徳永哲氏による「辻馬車広場」は地元の樹種がそろう

コナラ、ソヨゴ、アオダモ、クヌギ、ツワブキ、ユキノシタなどを植えているコナラ、ソヨゴ、アオダモ、クヌギ、ツワブキ、ユキノシタなどを植えている

磯崎新、隈研吾、坂茂…「湯布院の名建築」を建築家の解説でめぐるツアー①」では、まず由布院駅を見学した。

次に向かったのは、駅舎の右手にある「辻馬車広場」だ。こちらを企画・設計したのは、徳永哲(とくながさとし)氏。黒川温泉をはじめ、各地の風景づくりに関わってきたランドスケープアーキテクトだ。

辻馬車広場は、「小さな森づくり構想」の一環として整備された。「磯崎新、隈研吾、坂茂…「湯布院の名建築」を建築家の解説でめぐるツアー①」で紹介したように、日本初の林学博士・本多静六氏が1924年に講演を行った際、由布院に緑豊かな空間を創造するように説いていた。しかし、まだ木々が少ない状況を受けて、一般社団法人由布院温泉観光協会は人材育成ゆふいん財団の協力のもと、まちの中に緑を増やす「小さな森プロジェクト」を進めている。その第一歩として整備されたのが、辻馬車広場の公園植栽だった。趣旨に賛同した「玉の湯」溝口薫平氏の寄付金により実現した。

コナラ、ソヨゴ、アオダモ、クヌギ、ツワブキ、ユキノシタなどを植えている由布院のまちを辻馬車で散策できる
広場は辻馬車の旋回・休息場、憩いの場として利用されている広場は辻馬車の旋回・休息場、憩いの場として利用されている

徳永氏は、この公園を、由布岳の眺めを生かした木陰のある憩いの場となるように計画した。コナラやクヌギなど地域で親しまれてきた落葉樹を中心に、湯布院らしい森を作る樹種を選択。また、湯布院の幼稚園児たち60名ほどとコナラの苗などを植樹しており、園児が大人になる頃には家の屋根を超える大きさまで成長するように考えられている。

坂茂氏による「由布市ツーリストインフォメーションセンター」

続いて、由布院駅の左手にある「由布市ツーリストインフォメーションセンター」へ。磯崎氏のアトリエ出身の建築家・坂茂(ばんしげる)氏の設計で、2018年に完成した。

磯崎氏が手掛けた駅舎のコンコースにある交差ボールト(曲面天井)と呼応するように、同センターは2方向のY字型束ね柱によって交差ボールト的空間を作る木造架構となっている。1階に待合を兼ねた観光情報案内スペースや荷物の預け入れ窓口がある。スロープで2階にのぼると、旅に関する図書がそろう「旅の図書館」と、由布岳を望める展望デッキにたどり着く。建物をできるだけ透明にしているのは、駅のプラットフォームや車窓からまちが見えて、まちからも列車が見えるようにという意図がある。

梁や柱が緩やかな曲線を描き、まるで森にいるような空間梁や柱が緩やかな曲線を描き、まるで森にいるような空間
梁や柱が緩やかな曲線を描き、まるで森にいるような空間由布市ツーリストインフォメーションセンターは全面ガラス張り
右手のスロープで2階に上がる右手のスロープで2階に上がる

今回のコンペでは、駅周辺の交通整理の提案も求められていた。その背景として、湯布院へのインバウンド観光客の急増により、旧駅舎では待合や情報提供サービスが十分できずに乗降客が外に出て、駅前の交通の混乱に拍車がかかることが課題となっていた。そこで、九州大学の高尾忠志准教授(当時)も関わって交通をきれいに整備。また、コンペでは求められていないにもかかわらず、坂氏は磯崎氏の駅舎が左右対称に近づくように左ウイングの増築を提案した。結果として、そこにJR九州の列車デザインで知られる水戸岡鋭治氏がデザインした化粧室が整備された。

梁や柱が緩やかな曲線を描き、まるで森にいるような空間2階の図書館。右手の展望デッキから由布岳を望める。左手には線路があり、緑の「ゆふいんの森号」が駅にとまっている

隈研吾氏の「COMICO ART MUSEUM YUFUIN」はスタイリッシュ

中庭を挟んで増築された展示エリア中庭を挟んで増築された展示エリア

昼食をはさんで、午後には「COMICO ART MUSEUM YUFUIN」へ。建築家の隈研吾(くまけんご)氏が設計した現代アート美術館で、2017年にオープンし、2022年に増築された。

隈氏は設計にあたって「ムラ」の概念を取り入れ、いくつかの小さな屋根が連なるように配置することで、小さな家々が並ぶ由布院の風景に溶け込むように配慮している。由布院盆地を彩る青々とした山々と、展示される現代アートを引き立てるため、建物を覆っているのは黒い焼杉だ。焼杉は杉板の表面を焼き炭化させて、耐久性を高めたもの。近くで見ると独特のウロコ模様や木の温かみを感じられる。また、建物には木や土、竹、水、和紙など、さまざまな素材を駆使しているのも隈氏らしい特徴だ。

中庭を挟んで増築された展示エリア焼杉に覆われたメインのアプローチ。焼杉は近くで見ると質感があり、時間が経つと深みを増す
1棟貸しの庭付き温泉別邸「COMICO ART HOUSE YUFUIN」を併設1棟貸しの庭付き温泉別邸「COMICO ART HOUSE YUFUIN」を併設

館内には村上隆や杉本博司、草間彌生など7作家の46作品を展示。2階にはライブラリーと屋上庭園がある。由布岳をバックに奈良美智などの作品が並び、撮影スポットとして人気だ。

中庭を挟んで増築された展示エリア2階のラウンジにつながる屋上庭園には、奈良美智氏、名和晃平氏、森万里子氏の作品を展示

100年のときを経て湯布院に誕生した保養滞在宿

松岡恭子さん(右)と桑野和泉さんは長年の友人だった松岡恭子さん(右)と桑野和泉さんは長年の友人だった

最後に、ツアーを主催する松岡さんが設計した「STAY玉の湯」を訪れた。こちらは、由布院“御三家”のひとつとして憧れを集める高級旅館「由布院 玉の湯」の別館という位置づけで、2024年1月にオープンした。

松岡恭子さん(右)と桑野和泉さんは長年の友人だった「暮らすように旅をする」をコンセプトとして、30日までの長期滞在が可能

オーナーは、玉の湯を立ち上げた溝口薫平さんの長女で、現在代表を務める桑野和泉さん。桑野さんは由布院を「保養温泉地」にしたいという思いを長年温めていた。先に触れた1924年、本多静六氏の講演会で、「由布院はドイツの保養温泉地のような滞在型の保養地を目指しなさい」とアドバイスされたと知ったからだ。桑野さんは1990年代にドイツをはじめヨーロッパ各地の保養温泉地を訪ね、素晴らしい風景や食、文化、医療機関と連携した暮らしに心打たれたという。

それから30年が経ち、コロナ禍を経験した桑野さんは、今こそ思いを形にしようと決意。地域医療を支える医師である夫のクリニックの近くで空き地を購入し、盟友の松岡さんに「誰もが安心して心豊かに過ごせる滞在宿」の設計を依頼した。

松岡恭子さん(右)と桑野和泉さんは長年の友人だった中庭でのんびり過ごすのもいい

設計した松岡さん本人が「STAY玉の湯」を案内

各部屋にキッチンが備わっていて、買ってきたものを調理したり温めたりして食べられる各部屋にキッチンが備わっていて、買ってきたものを調理したり温めたりして食べられる

民家の多い静かなエリアにあるSTAY玉の湯は、小さな家が寄り添って建つ集落のようなたたずまいで、由布院の風景にすんなり溶け込んでいる。10室あるすべての部屋から由布岳を望むことができて、小さな庭とサンルーム、キッチンを完備。広々とした空間に光があふれるラウンジや、源泉かけ流しの2つの大浴場を自由に利用できるのも魅力だ。

各部屋にキッチンが備わっていて、買ってきたものを調理したり温めたりして食べられるすべての部屋から由布岳を望めて、奥にはサンルームと庭がある。長時間寝て過ごす人に配慮して、照明は天井につけず間接照明になっている

桑野さんのクリニックがそばにあり、健康に不安がある方や高齢者も安心して泊まれるように、看護師やケアマネジャーが滞在をサポートする体制が整っているのが同宿のこだわりだ。

ツアーの参加者は、桑野さんと松岡さんの話を聞いた後、宿の中を見て回って写真を撮っていた。

STAY玉の湯を見学した後は、それぞれ自由散策を楽しみ、バスに乗車。湯布院を16:15に出発し、福岡に18:00頃到着して解散となった。湯布院の歴史や建築を存分に楽しめる1日となった。

各部屋にキッチンが備わっていて、買ってきたものを調理したり温めたりして食べられる源泉かけ流しの大浴場が2つあり、1つは露天風呂付き。部屋にも広々としたバスタブつきのお風呂がある

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