建替え予定で空室になった市営住宅を利用

2021年秋、生活協同組合コープこうべ第一地区本部の前田裕保さんは尼崎市の住宅政策課から相談を受けた。尼崎市は2016年12月に立案した尼崎市営住宅建替等基本計画を基に老朽化した建替え予定の市営住宅を計画的に募集停止を行っていたが、そこには課題も生じていた。

「募集停止で新しい人が入ってこなくなり、入居者の高齢化が進み、自治会運営などコミュニティの維持が難しくなっている。また、空き家も増え続けている。この2つの課題を一緒に考えてもらえないだろうか」という相談でした。

前田さんは以前から住宅困窮者の居住支援が課題だと思っていた。現職に異動する前にはコープこうべの使われなくなった旧女子寮を困難を抱える女性や子どもが安心して住めるウィメンズハウスに改装するプロジェクトにも関わっていた。そうした経歴からシングルマザー、子ども食堂などを始めとした各種支援団体と付き合いがあり、市営住宅の空室をそうした団体で活用することにしてはどうかという提案をした。支援団体の多くが住宅困窮者に提供できる部屋不足に悩んでいることを知っていたからである。

尼崎市との居住支援の運営スキームは、コープこうべと支援団体がネットワークを作り、そのネットワークに属する支援団体に限り、空いている市営住宅を貸すというものである。賃貸借契約は市と支援団体、支援団体と入居者が行い、コープこうべは申し込みの窓口や入居にあたり住人の方々との調整などの役割を担っている。

「2021年12月、尼崎市の担当の方ともこれらの課題は急を要しているとの認識が一致し、翌年4月1日から実施されることになり、直前の3月30日には市長定例記者会見であまがさき住環境支援事業『REHUL』の開始が公表されました」

尼崎市長定例会見資料から事業の概要を説明する図尼崎市長定例会見資料から事業の概要を説明する図

自治会の理解を得て住宅を利用

地域活性化(Regional vitalization)、生活の新たなスタート(Restart)、居住支援(Housing support)、空き家利活用(Utilization of vacant houses)、生活支援(Life support)の頭文字をとった尼崎市の新しい事業「REHUL」は、比較的程度の良い約100戸の空き家を対象とし、2022年4月1日から子どもの学習支援や若年女性の自立支援等を行う団体(4戸)、外国人労働者の居住支援団体(2戸)の使用でスタートした。枠内の戸数で、ネットワークに加入している団体であればすぐに借りられ、賃料は月額6,500円と低廉に抑えられている。

これまで個人や支援団体だけでは部屋探しが難しかったが、ネットワークを組むことで借りやすくなった。もちろん、スムーズにスタートしたわけではない。「なぜ、ネットワークを組む団体だけが借りることができるのか」「知らない人がご近所に入られると不安だ」などの声もあった。

「『自治会に諮らないと決められない』と言われたところでは、総会に出席し説明して納得いただいた。今ではそのときに入居した人が自治会費を集めるのを手伝うなどすっかり受け入れられている例もあります」

女性専用のシェアハウスとしての活用を考えた団地では、総会に出席していた女性たちから大きな拍手が起こり、強力な後押しをいただいた例もある。

また、海外で結婚し、離婚後に子どもを伴って帰国した女性は、入居した団地の自治会長から地元のNPOを紹介してもらい、団地近くの職場に就職するなど、徐々にではあるが理解が広まってきている。

自治会に新風、団地内に会話が生まれた

普通に賃貸物件を借りるときには、周辺の住民との付き合いがなくても問題はない。だが、団地の場合には自治会があり、その中には自治会がうまく機能するようにルールがある。また、地域を活性化するという目的も考えると自治会との関係は非常に大事だと前田さん。

「入居前には自治会長に会うのはもちろん、できるだけ役員会、総会にも出て皆さんの前で挨拶するようにしています。オフィシャルな場に顔を出して挨拶することで安心していただけるのです。4月の事業開始は総会開催とタイミングが合って良かったです」

入居する人たちは必ず自治会に参加することになっており、それによって各団地の自治会は少しだけ若返った。人が減る一方だった団地では、寂しい思いをしていた人たちがおり、新しく入って来た人たちとの会話を楽しみにしている人もいるとか。

シングルマザーが入居した団地では以前からの入居者から「一人での子育ては大変やねえ、なんかあったら言ってね、その代わり、私らになんかあったらよろしくね」という言葉を聞いたとか。市がこの事業の目的としていた自治会、コミュニティの再生は徐々に進みつつあるようだ。

また、人と関わるのが難しい人が入居する場合には、支援団体がその人をバックアップ。ボランティア活動などを通じて少しずつ挨拶できるようになっているとも。住宅を借りられなかった人に住宅を提供するだけでなく、住宅を契機に自立を支援しているわけである。

