者が異なる場合
□ 自己信託:委託者と受託者が同じ場合
□ 信託監督人:任意で設置する
□ 受益者代理人:任意で設置する

家族信託における不動産所有権の考え方

不動産を信託財産とするときに分かりづらいのは「所有権」の行方かもしれない。不動産を信託したときには、受託者の名義で「所有権移転」の登記がされる。だが、これは便宜上の形式的な手続きであり、受託者が所有権を得るわけではないのだ。その一方で、委託者は管理・処分権限など一定の権利を受託者に与えるため、通常の意味での所有権とは違う状態になる。

したがって、信託の場合は不動産における一般的な所有権の概念と切り離し、「独立した信託財産」として考えることが必要である。そして、信託財産をもとに「受益権」が生じ、この受益権が贈与や相続の対象にもなる。一定の期間を経て信託契約が終了したときには、残った財産の帰属先となる者が改めてその所有権を取得することになるのだ。

信託期間中は、所有権が「持つ権利」「運用する権利」「利益を得る権利」に分割されると考えれば少しは分かりやすくなるだろうか。
続いて、「【不動産の相続対策における家族信託と成年後見制度の活用②】〜実践ポイント編」をお届けする。

2016年 06月27日 11時05分