人口流出に悩む町を元気にしたい。ちょっとした会話が一大プロジェクトに!

静岡県伊豆市。2004年に修善寺町など4つの町が合併して誕生した、伊豆半島のほぼ中央に位置する都市だ。発足時の人口は約3万8,000人、2016年8月現在は約3万2,000人と人口の減少が進んでいる。

そんな伊豆市で、今年3月に始まった面白い試みが注目を集めている。その名は「ドット・ツリープロジェクト」。12戸の住まいと10棟のオフィス(+管理棟)をセットにしたコンセプト型賃貸住宅が集まる区画をつくり、市内に人と仕事を呼び込もうというもの。1本の木に12個の人やビジネス=ドットが集まり、大きな実に育っていく。やがてその実から生まれた種は、色々な場所に新しい「木」をつくっていく。そんな想いがプロジェクト名の由来となっている。

「高校卒業までこの町で育ち、学生時代、そして就職後20年近く東京に住んでいました。40歳を迎える少し前に家業を継ぐために戻ってきたのですが、町の衰退ぶりに驚くと同時に悲しくなりました。人口が減少し将来に不安を持っている人が多く、このままこの町で暮らし続けていいのか迷っている人もたくさんいると聞きます。当社の工場跡地である約2,200m2の土地を使い、地域全体をどうにかして活性化させたいと考えました」と語るのは、物件のオーナーであり、建材資材会社「古藤田商店」社長の古藤田博澄さん。

そんな時に思い出したのが、清掃などの地域活動で何度か顔を合わせたことがあるNPO法人サプライズの飯倉清太さんだった。「自分たちが暮らしている地域を活性化するために、何か良い方法はないだろうか」という立ち話程度のちょっとした会話がきっかけとなり、大きなプロジェクトとして動き出したという。
「飯倉さんとの出会いがすべてでしたね。かけがえのない出会いだったと思います」

修善寺の色である「朱色」と、修善寺の竹林の小径を思わせる「緑」をイメージして建てられたオフィス棟。</br>中庭はバーベキューパーティなど様々なイベントに活用されている貴重なスペース。</br>ここに住む人たちだけでなく、マルシェの開催など地域交流の場としても機能している修善寺の色である「朱色」と、修善寺の竹林の小径を思わせる「緑」をイメージして建てられたオフィス棟。
中庭はバーベキューパーティなど様々なイベントに活用されている貴重なスペース。
ここに住む人たちだけでなく、マルシェの開催など地域交流の場としても機能している

移住・定住のためには仕事が必要。そこで賃貸ルームとオフィスをセットで貸し出し

飯倉さんの部屋から見た眺め。ゆとりを持たせて建物が並んでいることがわかる。「グループとして何かを一緒にできるのは12人(1ダース)までで、それ以上になるとプロジェクト全体をコントロールできないと考えました」(古藤田さん)飯倉さんの部屋から見た眺め。ゆとりを持たせて建物が並んでいることがわかる。「グループとして何かを一緒にできるのは12人(1ダース)までで、それ以上になるとプロジェクト全体をコントロールできないと考えました」(古藤田さん)

「伊豆を驚かせよう!」がコンセプトと法人名の由来となっているサプライズ代表の飯倉さんは、2013年より内閣官房地域活性化伝道師に就任。静岡県を中心に、地域のリーダーの育成や、新たな地域の魅力の発掘、販路開拓やビジネスモデル構築などの手助けを行ってきた。サプライズは、ドット・ツリープロジェクトのソフトデザインと管理を担っている。

「工場跡地の大きなスペースに何をつくれば地域の活性化につながるかを古藤田さんと一緒に考えました。伊豆市に移住してもらうといっても、仕事をしてお金を稼ぎ、生活できるか基盤をつくることが何より必要です。仕事を軸に考えないと移住・定住は無理だと思いました。そこでコミュニティの軸となるオフィス棟の建築と同時に、通勤のストレスをなくす職住近接の賃貸住宅をセットにつくろうという考えに至ったのです」(飯倉さん)

