茶畑が広がる里山の魅力と坂本さんの挑戦
福岡県八女市黒木町は、緑豊かな山間部に広がる町だ。その奥深い渓谷沿いの細い道を車で約30分進むと現れるのが、今回訪れた古民家宿「天空の茶屋敷」。この宿は、急斜面の茶畑に囲まれた美しいロケーションに立つ。八女市は高品質な緑茶の産地として知られ、特に玉露の生産で国内外に名を馳せる地域だ。まろやかな味わいと濃厚な旨味を誇るこの茶葉の産地には、山里にも広大な茶畑が点在する。
「天空の茶屋敷」は、母屋、離れ、そして改装された納屋から成る古民家宿だ。納屋は個室のゲストルームに改築され、庭からは遠くの集落が見渡せる。12月の寒さが厳しい中、この宿にはスウェーデン、タイ、香港、オーストリアからの外国人旅行者が滞在していた。公共交通機関がないため、レンタカーや自転車でこの地を訪れたという。喧騒を離れた浮世離れした環境と、日本の原風景を感じさせるこの宿が、外国人の心を打つのだろう。
宿のオーナーである坂本治郎さんは、世界中を旅してきた経験を持つ「旅の達人」でもある。坂本さんは「里山こそ、その国々の原風景が一番残っている」と語る。彼自身も、都会の画一的な景色に飽き足らず、世界の里山を多く巡り歩いた末に、この八女市の山奥にたどり着いたという。
現在、坂本さんは市議会議員(1期目)としても活躍し、地域振興に尽力している。古民家宿の運営を通じて、地域の魅力を国内外に発信しながら、過疎化が進む地方の新しい可能性を切り拓こうと挑戦を続けている。
海外放浪を経て、人間らしい生き方を求めて八女市の田舎暮らしへ
世界を旅する坂本さんと、ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカさんとのツーショット。真の幸せを追求する姿勢で知られ、「世界一貧しい大統領」としても有名な人物だ。坂本さんはホセ・ムヒカさんとの出会いで、その後の人生に影響を受けたそうだ(画像提供:坂本さん)「自分が楽しく生きたいから、古民家宿を始めたんです。地方創生は、後付けみたいなものです」と坂本さんは、開業の動機を屈託ない笑顔で話す。そのルーツは、海外放浪の旅にあるという。
2010年代初頭、坂本さんは「自分らしい生き方」を模索するため、日本を飛び出し5年間海外を旅した。さまざまな国の文化や人々と交流を重ねた中で、田舎でこそ人間らしい生き方ができるという結論に至り、2015年に帰国後、田舎暮らしに挑戦することを決意した。
祖母の家がある八女市へ移住をした坂本さん。親や周囲からの反対を押し切りながらも、「最低限の生活費で暮らす」というライフスタイルを実践し、生活費全部で月3万円に抑えるなどの節約術を駆使しながら生活を整えていった。
田舎暮らしを続ける中で直面したのは、少子高齢化や人手不足といった地方特有の課題だった。海外で知り合った旅人が、坂本さん宅にたくさん遊びに立ち寄ってくれて、地域とつながることを楽しんでくれた。当初は旅行者を無料で自宅に招き入れワイワイ楽しくしていただけだったが、たまたま地域農家と縁ができて、農家のお手伝いなど、遊び半分で彼らと結びつけてみたところ好評だった。そこで活動の規模を徐々に拡大し、地域社会への貢献につながる取り組みとして高い評価を得るようになった。また、外国人観光客を対象とした「お茶ツアー」を企画し、2016年にはとある1日に約40人の外国人を集落に招待。英語でガイドを行い、地域住民に驚きを与えると同時に、地方の魅力を海外へ発信するきっかけを作った。
「自分が楽しく生きられればそれでいい」という坂本さんの生き方は、当時は異端視されることもあったが、現在では地方創生の可能性を示す存在として注目を集めている。
山奥の古民家を譲り受け、地域活性化の拠点に
