国立市の市民協働型農園「くにたち農園の会」とは
国立市と言えば、国立駅前から碁盤の目状に広がる落ち着いた街並みを思い浮かべる方が多いかもしれない。しかし、南武線・谷保駅を南に下ると、雰囲気は一変する。新興住宅地の一角に昔からの田んぼや畑が残っているのだ。
その田んぼや畑を活用した市民の取り組みが「くにたち農園の会」だ。先日、Airbnbが世界160以上の非営利団体(日本では4団体)に総額850万ドルを超える寄付金を提供したと発表したが、その「コミュニティ基金」に、この活動も選ばれている。
敷地に入ると子どもたちがたくさんいて、大きな声で楽しそうに走り回っている。馬やヤギ、烏骨鶏等の動物もいて、見ている方も楽しくなってくる。今回は、くにたち農園の会・理事長の武藤芳暉さんに取り組みについて話をうかがった。
「くにたち農園の会」は、国立市・農家・市民によって、市民協働型農園として立ち上がったという。もともとは市が主導して立ち上げたが、現在はNPO法人として独立し、市民が主体となって農業や教育活動を展開している。
農園の基本コンセプトは「農のある暮らしを身近に」で、単なる農作業の場にとどまらず、地域コミュニティの拠点としての機能を持つ。親子での農業体験や食育プログラムを提供し、都市部ではなかなか味わえない自然とのふれあいの場を創出している。
また国立市内には、くにたち農園の会が運営する農泊ゲストハウスや古民家レンタルスペース、さらにはこども園もあり、こうした拠点をベースに多様な活動へと発展している。
くにたち農園の会の活動拠点のひとつである「くにたちはたけんぼ」には、年間のべ7000名以上が訪れる。烏骨鶏やウサギ、ヤギなどの動物を飼育しているほか、竹のアスレチックや土管などの遊具も設置されている。さらに、農園を流れる府中用水にはカエルや魚、ザリガニなどの生き物が生息し、農業と子どもたちの学びの場の両方を支えている。
くにたち農園の会の成り立ち— 行政主体から市民主体の団体へ
「くにたち農園の会」は、2012年に「農業・農地を活かしたまちづくり事業」として代表の地主農家と国立市を中心に始められた。子どもたちを含む世代間交流や農業従事者と一般市民との地域交流など、農地の多面的活用モデルとして運営していくことを予定していた。
しかし、開園直後に地主の逝去により移転を余儀なくされるという困難に直面。市の協力のもと、新たな農地を確保し、現在の場所へ移転することとなった。その過程で、市が主導する形から、地域住民が主体となって運営する市民協働型農園へと変化していった。
2016年にはNPO法人化を果たし、さらに独立性を強化。活動の幅を広げ、現在では「認定こども園」の運営や地域コミュニティの支援など、多様な事業を展開するようになった。
武藤さんによると、当時、「こんなことをしたら面白いよね」と誰かが発言すると、「じゃあ、みんなでやってみよう」というように、チャレンジ精神が豊富な人が多く集まっていたことで、活動領域が広がっていったそうだ。さらに、参加者からスタッフになった人も多い。初期メンバーの武藤さんは、くにたち農園の会に初めて来たときは大学を休学中だったが、活動を通して自身のやりがいや楽しさを感じたため、大学に復帰して卒業後もくにたち農園の会に関わり続けた。そして法人立ち上げ時より役員として従事し、昨年度より理事長になったという。
市民の手で育てられたこの農園は、今では地域社会にとって欠かせない存在となっている。
農園でたくましく育つ子どもたち
「くにたち農園の会」の活動の中で、特に注目されるのが、子どもたちの成長への影響である。農園での体験を通じて、子どもたちはたくましく育ち、自らの意志を持つ力を養っていく。
例えば、農作業では土に触れたり、収穫の喜びを味わったりすることで、自然への理解が深まる。さらに、整備されていない畑で走り回ることで、バランス感覚や体幹が鍛えられ、転びにくくなるという変化も見られる。実際に、農園に通うようになってから転びにくくなった、という声も多い。
また、子どもたち同士の関わりも成長に大きく寄与する。農園での遊びを通じてコミュニケーション能力が育まれ、自分の考えを伝える力や協調性が養われる。特に、農園で育った子どもが成長し、大学生になりスタッフとして戻ってくる例もあり、活動が次の世代へと受け継がれていることを武藤さんは実感するという。
近隣の東京学芸大学の大学院生がこの活動に着目し、子どもの発達と農業体験の関係性を研究している他、他大学との連携や学生たちもボランティアとして関わっている。
「フリースクールはたけんぼ」に「旅するがっこう」。畑や屋外活動を通じた居場所事業
子どもたちのための多様な活動の一つが、フリースクールの役割を果たす居場所事業だ。
「フリースペースはたけんぼ」では、水路探検や動物のお世話、クラフト制作、農作業の手伝いなどの多彩なプログラムを通じて、子どもたちの自主性や創造性を育んでいる。また、「旅するがっこう」では、国立の身近な自然から飛び出し、各地の豊かな自然をフィールドに多様な体験を提供している。
近年、学校に通うことが難しい子どもたちや、オルタナティブな教育を求める親が増えている。そんな中で、田畑という開かれた空間は、子どもたちが自然体で過ごせる貴重な居場所となっている。農作業や動物とのふれあいを通じて、子どもたちはのびのびと学び、成長できる環境が整っている。
また毎年6月第1週の土曜日に「くにたちどろまみれ」を開催していて、150名前後の方が参加するイベントがあって親子に人気だそうだ。田植え前の田んぼで、泥綱引きや泥ぞりレース、泥リレー、泥フラッグ(ビーチフラッグの泥版)など、全身どろんこになって遊ぶイベントに、大人も子どももどろんこになりながら夢中になり、世代を超えた交流の場となっている。
新たな価値を目指して
子どもたちの育ちに大きく寄与するくにたち農園の会。今後運営していくうえでの課題や展望を聞いた。
くにたち農園の会が取り組むべき課題の一つに、農地の確保があるという。現在の農地は地主の厚意で維持されているが、相続などによる農地転換のリスクがある。今後は、土地の確保策を検討し、持続可能な運営体制を築く必要がある。
さらに、都市部への発信を強化し、農業の魅力を広く伝えることも重要な目標だと武藤さん。農産物の販売なども視野に入れる中で、農業の価値をより多くの人に届けることが求められている。
「都市化が進む中で、地域に開かれた農園としての役割をさらに強化したい。市民が主体となって新たな価値を生み出せる場を目指していく」と展望を語った。
くにたち農園の会は、地域の人々が自主的に運営し、進化し続けるユニークな農園として、今後も注目されそうだ。
公開日:














