高齢者をめぐる賃貸の借りづらさ。大家はどう考える?
今やおよそ3人に1人が65歳となり、高齢化が進んでいる日本。「健康寿命」や「アクティブシニア」といった言葉の認知が広がり、シニア層が今後地域の支え手として社会的に活躍することを期待され、政府による骨組みづくりも進められている。
しかし、高齢者をめぐる一般的な賃貸に関しては、民間会社の見守りサービスなどは増えつつあるものの、高齢化のスピードに即しているとは言い難い。
高齢者が部屋を借りにくい理由の一端は、貸主側が感じる不安要素にある。不安要素とは、加齢によって生じる健康面や経済面の減退による賃料の未払い、そして入居者が亡くなった際の対処といったリスクへの懸念だ。高齢者が入居申し込みをしても、入居審査が通らないことで、部屋探しに難航するケースはいまだ多い。
そのような中、老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)とは異なる、「高齢者向きアパート」を提唱する物件オーナーがいる。
高齢者向きアパートとは、アパートのオーナーと地域の福祉が連携して見守ることで、高齢者が一人暮らしをする上での健康リスクなどを低減できる一般賃貸住宅のことである。
この手法の提唱者であり、介護事業を運営する傍ら、自身もアパート経営を行う赤尾 宣幸氏に話を伺った。
高齢者向き≠高齢者用 多世代が住める仕組み
赤尾氏は現在、アパート2棟16室と区分所有7室を経営する“大家さん”だ。氏の提唱する高齢者向きアパートとは、どういった特色があるのだろうか。
「高齢者向きアパートは、高齢者が入居する際に、高齢者が安全に暮らせる最低限のリフォームを施し、介護事業者と連携して入居者を見守るものです。その分を賃料に上乗せすることもありますが、高齢者専用にカスタマイズされた賃貸物件ではありません。
必要最低限のリフォームとは、入居者の状況に合わせてトイレや玄関に手すりをつける、室内の段差にシールを貼付して視覚的にわかりやすくする、といったことです。火災被害を減らすために、IHコンロ、エアコン、音声タイプの煙感知器などを取り入れます」(赤尾氏)
高齢者入居時以外は特に何かするわけではなく、“高齢者入居を拒まない”というスタンスの不動産経営だという。
「物件を購入する際も、不動産投資ローンではなく、社会貢献事業の事業融資として資金を補うことができています。高齢者が老人ホームに入ることなく、自立した生活ができることで、医療費と介護費を軽減することがひいては社会の役に立つ、と評価していただいてのことです。
入居する高齢者にとっても、老人ホームやサ高住の入居に毎月20万円以上費やすより、介護サービスを使って月10万円程度の生活費で済めば、浮いた分をご自身やお孫さんに回すこともできるので、皆が豊かになれるのではと考えています」
しかし、高齢者の単身暮らしのリスクヘッジは欠かせない。設備ではなく介護事業者との連携というのが高齢者向きアパートの肝でもある。
「デイサービスや介護タクシー事業を通じて、高齢者の健康な住まいにはどんなヘルプが必要かを考えたときに、“介護事業者との連携“へと行きつきました。
デイサービスでは健康をチェックし、必要なときは受診を勧めます。これによりお部屋で亡くなるリスクが激減します。また、週に2回の介護サービスをご利用であれば、早期発見ができるので孤独死は激減します。亡くなった場合は、介護事業者は家族に連絡をします」
高齢者入居で生じる問題を仕組みで解決しやすくする、それが高齢者向きアパートの大きな特徴である。
バリアフリーではなく「バリアありー」
高齢者向きアパートの特徴のひとつに「段差の明瞭化」と挙げているが、高齢者向きにするのであれば、フラットにして転倒のリスクや身体への負担を軽減するほうがよいように思うだろう。しかし、赤尾氏は高齢者のバリアフリー住宅推進に関して異なる考えを持っている。