2016年春、取り壊しが決まっていた黒木町山奥の古民家が、坂本さんの挑戦の舞台となった。「この家をもらって再生してみないか」とその集落の長老から提案を受けた坂本さんは、3日間悩んだ末に決断。その後、地域の協力を得て取り壊しの手続きをキャンセルし、古民家再生プロジェクトを開始した。「天空の茶屋敷」の始まりである。
この古民家はWi-Fiもなく、水洗トイレや安定した構造もない老朽化した建物だった。しかし、坂本さんの人脈を通じて、補助金の手配やデザイン協力など、多くの支援が集まった。最低限の改修を施し、2017年に宿泊事業をスタート。地域を訪れる人々の拠点として機能するようになった。
「最初はほとんど未完成の状態からはじまりました」と語る坂本さんだが、その試みは徐々に成果を上げた。彼が古民家再生を託された背景には、地域の支えや拠点運営に欠かせない存在との出会いがあったという。坂本さんの取り組みを見た地元のリーダー的な長老やおばあちゃんたちが後ろ盾となり、坂本さんの活動を後押しした。
再生した古民家は、ただの宿泊施設にとどまらず、地域課題に取り組む拠点へと発展。空き家の活用や若者の流入促進、地域の魅力発信を目指し、コロナ禍を通じても規模を拡大し宿泊部屋数を増加した。
古民家宿を起点に移住者数が30人を超す
坂本さんは、「天空の茶屋敷」を、宿業と並行して長期滞在者を受け入れるシェアハウスとしても運営し、地方移住や地域活性化の象徴的な存在として注目されてきた。「天空の茶屋敷」は、世界を旅するアーティストやヨガ、瞑想愛好者など多様な人々が集う自由な空間として話題となり、メディアでも取り上げられた。
2年目以降は、農業を希望する人、ニートや引きこもり経験のある若者、生活体験を求める子どもたちも受け入れ、地域の農家と連携し「里山留学」のような取り組みを展開。「天空の茶屋敷」は単なる宿泊施設ではなく、地域との交流を深めるコミュニティとして機能した。宿泊料金を低く抑えることで、多くの人が田舎暮らしを体験できる仕組みを整えていた。
坂本さんはこれまでに約30人の移住者を生みだしてきたが、その多くは初期の数年間に集中している。最近では、結婚を機に家族を育む環境づくりを優先する中で、かつてのように一人で自由に取り組んでいた頃とは異なり、長期滞在者の受け入れが難しくなったという。坂本さんは「長期滞在こそが移住促進の鍵」と語り、もし以前のように安価で滞在しやすい環境を提供できていれば、状況も違っていたかもしれないと振り返る。
また、移住の難しさについて、持続可能な生業を築くなどの収入面の課題も指摘する。それでも、坂本さんのミニマムな生き方と自然とともに自分らしく生きたいという考え方に共感する人々が、現在も八女市での田舎暮らしを楽しんでいるそうだ。
市議会議員として過疎化の激流をいかにすべきか模索が続く
新しい挑戦をしたいと思い、坂本さんは2023年に八女市議会議員選挙に出馬して、初当選を遂げた。しかし限界集落の再生や移住者支援に取り組む中で、地方創生の可能性と現実の難しさを実感している。外部から人を呼び込むだけでは過疎化の激流を止めるのは難しい。「里山のすべてを残すことはできない」との現実を直視し、歴史的価値や収益性のある地域のみが選ばれる現実を指摘。残すべき里山を見極めることの重要性を強調している。
坂本さんの運営する宿泊施設は、外国人観光客を中心に支持され、田舎の魅力を発信する場となっている。一方で長期滞在施設が移住促進の鍵であると述べ、その仕組みの再構築を模索している。
「厳しい現実がある一方で、地方の未来を形作るための試行錯誤が必要だ」と話す坂本さんの姿勢は、地方創生に向けた新しい視点を提供している。
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