「残したい商店街」を求めて埼玉県からUターン
広島県廿日市市の津田地区で「ナガスタ」という店が商店街を巻き込んで盛り上がっていると聞き、運営会社の「合同会社とこらぼ」代表の金澤萌さんを訪ねた。
「ナガスタ」の建物には、かつて営業していたスーパーの看板がそのまま掲げられ、中に入るとリサイクル商品やハンドメイドの楽しい小物が店いっぱいに並んでいる。さらに奥には、シェアキッチンやフリースペースもある。
金澤さんは広島市の出身で、高校卒業後に上京して左官職人として働いた。その後独立して事務所を借りたのが埼玉県草加市だったが、そこでは事務所のある界隈が、再開発のために商店街ごと消滅する予定だった。商店街ではそれを惜しむイベントやワークショップが開催され、金澤さんも参加。その取り組みが楽しかったこともあり、広島県にUターンするときには、地域活動ができそうな場所を探した。草加市では「無くなる商店街」の活動だったが、今度は「残したい商店街」の活動を目指そうと、シャッター通りでありながら頑張っている商店街を探したのだ。
そこで見つけたのが、廿日市市の津田地区だった。
2019年3月末に金澤さんは津田地区に転居。最初の1年ぐらいは「地元で何か活動をしたい」と近隣の人に言い続けながら、左官工事の仕事で生計を立てていたが、同年秋、地域支援員の黒木真由さんの紹介で、商店街の人たちとつながることができた。そのころ、商店街の会合で「商店街にできた無料駐車場でマルシェをやってみよう」という話が出ていて、黒木さんが運営の相談を受けていた。そこで黒木さんは、草加市で何度も左官のワークショップを開催した経験があった金澤さんに打診し、2019年末には金澤さんも主催側に参加してマルシェが開かれたのだ。
マルシェではワークショップのほか、他地域からも出店があるなど、大いに盛り上がったそうだ。
不用品処分が、喜ばれるビジネスになることを発見
商店街の会合は毎月1回あり、マルシェ開催後には金澤さんもメンバーに加わるようになった。
そんななか、津田地区では2020年の夏から商店街と行政が連携した「空き店舗ツアー」をすることに。移住してきた若い人たちも参加して、「あの店を借りたら何をしようか」「こっちの店を借りたら何をしようか」と盛り上がった。しかし、賃貸物件がなく売買物件ばかりだったこともあり、ハードルが高くて契約にまでは至らなかった。
そんな活動を続けていたとき、「水田シューズ」という空き店舗で商品残置物や家財を処分してほしいという依頼があった。店主は亡くなっていて、家族も都市部に出ていたため店を継ぐ予定はなかったのだ。
金澤さんは、「私たちで売ってみてもいいですか」と申し出て、2020年9月から11月にかけて、店のシャッターを開けて「蚤の市」を開催。言い値で(10円の物もあれば、数百円や数千円など自由に金額をつけた)売ったところ、点数がたくさんあったこともあり、売り上げは約1万円にもなった。その売り上げはそのままオーナーに渡したが、メンバー間で「このシステムは面白い」という話に。モノを処分するのに困っている人がいて、一方でそれを安く販売したら買いに来る人がたくさんいる。新しく店を構えたらニーズがあるのではと盛り上がった。
また金澤さんは、草加で廃材をアップサイクルしたものづくりをした経験があり、廃材利活用の可能性も感じたそうだ。津田地区のように山間部の高齢者は手仕事をする人が多く、ちょっとしたものを修繕できる。そこで地域を巻き込んだアップサイクルの店を作りたいと夢が膨らんでいった。
捨てられないものを譲り受け、アップサイクルして商品化
その後、商店街の会長にある物件を紹介される。「ナガタストアー」という地元に愛された小さなスーパーマーケットだ。金澤さんは「店舗の片付けも一緒にするので貸してもらえませんか」とオーナーに打診。
金澤さんは、ナガタストアーを2021年の2月から借りることができた。
その前年の12月、金澤さんは「ひろしまベンチャー助成金」というビジネスコンテストに、商工会のアドバイスのもと挑戦。「地域まるごとアップサイクル」というビジネスモデルで応募したところ、見事「ひろしまベンチャーエコ特別賞」を受賞し、その後の自信につながったそうだ。
事業会社としては黒木さんと二人でやることになった。地域支援員である黒木さんの本業は臨床検査技師だ。そもそも山間部の医療や福祉的な支援をすることを目的に地域支援員として活動してきた。その活動を継続するためにも、一緒に事業に取り組むことになった。地域活動という方向性は同じだが、金澤さんはモノにこだわり、黒木さんは地域医療・福祉にこだわるのだ。
さて、二人はさっそくナガタストアーのシャッターを開け、事業を開始。店名を引き継いで「ナガスタ」とした。水田シューズのときのように、「蚤の市」をしてお店に残っていた商品を販売することから始め、同時進行で天井をきれいにするなど掃除やリノベーション工事をするというスタイルを2年ぐらい続けた。
