不動産取引での電子契約が解禁

お話を伺った、ハウスコム株式会社 惠崎裕久氏お話を伺った、ハウスコム株式会社 惠崎裕久氏

2022年5月18日、不動産取引での電子契約が解禁となった(※)。
不動産業界では、既にITによる重要事項説明(以下、IT重説)やオンライン内見など、デジタルトランスフォーメーション(DX)への取組みが進められているが、これを機にさらに加速すると考えられる。

今回の電子契約解禁は、不動産業界とエンドユーザーにとって、どんなメリットがあるのだろうか。
賃貸仲介を事業の柱とし、約3年前から積極的にDXに取組んでいるハウスコム株式会社 カスタマーサービス室長 惠崎裕久氏に、同社におけるDXの取組みと、電子契約解禁のメリットや課題を伺った。

(※)2022年5月18日以降、すべて電子契約に変わるのではなく、電子契約の承諾をした人だけ電子契約が可能になる。従来通りの契約を希望する人は、引き続き紙の契約書を交付する契約ができる。

電子契約が解禁になったことで、何が変わるのだろうか?

これまでも、賃貸借の契約更新や、入居の申込み、重要事項説明などの契約に付随する業務はオンラインで行うことが可能だった。
実際、全国で賃貸仲介207店舗を運営するハウスコムでも、賃貸借の契約更新はオンラインで約6,300件、IT重説やオンライン接客は約3万件(2021年)の実績があったという。しかし、これだけオンライン化が進んでいても、契約に限ってはオンラインで行えない状況だった。

それは、宅地建物取引業法(以下、宅建業法)によって、重要事項説明書(35条書面)や賃貸借契約書(37条書面)については、押印・記名をした書面での交付が必要と定められていたからである。

そんななか、2021年5月に成立したデジタル改革関連法に宅建業法の改正が盛り込まれ、これらの書面における宅地建物取引士の押印が不要になるとともに、電磁的方法による交付が可能とされた。紙の契約書でなく、電子契約であっても契約が認められるようになったのである。

つまりこれは、不動産取引における完全ペーパレス化を可能とし、取引をオンライン上だけで完結させられるようになったということである。

しかし、紙の契約書がないことや、押印しないことに不安を感じる人もいるかもしれない。ここで、電子契約の仕組みを説明したい。

電子契約では、従来の記名押印が、電子署名というものに変わる。電子契約には、電子署名のほか、印鑑証明書の代わりとなる電子証明書、契約を締結した日時の証明と、その日時以降に文書が改ざんされていない証明となる「タイムスタンプ」が刻印され、企業内サーバーやオンラインストレージ上に保管されることになる。
つまり、最新のテクノロジーによって、「電子文書の改ざんや署名の偽造ができないようにし、署名の本人性が確認できる」ことを担保しているのである。これなら安心できるのではないだろうか。

続いて、電子契約のメリットを不動産業界とエンドユーザーの視点で考察してみよう。

電子契約解禁による不動産業界のメリット

電子契約による不動産会社側のメリットは、以下の3点が考えられるという。

1. 業務の効率化 
2. コストの削減(印刷代・紙代・郵送費・人件費など)
3. 働き方改革(テレワークの推進)

詳しく見ていこう。

業務の効率化

従来の紙の契約書の場合、不動産会社は、契約書の作成、書類の不備のチェックのほか、署名捺印する箇所が分かりやすいように鉛筆や付箋で印をつけたり、封筒に入れて発送する等、契約締結までに手間と時間がかかっていた。
また、書類が返送されてきた後も、記入事項に不備があれば、再送することになる。もちろん、その分契約の締結も遅れることになる。

しかし、電子契約になることで、これらのやりとりがオンライン上で行われることになり、作業工程が大幅に短縮されるという。業務効率が上がるだけでなく、契約までのスピードアップも期待できるのである。

紙の書類で交付する必要がなくなり、不動産会社の業務フローも変わる紙の書類で交付する必要がなくなり、不動産会社の業務フローも変わる

コストの削減

オンライン化を進める上では設備投資が必要になる。惠崎氏に、コスト面での負荷を訪ねてみた。

「当社では電子契約に先んじて賃貸借契約の更新書類を電子化しましたが、年間約6,300件の更新書類の電子化で、数千万円の費用が削減されました。紙の書類の場合必要だった、紙代、印刷代、封筒代、郵送費などが削減できたためです。契約書ではこれらに加え印紙代も削減できます。このことからも、何万件という賃貸借契約書をペーパレス化することは、とても大きな経費削減につながると考えられます」(惠崎氏)

設備投資額以上に、ペーパレス化によるコスト削減のほうが大きいというのだ。

他にも、書類作成のために費やしていた人件費や、契約書の保管、管理にかけていたコストの削減も見込めるそうだ。

働き方改革

オンラインで契約が完結するのであれば、契約業務を必ずしも店舗で対応する必要がなくなることもメリットだという。実際、ハウスコムでは既に、重要事項説明を可能な限り本社が引き受けて、IT重説で対応している。

