尖がった形が印象的な建物を借りたところから、店の構想がスタート
JR中央線国立駅から放射線状に延びる街路のひとつ、富士見通りを歩くこと20分以上。角にガラス張りの小さな店舗が見えてくる。小さいながらも目立つ店舗でここ5年ほどは空き家だったものの、誰もが空いていることを気にしている場所だったと2023年春に開業したみんなのコンビニの発起人の一人である建築家でJUNPEI NOUSAKU ARTCHITECTS代表の能作淳平さん。能作さんは市内の富士見台団地でシェア商店『富士見台トンネル』を運営してもいる。
「空き家になる前には仙人のような人が整体をやっており、その前はライブハウス、それ以前には現在、高円寺にあるコクテイル書房(古書店と飲食店を融合させた人気の店)が初めて店を出したところと聞いています。ちょっと変わった店という点がどれも共通していますね」
店のサイズは7坪(23.1m2)とコンパクトだが、通りに面して尖がった形が印象的と借りたい人が多い物件だったそうで、所有者から話を持ちかけられた能作さんも面白そうな場所というだけで借りてしまった。
「シェア的なことをやりながら、それを増やしていける仕組みにできないかとぼんやり考え、一緒にやろうと2人に声をかけました」
その2人とは、本とまちをテーマに活動するコミュニティスペース『国立本店』や求人サイト『国立人』を運営、国立市が出版する国立新書にも関わる合同会社三画舎代表の加藤健介さん、自宅兼事務所スペースでコーヒースタンド『Around Architecture Coffee』を運営しながら不動産仲介やコンサルティング業を行っている株式会社アラウンドアーキテクチャー代表の佐竹雄太さんである。
「ただ店を作るだけならば、国立市で活動するお二人がいるのでそれほど難しいことではないと思いましたが、横に展開するモデルとなると仕組み、内容をしっかり考える必要がある。店のコンテンツを作った経験はないので、やってみたいと思い、参画することになりました」と佐竹さん。
モノだけでなく、見えないもの=ソフトも売るコンビニに
最初は2020年にできた「くにたちブルワリー」が飲める場所を拡大したい、そのために角打ちを作ろうかなどという話もあったが、検討をしているうちにモノも売るものの、それだけではなくソフトを売る場所にできないかと考えるようになった。
「形のあるモノは売りやすいけれど、見えないもの=ソフトは売りにくい。そこで見えるものを入り口に置いて、見えないものも売れるようにできないかと考えました。
たとえば不動産もどれにするかが決まるまでは目に見えないもので、不動産会社に入るにはハードルが高く、入ったら入ったで不動産しか借りられない。でも、モノを買いに入ったはずなのに不動産を借りてしまったとか、お菓子を買いにきたのに仕事をみつけたという、入り口と出口が違うことがあっても良いのではないか、みんなのコンビニはそんなことが起きる場所として想定しました」と加藤さん。
一般のコンビニはそこにあるものしか買えないが、みんなのコンビニは置いてあるものは入り口であって、出口は違う場所になることも、そこにないものを買って帰ることもあり得る。それなのにコンビニという名称を使ったのはATMもあれば、トイレも借りられ、一通りのものが揃っていて入りやすい、コンビニのイメージを共有してもらいたかったためである。
そのため、見た目には棚を貸してモノを販売する、いわゆるレンタルボックスのようである。一人あたり肩幅分という棚にはコーヒーやアクセサリー、文房具、レターペーパーその他さまざまな品が並べられており、そこだけを見ている限りにおいてはその背後にあるものは見えてこない。現在、品物を置いている人のうちにはレンタルボックス感覚でいる人もいるかもしれない。
ただ、この界隈でのレンタルボックスの相場が2,000~3,000円であることを考えると、みんなのコンビニの8000円はかなり高め。加えて「みんなのバックヤード」(1,980円。いずれも税別)がセットになっていることを考えると、そこに意義があると感じて参加している人が多いのではないかと思う。
小商いを生む場となるコンビニの「みんなのバックヤード」
みんなのバックヤードはみんなのコンビニに関わる人たちがオンライン上で集まる場であり、みんなのコンビニのある意味、心臓部分。イメージとしては深夜のコンビニでバイト君たちがお喋りをしている場と加藤さん。
「開業前のクラウドファンディングのリターンとしていたこともあり、クラファン終了時には50人くらいが参加、現在は30~35人。棚を借りている人以外にもここにだけ参加したいという人もいます。今後、横に展開していく場合にもバックヤードは共通という形にしていこうと考えています」
