進むDIY・カスタマイズで、賃貸住宅の楽しみが増えている

Do It Yourself (ドゥ・イット・ユアセルフ:以下、DIY)の言葉が使われるようになったのは、日本で初めてDIY関連商品を扱う本格的なホームセンターが誕生した1972(昭和47)年頃のことである。その後、DIY用品を総合的に取扱う小売店舗やホームセンターは増加し、全国で4,500店舗を超え、市場規模約4兆円と言われるまでに成長しているという(※参考:一般社団法人 日本ドゥ・イット・ユアセルフ協会)。古くは「日曜大工」で、お父さんが椅子や机を作る…ようなイメージが大きかったが、今やインテリア雑誌や暮らし方にこだわる住宅雑誌・テレビなどでも、住まいを自分らしく変えていく企画や特集が人気である。

日本が人口減少をむかえる中、住宅産業界を取り巻く経済環境は厳しい状況にある。不動産がフローからストックへと移行する変化の中、中古物件のDIY・リノベーション・カスタマイズは注目を集めている。その中でもDIYによる改修は、自分たちで住まいを変更していく楽しさから、“住まいに愛着が湧く”というメリットも持ち合わせている。

住まいを変えていく楽しさは、持ち家だけに限らない。かつての賃貸住宅は、賃貸借契約による原状回復義務の契約条件により"釘一本打てない"ことが多かったが、そこにも“住まいを自分なりに変更して楽しむ”という波は拡がってきている。少し前には、壁紙を自由に変えられることが注目されたが、今やそれは珍しいことではなくなりつつあり、床や天井、収納などを自由に変えていくことで“したい暮らし”を実現させる例がいくつも出てきている。

DIY賃貸借事例:写真上は、簡単な棚の設置。</br>写真下は、床・壁・天井の素材の変更、戸襖の撤去。DIYといってもその範囲は幅広い</br>(国土交通省:ガイドブック「DIY型賃貸借のすすめ」より)DIY賃貸借事例:写真上は、簡単な棚の設置。
写真下は、床・壁・天井の素材の変更、戸襖の撤去。DIYといってもその範囲は幅広い
(国土交通省:ガイドブック「DIY型賃貸借のすすめ」より)

“良質な住宅ストックを長く大切に利用する社会の実現”へ
個人住宅の賃貸流通の促進に向けた取り組み

国土交通省住宅局住宅総合整備課賃貸住宅対策室 課長補佐 秋山康夫さん国土交通省住宅局住宅総合整備課賃貸住宅対策室 課長補佐 秋山康夫さん

住まう側に“DIYで住まいを変えていく楽しみ”が拡がっている一方、特に個人で物件を持つ側・貸す側にとって、未だ経験がないことから、うまくそのニーズを活用できていないのが現状である。

総務省統計局が2015年2月26日に公表した「平成25年住宅・土地統計調査」によると、空き家の数は調査の度に増加。1993年に448万戸だったところ、2013年では約820万戸と、この20年間で1.8倍になっている。空き家率でみると、1998年に1割を超え11.5%となり、その後も一貫して上昇を続けている。最も多いのは「賃貸用の住宅」(約429万戸)であるが、賃貸用でない個人所有の「一戸建て」も約230万戸と全体の3割強を占めている。このような個人所有の物件の活用について、貸す等、機会があれば活用したいと考えている所有者は多いようだ。

国土交通省では、これまでも、個人所有の住宅につき賃貸住宅としての流通を促進することを目的に、2013年度には「個人住宅の賃貸流通を促進するための指針(ガイドライン)」を、2014年度にはDIY型賃貸借の活用に向けての実施スキームや契約上の留意点等に関する報告書をとりまとめてきた。

そして今回、2016年4月15日、国土交通省は「DIY型賃貸借に関する契約書式例」と、活用にあたってのガイドブック「DIY型賃貸借のすすめ」を作成し、公表した。公表された「DIY型賃貸借に関する契約書式例」と活用にあたってのガイドブック「DIY型賃貸借のすすめ」について、国土交通省住宅局住宅総合整備課賃貸住宅対策室の秋山康夫さんにお話を伺ってきた。

賃貸住宅の空室対策にも有効。
貸主と借主、双方のメリットがあるDIY型賃貸借

「急増する空き家の増加の抑制を目的に、ボリュームの大きい個人住宅を賃貸として流通させる方策のひとつとしてDIY型賃貸借を提示し、今般、契約書式例とガイドブックを公表しました。個人住宅に限らず、賃貸住宅の空室対策として活用いただくことも有効です。

DIY型賃貸借はオーナーと入居者それぞれにメリットがあり、WIN-WINな契約類型ではないでしょうか?オーナーは原状有姿で貸出し、長期入居により手を入れてもらうことで、退去時に部屋がグレードアップしている可能性がありますし、入居者は持ち家感覚で愛着を持って暮らすことができます。

ただ、一般的な賃貸借契約と同様に現状回復などのトラブルも懸念されるため、貸主・借主との間で十分に協議し、合意していただいた上で、本契約書式例をご活用いただきたいと思います」と秋山さんはいう。

