戦後の「チャンプルー文化」がスタートアップエコシステムの基盤に
沖縄県沖縄市(旧コザ市)の中心部にある一番街商店街。1975年に沖縄初のアーケード商店街として開業し、かつては県内屈指の商業地区としてにぎわっていたこの場所が、今では「世界にイノベーションを起こす挑戦者を生み出す商店街」へと生まれ変わりつつある。
「コザスタートアップ商店街(Koza Startup Arcade/以下、KSA)」と名付けられたこの取り組みは、2016年にスタートし、2022年から本格始動した。
シャッター街の再生事例は全国に数多くあるが、コザの取り組みが特徴的なのは、この街ならではの「チャンプルー文化」を基盤としている点にある。戦後の米軍統治下で培われた「多様性を受け入れる力」が、現代のスタートアップエコシステムの土壌となり、過去にロックミュージシャンを輩出した「挑戦者を支援する街」としてのDNAが、新たな形で花開いている。
コザの成り立ちと「チャンプルー文化」の形成
現在の沖縄市の前身であるコザ市は、第二次世界大戦後の米軍統治下で誕生した。1945年の米軍上陸後、嘉手納基地の建設とともに、基地周辺には自然と人々が集まり始め、この地は「コザ」と呼ばれるようになった。
東アジア最大の米空軍基地として機能する嘉手納基地の影響で、多くの米兵とその家族がコザ周辺に住むようになった。これが、沖縄の他の地域では見られない「チャンプルー文化」が生まれるきっかけとなった。アメリカンポップスやジャズ、ロックなどの音楽文化、ハンバーガーやステーキといった食文化、そしてアメリカンファッションが地元文化と融合し、独自の文化が花開いた。
しかし、異文化交流は必ずしも平和的ではなかった。1970年のコザ暴動など複雑な歴史を経て、1972年の沖縄本土復帰へと続いた。
コザという街の特徴は、「さまざまな人を受け入れ、これから何かを始めたい、挑戦したい人たちも受け入れる」文化にある。戦後から始まった街で歴史が100年に満たないため、地方都市にありがちな、しがらみや閉鎖的な雰囲気が感じられない。さらに、世界を目指すロックミュージシャンを輩出してきた歴史があり、「挑戦することに前向きで、挑戦者を応援する」という文化が根付いている。これが後のスタートアップ支援の土壌となった。
沖縄初のアーケード商店街「一番街」の栄枯盛衰
コザの中心部に位置する「一番街商店街」は、1975年に沖縄初のアーケード商店街として開業した。長さ約300メートルのアーケードには多様な店舗がひしめき合い、コザの「チャンプルー文化」を象徴する空間として機能していた。
1960年代から70年代前半にかけて、一番街は沖縄中部地区最大の商業地区として栄えた。週末になると、基地関係者と地元住民が入り交じり、独特の活気に満ちていた。
しかし、1970年代後半から一番街には衰退の影が見え始めた。大型ショッピングセンターの台頭、復帰後のモータリゼーションの進展、段階的な基地縮小による顧客の減少などが重なり、従来の商店街は厳しい競争環境に置かれた。
1990年代に入ると、一番街の衰退は深刻化した。かつて多くの店舗でにぎわっていた商店街も、空き店舗が目立つようになり、「シャッター通り」と呼ばれるようになった。平日の日中でも人通りはまばらで、かつてのにぎわいは見る影もなくなっていた。
「コザスタートアップ商店街」誕生への軌跡
この一番街の一角で、2016年から新たな挑戦が始まった。福岡市のスタートアップ支援施設、「Fukuoka Growth Next」にある「スタートアップカフェ」を沖縄に横展開する形で、沖縄市と協力して「スタートアップカフェコザ」が開設されたのが出発点となった。
2019年に沖縄市出身の豊里健一郎さんが代表に就任して以降、本格的にスタートアップ育成へと舵を切り、2022年には単一の施設から商店街全体へと活動範囲を広げ、KSAが誕生した。
KSAが目指すのは、単なる地域活性化ではない。「世界にイノベーションを起こす挑戦者を生み出す商店街」という壮大なビジョンを掲げ、世界を変えるような起業家をこの街から輩出することを目指している。
KSAを運営するフォーシーズ株式会社の執行役員でコミュニティマネージャーの小川きぬさんは語る。「シャッターが閉まった商店街に、事業を始めたい若い人たちを呼び込み、再び活気あふれる街にしたい。街の活性化だけを目的にすると、力のある起業家は集まりません。スタートアップを成長させ、産業を生み出すことが主な目的です」
1階のLagoon KOZAは創業支援事業の拠点やイベント会場として機能し、2階のKSA Worksはシェアオフィス・コワーキングスペースとして約50社が入居している。入居者の約7割がスタートアップで、県内外や海外の起業家がバランスよく集まっているのも特徴である。
進化するエコシステムとコミュニティの力
2022年の本格始動以降、KSAは目覚ましい発展を遂げている。400名以上の起業家を輩出し、30社以上のスタートアップが入居するなど、沖縄のスタートアップエコシステムの中心地として確固たる地位を築いている。教育、クラウド・SaaS、介護DX、ロボット開発、フードロス対策など、多様な分野で社会課題に挑むスタートアップが集まっている。
KSAの真の強みは、施設や制度ではなく、そこに集まる人々によって形成されるコミュニティにある。入居者同士の自発的な交流から新たなビジネスが生まれ、コザという街の特性──夜の街の魅力と、起業家との相性のよさ──も相まって、好循環が生まれている。
KSAがもたらしている変化として、地域に夜だけでなく昼間からも人を呼び込み、コザの街を知ってもらうきっかけをつくっていることが挙げられる。
「KOZAROCKS」の成功と未来への展望
「変わらないために、変わり続ける」をテーマに掲げて開催された「KOZAROCKS2025」には5,000人が参加し、そのうち半数以上が県外や海外からの来場者となるなど、大きな成功を収めた。また、コザ最大の歓楽街「ゲート通り」の一部を封鎖して会場としたのは、これまでの活動が評価された結果だという。
今後は地域課題解決型スタートアップの育成、外国人起業家の誘致拡大、多世代・多文化交流のハブ化など、さまざまな取り組みが予定されている。小川さんは「もともと音楽の街として知られるコザの文化的側面を大切にし、音楽や芸能文化を街全体でさらに発信していきたい」と話す。
財源に頼らず、創造性によって街を活気づけていく取り組みこそが、コザの「チャンプルー文化」を現代に継承するものだといえる。コザスタートアップ商店街が示しているのは、歴史ある街の未来への希望そのものである。シャッター通りとなった商店街に、世界を目指す起業家たちの声が響いている。かつてロックミュージシャンが世界への夢を語ったこの場所で、今度はスタートアップが社会を変える挑戦を始めている。
歴史と未来が自然に混ざり合う──これこそが、コザという街の最大の魅力である。KSAは単なる商店街再生の事例にとどまらず、歴史ある街が新たな時代に適応していくモデルケースとなりつつある。変わり続けることで、変わらない本質を守り抜く──その姿勢こそが、この取り組みの本当の価値である。
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