10年で2倍。強いニーズに対し、変わらぬ「精神疾患=入居困難」という壁

株式会社武田ブリーズ代表取締役・伊藤信貴氏(左)と福島学院大学講師・志村敬親氏(右)株式会社武田ブリーズ代表取締役・伊藤信貴氏(左)と福島学院大学講師・志村敬親氏(右)

福祉サービスの利用に関わる「障害者手帳」のなかでも、特に精神障害者保健福祉手帳の交付数が近年大きく増加している。発達障害やうつ病などの診断の増加に加え、就労支援などの障害福祉サービスの利用の広がりを背景に、交付数は10年で約2倍に増加。2025年時点で、精神科の外来患者数は約600万人と推計されており、その数は高血圧症患者を上回るほどだ。

今や身近な病気といえる精神疾患だが、地域移行が本格化した2004年以降、生活基盤となる住宅の確保が難しい状況はあまり変わっていない。LIFULL HOME’Sが運営するFRIENDLY DOORサポートデスクに寄せられる相談も、精神疾患・精神障害をバックグラウンドに持つ方が多い。

「精神障害があることで部屋が借りられない」──この課題に取り組んだ、NPO法人に所属するソーシャルワーカーと地場の不動産会社営業がいた。まったく異なる分野の二人が連携し、いかにして当事者の住まい確保に尽力してきたのか。そのきっかけと背景を、福島学院大学講師の志村敬親氏と株式会社武田ブリーズ代表取締役の伊藤信貴氏に、当時を振り返り語っていただいた。

「家を紹介できないのはなぜ?」プロとしての素朴な疑問を生んだ、中野区での運命的な出会い

専門知識をつけようとは思わず「わからないことはプロに任せよう」と志村氏を頼りにしていたそう。そのスタンスが信頼関係を育む一因になったともいえる専門知識をつけようとは思わず「わからないことはプロに任せよう」と志村氏を頼りにしていたそう。そのスタンスが信頼関係を育む一因になったともいえる

伊藤氏と志村氏が出会ったのは、2008年の中野区のある町だった。
伊藤氏は、不動産業の研鑽を積むべく売買領域から新たに賃貸領域に強い不動産会社に転職した1年目。一方の志村氏は、精神障害がある方が利用する地域生活支援センターに職員として勤めだしたところだった。志村氏が、支援の一環で当事者の住宅探しに苦戦して、事業所の目と鼻の先にあった伊藤氏の勤める不動産会社に飛び込んだことが、ファーストコンタクトだった。

伊藤氏:「その当時は、精神障害に関する知識はゼロ。『そういうのもあるんだ』程度でした。時代的には障害者より高齢者への仲介が大変だった記憶があります。“なぜ家を紹介できないのだろう”という純粋な疑問から、志村さんにいろいろと聞くようになりました。すぐに相談できる環境は本当に恵まれていました」

志村氏:「不動産会社の方と話をしていると、日々の業務のなかで経験する入居者とのトラブルの記憶と、メディア等を通じて社会的に形成されてきた精神障害のイメージとが重なり、“精神障害”という言葉が『トラブルを起こす人』というイメージと結びついて受け止められてしまう状況があるようでした。精神障害という言葉だけが一人歩きして借りられないなか、伊藤さんは『精神障害ってなんですか?』と質問してくれたのです」

誰もやっていないからこそ、精神障害のある方の仲介は「きちんと対応すれば商機になる」と感じた伊藤氏。物理的な距離の近さもあり、疑問の解消や提案のため、志村氏の勤める支援センターへと頻繁に通うようになる。

伊藤氏:「通ううちに、志村さんだけでなくほかの支援スタッフの方とも仲良くなれました。交流を通して、病状の表現を支援者の方々から学び、大家さんへの営業トークに入れて契約に結びついたこともありましたね」

他社が断る層を「独自の強み」へ。成約率を高めたさまざまな取組み

志村氏は支援者として不動産会社を何社も回るも、門前払いをせずに話を聞いてくれたのは伊藤氏が初めてだったという志村氏は支援者として不動産会社を何社も回るも、門前払いをせずに話を聞いてくれたのは伊藤氏が初めてだったという

