木造高層ビルの建設ラッシュ

純木造のビルとしては最も高い地上11階建ての「Port Plus」(提供:株式会社大林組 撮影:株式会社エスエス 走出直道)純木造のビルとしては最も高い地上11階建ての「Port Plus」(提供:株式会社大林組 撮影:株式会社エスエス 走出直道)

最近、木造の高層ビルが増えたと感じている人は少なくないだろう。

2021年に東京・銀座にヒューリック株式会社が木造ハイブリッド構造の地上12階建て高層ビルを建設。2022年には株式会社大林組がすべての構造部材(柱・梁・床・壁)を木材とした地上11階建てのビル「Port Plus」をつくり、日本初の高層純木造耐火建築物を完成させた。

すでに完成しているもののほかに、第一生命保険株式会社は東京都中央区京橋に木造ハイブリッド構造の地上12階建て賃貸オフィスビル「京橋第一生命ビルディング(仮称)」の施工を進め、近く竣工する予定。
2026年9月 には、三井不動産株式会社が日本橋に地上18階建て・高さ84m・延床面積約2万8,000 m2のビルを計画し、すでに着工している。渋谷マルイは構造の約60%に木材を使用した地上9階建ての新店舗を建設中。日本初の本格的な木造商業施設として2026年にオープンする予定だ。
また、東京海上ホールディングス株式会社および東京海上日動火災保険株式会社の本店ビルが2028年に竣工予定。完成すれば地上20階建て、高さ100メートルの国内最大規模の高層木造ハイブリッドビルとなる。
さらに、住友林業株式会社は2041年を目標に、地上70階建て、高さ350mの木造超高層ビルを実現するための研究プロジェクト「W350計画」構想を打ち出している。

こうした都市における大規模木造建築は、“都市木造”と呼ばれる。増えてきた“都市木造”について、木造建造物の構造・木質構造デザイン工学の研究を行い“都市木造”をけん引する東京大学生産技術研究所の腰原幹雄教授に話を聞いた。

※以下「」は腰原氏談

純木造のビルとしては最も高い地上11階建ての「Port Plus」(提供:株式会社大林組 撮影:株式会社エスエス 走出直道)2028年に完成を予定している東京海上ホールディングス株式会社、東京海上日動火災保険株式会社の「木の本店ビル」は地上20階建て。国産木材を使い、木の使用量は世界最大規模となる予定だ(提供:東京海上日動火災保険株式会社)

新しい木材需要を生み出す “都市木造”

お話を伺った東京大学生産技術研究所・腰原幹雄教授
お話を伺った東京大学生産技術研究所・腰原幹雄教授

“都市木造”という概念が誕生したのは20年ほど前のこと。
まずは、背景となっている国内の木材事情について説明しておこう。

戦後の復興から高度成長期にあたる1970年代までは木材の需要拡大期を迎えており、1973(昭和48)年には木材総需要量が過去最高を記録。需要に応えるべく、山には成長の早いスギやヒノキといった針葉樹が植えられた。しかし、成長が早いといっても木は木材として使用できるまでに50年かかる。主伐期を迎えた2000年ごろには、すでに木造の主役は安価な輸入材にとってかわっており、大規模な建築物は鉄骨や鉄筋コンクリートでつくられるのが一般的となっていた。

時代の移り変わりにより使い道を失った森林資源を活用するため、国は2010年「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」を制定。当時木造でつくられることが少なかった公共建築物にターゲットを絞り、木材利用の促進をはかってきた。

2021(令和3)年には同法を改正。「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律(通称:都市(まち)の木造化推進法)」に名称を変えるとともに、法の対象を公共建築物から建築物一般に拡大。ビルなどの非住宅分野や中高層建築物の木造率をあげることをねらいとして取組みを進めてきた。

「ほぼ非木造」の部分に木造の新たな需要を見出すというのが“都市木造”のねらいでもある<br>
資料:国土交通省「建築着工統計調査2023年」を基に林野庁作成。注:「住宅」とは居住専用住宅、居住専用準住宅、居住産業併用建築物の合計であり、「非住宅」とはこれら以外をまとめたもの。新築のみ
「ほぼ非木造」の部分に木造の新たな需要を見出すというのが“都市木造”のねらいでもある
資料:国土交通省「建築着工統計調査2023年」を基に林野庁作成。注:「住宅」とは居住専用住宅、居住専用準住宅、居住産業併用建築物の合計であり、「非住宅」とはこれら以外をまとめたもの。新築のみ

2023(令和5)年の木造建築物の着工状況(※1)は

・3階建て以下の低層住宅の木造率 82.6%
・低層非住宅建築物の木造率 14.7%
・中高層建築物の木造率 住宅・非住宅ともに0.1%以下

よく目にするようになったとはいえ、中高層建築物の木造率は0.1%に満たないのが今の状況。ただ、床面積で見ると前年比で約2万,600m2増加しており、過去10年間増加傾向で推移している。

「従来の日本では木造建築といえば一戸建て木造住宅が主流でした。しかしこれから先は人口が減り、木造住宅の需要が減少することは明らか。木材の新しい需要について模索していく中で、住宅ではないものを木造にするというアイデアが生まれました。建築需要がある都市で非住宅のものといえばビル。都市部の場合、低層のビルでは土地の価格と釣り合いがとれないため、床面積を多くとれる高層木造ビルが建てられているのです」

“都市木造”は巨大な貯木場。木ならではの循環に目を向ける

“都市木造”は巨大な貯木場。木ならではの循環に目を向ける

「せっかく木を使うなら地元の木を使おうと、地産地消がうたわれてきましたが、森林資源が豊富な地域には建設需要が少ないのが実情。地域だけで木材を消費するには限界があります。これからは地産地消ではなく地産都消。建築需要の大きい東京、大阪、札幌、名古屋などの都市が周辺地域の木を消費する新しい循環のモデルを作っていく必要があります」と腰原氏。

