相続課題を解決する「不動産終活支援機構」が高校生に授業を実施

今、日本で社会問題化している空き家や登記未了不動産。この問題が生まれる端緒のひとつが、相続にある。相続によって不動産の名義人となった当人の不動産知識の不足や、一般人と業界の専門家との間にある情報の非対称性が、放置され空き家となる不動産の根本的な原因だともいわれる。

そこで、若い世代に不動産知識や相続登記を知ってもらうことで、空き家などの不動産に関する課題を解決していこうという考えから、岩手県花巻市にある花巻東高校で、不動産をテーマに授業が行われた。高校生にとっても、家や土地は生活の基盤であり身近な存在であるが、それを学校で知識として学ぶことはなかったのではないだろうか。今回、先生と協力し授業を実施したのが、一般社団法人不動産終活支援機構だ。

不動産終活支援機構は、不動産相続後にトラブルが起きないように「不動産の終活」に取り組む、2019年に設立された団体だ。

代表理事の齊藤正志さんは、「今、社会で問題になっている空き家や登記未了不動産を生む原因は、所有者が生前にしっかりと対処していないためだと考えます。所有者が亡くなってから相続人同士で話し合いをしようとしても、なかなか結論が出なくてトラブル化しているのが現状です」と語る。

具体的には、不動産相続に関しての知識や情報提供などの啓蒙活動、相続登記や税務などのサポート、そして、不動産終活に関して幅広い情報提供やきめ細かなサービスの実施を目指すため、企業や専門家のネットワーク化を行う。2025年2月現在で、岩手、宮城、石川ほか全国で77の会員が属する。団体では、不動産終活に求められる知識を持つ人材を増やすことを目的に「不動産終活アドバイザー」 「不動産終活士」「認定不動産終活士」という認定資格制度も運営している。

花巻東高校での不動産授業風景。冒頭挨拶する斎藤代表(提供:不動産終活支援機構)花巻東高校での不動産授業風景。冒頭挨拶する斎藤代表(提供:不動産終活支援機構)

若いうちに不動産の基礎知識を。代表の授業にかける思いとは

不動産の「終活」に取り組む不動産終活機構。終活世代をサポートしていくのが主な事業内容となるが、なぜ今回高校生を対象に授業を行うことになったのだろうか。

「民法が変わって、18歳から成人の仲間入りとなりました。つまり、高校在学中に成人になります。進学や就職で初めて一人暮らしをするとき、物件を借りて、賃貸借契約を交わすこともあるでしょう。そのときにまったく知識がない状態だと、後にさまざまなトラブルが起きる原因になります。
社会に出て家庭を築いていく時に、マイホームを建てたり、親から不動産を相続したりする場合でも、不動産の基礎的な知識というのは身につけておくべきじゃないかということで 今回授業を実施することにしました 」(齊藤さん)

不動産というと、法律や金融など、難しい話が伴うため高校生にとっては難しそうな印象を受けるが、高校生にいちばん伝えたいのは、そこではないとも齊藤さんは語る。

「不動産のトラブルを回避するために、基本的な知識は必要ですが、それ以上に道徳観や倫理観が重要で、そこが欠けているとトラブルを生む原因にもなります。高校生にとって、不動産は法律知識など難しい面もあるように思うかもしれません。しかし、標準的な道徳感覚を持っていれば、契約という一見難しい行為もスムーズに進められるのではないでしょうか。知ってほしいのは不動産の知識以上にそういった道徳心や倫理観です。例えば空き家問題では、手入れのされていない庭や倒壊しそうな家屋によって他人に迷惑をかけてしまうということに対する配慮があれば、放置されるという状況が起こらないのではないかと思うのです。他人に迷惑をかけても平気であるというような大人にはなってほしくないと思います」(齊藤さん)

