東西二つのにぎわいの核を結ぶ「県庁通り」が「ハレまち通り」に生まれ変わった
岡山県の県庁所在地・岡山市の中心市街地にある、にぎわいの核となる商業集積エリアは、表町(おもてちょう)と呼ばれる地域を中心とした岡山城の城下町だった「旧城下町エリア」と、JR岡山駅前にあたる「岡山駅周辺エリア」という東西二つのエリアがある。両エリアは約1km離れており、これらを結ぶ道路で代表的なものが「桃太郎大通り」だ。桃太郎大通りは、約50mの幅員があり、路面電車が通り、広い歩道が整備された大型の道路である。
桃太郎大通りのほかに、両エリアを結ぶ道路として「県庁通り」という道もある。岡山駅前の市役所筋「下石井1丁目」交差点から旧城下町エリアの表町商店街を通過し、岡山城の南側の岡山県庁を経て、岡山三大河川の一つ・旭川を渡った先の「古京」交差点まで続く、約2kmの道だ。桃太郎大通りに対して県庁通りは、西から東方面へ向けての一方通行で、幅員は約15mであり小規模である。正式名称は「市道錦町古京町線」という。
2022年3月、県庁通りの再整備が完了し、道路の愛称が新たに「ハレまち通り」に改められた。再整備されたのは市役所筋「下石井1丁目」交差点から、柳川筋「郵便局前」交差点までの約600mの区間だ。
県庁通りの再整備区間約600mは、もともと人通りの多い道ではなく、沿道に飲食店やアパレル店などの若者向けの店は少なかった。1990年代から2000年代前半、この区間とその周辺にある空き店舗に、若者向けのアパレル店やセレクトショップなどが出店するようになり、県庁通りは注目される。
飲食店も出店し、通りを歩く人も増加した。それまで岡山駅周辺と旧城下町エリアを移動する際は、路面電車やバスなどを使うか、桃太郎大通りを歩くかだったのが、県庁通りを歩いて両エリアを移動する人も増えたのだ。
しかし、2000年代終わりごろから2010年代前半にかけ、岡山駅の南西約3.5kmにある問屋町地区に若者向けの店が多く出店するようになる。それに合わせるかのように、次第に県庁通りから人が離れていった。県庁通りの再整備には、このような背景があった。
「県庁通りを再整備してハレまち通りに生まれ変わったことにより、通行する人が増加し、街中の人の流れが変わりました。沿道への新規出店も増え、雰囲気が明るくなって街に活気が出たと思います」と語るのは、岡山市 都市整備局 都市・交通部 庭園都市推進課の街なかにぎわい推進室の小林 昌樹(こばやし まさき)担当係長。
小林さんに県庁通り再整備の経緯、ハレまち通りの特徴、再整備後の状況などについて話を聞いた。
※参考:
岡山市の中心部・表町に誕生した「岡山芸術創造劇場 ハレノワ」。文化・芸術の歴史ある商人町と娯楽の町に活気を
生まれ変わる岡山市「問屋町」。"幽霊団地"から広い道路と古い建物を活用した"海外のようなおしゃれな街"に
路面の老朽化や市街地の回遊性向上の必要性から、県庁通りの再整備へ
小林さんによると、県庁通りの再整備には、先述のように県庁通りに再びにぎわいを呼び込む目的もあるが、ほかにも理由があったという。
「きっかけの一つは、2014年に県庁通りのちょうど西側の起点となる場所へ中国・四国地方随一の規模になる大型ショッピングモールがオープンする計画があったのです。この出店は、近隣の岡山駅前エリアだけでなく、旧城下町エリアの客足にも大きく影響を与えるほどのインパクトがありました。大型ショッピングモールへのにぎわいの極度な集中を避けるには、両エリア間を含めた市街地の回遊性を高める必要性があったのです」
実は、まちづくりにおける県庁通りの活用の可能性は、以前より指摘する声があった。そのため1990年代後半には、バストランジットや歩行者天国などの実証実験が幾度か試みられたが、いずれも実証実験止まりで実行まで至っていなかったのである。
また、ほかのきっかけもあったと小林さんは話す。「当時の県庁通りの再整備区間は、老朽化により路上のタイルがボコボコしていました。つまずいたり、車椅子が走行しにくかったり、降雨時に水たまりがひどかったりという支障が出ていました。街路樹は老木化して、見栄えの面でも問題があったのです。さらに夜は暗く、夜間の歩行を避ける人もいたほど。このような県庁通りの状況もあったので、再整備の声があがっていました」
