「工業県広島」をイノベーションで活性化する広島県知事・湯崎英彦氏

2023年、コロナが5類になり、広島サミットが開催され、国内外からの観光客であふれる広島は、自動車産業が支える工業県でもある。
一方で、工業県である広島に不足しているのは新産業であり、この点を打開することにより、女性/若者に選ばれる広島にならなければならない、というのが県内の共通認識になりつつある。この課題に自らの起業経験も踏まえて積極的に取り組んでいるのが湯崎英彦知事である。イクボス宣言、育児休暇の取得などで知られる湯崎知事は、元通産官僚にして元起業家という異色の経歴を持つ。

2018年4月には、知事肝いりの施策として新産業創出のために県内外から起業家とアイディアを募るひろしまサンドボックスを創設。当初3年で10億円を投じる、という県としては異例の力の入れようである。2019年に内閣府がスタートアップ・エコシステム拠点都市を選定した際にも、広島県は札幌・北海道や仙台、北九州と並ぶ推進拠点都市に選定されている。

広島県内を中心に、地域の活性化を研究する2023年度・松本武洋ゼミのメンバーは、ひろしまサンドボックスに着目し、具体的な採用企業へのヒアリングも行っている。今回はそのひとりである有田茉由が記事を執筆した。

湯崎英彦(ゆざき・ひでひこ) /1965年広島市生まれ。東京大学法学部卒業(1990年3月)通商産業省入省(1990年4月)通産省退官後、株式会社アッカ・ネットワークス設立、同社代表取締役副社長(2000年)広島県知事に就任(2009年11月)。写真は定例記者会見で「人口流出報道」について見解を語る湯崎知事湯崎英彦(ゆざき・ひでひこ) /1965年広島市生まれ。東京大学法学部卒業(1990年3月)通商産業省入省(1990年4月)通産省退官後、株式会社アッカ・ネットワークス設立、同社代表取締役副社長(2000年)広島県知事に就任(2009年11月)。写真は定例記者会見で「人口流出報道」について見解を語る湯崎知事

二十歳の頃は、どんな思い出が印象に残っていますか-「アメフトで鼻の骨を折ってしまったことです。あれは痛かった」

「20歳になりたての頃は浪人中でした。翌年の4月には大学生になれたらいいなと思っていましたね。4月からは東京で一人暮らしを始めて、慣れない生活を送っていました。僕は環境の変化に強いと思っていましたが、外の街灯が明るくて眠れないなど、東京での生活に適応するのに一生懸命で、ストレスを感じていました。

大学に入ってからの印象的な思い出は、アメフト部で、4年生の時に鼻を折られたことですね。鼻の硬骨が折れているわけですから鼻の中にラジオペンチのようなものを入れて肉の上からぎゅっと握るんですよ。そして、それをそのまま持ち上げて固定するんです。それが死にそうなくらい痛かった。両方の鼻の穴に物凄い分厚さの綿の束を詰めてね。それ以来今でも鼻が少し変なんですよ。他には、部活の友人とグルメツアーに行こう!とか言ってラーメン屋を巡ったり、吉野家に夜中に行ったりしていました。かなり充実した学生生活でしたが、もっといろんなところに旅行すればよかったなという後悔はあります。

部活が忙しくて、夏は合宿で休みが10日くらいしかなかったし、冬はオフシーズンだけれど、1月になると試験があるので試験の準備をしないといけなくて、自由な時間がかなり少なかったですね。とはいっても、社会人よりは圧倒的に時間があるのでいろんなところに行けばよかったと思います。それと、やっぱり旅行するにはお金がかかるじゃないですか。でも、お金もないから旅行もできないですよね。そういうジレンマがありました。だからもっとバイトもして、旅行もして充実させたかったなと思います」

アメリカンフットボール部時代(写真右が湯崎氏)アメリカンフットボール部時代(写真右が湯崎氏)

どのような学生時代でしたか-「とにかくアメフト部の活動やバイトに一生懸命でした」

「大学生の頃はとにかく部活やバイトに一生懸命で、あまり将来のことを深く考える余裕がありませんでしたが、4年生を目前にして将来について考え始めました。
外国に興味があったので、国際的なことに関わりたいと思っていたり、法学部だったので司法試験や公務員試験も受けてみようか、と思ったりしていました。その中でも、国際的な要素もあり、社会のために役に立てる職業に就きたいという気持ちが強かったので、そういったことを踏まえて将来について考えました。
 
もともと、中学生の頃はテニスを、高校生の頃はバスケットボールをやっていましたが、大学ではアメフト部に入りました。いろんなスポーツに挑戦してきたのですが、大学4年間はアメフトをちゃんと続けようと思って4年間やり遂げました。体格的にも恵まれている方ではなかったし、運動神経も特別良いというわけでもなかったので大変でしたが、部員数が少なかったというのもあって副キャプテンをしていました。
なかなか思い通りにいかなかったですが、最後まで頑張っていましたね。継続することや難しいことを最後までやり遂げた経験は今も生きています」