職住近接の賃貸住宅の建築を考案したものの、人口減少が著しい伊豆市において、すぐに入居者を獲得できるかという大きな不安があったと振り返る古藤田さんと飯倉さん。近隣の賃貸住宅の空室率は3割弱というデータも2人を慎重にさせた。「まわりの人には『賃貸住宅を12戸もつくったら、絶対に空室が出る』と反対されました」と笑う。

「1億2,000万人のうちの12人だと考えたらどうにかなるのではないかと腹をくくりました。当初から飲食店のような不特定多数を対象とする店舗運営などは考慮していませんでしたし、特定少数にこだわり、仕事にプライベートに元気のいい人たちに入居してもらいたいと考えました」(古藤田さん)

3月の竣工時には12戸中10戸の入居者が決定し、残る2戸もほどなく入居者が決まった。
2LDKの賃貸ルームと約15m2のオフィスがセットで、家賃は月に13万5,000円。視察の受け入れなどいくつかの条件を満たすことで10万5,000円に減額している。2年契約なので、たとえ空きが出たとしても次の入居は2年後。もちろん空きが出ない場合もある。

何よりも「人」。住む人、仕事でのネットワーク、地域の人とのつながりを大切に

中庭を囲むようにオフィスやショップが並ぶ。職住近接、長い時間を過ごす同士のような付き合いが、新たなビジネスチャンスを生み出している中庭を囲むようにオフィスやショップが並ぶ。職住近接、長い時間を過ごす同士のような付き合いが、新たなビジネスチャンスを生み出している

入居募集は、説明会を1回行ったほかはSNSでの発信と口コミ、新聞報道のみ。広告は1回も出稿していないため、広告宣伝費はゼロ。しかし、話題性もあり多くの問い合わせがあったそうだ。

ドット・ツリープロジェクトで面白いのが、入居希望者に面接を行ったこと。12人がキャパシティの物件に、30人以上の応募があったという。
「僭越ですが、ただ住むだけを考えている人はお断りしました。ビジネスパートナーとして一緒に活動できる責任感のある人、性格的に合うことや仕事への情熱、人の魅力にあふれている人などを選ばせていただきました。この場所で何かを創造し発信するためには、何よりも『人』が大切だと考えました」と古藤田さん。「入居者のことはメンバーと呼んでいます」話す古藤田さんの言葉からも、いかに“仲間意識”を重視していたのかがうかがえる。

プロジェクトの12の事業は、1業種1社限定。その理由は、ビジネスのバッティングを避けることと、それぞれの事業や取り組みを連携させて新たなビジネスを創出するため。カメラマン、ウェブデザイナー、建築家、小売店経営者、鹿革デザイナーなど様々なジャンルの個人事業主がオフィスを構え、すでに協働での事業も生まれている。

協働のきっかけづくりになるのが、月に1度行われるランチミーティングなどのイベント。さらに、「日本人が忘れかけた暮らし」と古藤田さんが話す、長屋風の暮らし。気軽に中庭に集まり食事やお酒を楽しみながら交流を深めるコミュニティそのものが、新たなビジネス誕生に大いに貢献している。

地域との交流も積極的に行い、「伊豆を元気にする会議」「伊豆を元気にするマルシェ」など、敷地内でそれぞれ月1回ほど開催。オフィスの外観デザインとカラーリングは、静岡デザイン専門学校の校長と飯倉さんが面識があるという縁で同校に依頼。天城の木材を使用したウッドデッキは、地元の高校生と一緒に1週間ほどかけてDIYしたものだ。このような交流も、ドット・ツリープロジェクトが地元に認知され、溶け込むきっかけとなっているのだろう。

