子育て層が気軽に集まり長居ができる場「おむすび座」

以前に比べれば子ども連れで入ることができる飲食店は増えてきた。だが、まだ首の座っていない子どもも入れ、親子で長期間いてもよいという場はそうそうない。畳敷きなどでフルフラットの店はあってもそこで遊べるかといえば大体は"ノー"。

「おむすび座」はそんなありそうでなかった店のひとつ。2020年4月、コロナの真っ只中に香川県三豊市に誕生した。
空き家になっていた残置物だらけの母屋と納屋を購入、改装して「おむすび座」の店舗にし、経営に当たっているのは店舗の裏手にある建築設計事務所、株式会社しわく堂。きっかけは子育て当事者である創業メンバーが実感していた、地域の子育て環境の課題意識からだ。

「妻から子ども連れでママ会をする店がないと相談され、そんなお店をつくろうと考え始めました。その後で産後女性のもっとも多い死因(3分の1)は産後鬱に由来する自殺だと知りました。ちょうどその時期に「社会的処方」という「地域社会や人とのつながりで精神的・社会的健康を支援する」考え方を知って、まだ首の座っていない子どもを連れていける場、家族以外と話ができる場があったら違うことになっていたかもしれない。何かできることはないだろうか、そう考えたのが子ども連れで寛げる場でした」と同社代表取締役の平宅正人さん。

おむすび座のロゴマーク。このロゴデザインしたキャラクターグッズも販売されているおむすび座のロゴマーク。このロゴデザインしたキャラクターグッズも販売されている
おむすび座のロゴマーク。このロゴデザインしたキャラクターグッズも販売されている空き家だった古民家を改修、子育て世帯だけでなく、高齢者なども集まる場「おむすび座」の店舗
いろいろ考えた結果、おむすびを中心にすることになったいろいろ考えた結果、おむすびを中心にすることになった

リサーチしてみると親子カフェのような店舗は点在していた。そういった店舗に話を聞きに行ってみて問題点に気づいた。

「ニーズはあるのです、遠くからでもお客さんは来ると聞きました。でも、子連れで安心して行け、長時間のんびりできる場所は他になく、来店した人は長時間滞在する。1杯600円のコーヒーで6時間。これでは回転率が悪すぎて飲食店としては成り立たない。また、子どもに配慮して細かくアレルギー対応を行い、それでくたびれ果てたという例も聞きました」

問題点をクリアしようと考えたのがおむすびビュッフェだ。ビュッフェ方式で最低単価を上げ、子どもでも手に取って食べやすく、小さく作ればいろんな種類が食べられるおむすびをメインにしようという考えだ。子育て層なら気になるアレルギーは最初から表示することにした。

「おむすび座」の取組みはインスタで拡散。海外からの視察もある

だが、オープンしたのはコロナ禍というタイミング。ビュッフェではまずいだろうと1週間で方向転換した。それぞれが自分でビュッフェで取るのではなく、あらかじめ盛り合わせておけばよいだろうと小鉢に入れて用意するようにしたが、これは小鉢を用意するのも、食器を洗うのも運用が大変だった。

1年やってみて人件費が大変なことになり、またまた方向転換。
現在はプレート方式になったが、食材、米の値上がりから価格も少しずつアップしてきており、2025年1月の段階では1800円(※メインのおかずを選び、おむすび、サラダ、ドリンクが食べ飲み放題。時間その他詳細はインスタグラムで確認)となっている。

ただ、「おむすび座」の取組みの反響は非常に大きく、日本国内のみならず、台湾政府などの海外を含めた視察もかなりの件数にのぼる。子ども連れだけでなく、近所の高齢者が座椅子持参で来ることもある。
さらにすごいのはインスタグラムのフォロワー数。飲食店のインスタフォロワー平均よりも多く、5,000人を軽くオーバーしている。

味付けの違うおむすびを用意、好きに食べられるようにした味付けの違うおむすびを用意、好きに食べられるようにした
味付けの違うおむすびを用意、好きに食べられるようにした現在のスタイル。メインの料理は2種類用意されており、それ以外におむすび、飲み物は好きなだけという仕組み