確かに空室で困っていた賃貸物件が、DIYやカスタマイズを可能とし、そのプランニングを貸主・借主双方で行うことで円滑なコミュニケーションが生まれ、その入居者の満足が口コミによって拡がり、満室となる人気物件も多くなってきた。住まいに手を入れ続けることは、住む側にとっても貸す側にとっても物件を大切に扱うこととなり、結果、築年が古くても価値が落ちない、むしろ設備などがアップする可能性を秘めている。

DIY型賃貸借は貸主・借主にとって、双方メリットが大きいと思われる</br>(国土交通省:ガイドブック「DIY型賃貸借のすすめ」より)DIY型賃貸借は貸主・借主にとって、双方メリットが大きいと思われる
(国土交通省:ガイドブック「DIY型賃貸借のすすめ」より)

DIY型賃貸借は事前の取り決めが肝。
貸主・借主双方の協議と合意で未然のトラブル防止にも

ちなみに国土交通省は今回のDIY型賃貸借の定義を、"借主(入居者)の意向を反映した改修(※DIY工事)を行うことができる賃貸借契約やその物件(改修工事の費用負担者が誰かを問わない)"としている。
契約書式例は、借主負担により小規模な改修を行う場合を想定。契約書式として「賃貸借契約の特約の例文」「申請書兼承諾書・別表」「合意書」の3つの書面を使用する。
各書面の役割は以下の通り、

■賃貸借契約の特約の例文
・DIY工事の取扱いについては、承諾書及び合意書の規定に従う
■申請書兼承諾書・別表
・申請書部分:DIY工事の実施の承諾を求める書面(借主→貸主)
・承諾書部分:DIY工事の実施を承諾する書面(貸主→借主)
・別表:DIY工事の内容や原状回復義務など取決め事項について箇所ごとに記載
■合意書
・別表で取決めた事項について、貸主・借主双方の権利義務を明確にするための書面

秋山さんは、
「一番、大切なのは貸主・借主がDIY工事内容について、事前に十分に協議と合意をすることです。そのためには、オーナーと入居者が十分にコミュニケーションをとることが大切です。
今回の契約書式例の整備によって、契約上の留意点や契約手順は示すことができたと思いますが、施工面については、課題が残ると認識しています。個人の入居者にとっては、工事器具の使い方や、使用素材の選定、施工方法などが分からない方も多いと思います。また、オーナーも"どの程度まで建物に手を加えることを許容できるのか"など悩ましいと思います。
そういった場合、専門業者が関与することで解決できることも考えられますので、入居者・オーナー・不動産会社や工務店とも一緒になって、取り組んでいただくことをおすすめします。また、DIY型賃貸借の普及を通じて、住宅に手を加え、住み続けるほどに価値が向上していく文化が定着していくことを期待しています」という。

申請書兼承諾書(左)と別表(右)。別表はDIY工事内容や原状等の概要を箇所ごとに記載し、申請書に添付する</br>(国土交通省:「DIY型賃貸借に関する契約書式例」より)申請書兼承諾書(左)と別表(右)。別表はDIY工事内容や原状等の概要を箇所ごとに記載し、申請書に添付する
(国土交通省:「DIY型賃貸借に関する契約書式例」より)

普及促進のための「DIY型賃貸借のすすめ」ガイドブック

今回、公表された資料で分かりやすかったのは、普及促進のために作成されたガイドブック「DIY型賃貸借のすすめ」である。
1)DIY型賃貸借とは?
2)DIY型賃貸借でできること
3)DIY型賃貸借の手順
4)DIY型賃貸借契約の取決め事項のポイント
5)DIY型賃貸借に関する契約書式例の解説
と、貸主・借主の双方のメリットや契約時の取決め事項のポイントなど、知りたいであろうことが分かりやすく説明されている。国土交通省のホームページからダウンロードできるのでぜひ参考にしてほしい(※記事下のURL参考)。

例えば地方でも、古民家再生などDIYによって物件が活用される事例も多くみられる。人口は減少傾向にはあるが個人のライフスタイルは逆に多様化しており、二拠点生活や週末田舎暮らし、趣味のための海辺の家、農業をするために民家を借りる…など空き家活用の事例もいくつも出てきている。持ち主にとっては、"他人には価値がないのでは?"と思う空き家や空室でも、"DIY可"とすることで、新たな賃貸ニーズが生まれる可能性もある。

このDIY型賃貸借に関する契約書式例及びガイドブックが、貸主・借主双方のコミュニケーションを高め、空き家の賃貸化の促進や、賃貸物件活用の一助となることを期待したい。

■国土交通省 参考資料:
DIY型賃貸借に関する契約書式例とガイドブックの作成について~個人住宅の賃貸流通の促進に向けて~:
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000046.html
ガイドブック「DIY型賃貸借のすすめ」:
http://www.mlit.go.jp/common/001127624.pdf

「DIY型賃貸借のすすめ」ガイドブック。</br>DIY型賃貸借の定義や、メリット、手順、契約の取決め事項のポイントなどがわかりやすく書かれている「DIY型賃貸借のすすめ」ガイドブック。
DIY型賃貸借の定義や、メリット、手順、契約の取決め事項のポイントなどがわかりやすく書かれている

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