田舎と毛嫌いしていた故郷へUターン

25歳という若さで、ゲストハウスを開業した中島さん25歳という若さで、ゲストハウスを開業した中島さん

JR唐津駅から徒歩5分。江戸時代に唐津藩が献上碗を造らせるために職人を集めた「御茶碗窯通り」から、歩行者用の細い坂道を数十メートル上った先に、昭和レトロなゲスハウス「鳩麦荘」はある。周辺には今でも薪窯を使う唐津焼の窯元があり、およそ200年前の息吹を今に残す。駅チカでありながら昼も夜も雑音がなく、遠くから聞こえてくる鳥の声や水の音が、心身をリフレッシュさせてくれる環境だ。

愛らしい名前が付いたこの宿を経営するのは、中島彩希さん。モンペに割烹着という、昭和期のおかあちゃんのような出で立ちが妙に似合う、笑顔の素敵な女性だ。幼少期は、地元・唐津のことを「すごく田舎だから、早く県外に出たいと思っていた」という。高校から県外に移り住み、卒業後は九州で最も人口が多い福岡市で就職。プライベートも仕事も充実した毎日で「何の不満もなかった」。
しかし、5年間働いた職場を突如辞めて、25歳でUターンを決意。古民家を利用したゲストハウスを開業すべく、空き家バンクに登録した。ほどなくして2階建ての古民家を借り受け、改装して、開業にこぎ着けた。

なぜ、幼少期に愛着のなかった地元へ戻り、ゲストハウスを開業する決意に至ったのだろうか。

バックパッカーとして世界中を旅行。そこで地元の価値に気付かされて

中島さんは高校時代に海外使節団の一員になったことをきっかけに、海外に興味を持つようになった。就職後は休暇を取ってはバックパッカーとなり、ヨーロッパ、中東、東南アジアなどを一人で自由に旅して回った。「海外では、“地元の生活目線で暮らすように旅をする”をテーマに過ごしていたので、偶然の出会いも多くて、とても面白かったですね。言葉がいらない世界っていいなと思いながら、過ごしていました」と中島さん。そこで出会った人に地元の話をしたところ「ゲストハウスがあったら、唐津にも遊びに行くのに」と、思いがけない一言を投げかけられた。

あらためて唐津を歩くと、当たり前に見ていた景色が、色鮮やかに映り始めた。特に中島さんの心を突き動かしたのは、唐津市大石町にある銭湯「恵びす湯」だ。温泉地が各地にある佐賀県には銭湯文化がないため、えびす湯は佐賀県にある唯一の銭湯。かつては市民の憩いの場として栄えたが、ここ数年は利用者が減り、入浴料280円では設備機器の修繕もままならず、廃業の危機に陥っていた。「銭湯巡りが好きだったので、かつて社交場として栄えた銭湯がなくなることにとても危機感を覚えました。市にどうにか救ってほしいという気持ちで陳情書を出しましたし、ゲストハウスを造ったら、えびす湯に人を紹介できるとも思いました」と中島さん。同時に、海外へ向いていた視線も、国内、地元へと向くようになり、地元へ戻る決意を固めていった。
現在、「恵びす湯」は多くの存続を望む声に後押しされながら、営業を継続している。鳩麦荘に宿泊したら、佐賀県唯一の銭湯もセットで楽しみたいものだ。

古民家は空き家バンクで見つけた。改装工事も、大家さんの親戚にしてもらったおかげで、格安で済んだそう古民家は空き家バンクで見つけた。改装工事も、大家さんの親戚にしてもらったおかげで、格安で済んだそう

まちと人を繋ぐ「勝手口」のような役割を果たしたい

「収入は半分ぐらいになりましたけど、どうにか暮らせていますし、次も面白いことをしようという体力もあります。福岡にいるときは、髪や爪や洋服をキレイに整えて、交際費もかかっていましたが、今は靴も1足で、爪の間に土が入っていることもあります(笑)。でも、私は都会で頑張り続けることに、少し苦しさがあったので、畑を作ったり、芋掘りに行ったりしている今の方が、不必要なものが削ぎ落とされて、心穏やかに過ごせています」と、ポジティブに生きている。

自分らしさを取り戻したと同時に、唐津のよさを再発見した中島さんは、マクロ的に、町に活気を与える活動をしていきたいと目を輝かせる。「個人で古民家を再生して、活用できることがわかったので、町にある“なくなっていくかもしれないもの”に気付いたら、どうにかしていきたいという思いが強くなりました。生活者目線で唐津の良さを伝えたり、自然の流れで移りゆくまちの変化に携わることで、唐津がもっと面白くなったら嬉しいですね。実は、鳩麦荘に泊まった方が、唐津市に移住されたんです。移住先を探している方が泊まってくれることもありますし、ここが、旅人と地域を繋ぐ「勝手口」になれたら、なおさら嬉しいです」と中島さん。

最近では地域のFMラジオでラジオパーソナリティを務めたり、アパートの一室で本屋兼喫茶店を営んだりと、活動の幅を多角的に広げている。一度離れたからこそ気付くことができた、故郷の素晴らしさ。その魅力を、これからも世界中に発信していくつもりだ。

玄関横には、唐津焼や唐津の作家が手がけた作品を並べ、多角的に地元の魅力を伝えている玄関横には、唐津焼や唐津の作家が手がけた作品を並べ、多角的に地元の魅力を伝えている

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