「料理を紹介するのはもちろん、動画を作ってあげてくれるお客さんもいるほど。開業前にママさんたち300人にアンケート。おむつは捨てて帰りたい、もたれかかってのんびりしたい、あちこちにティッシュがあって汚れてもすぐに拭けるようにしたいその他の声を取り入れ、授乳スペース、子ども用手洗いなどを備えていることから、子育てママの気持ちがよく分かっているとも言われます」

その居心地の良さは、取材でお邪魔してよく分かった。子ども連れのお母さん同士で盛り上がっていて安心な場は少ないだろうし、子どもたちがごろごろできる場も少ない。古民家独特ののんびりした雰囲気もあり、天井が高く、明るい店内は「これは長居するな」と思った。

だが、長居する客層が多いと収益は上がらない。そもそも、最初は複数人で会社を作って始めたそうだが、単独事業での採算は難しく、現在はしわく堂だけで事業を引き受けて運営している。

味付けの違うおむすびを用意、好きに食べられるようにした改めて畳の良さを実感した。左側の白い壁のスぺースには絵本やおもちゃなどが置かれている

「おむすび座」は香川県空き家再生コンテストで優秀賞を受賞

「一時はなんとか黒字化しようと考えたのですが、ある経営者の先輩から『飲食事業で黒字化したいと考えるなら、今すぐ事業を畳んだほうがいい。本来やりたかったこと、哲学を考えるべき』とアドバイスされました。それでここでやりたかったことは何かを再度考え、やりたかった本質は地域貢献事業、店だけれど小さな福祉事業をやっているのだ、と考えて取り組むことにしました」

ここに来ているのは大半は子育て世帯であり、それは初めて住宅を取得する年齢層でもある。
本業ではその人達が幸福になれる住まいを提供したいという思いが根本にある。この店をやることで子育て世帯にとって喜ばれる空間が伝わるとしたらそれは大きなプラスではないか、僕らの理念に共感してくれる人に設計を依頼してもらえる関係をつくればいいのではないかと考えたのである。

ひとりでも運営できるようにと現在のシステムに移行したひとりでも運営できるようにと現在のシステムに移行した
ひとりでも運営できるようにと現在のシステムに移行した地元の野菜、米などを使っている

そこで、おむすび座の裏に建築設計事務所があることを知ってもらおうと来店者には無料で缶バッジを作れるサービスを提供したり、自社で作ったタブロイド紙を置くなどの活動も始めることにした。
まずは"僕らを知ってもらうためのコミュニケーションから、気軽に相談してもらえる関係を築ければ"という考えからである。
何も知らないところから始める家づくりより、空間を、考え方を知っている相手と作る家づくりのほうが安心だろうし、自分が作りたい理想の家にたどりつきやすい。

訪れてみて思ったのは、こうした空間は本来、行政が作るべきではないのかということ。どの自治体も人口を増やそうと子育て世帯の誘致に力を入れているが、金銭の支援だけでは足りないこともある。おむすび座のような空間は子育て世帯のいるどこの地域でも求められているはずだが、どう考えてもそれだけでは収益化しにくい。平宅さんのように発想を転換できれば良いが、そうはいかない事業者もいることを考えると、行政も含めた取組みが必要なのではないか、と思うのだ。

ちなみにおむすび座は令和6年度の香川県空き家再生コンテストで優秀賞を受賞している。こうした地域に役立つ存在として再生されたことに建物も喜んでいると思う。

子ども達が世界一自由に夢をみられる場所「ニオノチルビレッジ」

もうひとつ、三豊市仁尾地区に元散髪屋だった広大な空き家を舞台に2024年8月に始まった「子ども達が世界一自由に夢をみられる場所」がある。それが、「ニオノチルビレッジ」だ。

この場所は築100年ほどの古民家で、世界にベーグルを広める活動をしている人がこの古民家を購入。住める程度には手を入れたものの、所有者は本業が忙しくなってしまい、なかなか建物を使えない状況に。そこでその場所を地域のために使いたい、と手を挙げたのが男の子2人の母である辻ひとみさんだ。

