空き地に森をつくる
代々木八幡駅北口にある地蔵商店街。その裏手にある敷地面積約124m2ほどの土地に、小さな緑地スペースがある。ここは「Comoris」という森をシェアするスペースだ。小田急線代々木八幡駅から徒歩4分、代々木上原駅・東京メトロ代々木公園駅から徒歩5分と各線からのアクセスも良好な駅前の一角である。
Comorisは、都市に散在する空き地や遊休地などのスペースを小さな森に転換し、都市のグリーンインフラを増やそうとする試みだ。
空き地や遊休地はその活用が限られており、悩ましい。駐車場や資材置き場などもしばしばあり、無味乾燥な風景になっている。
せっかくならば、活用の難しい土地をシェアサービスの仕組みを活用しながら都市の森(アーバンフォレスト)として運用できれば、不動産の価値はそのままに、周囲の環境的な価値を高めることができるのではないだろうか。
このComorisを運営するのはComoris DAO合同会社の南部隆一さん、小田木確郎さん、渡辺英暁さん。この土地の所有者は隣地に住んでいる。以前は空き地になっていたという。不法投棄などが繰り返され、所有者としても管理に悩んでいた時に、Comorisのメンバーが「この空き地で森を作りたい」と相談したところ快諾。
敷地内は、みんなで決めた上である程度のゾーニングがされている。ベンチやタープが張られたスペースにはテーブルやベンチが並ぶ。ここでは休息や食事などをする。その向かいのスペースには畑や植林コーナーがあり、会員がそれぞれ作物や植物を育てる。食用植物もあり、実が成長した際には分けあって食べるのかもしれない。さらに今後は小さな池も作り、ビオトープとする予定だ。
都市の暮らしをネイチャーポジティブに
活動が始まったのが今から6年前、2019(令和元)年のことだった。共同代表である小田木さんと南部さんは、Comorisが生まれるきっかけとなったプロジェクト「ACTANT FOREST」にて山梨県の北杜市で森を育て、維持する活動をしていた。一方の渡辺さんは、「新しい公園」をコンセプトに地域の人が出資者となって創造的に維持・発展していく都市のコモンズを計画していた。
3人に共通してあった想いは、都市圏で体感できない自然本来の創造性を取り戻したいということ。たしかに、キャンプ場や森などに行けば自然に触れることができる。ただもっと都市圏、つまりご近所で自然環境に触れることが大事なのではと考えていた。
渡辺さんは「今の30〜40代は、まだ日常の暮らしの一部に自然があったのではないでしょうか。道ばたに咲く草花、野草、一戸建ての庭にある豊かな果樹など。生態系が残っていて、体感として学べる環境でした。ところが現代の都市圏は建物の高層化、密集化により緑や生態系が失われてしまいました。ここで生きる子どもたちは、私たちにとって当たり前だったことを実感できないのです。だからこそ、Comorisをきっかけに大人は懐かしい日々を思い出し、子どもは新たに体感し、都市の暮らしを、よりネイチャーポジティブなものに変えていく場にしたかったんです」と話す。
小田木さんと南部さん、渡辺さんは互いにアプローチは違っていたものの、「同じ方向を見つめている」と感じたため、互いに手を組み「シェアフォレスト」という形式でサービスを始めた。
2022年(令和4)には、Comorisの基本構想が「WIRED COMMON GROUND CHALLENGE」というアワードでグランプリを受賞。翌2023(令和5)年には、小さな森を育てるキット「Comoris BLOCK」を開発し、六本木のデザインミュージアム「21_21 DESIGN SIGHT」にてインスタレーション作品として展示されて手応えを掴み、2024(令和6)年から実地にて取組みを開始した。
賛同してくれる土地オーナーの力を借りて
当初は現在とは別の場所、代々木上原の空き地でスタート。不動産サイトを通じて、3名共同で空き地を借り上げた。2024年5月から半年間、まずは小さく実証実験を行った。
「空き地に植樹・森をつくる」と聞くとオーナーは驚きそうなものだが、こうした取り組みに理解がある人と出会い、無事に賃貸借が可能に。
オーナーは「せっかく空き地を貸すなら独自の視点でアップデートして使ってくれる方に出会えたら」と思っていたそうだ。おかげで土地は土壌の改善など手を加えることを許可されていた。
シェア型コミュニティにするため利用者は公募をした。SNSなどを通じて募集したところ、約30名の応募があったという。その中から選ばれた会員10名と、運営メンバー、リサーチパートナーと共に活動を始めた。会員は、会員費用を払い、NFT(非代替性トークン:所有権付きデジタルデータ)のメンバーシップ(≒森の使用権)を買ってもらう。会員になると森を利用できる他、育成に関わることができる。