日常的には指定管理に入っている管理会社が住民との間に入ってくれてもおり、活用される住戸は着実に増えてきている。2022年12月13日時点では13団体が20室を使っており、支援対象も広がってきている。

さまざまな困難を抱える人を支援する団体が空室を利用

「ホームレス支援を行うNPO法人ビッグイシュー、10代の女性や中高生などの居場所作りを行っている一般社団法人engrab-えんぐらぶ、女性の成長や活躍を支援する合同会社ココスキ、難病患者と家族を支援する尼崎市難病団体連絡協議会、多胎児の子育て支援をするNPOつなげる、留学生の寮として利用する関西国際大学など、さまざまな団体が住宅以外の使い方も含めて空室を利用しており、問合せも多く頂いています」

問合せのうちの8割ほどは高齢者。低廉な家賃にひかれて問合せてくる人が多いようだ。しかし、事業の目的に地域コミュニティの活性化があることを考えると、単に家賃を安くしたい、サービスだけを受けたいという人では困る。そこで現時点では高齢者は対象となっていない。長い目ではシングルマザーと高齢者が互いに支え合うような住宅を作ることも検討しているそうだが、それまでにはまだしばらく時間がかかりそうだ。

赤井さんとスタッフの城田さん。背後の壁紙は100均で購入、自分たちで貼ったそうだが、子どもたちは白いほうがよかったと言っているそうだ赤井さんとスタッフの城田さん。背後の壁紙は100均で購入、自分たちで貼ったそうだが、子どもたちは白いほうがよかったと言っているそうだ

では、実際にどのような団体がどのような形で場を使っているのか、1969年に建てられた団地に4戸を借りている一般社団法人office ひと房の葡萄を訪ねた。同団体は8年前に尼崎市が募集した子どもたちの学習支援のボランティアに参加した人たちが立ち上げた。

「中小企業で採用担当をしており、採用した社員の中に計算ができない子がいました。本来なら採用の要件を高校に伝えて採用するのですが、その子の場合はイレギュラーな形で採用されており、しばらくは誰も気づきませんでした。遅刻することもない真面目な子でしたが、数字を扱う生産管理の部署に異動になり、どうも、その社員が出してくる書類の数字がおかしい。そのうちに計算ができないことが分かり、解雇という結果に。それがきっかけで私は学習支援に関心を持つようになりました」と代表理事を務める赤井郁夫さん。

教育以前の問題に取り組む「ひと房の葡萄」

だが、赤井さんは学習支援を続けるうちに、通ってきている子どもたちに教育以前の問題があることに気づき始めた。せっかく学習支援の場に来ているのに、子どもたちの多くはちっとも勉強をしない。はじめは戸惑い、なんとか子どもを学習に向かわせようとしていたものの、やがて「この子たちは家でケアされていない」と思うに至ったのである。

そこで赤井さんはそうした子どもたちに与えられてこなかったケアを提供、支援するための団体を立ち上げ、常設の場として築70年ほどの一戸建てを借りた。ところが市からの事業受託を目指して借りたものの、受託できず、いつの間にかかつて教えた、高校生になった子どもたちが集まるようになった。最初の1年ほどは高校生ばかりだったが、そのうちにそれ以外の子どもたちも集まるように。

子どもたちを見ているうちに漠然としていたケアの問題が明確になってきた。

「中学の頃に親から高校になんか行かなくてよいと言われた子どもが高校に進学し、卒業後に就職できれば学習支援としては成功です。ところが、中には就職して1人で自立した生活を送ろうとするとうまくいかない場合がある。仕事を辞めてしまったり、行方不明になったり、警察沙汰を起こす子どももいるのです。それは教育以前に家庭で親にケアされておらず、生活習慣その他家庭で教えてもらうべきことを教えてもらえないままにきてしまっているということ。それが自立を妨げているのだと思ったのです」

赤井さんは、家庭で親が家事をする姿を見たことがない子どもが皿を洗えない、人をまねて皿を洗ってみても洗った後にどうすればよいかが分からない、金銭管理ができないなど、まさかと思うような例をいくつか挙げた。その子たちをどう支援すればよいのだろうか。考えているうちに、保証人がいない、住所がないなどで住宅を借りられない若い女性を支援する府営住宅を利用したシェアハウスが大阪府茨木市にできたことを聞いた。

学習支援だけではなく、生活に関わる場を作ればもう少し広範な支援ができるのではないかと考えた赤井さんは、兵庫県庁に赴いた。そこで兵庫県でも、目的外使用の申請をすることで公営住宅の利用が可能になることを聞いたが、県営住宅は尼崎市も含め、大阪に近いエリアでは空きがない。そこで2021年12月に市営住宅を借りられないかと尼崎市に問合せに行ったが、この時点ではとりあってもらえなかった。

