10年の歳月を経て、歴史ある町に生まれた新たな文化芸術施設
「岡山芸術創造劇場 ハレノワ(以降「ハレノワ」)」は、岡山県岡山市北区にある文化芸術施設である。2023年(令和5年)9月にグランドオープンしたハレノワは、岡山市の中心市街地にある「表町(おもてちょう)商店街」に所在し、南北およそ1km、東西およそ350mにおよぶ同商店街の南端に位置している。正式名称は「岡山芸術創造劇場(英語名:Okayama Performing Arts Theatre)」で、愛称が「ハレノワ」である。
表町商店街の歴史は古く、安土桃山時代にまでさかのぼる。岡山城を居城に定めた戦国武将・宇喜多直家は、城下町の整備に着手。西国街道(山陽道)の道筋を、城下を通過するように変更した。そして当時、備前国内で商業地としてにぎわっていた西大寺門前町(現 岡山市東区)や備前福岡(現 瀬戸内市)などから商人を呼び寄せ、街道周辺に住まわせて商いをさせたのが、表町商店街の始まりである。そんな歴史ある商店街にハレノワは誕生した。
表町商店街は8の町(表八ヶ町)に分かれており、ハレノワがあるのは「千日前(せんにちまえ)」という町。千日前にはかつて映画館や演芸場、芝居小屋などがあり、表町商店街を代表する「娯楽の町」であった。世界的に活動する「木下大サーカス」の国内最初の興行は、明治時代に千日前で行われている。ちなみに現在も木下大サーカスの本社は千日前にあり、ハレノワの西向かいに建つ。また2000年代には、千日前に吉本興業の劇場もあった。
歴史ある娯楽の町・千日前に現代の文化芸術施設のハレノワが生まれたのは、大きな意味があるだろう。
ハレノワは岡山市の施設であり、管理・運営するのは指定管理者として委託されている公益財団法人 岡山文化芸術創造。同法人は同じ表町商店街の北端にある音楽ホール「岡山シンフォニーホール」も管理・運営する。岡山芸術創造劇場の事業グループで営業・広報を担当する岡本 愛美(おかもと えみ)さんに話を聞いた。
「ハレノワの建設のきっかけは、岡山市内にあった岡山市民会館(北区丸の内)と岡山市立市民文化ホール(中区小橋町)の老朽化でした。両施設の機能を併せ持つ、新たな文化施設として生まれたのがハレノワです」と岡本さんは経緯を語る。
2013年(平成25年)より「市民会館・市民文化ホールのあり方検討会」が始まった。候補地選定や事業計画の検討など幾多の経緯をたどり、2016年(平成28年)に整備地が千日前に決定。2017年(平成29年)に「岡山芸術創造劇場(仮称)管理運営基本計画」、翌2018年(平成30年)に「岡山芸術創造劇場(仮称)管理運営実施計画」が策定される。
2020年(令和2年)には名称が「岡山芸術創造劇場」と正式決定し、翌2021年(令和3年)に公募によって「ハレノワ」の愛称が決まった。そして2022年(令和4年)12月に竣工し、2023年6月のプレオープンを経て、同年9月1日にハレノワはグランドオープンした。実に約10年という長い歳月を経て生まれたのである。
愛称「ハレノワ」には「『非日常』の舞台空間である『ハレ』の場を日常でつくっていく劇場であり、ハレの輪が広がり、市民に身近な劇場になるように」という思いが込められている。
文化芸術施設・住居・商業・広場などを複合させ表町・千日前のにぎわいを創出
ハレノワは文化芸術施設であるが、それを中心にさまざまな機能が組み合わさった複合施設でもある。ハレノワの建物には総戸数84戸のマンションが併設され、さらに企業等の事務所も入る。1階のハレノワのエントランス前は全天候型の広場になっており、「千日前スクエア」と名づけられた。
千日前スクエアの横にはコンビニエンスストア、カフェ、パン屋も入居する。また全体の建物には「ハレミライ千日前」の名称が付けられ、地上20階・地下2階建で、延べ床面積は約39,000m2におよぶ。ハレミライ千日前は文化芸術施設のハレノワを中心とした、住居・商業・広場を擁する複合施設なのである。