「伊豆八十八カ所霊場」の復興を掲げ、地域の活性化を目指す

写真上/左から、オーナーの古藤田博澄さんと、NPO法人サプライズ代表の飯倉清太さん。ドット・ツリープロジェクト誕生の立役者 写真下/伊豆88遍路の皆さん。左から、会長の遠藤貴光さん、常駐スタッフの遠藤駿さん、副会長の中江章喜さん。「伊豆八十八カ所霊場」の復興が楽しみだ写真上/左から、オーナーの古藤田博澄さんと、NPO法人サプライズ代表の飯倉清太さん。ドット・ツリープロジェクト誕生の立役者 写真下/伊豆88遍路の皆さん。左から、会長の遠藤貴光さん、常駐スタッフの遠藤駿さん、副会長の中江章喜さん。「伊豆八十八カ所霊場」の復興が楽しみだ

ドット・ツリープロジェクトを立ち上げた側の古藤田さんと飯倉さんの話を中心に紹介したが、実際に暮らし、事務所を構えている人たちはどのように感じているのだろうか?
ドット・ツリープロジェクトに参画している1社、伊豆88遍路(いず はちはち へんろ:伊豆霊場振興会)の第四代会長の遠藤貴光さんと、副会長の中江章喜さんにお話を聞くことができた。2人とも別に事業を行っているものの、伊豆88遍路の活動にどっぷりはまっていると笑う。

「中江さんと飯倉さんが知り合いという縁からこのプロジェクトの話を聞いて興味を持ち、建築中に見学に来ました。人的ネットワークを構築できると思ったこと、何より飯倉さんの人柄に惚れたことが、ここに事務所を構える決め手になりました」と遠藤さん。

伊豆88遍路が取り組んでいるのが、地域の活性化と経済の発展を願った「伊豆八十八カ所霊場」の復興活動。江戸時代、伊豆は四国と大差ないほどの巡礼者で賑わいを見せていたと話す遠藤さん。しかし、現在の年間巡礼者数は、四国の約30万人に対して、わずか50人ほどという。四国も伊豆も通しで行脚した遠藤さんは「どちらも素晴らしい霊場だった」と振り返り、さらに温泉の多さなどインフラの充実に関しては伊豆の方が上だと断言する。

「観光協会やお寺さんに置いてもらうポスターやチラシ、携帯アプリなどをつくっているのですが、こういうことをやろうとすると総合的に色々な知識や人脈が必要です。素材に必要な写真は入居しているプロカメラマンに依頼できますし、遍路小屋が欲しいと思えば入居している建築家に依頼できます。『お寺でヨガ』みたいな企画を立てたとしても、ヨガの専門家も目の前にいるのですぐに行動に移せます。色々なアイデアが浮かびますね。お寺さんにも良くて、巡礼する人も楽しめる。地域が潤うのと同時に、行動を共にしたメンバー全員に利益が出れば良いと考えています。
ワークとライフをセットにして、個人事業主にスポットを当てたドット・ツリープロジェクトに参加して、本当に良かったですね。元気のある人と話していると、物事の考え方がものすごくポジティブになれます」と遠藤さん。

「夕方になると自然とバーベキューが始まるとか、まるで今風の長屋ですね。それぞれが知り合いを連れてくることで人的ネットワークが広がりましたし、ここに入居して得られたメリットはお金には変えられないと思います」と中江さん。

伊豆88遍路では、ドット・ツリープロジェクト内のオフィスに「札所0番」としての機能を持たせ、遠藤さんの息子さんの駿さんが常駐。お遍路希望者への作法の案内や巡礼中のトラブル対応、旅館の手配など「伊豆八十八カ所霊場」の総合的な案内を行っている。

職住近接によるコミュニティ形成で、新しいビジネスの形を創造・発信するドット・ツリープロジェクト。個人的にも伊豆は大好きで、年に何度も訪れる場所。今後も「伊豆を元気にする」活動に注目し、近いうちに伊豆88遍路の取り組みも含め、それぞれの活動なども報告したいと思う。

■ドット・ツリープロジェクト
http://dot-tree.com/

■ドット・ツリープロジェクト・フェイスブックページ
https://www.facebook.com/ドットツリープロジェクト修善寺-1629484433935990/

■伊豆88遍路(伊豆霊場振興会)
http://izu88.net/

2016年 09月13日 11時05分