知事の語り口はマイルド知事の語り口はマイルド

起業した経験はどのように役立っていますか-「経営面でも、インパクトのある仕事をやる、という意味でも、役に立っています」

「起業した経験は、政策を考えるという面でも、行政をマネジメントするという面でもすごく役に立っています。それこそ、現在取り組んでいるひろしまサンドボックスでもインパクトを作って、思い切ったことをするということに生きていると感じますね。

ソフトバンクの孫さんとはかつては同業の競合他社で、孫さんの大胆な投資に感銘を受けていましたので、大いに参考にしています。ひろしまサンドボックスでは、インパクトのある予算が必要だと考えました。県庁では1億円の予算というのは相当大きいのですが、1億だと社会にはあまりインパクトがないので予算を10億円にしました。本当は100億円くらいにしたかったですが、さすがにそれは厳しい。また、スタートアップ支援を始め、イノベーションの重要性というものも起業の経験から学びました」

起業家時代の湯崎氏起業家時代の湯崎氏

“ひろしまサンドボックス”の狙いは-「ものづくりのイノベーションを起こしていきたい」

「広島はものづくりが強いのですが、ITの集積が弱いです。僕は会社でIT通信をしていて、ITは簡単ではないと思っていたので、ITよりものづくり系のイノベーションを起こしていけばいいと思っていました。
でも、AIやデジタルの価値がかなり上がってきたので、どうしたらデジタル系の人材に“おもしろい”と思ってもらい、集まってくれるかを考えた結果、“なんでもやっていい”をコンセプトにした、ひろしまサンドボックスを企画しました。
役所というと“失敗してはいけません!”というようなイメージがあると思うのですけれど、“何をやってもいいですよ”“失敗してもいいですよ”をコンセプトにして、予算10億円でインパクトを与えた結果、皆さんに興味をもって集まってもらうことができましたね。

サンドボックスの中で印象的なものはたくさんありますが、現在継続して取り組んでいる事業で言うと、エイトノットという船の自動航行の事業は凄いと思います。船の自動化に取り組んでいる企業はなかなかないので非常に面白いなと思いますね。あと、ペットの腸内フローラをチェックして、それに応じて適切な餌をアドバイスするという事業も印象的でした。他にも、倒れたら柔らかくなる床とかね。これは介護の現場で使えて、車椅子も動かせるし、倒れても怪我をしにくいというすごく面白い発想ですよね。面白いものはたくさんあります」

自動航行船(出所:株式会社エイトノット公式ホームページ)自動航行船(出所:株式会社エイトノット公式ホームページ)

知事目線からの広島の魅力を教えてください-「穏やかな自然、景観、そして、都市と田舎の近さです」

「街のすぐ近くに豊かな自然があるというところですね。海も山もあって、とても穏やかなので見過ごしがちですが、今、瀬戸内海はとてもきれいですし、中国山地はとても穏やかで人の心を癒す役割があって、魅力的だと思います。この穏やかさはある種、日本の原点にも通ずると思っています。瀬戸内海でとれる魚も、山でとれるものもすごく美味しいのは、そういった豊かな自然のおかげだと思います。

今後さらに若い人達にとって魅力的なまちづくりを進めていかなければいけないと感じています。歩いて楽しい、センスがいいまちにしたい。ありきたりな街ではなく、独特な街にしつつ、自然をもっと楽しめるようにしつつ、県内外の皆さんにもっと広島の良さに気づいてもらいたいですね。

広島の田舎には古民家がたくさん残っているので、それらをもっとうまく活用して人を呼び込めたらいいなと思っています。県内どこでも車で1時間半もあれば広島市内に行くことができるので、そういった田舎の古民家に住んで街で働くことができるし、街に住んで週末は田舎でリフレッシュすることができるのも広島の良さだと思います。そういう暮らし、新しいライフスタイルを浸透させていきたいです」

育児休暇取得、イクボス宣言などイクメン首長として知られる(調理・撮影:湯崎英彦)育児休暇取得、イクボス宣言などイクメン首長として知られる(調理・撮影:湯崎英彦)

【インタビューを終えて】
知事が学生時代の学業や部活動など、多くのことに挑戦し努力してきた経験が、現在のひろしまサンドボックスをはじめとする新しいことに挑戦し続ける姿に重なり、なるほどと納得した。また、学生時代の思い出の中で友人とのエピソードが多く、人のご縁や仲間を大切にする方だという印象を受けた。仲間を大切にし、思いやる人柄が、長く県民に支持されてきた理由だろうと感じた。(有田茉由)

育児休暇取得、イクボス宣言などイクメン首長として知られる(調理・撮影:湯崎英彦)広島サミットの首脳パートナープログラムで厳島神社の「蘭陵王」を鑑賞する各国首脳

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