ハレノワは表町商店街を構成する表八ヶ町の一つ・千日前商店街に面している。前述のとおり、かつて娯楽の町としてにぎわっていた千日前商店街。しかし時代とともに客足は減少していき、映画館などの娯楽施設も相次いで閉鎖した。さらに店主の高齢化や後継者不足、老朽化なども拍車をかけて、近年は商店も減少。千日前や隣接する西大寺町・新西大寺町・紙屋町など、表町商店街の南部エリアでは活性化が課題となっていた。
そのためハレノワのオープンは、千日前や周辺地区にとってにぎわいを取り戻す大きな契機として期待されている。オープンに合わせ、千日前商店街はリニューアルを実施。アーケードを撤去し、路面を新しく舗装し直している。さらに通りの名称を新たに「千日前ハレノワ通り」に定めた。
ハレノワは単に岡山市民会館や岡山市立市民文化ホールの代替文化施設ではなく、表町・千日前周辺における地域活性化のための再開発事業だといえる。
「魅せる」「集う」「つくる」をコンセプトに多様な文化芸術に触れる場所
ハレノワは「魅せる」「集う」「つくる」をコンセプトに掲げている。「ハレノワは文化や芸術を創造し、発信する場所です。それを通じて文化・芸術に親しむ市民、劇場を支えるスタッフ、劇場を利用して活動をするアーティストを育てるのもハレノワの役割。そして地域のにぎわい創出につなげ、豊かで活力のある地域づくりに貢献していきます。コンセプトには、そのような思いが込められています」と岡本さん。
ハレノワのメインには大劇場・中劇場・小劇場の三つの劇場を備える。3劇場に加えてアートサロンやギャラリー、さらに制作工房や11の練習室も設置。大中小の3劇場と練習室などを備えているのは、中国・四国地方で随一の規模である。
「さまざまな設備を備えていますので、多彩な舞台芸術の公演に対応しています。演劇やロック・ポップスのライブ、演歌・歌謡曲等のコンサート、オペラ、ミュージカル、ダンス、舞踊、バレエなどの公演などが可能です。さらに歌舞伎や能、狂言、落語、漫談、漫才、コントといった伝統芸能や演芸もできます。最近ではスポーツの大会やサーカスなども開催されました」と岡本さん。さらにアートサロンではピアノの発表会や、各種ワークショップの開催などもあるという。
大劇場はプロセニアム形式の舞台を備え、総客席数は1,753席(うち車椅子席が10席)。客席は1〜3階とグランドバルコニーからなる。中劇場はプロセニアム形式の舞台で、総客席数が807席(うち車椅子用席が6席)だ。客席は1〜2階がある。さらに中劇場は、可動式の音響反射板を備えているのが特徴。小劇場は平土間形式の舞台となっており、客席は固定式ではない。そのため多様な演出に対応できる。小劇場の最大収容席数は300席だ。
岡本さんは「ハレノワは、決してプロや大規模団体が公演等で利用するためだけの施設ではありません。市内で活動する劇団やバレエ団・音楽サークルの方々も積極的に利用なさっています。吹奏楽やコーラスの発表会などでも使われました。また2階のオープンロビーや3階のギャラリーなどは、チケットを持っていなくてもどなたでも入れ、常設のアート作品もお楽しみいただけます。コンビニやカフェ、パン屋もハレノワにご用がない方でも気軽に利用できます」と話す。
ハレノワの開館により周辺地域の人流が増加
2023年9月にグランドオープンしたハレノワ。開館記念事業の一つとしては「100人ダンス」が開催された。100人ダンスは千日前スクエアと表町商店街を舞台にしたダンスプロジェクト。ダンサー・振付師の北村成美と北尾亘が演出・振付・出演し、さまざまなゲストとコラボパフォーマンスをしながら、商店街をダンスパレードしたイベントだ。
さらに地元・岡山市出身の甲本ヒロトが所属するロックバンドのザ・クロマニヨンズや、隣県・広島出身のミュージシャン・奥田民生らによる対バンライブ、中村鴈治郎による歌舞伎公演も開催された。ほかにも劇団四季のミュージカル、歌舞伎「十三代目 市川團十郎白猿 襲名披露巡業」、演芸テレビ番組「笑点」の公開収録をはじめ、多くの公演を開催。開館記念事業は約半年かけ、全26事業が行われた。