さらに、メンバーには運営の意思決定にも関われる権限を付与したNFTが発行されていた。ただ利用するだけではなく、森を維持管理するために、自主的に活動や運営に関わることができるという訳だ。もちろんその関わり方はそれぞれ濃淡あるため、自身が思う形で関われる。
Comorisが実際に始動すると、メンバーで話し合いをし、土壌の改善を行ったり、パートナー企業とここでサステナブルな製品開発の実験をしたりと、空き地が少しずつ森として成長しはじめた。
お金を払ってでも関わりたい積極的な人が集まる
代々木上原の土地は、2024(令和6)年2月の賃貸借期間満了を経て、徒歩5分ほどのもう少し大きな土地へと引越した。それが先に記述した、代々木八幡駅至近の土地だ。
「代々木上原の土地は、近所の人たちに活用されることで地域のコミュニティが可視化されたり、新しいつながりが生まれていました。訪れる方には『近くに憩いの場があって嬉しい』『森にしてくれてありがとう』『半年で終わってしまうのはもったいない』と言ってくださる方も。こうしたつながりや会話の中で、商店会の方から新たな土地を紹介いただいて、移転することになりました」と渡辺さんは話す。
現在のエリアでは会員メンバーが30名ほどいる。当初は22名でスタートしようと募集したが、40名の応募があり驚いたそうだ。会員の月額は大人9,000円、学生が5,000円。つまりこれがNFTを購入する費用ということだ。一見難しそうなNFTだが、この仕組みを面白がってくれる人が応募してくれた。会費は、森の植物購入費や堆肥の購入費、そのほか資材の代金などに充てている。
会員の2〜3割が近所の人だが、それ以外は別のエリアに住んでいる人である。中には地方に居住しながら通っている人もいるという。
年代は20代〜40代が中心。会員の一人である男性は港区に居住。「自宅の近くでは気軽に土いじりをすることができない。せいぜいベランダ園芸程度。ここだと何をしてもいいし、失敗をしても良い。誰の目も気にせず好きなだけ土や植物に触れられるのが嬉しい」と話した。自身の子どもとひとしきり作業をし、1時間程度で帰宅していった。
取材中も大人や子どもが入れ替わり立ち替わりやってくる。基本的に活動時期は決まっているが、会員は出入りが自由だ。各々のタイミングでやってくる。とはいえ、一斉に会員全員が来るわけではないので、顔を知らない人もいる。ところが子どもたちは「初めまして」でも土いじりや水遊びに夢中。気づいたら仲間になっている。
「今はこういうふれあいの機会が日常にありません。配慮された関係で、見知らぬ人同士で遊ぶ楽しみも減っていますが、ここにくると未知の出会いがある。だから子どもはいつも喜んでついてきます」と渡辺さんは話す。
NFTは今後水やりやイベント企画の対価にもなるComoris内専用の通貨として使用するほか、将来的には企業や個人向けにメンバーシップの売買もできるよう構想している。
DAOを導入しパッケージ化 首都圏各地に森を増やす
NFT制度に加えて、2024(令和6)年10月からComorisでは組織運営のスタイルとしてDAO型の仕組みを取り入れた。DAOとは日本語にすると「分散型自律組織」と訳される。中央集権的な管理者が存在せず、ブロックチェーンを基盤に世界中の人々が協力して運営する組織形態のことである。
株式会社のように株主に決定権がある組織とは異なり、DAOはフラットな組織構造を持ち、参加者全員が平等に意思決定に参加できる点が特徴だ。つまり、代表である3名も組織を運営する仮窓口としての立場にはなっているが、会員メンバーと意思決定の面において対等の立場ではある。
このブロックチェーンの仕組みは、世界中の人が参画できるように開放もできるが、現在は一定数のものしか参加できないよう仕組みの範囲は限定しているという。しかし、いずれは世界中の、この仕組みに共感する人たちが参加できるようにしていきたいそうだ。
DAO型組織の運営にしたのは、仕組みをパッケージ化して、誰でも自ら暮らす土地で「小さな森」を展開できるようにしたいからだ。実際にこのDAOの仕組みに興味を持ち「将来的には故郷で森を運営したい」という会員もいるという。
誰でも簡単にComorisが立ち上げられるようなDAO型の運営パッケージとして展開し、都心はもとより、国内の空き地の数々に、自律的なComoris多拠点展開を目指していく。
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