「私の運営するデイサービスの利用者の方で、⽼⼈ホームに入居した3ヶ⽉後、一人で立っていることが困難になってしまった方がいました。というのも、歩くのは自室と食堂の間だけでエレベーターで移動。施設外に出ることもなく、1⽇中”テレビと会話”する…そんな生活を繰り返していたからなのです」
酒に酔って自宅で転ぶことが多かったものの骨折することはなかった、デイサービスのある利用者。しかし、バリアフリーの病院内で転倒して骨折。そのまま寝たきりになって帰らぬ人になってしまったこと。
介護タクシーを使った外出サービスで、日常的にバリアフリーに慣れていたことが災いし、外出先で段差への警戒心が薄く転倒しそうになった老人ホーム入居者。
介護事業者としてバリアフリー化の弊害ともいえる悲しい事例を多く目の当たりにしてきた赤尾氏が、高齢者向きアパートで着目したのがバリアの重要性である。
「転倒の恐怖を味わい、身体の衰えを感じながら、日々段差で足を上げることで体を鍛えていくことができ、健康に配慮した暮らしができる。そうした環境を私はバリアフリーになぞらえて『バリアありー』と呼んでいます。
バリアフリーは転ばないことを前提に造られているが、倒れるとそのまま固いコンクリートの床にぶつかって粉砕骨折に至る場合もあります。けれども、アパートの居室内であれば、廊下も広くなく壁などが支えになるうえ倒れても床は木や畳ですから、それほど大ごとにはなりません」
あえて段差はそのままに“バリアありー”とした高齢者向きアパート。高齢者の入居にあたりかかる費用を尋ねると、DIYだと手すり・段差の明瞭化で数千円、見守り用に電子錠にするのであれば3万円、IHコンロは1万円程度だという。あまり大仰でない設備に、高齢者に限定しない、いわば入居者の住みやすさや自由度の高さも確保されている様子がうかがえる。
近年、筋肉量が減少した人は認知症リスクが高い傾向にあるという研究結果も出ている。買い出しや洗濯、掃除といった日常生活で培ってきた運動量が認知機能の低下防止の面でも役立つのは想像に難くない。
「あんしん居住制度」「モデル契約条項」によって円滑に
高齢者の入居を拒まないとはいえ、認知症を発症していたり、車いすユーザーであったりといった状況では、入居に二の足を踏みそうなものだが、赤尾氏は「入居は特に制限していない」と語る。
「一人暮らしができるかの判断は、介護事業者、いわゆるケアマネジャーの判断に委ねています。要支援1でも徘徊や火気の扱いがルーズになるのは危ないですし、要介護5でも一人暮らしをされている方はいます。要介護認定はあくまで判断材料のひとつで、“介護度が重い=ダメ”ではないと考えます。個別の状況を見ることが重要ですね。
大家側が入居条件に挙げるとすれば、最近施行された『残置物の処理等に関するモデル契約条項』を取り入れて契約してもらうことでしょうか。大家仲間と現在その運用を試しています」
“残置物の処理等に関するモデル契約条項(以下、モデル契約条項)”とは、単身高齢者の入居の円滑化を目的に、国土交通省と法務省が協力し2021年に策定、公表したものである。
基本的に賃貸借契約において入居者が亡くなった場合、賃貸借契約と居室内の所有物も相続される。つまり、単⾝の⾼齢者が死亡し、親族と連絡がつかない場合、大家である賃貸人は勝手に契約を解除したり残置物を廃棄したりすることができない。そのため、賃貸人は時間と労力をかけて相続人を探し出さねばならず、高齢者が敬遠される一因となっているのだ。
そこで、賃貸物件で60歳以上の単身高齢入居者が亡くなった場合、あらかじめ決めていた人と大家の間で契約を解除でき、残置物を円滑に処理できるよう締結する「モデル契約条項」が策定された。
「モデル契約条項に加え、孤独死も心配なのであれば、大家負担でドリンクなどの定期宅配サービスを週2回プレゼントすることで、亡くなって4日以内の発見が可能になります。特殊清掃の事業者によると、4日以内の発見であれば夏でも特殊清掃に至らないケースが多いそうです」
大家側はこまめな見守りができ、入居者も大家からの心遣いを受け取り、双方にうれしいアイデアだ。
ただ、気になるのは、契約更新を続けていくうちに入居者が高齢者になる場合だ。基本的に一度結ばれた住居の契約は改定されることは稀で、気が付いたら65歳を過ぎていたというシチュエーションも少なくない。