「オンラインで、全国どこの店舗の契約でも本社で対応できるようになりました。各店舗は案内や接客に特化できるので、業務効率が上がっています」(恵崎氏)

会社のサーバーにアクセスさえできれば、店舗に行かなくても在宅で業務は可能となり、テレワークの推進にもつながるのだ。さらに、こうしたオンラインでの対応が増えることは、働き方や組織のあり方、人材の採用の面なども変わる可能性があるという。

オンラインで接客や重要事項説明ができるなら、スタッフは店舗にいる必要がなくなる。東京の賃貸物件を、地方からオンラインで接客し、電子契約で契約をするということも可能になるわけだ。
そうなると不動産会社は、賃料の高い都心にオフィスを借りる必要がなくなり、人の採用においても、エリアを気にせず全国で採用できるようになる。DXにより場所と時間の壁がとっぱらわれるのだ。


このように、「業務効率の向上」「コストの削減」「働き方改革」と、電子契約の解禁による不動産業界にとってのメリットは多い。

紙の書類で交付する必要がなくなり、不動産会社の業務フローも変わるコロナ禍を経て、オンライン完結の需要は増えている

電子契約解禁によるエンドユーザーのメリット

電子契約は、エンドユーザーにとっても大きなメリットがある。
惠崎さんは以下の3点を挙げる。

1. 時間と費用が省ける
2. 日程調整がしやすい
3. 署名・捺印、郵送等の手間が省ける

こちらも詳しく見ていきたい。

時間と費用が省ける

家の近くの不動産会社であれば、気軽に行くことができるが、地方在住で東京の賃貸物件を探すなど、遠距離になるほど移動時間と費用の負担は大きくなる。もちろん何度も足を運べば、それだけ時間と費用もかかる。

しかし、内見や重要事項説明、契約をオンラインで行うことで、移動する回数が減らせれば、それだけ負担も軽くなる。
現在、オンライン内見やIT重説の実施数は増えているそうだ。その延長で考えれば、契約もオンラインで行うという流れが自然だろう。契約のためだけに店舗を訪問するのは非効率である。

「既に、物件を訪れることなくオンライン内見だけで物件を決め、実際にお会いすることなく契約される方もいます」(惠崎氏)ということだが、電子契約の解禁で、すべてのやり取りをオンラインで完結できるようになれば、エンドユーザーにとっても時間と費用が省けて、大きなメリットとなる。

オンライン内見であれば、離れた場所の物件を連続して内見することもできるというオンライン内見であれば、離れた場所の物件を連続して内見することもできるという

日程調整がしやすい

対面で契約する場合、契約日の日程調整は意外と大変である。特に遠方の場合は移動時間も含めてお互いのスケジュールを合わせなければならないが、電子契約であればお互いの空いた時間にできるので、スケジュール調整がしやすくなると考えている。
部屋探しにおける小さなストレスが解消されるかもしれない。

署名・捺印、郵送等の手間が省ける

紙の契約書で必要だった書類への記入や捺印、郵送などの手間が、電子契約になることで大幅に削減できる。

引越し準備で忙しい中で、書類の管理から解放されることは案外大きいかもしれない。また、印鑑等がなくてもデバイスひとつで対応できるため、出先など場所に縛られず柔軟に対応することもできる。


このように、エンドユーザーにとっても、店舗へ行く時間と費用や、手間が省けるので、メリットが多いのである。

ただしハウスコムでは、オンラインですべて完結できるからといって、全く物件を見ないで契約することを推奨しているわけではない。オンライン内見やIT重説、電子契約など、オンライン化のメリットを生かすことで、必要最低限の動きとコストを実現できる。自分にとってベストな形でリアルとオンラインを組み合わせていくといいだろう。

電子契約を浸透させていくための課題

このように、電子契約は不動産業界やエンドユーザーにとってメリットが多いのだが、解禁されたからといって一挙に電子契約に切り替わっていくかといえば、残念ながらそうとはいえないだろう。電子契約を進める上では課題も多い。当面は先行して取り組んできた不動産会社がリードしながら、時間をかけて浸透していくと思われる。

惠崎氏によると、電子契約を浸透させていくための課題としては、以下の3点が考えられるという。

1. エンドユーザーに対する電子契約の告知
2. 契約に関わるすべての人が電子契約の対応が可能であること
3. 電子契約を推進するための社内体制及び教育

電子契約の解禁といっても、不動産取引がオンラインで完結できることをエンドユーザーが全員知っているわけではない。「電子契約など、オンライン完結できることをPRすることはもちろんのこと、ひとりひとりにお声がけしていくことが必要」(惠崎氏)というように、不動産業界全体で広く告知していくことが必要だ。