辻さんはこの土地の出身。2011年に長男の出産を機に戻ってくるまではあまり地元に良い印象を持っていなかった。だが、戻ってきて以降、感覚が変わった。自然があって空が広く、野菜も魚も美味しい。子育ての視点で見てもうれしい条件が揃っている。そこで市の魅力を発信するブログを書くなど地域に関わるようにもなった。

古い空き家を利用して生まれたニオノチルビレッジ古い空き家を利用して生まれたニオノチルビレッジ
古い空き家を利用して生まれたニオノチルビレッジ内装などにはそれほど手を入れず、もともとの趣を活かして活用している

だが、子どもの成長とともに以前とは異なるもやもやが沸き上がるようになった。
みんなと同じように学校に行くことが当たり前と考えていた辻さんは集団生活に馴染めない子どもを学校に行かせようとし、帰ったら帰ったで宿題をやらせようとしと悪戦苦闘するようになったのだ

そんなある日、小学校2年生の子どもから「ぼくなんて生きている意味がない」という言葉が。ショックを受けた辻さんは自分が感じていたしんどさ、こうするべきを今度は自分が子どもに押し付けているということに気づいた。そして、それに気づいても一人でそれを伝えようとしても子どもには届かない。否定される、変わらないということの繰り返しにもなった。
しばらくしてコロナ禍が到来。意図せず、子どもたちと家で過ごす時間が増えた。そしてその時間はとても豊かなものだったという。その間、辻さんは教育や学校についても考えるようになった。

「そこで地域の課題に気づきました。選択肢がない、価値観が固定している、同調圧力が強い、この3点です。その中で住んでいる人たちは"こうするべき"と考えて生きている。その"こうするべき"が子どもにも大人にも息苦しさを与える。そんなことを変えたいと思ったのです」

そのためには子ども、大人が自由に集まれ、使える場を作ろうと考えた。
子どもの価値観は小学生くらいで形づくられるが、その時代に小学校と家庭しかない環境に育つと自分とは違う価値観、考え方に触れる機会がない。だが、それ以外の場でいろいろな大人に出会うことでさまざまな価値感に出会い、人生の選択肢を知って自分の考えで生きる力を身につけられるのではないかと考え、そんな場を作ろうと思ったのである。

古い空き家を利用して生まれたニオノチルビレッジ入ったところには珈琲スタンド。徳島の山中で焙煎しているという珈琲がいただける。美味しかった

「ニオチルノビレッジ」はシェア図書館もコーヒースタンドも併設。大人と子ども、どちらも楽しめる

ニオチルノビレッジは母屋と庭を挟んで離れから成っており、母屋から入るとそこには大人たちの入口でもある「ハレとケ珈琲 仁尾のスタンド」があり、その奥には書棚の並ぶ広間。
ここはシェア図書館で、取材時点では47棚。クラウドファンディングに出資してくれた人や村民が本棚を置いているそうで、幅広いジャンルの本が並んでいた。位置的には大人と子どもの緩衝地帯という位置づけだ。

その裏手にはキッチンがある。ここでは魚好きの地元の大人が子どもと一緒に包丁を研いだり、魚を捌いたり、寿司を作ったり。学校には行っていないけれど、家で料理をしている子が先生となって料理を教えたり、子どもだけで珈琲屋さんをやるなどイベントもできるようになっている。釣りや魚に興味のある子ども達と一緒にヨットで島に行き、釣った魚でランチを作る企画も実施した。

キッチンは子どもだけではなく、大人も和菓子を作ったり、一緒に食事をして集まったりなどとして使える場になっている。ここも大人、子どもに関わらず使える、一緒に楽しめる場といえそうだ。

キッチン。ここで子どもと大人が交わるイベントが数々開催されているキッチン。ここで子どもと大人が交わるイベントが数々開催されている
キッチン。ここで子どもと大人が交わるイベントが数々開催されているキッチンの反対側のスペース。広さがあるので多人数でも集まりやすい

そこから庭を挟んで離れは子どもの空間。離れの入り口には駄菓子屋さんがある。
ここでは子どもだけが使える魔法の通貨「チル」を手に入れることができるそうで、チルがあれば駄菓子が買える上、近くの店で買い物ができたり、さまざまな体験ができることも。

