タワーマンションは、なぜ湾岸エリアに多いのだろうか

湾岸エリアにはタワーマンションが集中することも多い湾岸エリアにはタワーマンションが集中することも多い

一般的に「タワーマンション」と呼ばれることの多い超高層マンションだが、何階建て以上がこれに該当するのか、明確な定義はない。建築基準法第20条による構造耐力の規定をもとに「高さが60メートルを超えるマンション」とする場合もあるが、これだと18階建て程度でも該当するケースがあるだろう。株式会社不動産経済研究所では「20階建て以上」を超高層マンションとして集計したさまざまなデータを公表しているため、これに沿った分類がされることも多い。

首都圏におけるタワーマンションの第1号は1976年竣工の「与野ハウス」(21階建て)とされているが、高さが100メートルを超えたのは1989年竣工の「大川端リバーシティ21・リバーポイントタワー」(40階建て)が最初である。バブル期に建てられたこのタワーマンションは大いに注目されたが、90年代において高さが100メートルを超えるマンションは年間に1〜3棟程度が供給されるだけで、希少価値の高い存在だった。

その流れが大きく変わるきっかけとなったのが、1997年に導入された「高層住居誘導地区」の制度だ。これは居住者の都心回帰を促すことを念頭におき、容積率制限や斜線制限の緩和、日影規制の不適用などによって、タワーマンションが建てやすい内容となっている。超高層建築には用地の仕入れから計画立案、実際の建設工事が完了するまでかなりの年月がかかるため、実際にタワーマンションの竣工が目立って増えてきたのは2003年以降だが、その主な舞台となったのが湾岸エリアである。

比較的安い土地単価でまとまった区画の建設用地を仕入れることができるうえ、「高層住居誘導地区」の指定によって日影規制が適用されなくても、反対する地元居住者がもともと少ない湾岸エリアは、都心回帰を促進しようとする国の政策に合致する立地条件も備えていたのだ。

リーマン・ショックには耐えたタワーマンション

首都圏でタワーマンションの供給がピークだったのは、2005年および2006年あたりだろう。全体的に見れば数が少ないため、とくに高層階の希少性やステータス性が保たれ値崩れが起きにくいタワーマンションは人気を博していたものだ。しかし、東京を中心に2005年頃から始まった地価上昇によって、マンション価格への影響が徐々に出始めてきた。2007年から2008年にかけて販売価格が高騰するとともに、高い水準を維持していた契約率も急降下している。その一方で、2007年6月頃から顕在化し始めたアメリカのサブプライムローン問題に端を発して、日本の地価上昇にも急ブレーキが掛かっていた。

そのような状況の中で2008年9月に起きたのが、いわゆる「リーマン・ショック」だ。世界的な金融危機は日本の不動産市場にも大きな影響を及ぼし、新興マンションデベロッパーが少なからず倒産に追い込まれた。地価は暴落の様相を見せ、新築マンションも苦戦を余儀なくされた。ところが、湾岸タワーマンションは意外と早く立ち直っている。2009年は販売戸数が落込んだものの、価格低下による割安感もあって契約率は好調ラインを回復したのだ。経営不安の強い中小不動産会社の物件が敬遠され、大手の不動産会社が手掛けることの多いタワーマンションがその受け皿になった要因もあるだろう。2010年には販売戸数の増加とともに、価格は再び上昇傾向を強めていた。

そして2011年3月11日を迎えることになる。

東日本大震災で湾岸タワーマンションの販売は事実上ストップした

東日本大震災は首都圏にも大きな爪痕を残したが、浦安市など湾岸部を中心に広範囲で生じた液状化、さらに東北地方から関東北部にまで及んだ甚大な津波被害によって、湾岸のイメージは大きく変わった。首都圏の高層ビルで起きた長周期地震動の様子も繰返し流され、「タワーマンションは地震に弱い」「湾岸エリアは危ない」といった印象を持った消費者も多いだろう。計画停電による販売活動の自粛も重なり、湾岸タワーマンションの新規計画は凍結状態に陥った。すでに販売を始めていたマンションの一部では、大幅な値引きによる処分もあったようだ。

しかし、一戸建て住宅に比べてマンションでは全体的に地震による被害が少なかったことや、超低金利の住宅ローンによる需要喚起が続いていたこともあり、新築マンションのニーズそのものが大きく落込むことはなかった。湾岸エリアを避けた消費者は内陸部に注目し、東京都多摩エリアではしばらく高い契約率も続いた。ところが、もともとマンション供給が減少傾向にあったため、継続的に需要を取込むことはできなかった。

一方、新規供給がストップしていた湾岸エリアでは、震災半年後の9月頃から徐々に販売が再開された。湾岸立地を不安視する消費者に応えるため、それ以降のマンションでは建物内における防災機能や災害備蓄の大幅な向上が図られている。ハード面だけでなく、住民同士の防災対策といったソフト面を含めて従来よりも大きく改善されているだろう。震災の記憶が薄れたわけではないだろうが、2012年には再び増加傾向に転じ、一部には即日完売する湾岸タワーマンションも表れ始めた。ただし、同じ湾岸エリアでも立地によって売行きが異なり、価格も上昇傾向と下落傾向とが入り交じる状況で一概に論じることはできない。

東京五輪で再び注目が集まる湾岸タワーマンション

2013年9月8日(日本時間)には、2020年五輪の東京開催が決定した。その直後から湾岸エリアのモデルルームへの来場者が急増したという。五輪本番はこれからまだ6年半後のことだが、競技会場が多く設置される東京湾岸エリアは次第に活気あふれる街になっていくことだろう。湾岸エリアだけで1万戸を超える新規タワーマンションの計画もあるようだ。

供給戸数が多いために、利便性がとくに優れた物件を除けば販売価格は抑えられるという予測も強いようだが、五輪開催決定前から地価は上昇へ転じているほか、このところ人手不足による人件費の高騰、建設資材の値上がりなども大きな懸念材料となっている。湾岸エリアへの注目が続けば、利便性の違いにはあまり関わりなく、販売価格が次第に上昇していくことも考えられるだろう。とくに2013年以降に仕入れられた土地で事業化されるケースが増える2015年あたりからは十分に注意したい。

五輪に向けた盛り上がりを期待するだけでなく、その後のことをしっかりと考えたいものだ。街なみや商業施設の整備も進んでいくだろうが、マンションの時間軸で考えれば、五輪はほんの一瞬で終わり、建物はずっと長く存在し続ける。五輪から先も持続可能な街づくりがされるのかどうかが重要だ。まだまだ開発余地が十分にあるとされる湾岸エリアだが、五輪に合わせてタワーマンションの建設ラッシュが続けば、いずれは供給過剰となることもあるだろう。同じ湾岸エリア内でも、立地条件や将来性がそれぞれ大きく異なることを忘れてはならない。

さまざまな要因に翻弄される湾岸タワーマンションだが、しっかりと先を見据えながら検討したいものだ。