さらに2013年、新たに大森 雅夫(おおもり まさお)氏が岡山市長に就任。大森市長は、中心市街地のにぎわい創出に力を入れる方針を示していたことも、県庁通り再整備が進展する要因になった。
こうして2014年に、市役所の街なかにぎわい推進室が県庁通り再整備事業を担当することになり、事業が動き始める。再整備の方向性として示されたのは、県庁通りの西側約600mの区間で実施すること、2車線一方通行を1車線一方通行に変えた上で、歩道を拡幅して路面舗装を整備することだった。
「県庁通りの再整備は、反対意見から始まりました。通りの周辺の事業者や住民から、2車線を1車線にすると、通りが渋滞するのではないかという声があがったのです。また、タクシー・運送業界からも反対の声がありました。1車線化と歩道拡幅により、業務のために車を停める場所がなくなるとのことでした」
そこで市役所は、1車線化の実証実験を行い、渋滞等の影響はほとんどないことを確認。業務車両の停車場所の問題は、再整備区間内に適宜停車するスペースを確保することにした。また、職員が沿道の関係者全員を回り、丁寧に説明をしていき、理解を得ていったという。地道な活動により、少しずつ反対を解消していったのだ。
「沿道の方の懸念点解消や各方面との協議で、およそ2年くらいかかりましたね。特に大変だったのが、警察との協議。警察の方は安全面の心配が第一にありますので、非常に細やかな点まで調整を行いました」
県庁通りの詳細な整備内容は、沿道や周辺の事業者や住民と「県庁通りデザインミーティング」を組織し、参加者と何度も説明会やワークショップを繰り返したという。その中では、有識者を招いて、整備後の歩道を活用してどんなことができるかを考えるワークショップなども実施した。ミーティングで出された案をもとにした実証実験も実行。たとえば、歩道の一部を活用したイベントなどだ。
「少しずつミーティングの参加者が増え、活気のある意見交換ができるようになりました。参加者からの声を生かし、再整備の内容に反映していきながら、具体的な再整備内容が固まっていきました」
そして、2020年1月にいよいよ再整備工事が始まる。2022年3月に再整備工事が完成。さらに再整備区間の道路愛称を新たに定めることになり、名称を公募した。応募数は391件あり、同年10月にその中から「ハレまち通り」に愛称が決定。岡山県の別名「晴れの国」に由来する名前だ。
主役は歩行者に。歩いて楽しくて、滞在したい道路空間を目指す
県庁通りは再整備で車道が1車線化したことにより、歩道の幅が拡大した。再整備前の歩道幅は片側約3.5m。再整備後は、場所により歩道幅は異なるが、最大で片側約5.75mになっている。
「一番の特徴は、歩道幅が拡大したことにより、都市再生特別措置法の『道路占用許可の特例』制度の要件を満たしたことです。歩道の1m区間を占用し、さまざまなことに利用できます。オープンカフェやテラス営業など、にぎわい創出のための活用が期待できます」
老朽化でボコボコになった路面タイルは、きれいなものに新調され、歩きやすくなった。1mの占用区間と、歩行区間でタイルのデザインを変え、占用区間を分かりやすくする工夫もしている。
車道は1車線にしただけでなく、クランクを設置することにより速度抑制をうながすようにした。また、自転車通行帯も設置し、歩行者優先の道路になっている。計画段階から要望があった、運送事業者用の停車スペースも適宜設置。バス停がある箇所もスペースを広く取っている。
さらに老木化した街路樹や、夜が暗いという声を反映し、新たに街路樹を植樹し、街灯を新設した。街路樹と街灯が一直線に並ぶように配置されており、道の「抜け感」を重視。通りの向こう側まで見渡せる、開放的な雰囲気を追求した。
なお、街路樹の樹種はアヤケヤキ。視界より比較的高い位置で枝が広がるので、開放感がある。高木であることから木陰ができやすいのも利点だ。アヤケヤキは6〜7mの高さのものを、約8m間隔で植樹している。なお、再整備以前の街路樹はヤマモモだった。低い位置で枝が広がるので、圧迫感があるという声もあったという。