2024年度も多彩な公演が続いており、稼働状況は順調だとのこと。「子どもと舞台芸術大博覧会 2024 in OKAYAMA」、吉本新喜劇、春風亭一之輔らの落語、ウクライナ国立バレエなどを開催。ロックバンド・10-FEETや田原俊彦、地元・岡山出身の中西圭三など、著名なアーティスト・バンドのライブといった公演も行われた。
「ハレノワは今まで岡山になかった設備を備えています。そのため、これまで岡山で開催できなかったような公演ができるのも魅力ですね。全国のみなさまにハレノワを知っていただきたいです」と岡本さん。
なおハレノワの周辺地域の影響について岡山市が調査し、発表している。ハレノワが開館した2023年9月、岡山市都心部の休日人流は、コロナ禍前の約80%まで回復。このうちハレノワが所在する表町三丁目の人流は、コロナ禍前の123%となり、大幅な増加となっている。
またAIカメラで表町三丁目の時計台周辺の休日通行者数を分析したところ、2023年10月の休日通行者数は同年8月に比べ、2〜3倍に増加していた。さらにハレノワ来館者数も、通行者数の増加に合わせて増加している。
同じく市はICカードの利⽤実績データによって、ハレノワの周辺にある路⾯電⾞電停・バス停の開館前後の乗降客数も調査している。その結果、開館した2023年9月以降の電停・バス停はいずれも乗降者数の増加が見られた。なかでも⻄⼤寺町電停では、10⽉の乗降客数はハレノワ開館前と比較して約4千人増加。これは約1.24倍の増加である。
ハレノワの開館は、周辺地域の人流増加に影響を与えていると考えられよう。また岡本さんは「実は私の祖母が表町商店街でカバン店をしています。祖母の話では、ハレノワ開業後に人の往来が増え、お客様も増えたと話していました。その話を聞いて、私自身もハレノワの影響を実感しています」と話す。
※ 参考:
コロナ前後の都心の人流動向やハレノワ開館によるまちの変化について|岡山市(PDF)
ハレノワ開業により千日前・表町商店街南部がふたたび動き出す
データ上では人流の増加が確認できたハレノワの周辺地域。実際のハレノワ周辺の状況はどうなのだろうか。協同組合連合会 岡山市表町商店街連盟の常務理事・矢部 久智(やべ ひさとも)さんに話を聞いた。
矢部さんは「ハレノワの開館前の千日前商店街は、アーケードは老朽化して補修もできておらず、暗く怖い印象をもつ人もいるほどでした。営業店舗も少なく、空き店舗どころか空地も目立つ状況。人の往来も少なく、休日の平均通行量は700人程度で、とくに現ハレノワ付近はこの10分の1程度だったと推測しています。しかも通行する人の多くは安価な青空駐車場の利用者でした」と振り返る。
そんな千日前商店街はハレノワ開業に合わせて、アーケード撤去と道路舗装の改修が実施され、名称も「千日前ハレノワ通り」に改称された。これにより明るくなり、怖いという印象は一変したという。カフェなどの商店も出店している。
「ハレノワの開業により、商店街ではハレノワ通りを使ったマルシェの定期開催など、市民と一緒の活動が始まりました。明らかに通行量も増加し、食事や商店街利用者も多くなりましたね」と矢部さん。ハレノワの開館効果は大きかったようだ。
ハレノワが開業して、約1年経った2024年9月の千日前の状況はどうなのだろうか。矢部さんによると「休日の平均通行量は約1,800人です。開業直後のにぎわいは落ち着いたかもしれませんが、ハレノワ開業前より倍以上に増加しています」とのこと。ハレノワの周辺エリアへの影響は開業時だけではなく、その後も影響は続いているようだ。
「ハレノワ開業を契機に、空き物件にも入居がありました。千日前に限らず、表町の南部エリアでも空き店舗への入居が進んでいるんです。これは岡山市の協力も大きくて、ハレノワ近接エリアの改修に使える支援策や、空き店舗対策費を活用しています。ハレノワの開館により、千日前、そして表町商店街の南部エリアにおいて、まさにふたたび『街が動き出した』という気持ちです」と矢部さんは語る。