厳しい状況で頑張るボランティア団体が入居

学習支援の場として用意した部屋は集中できるよう防音にしているそうだ学習支援の場として用意した部屋は集中できるよう防音にしているそうだ

ところが、水面下では前田さんの提案が動き始めていた。

「2021年のクリスマスイブに前田さんから電話があり、市営住宅を借りられるようになると聞き、すぐにぜひ、借りたいと返事をしました」

年が明けて2022年1月16日。前田さん始め他の団体などの関係者と数ヶ所の団地を訪れ、部屋を見せてもらった。築年数が経過しており、内装はかなり劣化が進んでいた。それでも以前の家賃6万5,000円からすれば6,500円はありがたい。そこでリノベーションの経験はないものの、自分たちでなんとかしようと思い、4戸借りることに。

1戸は事務所とし、もう1戸は子どもの社会的居場所、学習支援の場とした。2戸は18歳~23歳の女性専用の自立支援型シェアハウスにすることにした。ただ住むだけではなく、これまでに受けられてこなかったケアも提供する場にしたいと考えており、夏からオープンし、すでに2人入居している。

学習支援の場として用意した部屋は集中できるよう防音にしているそうだ棚に貼られていた手書きの目標。勉強をしなさいと言われ続けるのも不幸だが、何も言われないのも同様に子どもにとっては問題になるわけだ
居場所、学習支援の場ながら、入ってくるなりお腹が空いたという子どもが多いそうでキッチンもあり、しかもよく使われている居場所、学習支援の場ながら、入ってくるなりお腹が空いたという子どもが多いそうでキッチンもあり、しかもよく使われている

ただ、ここまでくるには改修も、費用も大変だったと赤井氏。10年限定という期限付きもあって安くは借りられているが、退去後の原状回復がされない状態で引き渡されるため、改修費用は団体持ち。ひと房の葡萄も他の団体もクラウドファンディングや寄付を募るなどで資金を集めて改修を行っている。

「クラウドファンディングと寄付で230万円ほど集めましたが、シェアハウスは改装費だけで80万円ほど、学習支援の部屋は30万円弱かかりました。もちろん、他にも出費があるため、できることは自分たちでやろうと解体、塗装などは自分でやりました。ただ一部解体をし過ぎて床を剥がしてしまうなど失敗も。おかげで冬は寒く、夏は蟻、その他の虫が上がってきます」

そんな厳しい中でも赤井さんたちは年間360日大人がいて子どもを見守れる場を作ろうとスタッフ数人と奮闘している。現在利用登録をしている子どもは25人くらいおり、そのうち、10人ほどは毎日のようにやってきているという。

学習支援の場として用意した部屋は集中できるよう防音にしているそうだ当日用意されていたサツマイモのサラダ。ウチに帰ったらおやつがあるという状況は恵まれているのかもしれない

社会の変化に応じた住宅を考える必要も

聞けば聞くほどボランティアとは思えないほど頑張っている赤井さんだが、前田さんはこうした、頭の下がるような活動をしている人は多く、自分たちはそれを側面支援しているだけだという。

「生協は助け合う組織。これまでも事業の中で社会課題に取り組んできましたが、課題は拡大する一方でわれわれの事業だけでは解決できないことが増えています。そこで、解決に向けて取り組んでいる団体を側面から支援する。今回の市営住宅活用はそうした立場で関わっており、各団体の活動には一切口を出さず、困ったときには助けるという役割に徹しています」

尼崎市で始まったこの方式に注目する自治体も出てきた。近隣の自治体からも空き家バンクで管理しているものの、売れない、貸せない住宅を尼崎市と同じ仕組みで運用できないか、一緒にやってくれないかという打診があったという。

また、全国には560の生協があり、それらが同様のやり方で地元の自治体とタッグを組んで居住支援に取り組むようになれば問題は大きく解決に向けて前進する。実際、前田さんは各地の生協に向けて居住支援の話をするなど情報発信に努めている。広く知ってもらうことで、続く組織が出てくれば面白いと思う。

ただ、問題もある。赤井さんは早くも10年後を気にしていたが、今回の事業は期間限定。現在、ひと房の葡萄が利用している団地は更地になる予定で、同じ場所で活動を続けられなくなるかもしれないのである。

「家族が担っていたとされる機能が衰えていますし、子育てを地域でという意識も薄くなっています。社会から孤立している人も増えています。そんな中で従来の生活を前提にこれまでと同じ住宅を作り続けていいのか。公共住宅の在り方も含め、この尼崎市との事業がこれからの住み方を考える先導になればと考えています」と前田さん。

今、市営住宅を利用している団体が行っている活動が社会で必要とされているものと考えると、今後建て替えられる住宅にもそうした団体が使えるような場を作っていくのも手だろう。せっかく、ここまで先進的、画期的な事業を生み出した尼崎市である。建て替えに当たってはもう一歩、他でやらない試みをしていただきたいところである。

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