売り上げの共有などコンビニ運営上の実務的なことが行われるほか、ビジネスを生む、続けていくために参考になる情報や、さまざまな人のインタビューなどが掲載される予定になっており、このコミュニティの中から一緒に商品を作っていくような動きが出てくることを期待している。小商いのインキュベーション空間のような場というわけである。
「ここはまちのチャレンジの最小単位と位置づけています。最短で1ケ月から棚を借りることができ、それで可能だとなればシェアキッチンを借りてみよう、もう少し何か、商品を考えてみようとなり、さらには誰かと一緒にやってみようとなれば面白い。そこにコミュニティサロンの意味があります。
また、もうひとつ、まちに関わりたい人の入り口となる場でありたいとも考えています。まちにはクリエイティブな人がたくさんおり、まちと関わりたいと思ってはいるものの、関わり方が分からない、そんな人達がまちと関わるきっかけとなる場が必要。ここをそのように位置付けています」と加藤さん。
「みんなのコンビニ」は、まちに関わりたい人にとっての入り口にもなってほしい
加藤さんは国立市が富士見台エリアで開催している「クラブサバーブ」というイベントに企画担当とメンターとして参加している。南武線谷保駅に近い富士見台エリアはUR国立富士見台団地などがある住宅地で、これからも高齢化、人口減少が進む中で持続可能なまちづくりを進めるために市は富士見台地域重点まちづくり構想を設定している。大規模団地の再生計画や公共施設の再編、緑や農地の保全、地域交流拠点の確保その他さまざまな構想がある中でひとつ、ポイントとなるのは市民側の構想の担い手。
市が市民に呼び掛けて行うイベントでは年齢が偏りがちだが、それでは将来に続くまちづくりの担い手としてバランスが悪い。そこでこのイベントでは10代~30代くらいに参加を促し、地域に関わる人を増やそうとしている。みんなのコンビニもそうした世代がまちに関わるための窓口となりたいというのである。
といっても、すぐにそのような動きが出てくるとは考えていないと能作さん。
「たぶん、5年くらいはかかるでしょう。運営者側でデモを行って動かし、それを参加者に見てもらうことで2~3年すると少しずつ動きが出てきて……というような経過を想定しています」
首都圏近郊ながら駅から20分ほどかかる立地を考えると条件は地方都市とそれほど変わらない。だから、ここでオンラインで人が集まってビジネスが生まれる、まちに関わる人が増えるのであれば、他の地方都市でも同じことができる可能性が高いと3人は考えている。だから、まずはここを動かし、何かが生まれてくることに注力したいという。
「ワケが分からないものに出会いたい」ニーズにこたえる発見があるお店に
実際に店を出している人は半分くらいがすでに他の場所で店を持っている、プロの人達で、現時点ではここは宣伝の場としても受け取られているようだと能作さん。
「この場所だけで商売を成り立たせるのは難しいからです。ただ、それほど多くはないものの、趣味で作ってきたアクセサリーを初めて販売してみたという人もいて、そうした商品もきちんと売れています」
ちなみにこれまででよく売れたものとしては、木彫りの熊(!)、中古レコードなど。木彫りの熊は出すとすぐ売れる人気商品。1800年代の10万円ほどする骨董品も売れかけたことがあるそうで、訪れる人にはワケが分からないものに出会いたいというニーズもあるのではないかという。
「今のコンビニには売りつけられている感がありますが、そうではなく、行くとなんか、面白いものがあるんだよねという店になれば良いなと考えています」と能作さんが言えば、加藤さんは「そのまちの顔が見える店になれば良いなと考えています」とも。
地方や海外に行くとスーパーでさえ、地域によって置いてあるものに地域差があって楽しいものだが、首都圏近郊でもまちによって個性、違いはあるはず。そうしたものがどこからともなく湧出するような店になれば、訪れる楽しさ、まちへの興味も湧いてくるのではなかろうか。
現在、営業は週に6日、11時~18時までオープンしており、商品を買えるほか、飲食営業の許可を取得したことで珈琲を飲んだりもできるようになっている。今後はバー的なイベントや店を出している人が店に立つなど、もっと出店者の顔が見えるような運営をしていく予定だという。
納品があるため、現在は近隣に居住する人の出店が多いが、今後は直接納品以外の手も考えていく計画もあり、地域で何か活動してみたい人なら一度覗きに行ってみてもよいのではなかろうか。夏場は店舗内が暑くなるため、出店を停止していたチョコレートや焼き菓子などの店主も10月以降再出店するとのことで、棚も賑わい始める。富士見通りは小規模ながらセンスの良い個人商店が並ぶ通りでもあり、散歩がてら歩いてみるのも面白い。
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