高齢者をめぐる賃貸事情

人生100年時代。「子どもの世話にはまだなりたくない」「生涯現役!」と、さまざまなことに意欲的で自立した生活を送る65歳以上のシニア世代が、「アクティブシニア」と呼ばれているのを聞いたことはないだろうか。アクティブシニアは2020年時点で、高齢者人口の24.6%を占める889万人いるという(株式会社日本SPセンター/シニアマーケティング研究室の調べ)。2030年には高齢者の約8割は介護不要で自立的に暮らしている、という予測データが総務省から発表されている。
しかし、住まいの確保の問題は深刻で、高齢者は40代、50代までのように賃貸物件を借りることが難しいというのが実情のようだ。
そこで高齢者に特化した賃貸物件の仲介を行うR65不動産の代表・山本遼さんに、高齢者をめぐる賃貸事情と、今後の展望についてお話を伺った。

65歳以上の高齢者の入居に特化した不動産仲介会社「R65不動産」

――R65不動産を立ち上げるきっかけとなった出来事が、以前お勤めだった不動産会社で80代の女性のお客様がお部屋を借りられなかったことだった、と伺いました。「R65」と65歳以上に特化した経緯を教えてください。

憲法では高齢者を65歳以上と定義しているからなんです。高齢者向けの不動産会社なので、社名についてはそこから着想を得ました。ただ、立ち上げた2015年当時はご紹介できる物件がほぼゼロで大変でした。今でこそ、シニア向け特集を組んでいる不動産紹介サイトなども出てきましたが、今ほど見守りサービスなどもありませんし、どこへ行っても高齢者の顧客に対する知識や技術が構築されていなかったので苦労しました。
まだまだブラッシュアップしている最中ではありますが、不動産会社として、大家さん・管理会社・お客様の中心に立って全体をまとめ、個別対応をしながら長年ノウハウを固めています。最近になってようやく、どう対応するかを運用しつつ、他の不動産会社さんにもそれをお伝えできるようになりました。

高齢者に特化した賃貸物件の仲介を行うR65不動産高齢者に特化した賃貸物件の仲介を行うR65不動産

いろんなタイプがある高齢者の住まい 賃貸物件を借りづらい理由

――高齢者に向けた住宅というと、サ高住なども含まれますが、R65不動産ではどのような物件を取扱っているのでしょうか?

R65不動産で扱っているのは、普通の賃貸住宅です。ご来店いただくお客様も、サ高住のような手厚いサービスより、自由度の高い通常の賃貸住宅を求める方が多い気がします。

――自由度の高い通常の賃貸住宅を求める方が多いというのは、昨今増えているというアクティブシニアの方々の思考とリンクするように感じました。

R65不動産を利用されるお客様は、元気なご高齢者が比較的多い印象があります。過去に仕事をバリバリやっていた方などは特にその傾向が強いと感じます。
社会的な背景としては、健康寿命の延伸により、この四半世紀の間に退職後の期間が5年以上も伸びているともいわれます。まだ元気で健康なときに、介護施設や老人ホームへ入居したいとは思わない方が多くいらっしゃるので、賃貸需要は伸びているように感じます。

――住まいの形態についてですが、65歳以上というとバブルの恩恵もあって持ち家の方も多いイメージがあります。高齢者の方で、賃貸住宅を借りていらっしゃる方の現状を教えてください。

確かに高齢者全体を見れば、持ち家が多いですね。一戸建てや分譲マンションといった持ち家にお住まいの方が賃貸住宅に移られる場合、家の老朽化、階段の上り下りがつらい、子どもの近くに住みたい、といった理由で住み替えを検討されるケースがあります。
一方、そもそもずっと賃貸暮らしというご高齢の方が、現在全高齢者の約13%、400万人ぐらいいるといわれています。そういう方も、先ほどと同様に建物の老朽化や階段の上り下りがつらいという理由から、借り換えをされる場合があります。R65不動産にご来店いただくお客様の比率では、こうした賃貸住まいからの借り換えを希望される方が多いです。