駄菓子屋さんの奥の座敷は実験アトリエで、子ども達がいていい場所であり、モノを生み出す場。棚に置かれているのは画材その他創作の種になるものだろうか。好きに描いていい、好きに作っていいは楽しそうだ。

取材に訪れたのは活動が始まって3カ月ほどのタイミング。ひとまず2025年3月までを目標に毎週場を開き続けると辻さん。いつもあの日は誰かいると認識されるようになれば来てくれる人も増える。「子ども達は来始めているという感覚があります」と辻さん。

今後は本棚スペースを出会える、つながる「生き方図鑑」としてオーナーを募集し、継続していくほか、店主不在時の珈琲スタンドに日替わり店主に立ってもらうなど旅と地域の交点をさらに作っていきたいと考えているとも。より楽しい空間になっていきそうである。

キッチン。ここで子どもと大人が交わるイベントが数々開催されている離れにある駄菓子屋さん。ポップなのれんがかかっている
キッチン。ここで子どもと大人が交わるイベントが数々開催されている子どもが使える通貨「チル」が手に入るガチャガチャ

チョコレートショップ「RACATI」は、障がい者を支援する場

最後に30年間空いていたゴルフショップ跡地を利用したチョコレートショップ「RACATI」(ラカティ)をご紹介しよう。短期には貸していたこともあるそうだが、店舗として常設になったのは4年ほど前。

「ここは三豊初。香川県内でも3軒目くらいのBean to Barのチョコレートショップであり、かつ地元の障がい者就労支援のための場でもあります」と経営にあたる株式会社モクラスの矢野太一さん。

モクラスは建具、木材、造作材などを扱う会社で本業とチョコレートは何の縁もない。
店名のRACATIは反対から2文字ずつ読むとチカラ。スタッフ、お客さま、生産者さん、すべてのRACATIに関わる人すべての力になりたいという思いがこもっているのだという。この店舗を作ってから「単純作業だけの連続ではなく、商品づくりの一部分でも仕事を任されることやお客さまからの『ありがとう』を聞けることが働く喜びややりがいに繋がっていると思っています」と矢野さん。

障がい者が作るものとしてお菓子類はよく聞くが、チョコレートは単価をとりやすく、作業を細分化しやすく、作りやすいと聞く。作業者はすべてを作業しなくても、1から10の作業のうち1と5はできますよという人も、2しかできない人もどこかにできる作業がある。誰もがどこかにできる作業があるというわけだ。現在は週に2~3回、仕事をしに通っている人がいるそうだ。

各種のチョコレート、チョコレートを使った焼き菓子などが揃うRACATI各種のチョコレート、チョコレートを使った焼き菓子などが揃うRACATI
各種のチョコレート、チョコレートを使った焼き菓子などが揃うRACATI株式会社モクラス、RACATI(ラカティ)を経営する矢野さん。地域の他事業にも広く関わっている

また、この店で販売しているチョコレートは地元の産物を活かしたラインナップになっている。和三盆、塩(父母ヶ浜産)、香川本鷹(唐辛子)、瀬戸内レモン、茶(地元産)など面白いテイストのチョコレートもあり、観光資源としても人気を集めている。
店内で飲食ができるようになっており、そこに置かれているのは自社の木工品。インクジェットプリンターで木やガラスなどに印刷した材が使われているなど、ショールームとして見ても面白く、三豊を訪れた時には忘れず土産を買いに寄りたいところ。
ちなみにチョコレートショップの背後には株式会社モクラスが取り扱うサウナのモデルハウスもある。サウナ好きな人であればこちらも面白いかもしれない。

三豊市では、空き家を利用してさまざまな"地域のための活用"が行われている。
三豊を訪れたらぜひ立ち寄ってみてはいかがだろうか。

各種のチョコレート、チョコレートを使った焼き菓子などが揃うRACATI三豊の宿泊施設にはサウナを備えたものも多い。ここのショールームには空間としても魅力的なサウナが揃えられていた
各種のチョコレート、チョコレートを使った焼き菓子などが揃うRACATIカフェ店内。自然素材を使ったモクラスの木加工がいきる和める雰囲気

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