その“2年ぐらい”というスパンがちょうどよかったと金澤さんは振り返る。
「口コミでナガスタの活動が知られるようになり、次第に不用品をいただけるようになって、それが商材になりました。誰かにとっては不要な物でも、必要な人はいて、物が循環していくようになりました」と金澤さん。
ところで、ナガスタでは不用品の買い取りは一切していない。「思い出があって捨てられない」「捨てるにはもったいないので、次の人に引き継ぎたい」という人からの持ちこみのみに対応する。
そしてナガスタは、持ち込まれたものをそのまま販売するか、アップサイクルするかを決める。例えば、持ち込まれた服を分解し、別のものに使えそうなボタンや布にすることもある。また空き瓶やコップをおしゃれな照明にアップサイクルした商品もある。近隣に住む手仕事が得意な人がアップサイクルしていくのだ。
また、シゲさんという地元の70代の男性が、自分も廃材で物を作っているので仲間に入れてほしいとやってきて、メンバーになった。シゲさんがお店に顔を出すことで、地元の年配の人たちも入りやすくなったという。
徐々に、工芸や手芸作家さんからのアップサイクル作品の持ち込みも増えてきたそうだ。ここ最近は、依頼されて広島市内のイベントへ出店することもあるという。アップサイクルの小物に注目が高まっているということだろう。
広がる新規ビジネス、シェアキッチンや高齢者サポートも
併設するシェアキッチンは、飲食タイプと菓子製造タイプの2つがある。シゲさんや地元の工務店が改築を手伝い、2022年の8月に完成した。菓子製造タイプは広島市内からの利用が多いそうだ。利用料金の安さが強みだという。
金澤さんは「最近は、野菜を持ってきてくださる人もいます。家庭菜園などで一気に収穫できたものを、食べきれなくて捨てることになるから役立ててほしいと持ってきてくれます」という。
一方、黒木さんの地域医療の取組みも着々と進んでいる。「さとやま保健室」という名前でマルシェに出店して、心や体の健康相談を受けるほか、毎月第4木曜日には「さとやまカフェ」という認知症カフェも開催しているという。認知症などによって引きこもりがちになる高齢者が、外に出るきっかけにしてもらいたいとの想いからだ。コーヒーを飲みながらちょっとした相談事を聞き、小さな困りごとを行政にフィードバックして、支援の行き届いてないところをキャッチアップできる仕組みを行政と共に模索している。
ちなみにナガスタには現在アルバイトスタッフが4人いる。プロジェクトが広がり、昼間に金澤さんたちが外に出る機会が多くなってきたので、店番をするスタッフが必要になったためだ。4人は、ナガスタに関わりたいと応募してきた若い人たちだそうだ。
地域をつなげる事業も展開中。高校生の下宿業も
合同会社とこらぼでは「ちいきむすび」というコンセプトを掲げている。「アップサイクル」と「さとやま保健室」のほかに、地域をつなげる事業展開を目指しているだ。その一環として新たに「空き家バンク」の活動にも携わるようになった。廿日市市の空き家バンクで、津田地区の相談窓口として現地調査や見学に来る人の立会いを、行政や不動産会社とともに行っている。2023年4月からスタートし、ナガスタの営業時には移住相談も受け付けている。
廿日市市中心部に住む人が、今後は山間部に住みたいと興味を示して来ることもあるそうだ。また、将来店をやりたいので、試験的にこの集落でやりたいというニーズもあるという。ここはシャッター街ではあるが、市街地も近いので週末には街からの客も多く、小資本でのテストマーケティングに向いているのではと金澤さん。今後、パン店や民泊施設、コーヒー焙煎の店もできる予定だとか。
一方で、賃貸物件が少なく、試しに店をやりたいというような人にとってはまだまだハードルが高いと金澤さんは言う。賃貸店舗の供給をいかに増やせるかが課題となりそうだ。
さらに、合同会社とこらぼでは新たなチャレンジとして、高校生の受け入れ事業として下宿を始めた。
近くにある県立佐伯高校は、アーチェリー部と女子硬式野球部で有名になったことで、全国から高校生が山村留学でやってくる。地元の人が生徒を受け入れているものの、下宿先が足りない状況が続いている。津田地区では、団地の中の空き家を活用し、住み込み寮母不在型の下宿を試験的に始めることにした。食事はナガスタのシェアキッチンで作って届ける仕組みだ。
活動が広がり、ナガスタは地域には無くてならない場所になりつつある。商店街の人々も「まだまだ商店街には魅力がある」と、より前向きになってきたと金澤さんはほほ笑む。
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