――そうした高齢者のお客様が直面する住まい探し。大変ということですが、具体的にどんなことが大変なのでしょうか。

高齢者の方のお部屋探しで一番大変なのは、ご高齢の方を受け入れる物件が少ないことですね。「最近になって増えてきたんじゃない?」なんて声をいただきますが、それでもまだ地域によってバラつきがあります。
また、大家さんは貸したいと言っていても不動産会社さんが貸せなかったり、不動産会社が取り入れている見守りサービスが入居者さんに合わなかったり、「高齢の方OK」と謳っているけれど実際に行ってみたらダメだったり……といったこともあります。
「不動産会社がお世話できるのであれば、高齢の方でもいいですよ」という大家さんは、かなりいらっしゃいます。ただ、孤独死や認知症の対応をすることもある不動産会社側の負担が大きくて、受け入れができないとお断りされることがあるのです。

持ち家のある高齢者も多いが、建物の老朽化などにより賃貸への住み替えを検討するケースがある持ち家のある高齢者も多いが、建物の老朽化などにより賃貸への住み替えを検討するケースがある

不安感を可視化したことで大家側にも意識の変化が

――立ち上げから6年経過して、当初と変わったと感じることはありますか?

不動産会社の意識が変わってきたと思います。それと、ご連絡をくださる大家さんの数が増えました。そうした点で、今は以前と比較して借りやすくなってきているのかな、とは感じています。
大家さんからのお問合せも、かつては空室に困っている方や、志のある大家さんからの「入居者を募りたい」というご連絡だけでした。ですが最近では、R65不動産の見守りサービスや保険の実績、これまで仲介してきた実績、いろいろなパートナーさんと協力して管理体制が整っている様子を見て、「お願いしたい」とお声をかけていただくことがあります。

これまで高齢者のお客様が敬遠されてきた理由に、貸主側のメリットが見えなかったことが挙げられます。デメリットもとても見えにくいものでした。その両方がクリアになっていないがゆえに不安に思われていた方が多かったと思います。
ご高齢の方に物件を貸すメリットは、たとえば1階の部屋でも借りてくれる、入居年数が10年くらいと長い、といったことが挙げられます。デメリットでいうと、認知症、孤独死のことが考えられますが、R65不動産ではこの分かりにくい情報を整備してお伝えするようにしています。

現在、取扱い物件数は2,000件を超えました。今は、自社のノウハウを他の不動産会社にお伝えして、その不動産会社からも大家さんの募集等を行って開拓していけるようになっているので、徐々に数が増えてきています。エリアによっては、「不動産ポータルサイトに掲載するより入居者が決まりやすい」と言われることもあります。
ただ、物件の数はまだまだ足りていないと思っています。認知が少ないエリアもあるため、全国を網羅するには時間はかかるかなと思っていますね。

――ということは、今は不動産業界の中でも「高齢者の方でも積極的に仲介しよう」という動きが出てきているんですね。お話を伺っていると、大家さんの動きが能動的になっているようにも感じます。価値観が変わってきているのでしょうか。

そうですね。時代の変容で入居者さんの価値観も、管理会社さんの価値観も変わってきています。新たな価値観が固まるまでに3~5年かかるのではと考えていて、今はちょうど過渡期に来ている気がします。
大家さんも、今までは町の不動産会社に任せて終わり、という方が多かったと思うのですが、最近は借りたい人に積極的にアプローチしている方が多いと感じます。今は空き家問題が取りざたされることも多く、工夫しないと埋まらない物件が出てきているのも事実です。そんな背景もあって、能動的な大家さんが増えている印象ですね。
R65不動産も物件を取り扱わせていただく際は、高齢者の方に貸すメリットとデメリットの両方をお伝えしていて、その上で「貸したいです」と言っていただくことも増えたように思います。