さらに、「伐採した後に植えた木はまた50年経たないと使えない。その間に木材が枯渇することも考えられます。そうなった場合、“都市木造”を壊して住宅を作るということも可能です。都市に木造の高層ビルがあるということは、巨大な貯木場があるということ。解体後は住宅用の柱・梁として再利用でき、さらに住宅を壊したら家具につくりかえたり、最後はバイオマス発電の燃料にしたりといった、木には木ならではの循環があります。伐採してビルをつくったら終わりではなく、その後の循環ということにも目を向けると、“都市木造”にはさまざまな可能性があるといえるのです」と話す。

ちなみに、冒頭で紹介した住友林業株式会社の「W350」計画では、木材使用量が18万5,000m3となる予定。これは、構造材のみで試算した場合、同社木造住宅の約8,000棟分に相当するという。

“都市木造”で森に関心をもつ機会を創造する

“都市木造”で森に関心をもつ機会を創造する

ところで、林業が衰退して山が荒れているといわれて久しいが、どれくらいの人が実感しているだろうか。荒れているといっても林業の問題であって、自分たちの暮らしと結び付けて考えている人は多くないように思う。

「都市部にいる私たちも知らない間に山の恩恵を受けています。水が飲めているのも山のおかげですよね。水源涵養(かんよう)だけでなく、土砂災害の防止、地球環境や生物多様性の保全といった機能のほかにレクリエーション、自然環境の教育の場など、山は多くの役割を担っています。山の近くに暮らす人たちと比べ、都市部の人々はこうした恵みを忘れてしまいがちです。都市に木造ビルをつくることは、山の恩恵を思い起こし、その先にある森林の状況にも多くの人が関心をもつことにもつながると考えています」

温室効果ガスの貯蔵と吸収のサイクルを担う“都市木造”


ここ数年、記録的な猛暑やゲリラ豪雨など不安定な気象が続いている。こうした異常気象の原因となっているのが二酸化炭素などの温室効果ガスだ。この温室効果ガスの排出を控えようという脱炭素の動きは、日々の暮らしのなかで実感している人も多いのではないだろうか。

日本は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すと宣言。排出せざるをえない分は、吸収・除去することで相殺し、“全体としてゼロ”にするという考え方だが、この吸収・除去に大きく貢献するのが木の存在だ。

「木はもとより二酸化炭素を吸収するうえ、伐採後も吸収した二酸化炭素を貯蔵し固定するという働きがあります。木材を大量に使用する“都市木造”は、こうした温室効果ガスの貯蔵と吸収のサイクルに大きく貢献するものでもあります。このことから“都市⽊造”は、森のない都市に第二の森をつくることともいえるのです」

木造住宅は鉄骨や鉄筋コンクリート住宅と比べると約4倍もの炭素を貯蔵し続けるというデータもある(※2)。伐採後に新しい苗木を植えれば、新たに二酸化炭素を吸収する樹木が育つという循環が生まれる。

“都市木造”で森に関心をもつ機会を創造する
2021年に開業した「ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園」は、9~11 階のみが構造も含めて純木造となっている(提供:三菱地所設計)2021年に開業した「ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園」は、9~11 階のみが構造も含めて純木造となっている(提供:三菱地所設計)

「環境問題の解決のために木を使わなくてはいけないのはもちろんですが、自分たちの生活が豊かになるためにやってきたことが実は環境問題の解決につながっていた、という流れが理想的。その理想を実現するためにわれわれ専門家らが研究して技術開発を行ってきた結果、鉄骨、鉄筋コンクリートと同等のものがが木造でもつくれるようになりました。ようやく見本が少しずつできてきた、というのが今の状況です。これから数年かけて使っていきながら、管理の方法なども含めて検証・検討を重ねていくことになるでしょう。全部を木造にしなくても、例えばホテルの上層階だけを純木造にするとか、超高層ビルの最上階に豪華な木造のペントハウスをつくるといったコストと付加価値のバランスを考えていく段階になっていきます。木造でも高層ビルがつくれると証明されたわけですから、これからはそれをどう使うのか、新しい木造の価値を創造していく時代がきているといえます」

“都市木造”で森に関心をもつ機会を創造する「ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園」純木造部分の客室(提供:三菱地所ホテルズ&リゾーツ)

“都市木造”が当たり前になる時代へ

「なぜ都市に木造ビルを建てる必要があるのか?と聞かれてあまりいい回答が浮かばなかったけれど、最近になってわかったのは “なぜ木造なのか”と聞かれること自体が問題なんだということ。当たり前になっていたら、そんなこと聞かないですよね」と腰原氏。

高層木造ビルが林立する風景が当たり前になったら、どんなまちなみになるのだろう。

そもそも私たち人類のルーツは猿で、森のなかで暮らしてきた。木を見たり触ったりすると心が落ち着くのはDNAにそうした木への郷愁みたいなものが染みついているのかもしれない。腰原氏は「“都市木造は”第2の森林、都市の森林」とも言っていた。都市型の森ができたとき、私たちの暮らしがどう変わっていくのか、未知の可能性に想像が膨らむ。

*****************

次回は、“都市木造”を可能にした建築用木材の進化についてお伝えしたいと思う。



※1)「令和5年度 建築物における木材の利用の促進に向けた措置の実施状況の取りまとめ」林野庁2024(令和6)年3月26日による。床面積ベースでの数値
※2)「令和元年度 森林・林業白書」林野庁2020(令和2)年6月16日による

“都市木造”のまちなみをイメージしたCG(提供:team Timberize)“都市木造”のまちなみをイメージしたCG(提供:team Timberize)

公開日: