「解体か、利活用か」で注目される「旧香川県立体育館」とは?
2025年7~8月にかけ、ニュースなどで取り上げられている「旧香川県立体育館」(以下、旧体育館)に関する話をご存じだろうか?
この建物をめぐって、再生・利活用を訴える民間団体「旧香川県立体育館再生委員会」(以下、同委員会)と、解体へ向け準備を進める香川県の間でやり取りが繰り返されている。現在(9月5日)、県の解体の方針は変わらず、工事入札が進行中だ。
国内外で著名な建築家、丹下健三氏(丹下都市建築設計)が設計した、「船の体育館」として香川県民に親しまれてきた1964年竣工の建物である。同氏が同時期に手がけた「国立代々木競技場」(国指定重要文化財)と同様の手法で設計されている。プレストレストコンクリートおよび鉄筋コンクリート造によるつり屋根構造で、柱のない広大な内部空間が特徴だ。
2025年7月からの大まかな流れはこうだ。
旧体育館は解体に向けて県が入札の準備を進めていたが、7月18日に同委員会は民間の資金で旧体育館の土地・建物を買い取り、ホテルなどに再生する案(「買取等による保存及び利活用を目的とした正式な意向表明書」)を香川県知事及び香川県教育委員会に提出し、協議の場を求めた。7月23日の同委員会による記者会見では、県に対して案を提出したことと、民間の有志チームによる旧体育館をホテルなどに用途変更する2案(後述)を公表した。経済効果、耐震性についても試算を示した。
しかしながら、県は8月7日に解体工事の入札を公告、入札期間は9月2~4日とした。解体工事の予定価格は約9億円だ。8月26日には、同委員会は2回目の記者会見を実施して、解体手続きの差し止めを求める仮処分を高松地方裁判所に申し立てること、同時に住民監査請求を行うことを表明。8月28日に同委員会は県と面談したが、県は「予定通りに入札を行い、解体を進める」方針を示したという。
旧香川県立体育館の解体や利活用について10年超の検討期間
旧体育館の解体の話は急に持ち上がったわけではなく、県は10年超にわたり改修、利活用を含めて検討を続けてきた経緯がある。県が2025年8月5日付で送付した書面「旧香川県立体育館の買取等による保存及び利活用に関する以降表明書について」より、該当部分を抜粋する。
「旧県立体育館は、平成26年に閉館して以来、10年が経過し、これまでに公共団体及び民間団体ともに、これを所有し活用するものがない状況が続き、香川県としては、旧県立体育館の老朽化及び耐震性がないことから、できるだけ早く安全を確保するため、解体の準備・手続きを進め現在に至っております」
旧香川県立体育館に係る経緯について※令和7年5月まで
平成24年7月:屋根落下の危険性が判明し、アリーナ部分の利用を中止
平成25年10月:耐震改修工事公告(1回目)応札者なし
平成25年12月:耐震改修工事公告(2回目)応札者なし
平成26年1月:耐震改修工事公告(3回目)応札者なし
平成26年9月:閉館
令和3年7月:利活用について、サウンディング型市場調査を実施
令和5年2月:解体の方針を表明
令和5年2月県議会定例会:解体工事実施設計予算を計上
令和5年度~令和6年度:解体工事実施設計
令和7年2月県議会定例会:解体工事予算を計上
令和7年5月:解体工事のスケジュールを公表
「ブックラウンジ併設ホテル案」と「1棟ホテル案」
ここで同委員会による2つの改修案について説明しよう。
ひとつは「ブックラウンジ併設ホテル案」。旧体育館の上層部をブックラウンジやカフェ、アートスペースとして活用する。年間の営業利益は約1億円を見込む。
もうひとつは建物を丸ごとホテルとして活用する「1棟ホテル案」。こちらは、客室100を確保することで、年間約32億円の営業利益を見込む計算だという。「1棟ホテル案」の特徴について、再生委員会理事であり青木茂建築工房の会長 青木茂氏はこう説明する。青木氏は独自の建築再生手法、「リファイニング建築」をもとに耐震性などの検証に協力した。
「つり屋根の中央に穴をあけて光庭を設けます。これにより、建物は軽量化され、耐震性を確保しやすくなるとともに、各客室に採光をもたらします」(青木氏)
耐震改修の入札を行った2014年当時には費用は約18億円とされていた。しかしこの度、同委員会は構造設計者とも議論を行い、県現在の技術を使えば耐震改修費用は6~10億円で済むと試算している。劣化が取りざたされたつり屋根は、炭素繊維で補強し、追加すべき耐震壁は2014年時点の案よりも減らせるという。
「リファイニング建築であれば、CO2は新築と比べて73%減の試算です。環境面でも優れています」(青木氏)
数年以上の期間を要する建築遺産の再生・利活用への準備
こうした近現代の著名な建築が保存・利活用に至らず、結局、解体されるケースは国内外で散見される。そこで、モダン・ムーブメント(近代建築運動)に関わる建築の記録と保存を目的とする国際的な学術組織、DOCOMOMO(Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of the Modern Movement。以下、ドコモモ)日本支部の鰺坂徹代表理事(鯵坂建築研究所代表)に、再生・利活用を進める際の留意点などについて話を伺った。ドコモモは2014年9月、旧体育館の閉館日に現地を視察し、建物を「世界に誇れる宝」と称して保存を強く推奨。県に対して建物の解体を一時延期し、民間の提案を再度検証するように要望書を提出している。
ドコモモは、1988年にオランダで設立され、建築家、歴史家、都市計画家など幅広い分野の専門家が参加し、モダン・ムーブメントに関わる建築の歴史的・文化的重要性について啓蒙活動を行うとともに、その現存建物の保存を訴えてきた。1998年にドコモモ本部からの支部設立の要請を受け、日本建築学会内のワーキンググループを母体として、日本支部は活動の対象となる建築の選定作業を開始。2025年6月に、「東京都葛西臨海水族園」をもって選定数は300に達した。
「300のうち世界遺産、国の重要文化財、登録有形文化財、市町村の指定文化財など文化財に指定されたものは60を超えます。その一方で、残念ながら、選定建築物のうち6~7分の1が解体されました」(鰺坂氏)
鰺坂氏は、こうした建築の再生・利活用は本来、検討・準備に相当の期間がかかってしかるべきだと話す。旧香川県立体育館の場合、利活用案の募集時点から、今回の同委員会の案の提出まで4年が経過している。
「建物が新たな利活用の方策を求めているという情報は、広く社会に浸透した状況でこそ、金融機関をはじめ、(利活用に関わる)運営会社、ホテル会社、住宅会社などが『可能性があるから再生をやってみようか』という話になる。やっぱり時間がかかるわけです」(鰺坂氏)
また、改修に関する設計の検討から事業計画までにしても、新築以上の期間が必要なケースが少なくない。
「4年という期間は決して長くない、と考えます。例えば、コンクリート強度の調査を行い、耐震補強の方法を考え、それに合わせてプランも検討を繰り返す。エレベーターの敷設など陳腐化した設備の刷新も必要ですよね。そして、完成後の建物の全体像が見えてきて、この場所で成立する事業を検討するなど、作業は膨大ですから」(鰺坂氏)
建築遺産の再生・利活用には、一般市民・地域の後押しが不可欠
実は、こうした建築の利活用を進めるのに欠かせないのが、当該建築の地域と住民の理解だと鰺坂氏は指摘する。しかし、モダン・ムーブメントに関わる建築の価値はなかなか理解しにくい様相だ。
「日本には130ケ所もの伝統的建造物群保存地区(伝建地区)があります。私もその地区に住んでいるのですが、なぜ多くの地区が保存されているかといえば、そこに住んでいる人たちが価値があると思っているから。地域自ら残そうという声が上がったケースは多いのではないでしょうか。
ところが、伝建地区とは異なり、モダン・ムーブメントに関わる建築の再生が話題に上っても、周りの住民はその中に入ったこともなかったりする。また、モダン・ムーブメント建築は現代の人が体験している建築空間に近いため、文化財としての価値があるのか否かも判断しにくい」(鰺坂氏)
一方で、鰺坂氏は、保存活動に際し、以前よりもモダン・ムーブメント建築に対する一般市民や地域の理解が進んできたことを感じるという。
「日本各地で開催されている、普段は入れないような建築を見学する“建築祭”やまち歩きといったイベントが功を奏しているのでは? 東京建築祭や京都モダン建築祭など、人気をあつめています」(鰺坂氏)
それらのイベントでは、参加者は貴重な建築に入るだけでなく、知見のある専門家やゆかりのある人物の説明を聞くこともできる。
「説明を聞いて初めてわかることも多いと思います」(鰺坂氏)
ドコモモも一般の人たちに向けた、選定建築物などを案内するイベントを開催しているとのことだ。
また昨今、ドコモモには建築の専門家だけでなく、専門家以外の人の会員も増えている。ドコモモの選定建築物についても建築分野とそれ以外の委員が議論を交わして決めているという。
「選定建築物は、当初その学術系の先生や建築家だけで決めていましたが、150選以降は会員であれば誰でも推薦できるようになりました。学術的な価値だけでなく、一般市民や地域の視点や声は重要だと考えます」という。
■旧香川県立体育館再生委員会
https://kpg-rebirth.jp/
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