ハレノワ開業後、ハレノワと商店街での連携も行われている。毎月の劇場予約状況(公演情報)を双方で共有。商店街の掲示板に公演ポスターやチラシを掲示・設置し、周知の協力を行っている。さらに商店街各店舗が、チケット割などの販売促進策を展開しているという。
また商店街の施策として、商店街を舞台に市民を巻きこんだマルシェやミニライブ、大道芸のイベントなども開催している。矢部さんは「今後は学生と劇場、商店街をつなぐようなイベントを開催してみたいですね。高校演劇部による商店街とハレノワを使った演劇や、ワークショップなども開催できたらおもしろいのではないでしょうか。商店街利用者への優待公演も、年2回ほど実施できるとうれしいですね」と話す。
いっぽうで今後ハレノワに期待することもあるという。「ハレノワには文化芸術の創造に加え、今以上に興行の『箱』としての役割も期待しています。たとえば劇団新感線や地球ゴージャスといった、メジャーな商業演劇の誘致。著名なアーティストによるコンサートの開催の誘致などです。認知度の高い人や団体の公演があれば、往来も増え、商店街にもにぎわいが波及します」と矢部さん。
さらに「芸術創造という視点だと、商店街を活用し市民を巻きこんだ、ハレノワの主体的な企画の実施を期待していますね。周辺エリア一帯での文化・芸術の創造ができたらいいなと思います。あとは公共空間である『千日前スクエア』の利用促進をお願いしたいです。自由度の高い、利用しやすい空間にしていただくことで、商店街と連携してさらなる活性化につなげていきたいですね」と矢部さんは話した。
「点」から「面」へと展開して表町に文化・芸術でにぎわいを
2024年4月よりハレノワの劇場長を務めるのは、プロデューサーでもある渡辺 弘(わたなべ ひろし)さん。「2023年9月から2024年3月まで開館記念として、劇場の最新の機能が発揮される、また市民の方々に喜んでもらえるような多彩で華やかなプログラムが組まれました。でも、どのくらいのお客様に来ていただけるのか不安だったのが正直なところです」と、渡辺劇場長は振り返る。
「しかしフタを開けてみると想定以上の方が来られ、しかも岡山県外の方も多く来場されていてホッとしています。岡山市の持つ『交通の要衝』という利点が発揮されたと感じました」
渡辺劇場長は今後、より市民に喜んでもらえるようなブログラムを組むとともに、岡山のアーティストや市民参加による「岡山発」の作品を創造し、全国・世界に発信していきたいという。まさに「創造」の名を持つ劇場らしい取り組みだ。早くも2024年秋に2作品が上演された。
また岡本さんは「2023年度(2023年9月の開館から2024年3月まで)は、開館記念事業だけでなく非常に多くの公演・イベントが行われました。アッという間に時間が過ぎていった感じがします」と振り返る。
「だからこそこれからが本番であり、重要です。おかげさまで2024年度の施設利用は、順調に推移しています。昨年のオープンから利用していただく中で、さまざまなお声を頂戴しました。その対策も考えながらより良い施設を目指していきたいです」と岡本さんは話す。
渡辺劇場長は「ハレノワの今後の課題は、『点』から『面』への展開だと感じています。おかげさまでハレノワは、多くのお客様に来場していただいております。しかし、まだまだハレノワは表町商店街の南端の『点』に過ぎません。ハレノワのにぎわいや活力を周辺地域へも波及させ、地域とともに『面』として活性化されたおもしろいカルチャーゾーンにしていく必要があります。時間はかかるかもしれませんが、地域の方々とともに考えていきたいですね」と今後の抱負を語った。
商人の町として長い歴史のある岡山表町商店街、娯楽の町としての歴史がある千日前のにぎわいを取り戻す起爆剤として期待したい。
※取材協力:
岡山芸術創造劇場 ハレノワ
https://okayama-pat.jp/
公益財団法人 岡山文化芸術創造
https://www.ocac.jp/
協同組合連合会 岡山市表町商店街連盟
http://omotecho.or.jp/
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