こうして交流と信頼関係を結んできた二人は、つながりを地場不動産会社のネットワークに広げていく。
伊藤氏は、不動産会社仲間を巻き込んだ飲み会に志村氏ら支援者を呼び、ひざを突き合わせて語り合った。会合を重ねるにつれ、精神障害への先入観を見直した不動産関係者も増え始める。精神障害に理解を示した地場不動産会社を、伊藤氏と支援者が巡るツアーを開催するなどして、相互関係を築いていった。

当事者とのやり取りも、伊藤氏は意欲的に進めていた。入居希望者への相談のほか、不動産賃貸に関するリテラシーを上げる講座も開催。講座では、「室内で喫煙をするとこれだけ壁紙が汚れる」「汚すと修繕にいくらかかるか」「審査の電話はどう受けるか」を事前にレクチャーしたという。時には交流からのつながりで、リフォーム会社や他社不動産会社社員を呼んで講話をしてもらったこともあったそうだ。

志村氏:「最初こそ、スーツを着た人が事業所にいることで『あの人誰?』と違和感があったのが、だんだん伊藤さんも場の雰囲気になじんできたのが印象的でした。伊藤さんが事業所に来てくれたことで、利用者にもいい刺激になったし、相談もしやすかったと思います」

入居希望の当事者との面談で作成したヒアリングシートには、本人の同意のうえ、支援者から得た支援内容や本人の病状なども付箋で細かに記入し、会社スタッフ間で共有していた。そうして得た情報は、契約先となる大家へも障害名を伝えるだけでなく、「週に◯回、支援者が入るので、一般の学生より安心です」とポジティブな情報として提案していた。

結果、2桁以上の成約を達成。他社が断る層をターゲットにしたことで、独自の強みとなっていった。

精神疾患の「オープン/クローズ」問題。どう向き合うべきか?

精神疾患の「オープン/クローズ」問題。どう向き合うべきか?

契約申し込み時に障害を告知すべきか否か。入居査定に響くのではと、言わないでおいたほうがよいのではと思う当事者もいるだろう。この問題に対して、伊藤氏は「本人の自由」というスタンスだ。

伊藤氏:「支援者がどう伝えているかまではわかりませんが、物件が決まるなら開示するという方もいれば、開示したくない方もいます」

この視点に立てたのは、過去に仲介した生活保護を利用した精神障害のある方との出来事からだ。
代理納付であることから家賃滞納のリスクはクリアできる旨を大家に伝え、精神障害があることは伏せて話を持ちかけた。大家から「なぜ他の物件を当たらなかったのか」と聞かれ、正義感から“精神障害は隠すことではない”と感じていた伊藤氏は、障害があることを伝えた。すると「誰でもいいと言ったが、精神障害は…」と話が流れてしまったのだ。

伊藤氏:「当時はネガティブに捉える人も多く、認識のズレがありました。以降、オープンにしないほうがよい場合は当事者と支援者にきちんと伝えつつ、本人に任せます。ただ、もしクローズにしても、トラブルが起きたり、訪問介護が週に何回か来ていたりしたら、障害があることはおのずとわかってしまう。隠して住み続けていることでストレスがたまって嫌になってしまうのであれば、先に言ったほうがいいのではと思います」

志村氏:「不動産会社に伝えるかどうかは、支援の立場から言うと、それによってわれわれ支援者にできることが変わってくるということなのです。オープンにすれば不動産会社への同行訪問や、内見や契約の同席など、基本的に一緒に動く形になります。クローズならば、ご本人が不動産会社へ一人で行き、戻ってきてから相談にのるバックヤード支援になります」

物件を探す前の事前のヒアリングでは、伊藤氏は当事者・支援スタッフ両者立ち合いにおいても、必ず本人の顔を見て、本人の口から聞き取ることにしているとのこと。本人ではなく、支援スタッフが先回りするように伊藤氏の質問に答えることが過去にあったからだ。

伊藤氏:「精神障害のあるお客さまの仲介に不動産会社がどこまでやるかは、営業マン次第・会社次第かもしれません。要は、人を好きになることができるかどうかなのだと思います。私がここまでやれたのは、好奇心が旺盛だからかもしれません」

どうつながる? どう動く? 伊藤氏が提唱する不動産×福祉の「アウトリーチ」営業

障害があろうと、一顧客として変わらぬ対応を心がけている伊藤氏。「お客様からの感謝の気持ちを糧に仕事をしていると思います」と語る障害があろうと、一顧客として変わらぬ対応を心がけている伊藤氏。「お客様からの感謝の気持ちを糧に仕事をしていると思います」と語る