「大阪府にある文化住宅の大家さんと取り組んでいる事例ですが、『65歳になるし、引き続き長く住んでもらいたいので契約書を書き換えたい。お礼に手すりを付け、乳酸菌飲料の宅配を週2回プレゼントするので』とモデル契約条項を適用し、受任者(法律行為などの事務処理の委託を受ける者)は遺品整理会社や葬儀会社を指定する形で進めています。
東京都で運⽤されている『あんしん居住制度』のような⾼齢者向けの制度や、保険も併せて検討しています。そうすれば亡くなった後の費用が補填できる可能性があります」
⾚尾⽒のモデル契約条項+⾒守り+保険の合わせ技の運⽤⽅法は、国⼟交通省でも高齢者の受け入れのリスクを回避できる策として期待されている。
入居者・大家ともに制度を活用することで、高齢者入居のリスクヘッジをし、居住空間の確保・不動産経営の双方の安定が見込めるだろう。
高齢者の入居リスクは回避できる。高齢者を受け入れる大家を応援したい
持ち家を除く高齢者の住まいでは、老人ホームやサ高住が主流となりつつある。このような現状に対して、赤尾氏は、まだ自分でできることまでやってしまう過剰なサービスによって生じる介護のコストアップや身体の弱体化に加え、“高齢者専用”住居の建築物としての課題も感じているという。
「あと20年で高齢者数はピークを迎えるといわれています。専用施設を今どんどん建てたところで、20年後には余ってくるでしょう。専用に造られた施設は転用が難しく、空き建物が増えるのではと懸念しています。
今ある築古の空き物件をうまく活かして、20年後に建て替えをする、といった使い方のほうが無駄は少ないと思うのです」
大家同士のつながりを通じて、各地で実証を行いつつ高齢者向きアパートの良さを広めている赤尾氏。氏の今後の展望について伺った。
「⾼齢者だからといって恐れる必要はないです。高齢者だからこそできるリスクヘッジもあります。『困っている人たちにもっと部屋を貸そうよ!』と大家や管理会社に働きかけていきたいです。
また、大家側のそうした意識改革を進めることで、公的補助に頼らなくても、自分の物件を有効に活用したうえで、高齢者の住宅に関する問題が解決でき、大家冥利も味わえると思います」
インタビューの中で赤尾氏は、「自身の目で見たい景色があり、その場所へ自分で歩いて行きたいという高齢者もいるんです」と介護事業者の視点で高齢者の暮らしと尊厳についても触れていた。
“もう60を超えたから”“要介護だから”と、漠然としたイメージが高齢者個人を見る目をかすませてはいないだろうか。
老いも若きも、人にはそれぞれ暮らしへの理想があり、それを支える情報がある。個々を見る目と暮らしを整える情報と理解が、大家側にも広がりつつあるようだ。
今回お話を伺った方
赤尾宣幸(あかお・のぶゆき)
1960年福岡県生まれ、福岡県宗像市在住。企業人として働く傍ら、1993年自己所有マンションを賃貸にして賃貸経営開始。2002年に妻の夢実現のためにデイサービスを立ち上げ、翌年に長年勤めた企業を退社し、介護事業に専念。2007年に介護タクシーを、2009年に高齢者向きアパートを開業する。2018年『多世代居住で利回り30%! 高齢者向きアパート経営法』を上梓。健美家にて不動産投資コラムを連載するほかFacebook内でDIYを楽しむ会、高齢者向きアパートの会等を主宰し、不動産オーナーへの情報発信にも注力している。
■高齢者向きアパートの会(Facebook)
https://www.facebook.com/groups/209829366287629/
【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」や「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。
公開日:
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