また、電子契約の実施ためには、賃貸借契約に関わるすべてのプレイヤーが電子契約を承諾し、対応できることが前提となる。電子契約に関連するプレイヤーとして考えられるのは
1) 物件貸主(オーナー)
2) 賃借人
3) 不動産会社
4) 保証会社、損害保険会社など

つまり、この中の誰かが電子契約を承諾しなければ、申し込みから契約完了までの工程のどこかの段階で、紙の書類が発生してしまうのである。特に物件貸主(オーナー)は、高齢の方が多く、紙の契約書がなくなることに不安を感じる方も多いという。
また、「電子契約にするのはいいが、パソコンやインターネットが使えないので、自分では対応できない、と言われるオーナー様も多い」(惠崎氏)そうだ。ITを使いこなせない人にとっては、電子契約になることで余計に手間がかかるということもある。
ITに対応できない人への対策も含め、オーナーへの意識改革の活動が必要になる。

IT対応できないオーナーと代理契約を結び、不動産会社が貸主となることで電子契約を実現するという方法もあるIT対応できないオーナーと代理契約を結び、不動産会社が貸主となることで電子契約を実現するという方法もある

加えて、電子契約に対して現状はすべての不動産会社や保証会社、損害保険会社が対応できているわけではない。電子契約に対応できない会社が関わる場合には、どこかで紙の書類が発生してしまうので、完全電子化は不可能になる。
シームレスなオンライン化の実現には、関連各社と連携して体制を整えておく必要がある。ハウスコムでは、この3年の間に、全プレイヤーに対して電子契約に向けての対策を施し、スムーズに電子契約契約を導入できる環境整備に力を入れてきたという。

電子契約に対応するためには、業務フローの再構築など、社内体制を整えておくことが大事だ。全取引が完全に電子契約化するのは、まだまだ先になるだろう。それまでは、従来通りの書面による契約と、電子契約の両方が混在していくことになる。覚えることや今までと違う対応が増えるので、現場では一時的に負担が増えるかもしれない。

現在、全社でオンライン対応に取組んでいるハウスコムも、「オンライン化に取組み始めたときには、社内のほとんどの人が無関心であったが、IT重説を本社で対応し、各店舗の業務効率が上がることを体験してから、流れが変わった」(惠崎氏)というように、電子契約のメリットが体感できるまで、会社ごとに工夫を凝らして地道に取組んでいく必要がある。

ハウスコムでは、「新人研修はもちろんのこと、全員がオンライン対応できるように教育している。また、月初の全体朝礼などもなるべくオンラインでやるようにして、日頃からオンラインに慣れる職場環境をつくっている」(惠崎氏)とのことだ。

電子契約が浸透していくためには課題も多いが、まずはメリットを感じることがスタートラインということか。

不動産取引をオンラインで完結させる素地は整った

電子契約が浸透していくにはまだまだ時間がかかると思われるが、今後のスタンダードに向けて拡大していくと思われる。
子どもの頃からスマートフォンやパソコンなどのデジタルに慣れている若者にとっては、ぺーパレスのオンラインでのやり取りに対して、抵抗はあまりないだろう。実際、「オンライン内見でお願いします」というように申し込んでくる若者も多いという。

「2022年の1月~3月の3ヶ月で、法人の新卒社会人約350人のお客さまのうち約60%は、オンライン接客とオンライン内見で対応しました。そしてそのうちの80%以上はIT重説を行いました」(惠崎氏)

若い世代にとってはオンラインでの接客や内見は、もはやスタンダードになっているといえるだろう。

今後、電子契約が浸透していくにつれ、電子契約の対応ができるかどうかが、不動産会社選びの基準になる可能性もでてくる。電子契約の対応ができないことで選択肢から外されたり、同じ物件を紹介しても他社で決められてしまうということが起こりうるのだ。不動産会社にとってこれからは、電子契約の対応ができていないことが、デメリットになっていくだろう。

電子契約の解禁は、不動産業界にとってもエンドユーザーにとってもメリットが多いが、不動産業界全体のスタンダードになっていくのには、もうしばらく時間がかりそうだ。

オンライン化に積極的に取り組んでいるハウスコムでも、短時間で全て電子契約にすることは難しく、「電子契約をおすすめするお声がけをしながら、当面は自社取り扱い案件の40%を目標とし、将来は80%を目指していきます」(惠崎氏)とのこと。

メリットが浸透すれば一挙に加速すると思われる。まずは、電子契約を望むユーザーが増えることが、そのスピードを早めることになるだろう。

電子契約の解禁で、不動産取引をオンラインで完結させる素地は整った。今後の動きに注目していきたい。

不動産取引での電子契約が解禁になったが、不動産業界とエンドユーザーにとって、どんなメリットがあるのだろうか。賃貸仲介を事業の柱とし、約3年前から積極的にDXに取組んでいるハウスコム株式会社に、同社の取り組みと電子契約解禁のメリットや課題を伺った。電子契約への対応可否が、不動産会社を選ぶひとつの基準になるかもしれない

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