まったく分野が異なる不動産業界と福祉。居住支援協議会が全国区になったことで接点が増えたとはいえるが、協働できるほどの距離感を構築するのはそう簡単にはいかないだろう。
不動産会社が精神障害の支援者とつながるにはどうしたらよいだろうか。

伊藤氏:「元付け物件を、近隣不動産会社に営業するのと同様に、福祉事業所へも持っていくといいですよね。そうすれば、不動産会社は物件の紹介ができて、支援者側も話ができる。マッチングの機会はさらにそこから広がってくるのではと私は思っています」

在籍した3年間で精神障害のある人への仲介実績を生んできた伊藤氏。物件の紹介は、金額では5万~6万円台でアプローチしていたそうだ。不動産会社の利益単価は低くなるが、それでも10件、20件と成約件数が増えれば利益として十分になるといえる。

伊藤氏:「不動産会社同士の飲み会の席でも『伊藤さん、稼げているの?』とよく聞かれましたが、そう聞いてくるのは彼らに成功体験がなかったからなのです。説明をすると『じゃあ一回、お試しでやってみたい』という方も出てきて、不動産会社と福祉の両ネットワークが急速につながりました」

先述したとおり、“精神障害”という言葉にはネガティブなイメージがいまだ根強くある。精神障害のある方への仲介に及び腰になる不動産会社の方へアドバイスをお願いした。

伊藤氏:「まずは、やってみてください。なかには、取り組んだ結果、嫌なことがありトラウマになっている不動産会社もあるかと思います。それでももう一度やってほしい。原因となった出来事の背景には、当事者との会話や支援スタッフとの情報共有がうまくいっていなかった、お客さまと思っていない、といったことがあったのではないでしょうか。少し目線を落とし、ゆっくり接することで、何か変化があるかもしれません」

一つでも多くの「タッグ」が生まれることを願って。居住支援の未来を切り開くために

「引越しをしたい人の希望をかなえる」という同一のゴールに向けて伴走する様子はチームと言っても過言ではない「引越しをしたい人の希望をかなえる」という同一のゴールに向けて伴走する様子はチームと言っても過言ではない

「結局、大家さんとの関係という点では、僕らは利害が一致するんですよね。だから協力をすれば、もっともっと部屋が見つかるはずなんです」──そう志村氏は語る。出会いから20年近くを経て、勤務する場所が互いに変わってもなお、揺るぎない信頼関係を築き連携した経験があってこそ出る言葉だ。横でうなずく伊藤氏からも、自分が正しいと思えるビジネスを貫いてきた信念が感じられる。

安定した居住を確保することは、精神障害のある人の回復と大家の安定経営の両立を生む。福祉とタッグを組む不動産会社が増えることに期待したい。

今回お話を伺った方

今回お話を伺った方

伊藤信貴(いとう・のぶたか)(写真・左)
1978年生まれ。大学卒業後、百貨店に就職したのち不動産業界へ転身。不動産会社数社で売買・賃貸・管理等の研鑽を積む。その後独立。実父の退職に伴い家業を継ぐ形で株式会社武田ブリーズに入社。現在は代表取締役として、福祉を含めた幅広い不動産業に従事する。

志村敬親(しむら・よしちか)(写真・右)
1976年生まれ。福島学院大学福祉学部福祉心理学科講師。ソーシャルワーカーとして都内で主に精神障害のある人の地域生活支援に従事し、現在は福島学院大学にて、ソーシャルワークを基盤とした居住福祉をテーマに研究を行うとともに、社会福祉専門職の育成にも努めている。近著に『住む権利とマイノリティ 住まいの不平等を考える』(青弓社刊)などがある。

■株式会社武田ブリーズ
https://www.takedabreeze.com/
■「住まいは人権」を当たり前に。精神障害、中高年シングル女性、住宅確保要配慮者の住まいの問題をめぐる『住む権利とマイノリティ』出版記念座談会
https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_01345/

■「障害者」の表記について
FRIENDLY DOORでは、障害者の方からのヒアリングを行う中で、「自身が持つ障害により社会参加の制限等を受けているので、『障がい者』とにごすのでなく、『障害者』と表記してほしい」という要望をいただきました。当事者の方々の思いに寄り添うとともに、当事者の方の社会参加を阻むさまざまな障害に真摯に向き合い、解決していくことを目指して、「障害者」という表記を使用しています。