時代の変容で入居者さんの価値観も、管理会社さんの価値観も変わってきているという時代の変容で入居者さんの価値観も、管理会社さんの価値観も変わってきているという

住む人の意向が一番大切。部屋を借りたい高齢者の子どもたちが気をつけておくこと

――親が賃貸住宅を借りるとなったときに、子どもが気をつけておくことなどはあるでしょうか。

子ども世代は、自分の年齢では住まいを自由に借りられるので、親世代でも多くの選択肢があると思いがちです。高齢の方々が家を借りづらいことが浸透していないと感じます。
お子さんが代わりに問合わせをするケースもあると思いますが、一番大切なのは、住むご本人から直接不動産会社にお問合せいただくことですね。特に、高齢者の方の対応方法を分かっている不動産会社ならば、本人がこだわりたいと思っているところや希望を直接不動産会社に伝えることや、管理会社にご本人が連絡をすることが大事だと思っています。

あとは、ご高齢の方はなかなかお部屋が見つかりにくいので、「早く決めなよ」などと強く言わないことです。住まい選びはとても重要なので、決めるまでには時間を要します。ですから、急かさないということもお願いしたいです。

高齢者の住まい選びは焦らせないことが重要高齢者の住まい選びは焦らせないことが重要

今後増える賃貸ニーズに対して山本さんが思うこと

――「元気な高齢者の賃貸需要は伸びている」と先ほど触れていらっしゃいましたが、今後のニーズについてどんなことをお考えでしょうか。

高齢者の賃貸需要は増えており、今後も増加すると考えています。
サ高住のような、サービスが充実している代わりに賃料が高いといった住まいもあります。ただ、住宅ストックの観点では賃貸住宅の管理戸数の方が圧倒的に多く、賃貸住宅を活用せざるを得ない側面もあるかと思います。

――ニーズが増えることを踏まえ、これからの高齢者の賃貸住宅にどんな課題があると思いますか?

認知症への対応ですね。認知症になられると、場合によっては他の方に迷惑をかけてしまう可能性もあります。徘徊などのリスクを考えて、貸せないと判断される大家さんもいらっしゃいます。認知症の問題はとても難しいのですが、クリアするためにどうしたらいいのか、地方の不動産会社と協力して、今実証実験を行っているところです。認知症になると人の手を借りながらでないとできないことも多いので、その人手をどうするか、居住者のできることとできないことの差にどう対応するのか、などを考えています。

――山本さんの思い描く、高齢者の住まい環境に関する将来のビジョンをお聞かせください。

高齢者が主体的に住まいを選べるような世の中になるのが一番いいですね。今の高齢者の住まいは、QOL(Quality of Life)が低いんです。「物件、これしかないですね」と言わざるを得ないほど、選択肢が少ない。お客様の希望に応えられるくらいに物件数を増やしていきたいと思っています。
また、これはほかの不動産会社と一緒に頑張っているところなんですが、ただ貸せる物件を増やすのではなく、先に挙げたような高齢者の方向けの管理体制を整えたうえで貸せるようにしていきたいなと思っています。そのノウハウをさらに充実させていき、それを共有できるパートナー会社さんも増やしていきたいですね。

「高齢者が部屋を借りづらいのはなぜか」という気づきから6年、山本さんは不動産会社の立場から問題解決に取り組んでいる。借りたいと来店するお客様の要望は一人一人異なり、そのニーズ一つひとつに向き合って、大家さんや管理会社の間を取り持っているという。フォローできる方法が分かれば、デメリットよりもメリットが際立つ、そんな印象も受けた。
老いは誰にでも起こること。それをポジティブに受け止め、最期まで自分らしく暮らせるという価値観が一般に広まれば、さらに山本さんの望む選択肢のある環境になるのではないだろうか。あなたが65歳になるまであと何年だろうか。高齢者の住まい、当事者として考えてみたい。

※本記事の内容は、LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL note 2021年11月5日 掲載当時のものです。

お話を聞いた方

お話を聞いた方

山本 遼(やまもと・りょう)
1990年生まれ、広島県出身。2012年愛媛大学卒業後、同年愛媛県内の不動産会社に就職。前職にて全社トップの営業成績を残し、東京拠点の立ち上げに参画。その後、2016年に株式会社R65(R65不動産)を設立。65歳以上のお部屋探し専門の不動産会社として、年間300件以上の物件仲介を支援。『ガイアの夜明け』ほか多数のメディアに出演。シェアハウス13棟や日替わり店長のスナックも運営。

▼R65不動産 https://r65.info/

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