街灯にも工夫があり、電球色の連続照明や植栽のアッパーライトを設置することで、明るくきれいな夜間景観になるよう意識している。灯具は筒型を使用し、広がりのある明るさを演出した(一部は笠型を使用)。
ほかに再整備で特徴的なことが、歩道へのベンチ・テーブルの設置だ。ハレまち通りの歩道に31ヶ所設置している。ベンチとテーブルは、通りの雰囲気に合うように海外製のものにこだわっているという。道路を単に通過するためのものではなく、滞在するためのものにしようという試みだ。
「再整備では沿道の方の意見も取り入れながら、歩行者が主役で、歩いて楽しい道路空間を目指したデザインになっています」と小林さんは話す。
通行量は1.3〜1.4倍になり、27軒の新規出店。通行者の約8割が再整備に肯定的
再整備後の状況について、2023年に岡山市役所は調査を実施し、再整備前の2018年と再整備後の状況を比較した。
平日8〜19時の歩行者通行量は約1.3倍に増加し、休日10〜16時の歩行者通行量では、約1.4倍に増加したという。さらに沿道には再整備後、新たに27店舗の出店があった(1階のみ。店舗の入れ替えを含む)。これはハレまち通り沿道店舗全体の約3割にあたる。新規出店のうち居酒屋等の遊興飲食店が9店、カフェ等の飲食店が5店、ファッション系が5店などだった。
歩行者へのアンケートでは、646人の回答者のうち、「とても良い」が39.2%、「良い」が40.1%であり、約80%が肯定的な感想を抱いている。なお「どちらとも言えない」は18.3%だった。「悪い」「とても悪い」という否定的な声は3%に満たない。
再整備前に懸念された一つに、ハレまち通りの1車線化による周辺への自動車交通の影響があった。再整備後は通りの主要交差点での渋滞発生は、限定的な時間帯での小規模なものにとどまっている。これらの渋滞も、再整備前から発生していたもの。実証実験と同様に、再整備後でも交通への影響は小さいと考えられよう。
※参考:
ハレまち通り(旧:県庁通り)再整備における事業効果について|岡山市(PDF)
https://www.city.okayama.jp/shisei/cmsfiles/contents/0000007/7329/20240412_koukakensho_syosai.pdf
また、計画時に組織された「県庁通りデザインミーティング」は「ハレマ協議会」に改組され、沿道の駐車場や企業敷地を使ったマーケットイベント「ハレマ」を開催。歩道の1m占用区間も活用しながら、年に数回実施している。
「まちづくり組織の発足、周辺を盛り上げる動き、にぎわい創出の取組みなど、沿道におけるまちづくり活動が活発化したのも成果ではないでしょうか。あと、旧城下町エリアに大学があります。ハレまち通りを通って通学する学生を多く見かけますね。駅前から旧城下町エリアまでの移動方法がいろいろある中、ハレまち通りを通ることを選んで通行しているようです。これもうれしい成果だと思います」と小林さんはほほえむ。
再整備による沿道で営業する店舗への影響
ハレまち通りにある、人気のドリンク店「マルゴデリ」は、県庁通り時代の2001年にオープンした。果実を使ったフレッシュジュースやコーヒーなどが看板の店だ。約25年にわたり営業してきた、県庁通り・ハレまち通りを代表する店の一つといえる。通りの移り変わりも見てきたという、代表取締役の平野 裕治(ひらの ゆうじ)さんに話を聞いた。
「県庁通り時代の2000年代前半、一時は通り沿いに店が増えましたが、再整備前の2010年代前半は空き店舗が増え、街の魅力が低下しかけていると感じていました。再整備したあと、かなり人通りは戻ったと感じています。むしろ、過去よりも人通りが多くなっているのではないでしょうか。市が調査した数字では1.3〜1.4倍と聞きましたが、体感ではもっと多いと思うくらいです」
「通りの印象が明るくなり、気持ちよいと感じる道になりましたね。気候がいいときは、店内のベンチより歩道のベンチに座ってドリンクを楽しむ人も多いです。再整備が終わった時期には、お客様からも『広くなって、路面もきれいになり歩きやすくなった』『夜でも不安に感じなくなった』という声を多く聞きました」