不動産教育を通じて、大人として大切なことを身につけてほしい。教育の現場で代表をはじめとする団体関係者の、若い高校生に伝えたいそんな思いが実現した授業だった。

「高校生のための不動産」と題した授業で生徒が学び取ったこと

実際に花巻東高校ではどんな授業が行われたのか紹介しよう。
授業の講師を務めたのは、花巻東高校のOBでもある同機構の山田隼弥さん。教材は、不動産終活支援機構がオリジナルで作成したという。

授業で使用されたオリジナルの教材を見せてもらった。「高校生のための不動産」とタイトルがついた29ページのカラーテキストだ。高校生にも親しみやすく、イラストをふんだんに使っている。「将来どんなマイホームに住みたいですか?」という問いかけから始まった授業は、大きく分けて以下のような内容が盛り込まれた。

・不動産の種類や特性
・賃貸、売買、注文住宅購入のプロセス
・不動産業に関する資格や仕事内容
・不動産所有者・貸主の責任

時折、生徒たちにも質問を投げかけながら行われた授業。資格や仕事内容といった、将来のキャリア形成にもつながるような内容は高校生ならではだろう。

実際に授業で使用された教材を一部抜粋。高校生でもわかりやすいような内容となっている(提供:不動産終活支援機構)実際に授業で使用された教材を一部抜粋。高校生でもわかりやすいような内容となっている(提供:不動産終活支援機構)

授業を聞いた生徒たちの反応など、授業を終えての印象を山田さんに聞いた。

「50分間の授業で感じたのは、みんな思ったより不動産に関心があるのだなということです。『将来自分たちが家を建てるときに、一戸建てがいいのかマンションがいいのか』というテーマでの生徒さん同士のディスカッションは、かなり盛り上がりました。生徒さんから挙げられた質問には『不動産の価格が上がっている状況の中、自分の住む家の値段は将来も上がるものなのですか』といったものもあり、自分たちの時代に比べると得られる情報量が多く、不動産に関する知識も非常にレベルが高いと感じました」(山田さん)

実際に授業で使用された教材を一部抜粋。高校生でもわかりやすいような内容となっている(提供:不動産終活支援機構)興味深く授業を聞く花巻東高校の生徒たち(提供:不動産終活支援機構)

大人になったとき、不動産が幸せを紡ぐ装置になるように

今回の授業を終えて、齊藤さんが高校生たちに期待することを聞いた。

「先生を務めた山田さんから話があったように、今は高校生のまわりに不動産に関する情報が多くあります。授業を契機に興味を持つことができれば、もっといろんなことを吸収できると思います。私たちが50分の授業で伝えられたことはほんのわずかなこと。その中でひとつでも興味を持ち、それを掘り下げていってもらえれば、授業の目的を達成できたのではないでしょうか。例えば授業の中で司法書士という名前を初めて聞き興味を持った生徒さんがいれば、どんな仕事をしているのか、どんどん情報を集め掘り下げていってもらえばいいなと思います」(齊藤さん)

今回の授業のゴールは、ひとつは大人として成長する高校生たちが、将来、家庭をもってマイホームを建てる、あるいは相続によって住宅を取得するときに、身につけた知識で困らないようにすること。もうひとつは、自分自身の進路の選択肢として、不動産のさまざまな専門的な仕事というものに興味を持ち、自分で情報を集めて興味を広げていってもらうこと。若い人財の不動産業界への入り口となれば、業界全体としてもその意義は大きい。

今日本では、国民が健全な金融リテラシーを身につけるためには、子ども時代からの教育の重要性が語られている。不動産分野も同様だ。成人として社会に出ていく前に、生活の基盤である不動産に関する知識を身につけることは、大きな意味を持つ。齊藤さんは、これからも不動産授業の可能性を探り、中学生も参加できるようにしていきたいと話す。

花巻東高校で初めて実施された「不動産授業」。授業に込められた齊藤さんの思いは、日本の将来を支える若者たちへのエールのように感じた。

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