マルゴデリでは再整備後、歩道の1m占用空間を活用して店舗独自イベントを開催している。店先の占用空間を屋台のようにして、音楽を流しながら営業。また歩道に設置されたベンチ・テーブルも客に利用してもらう。不定期に開催しており、好評だとのこと。
「再整備前だと、通常時でもお客様が多いときは歩道に人があふれ、通行の邪魔になることがありました。今はお客様が多いときでも、十分な通行スペース確保ができるのは、営業上とても助かりますね」
また岡山市内で不動産企業のHITPLUS(ヒットプラス)を営む打谷 直樹(うちたに なおき)さんは、県庁通りがハレまち通りに再整備されることを機に、沿道にパン屋「PUBLIC(パブリック)」を新規出店した。打谷さんは、次のように話す。
「弊社の関連会社が通り沿いに物件を所有していますが、再整備前は空き店舗になっていました。そこで、再整備のための実証実験に協力することにしたのです。実証実験の内容は、店舗と歩道のオープンスペースを活用した立ち飲みイベントです」
実証実験は大変盛況で、手応えを感じたという。
「これまでは不動産業として、自分で店を営業をすることはありませんでした。実証実験を通じて『こんな雰囲気の街になったらいいな』と思い、自身で店を営業してみようと考え、出店に至りました。また一緒に実証実験を行った岡山市の当時の担当者・舌崎さんの熱意から、市の思いも強く感じ、一緒に盛り上げたいと思ったのです」
取材中、街行く人がフラリと店に立ち寄ったり、店のテラスで食事をしたりしており、ハレまち通りが整備されるときのテーマ「歩いて楽しい道路空間」を象徴するような光景といえよう。
なお平野さん、打谷さんも先述のマーケットイベント「ハレマ」を運営する「ハレマ協議会」に参画しており、店舗営業だけでなく沿道と周辺エリアの活性化にも力を入れている。
今後はソフト面の取組みが重要。再整備の真価が問われるのはこれから
再整備により成果があったハレまち通りだが、今後について課題もあるという。
マルゴデリの平野さんは、次のように話す。「歩道のベンチ・テーブルの活用法をもっと考えたいですね。当店の前のベンチは、たまたま当店がドリンク店なので利用しやすいですが、ほかの場所のベンチ・テーブルはもっと活用の余地があるのではないかと思います。あと、西川緑道公園を境にして東西で少し盛り上がりに差を感じています。西川は警察の管轄や連合町内会の区域など、さまざまな面で境界になっている影響かもしれません。ハレまち通り全体の盛り上がりにつながる活動を目指したいです」
また、HITPLUSの打谷さんは「実証実験で行ったオープンスペースの活用が、すごく良かったんです。しかしコロナ禍などさまざまな状況により、自身の店を開業後にオープンスペースの活用ができませんでした。しかし、ようやく店舗で夜に立ち飲み営業を始めることになりました。歩道の1m占用を大いに活用し、沿道とエリアの魅力をつくりたいですね。あと、沿道の店がいっせいに歩道の占用区間へ屋台やテラス席を出すようなイベントを、年に1回でも実施できればいいなと思います」と語る。
岡山市役所の小林さんは「歩道1m占用のさらなる活用を期待したいです。今後新たに立てられる建物は、歩道1m占用を意識した造りになる可能性があります。イベントなどの特別なときだけでなく、日々の営業の中で日常的に歩道占用を活用してもらえれば、活気が出るのではないでしょうか」と話す。
「ハード整備で終わるのではなく、むしろハードを使って何をするかというソフト面が重要。再整備の真価が問われるのはこれからだと思います。そのために、私たち市役所も沿道のみなさんと共に、ハレまち通りの活用法を考えていきたいです」と、小林さんは意気込む。
ハレまち通りを活用した、街をさらに盛り上げていく取組みに注目したい。
※取材協力:
岡山市
https://www.city.okayama.jp/
マルゴデリ
https://maru5deli.com/
PUBLIC
https://www.instagram.com/public_bakery/
HITPLUS
https://hitplus.jp/
ハレマ協議会
https://www.instagram.com/harema.okayama/
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