ひとつのフェスが、廃校を生まれ変わらせた

2024年10月5日に、15年間の歴史に終止符を打ったイベントがある。鹿児島県南九州市川辺町で開催される、音楽フェス「GOOD NEIGHBORS JAMBOREE(グッドネイバーズ・ジャンボリー)」だ。会場は、リバーバンク森の学校(以降、森の学校)。南九州市川辺町の自然豊かな環境の中にひっそりと佇む、廃校となった旧長谷小学校だ。

筆者が初めて森の学校を訪れたのは、このフェスがきっかけだった。地元企業の飲食出店やワークショップ、音楽ライブ、文化人によるトークイベントなど、大人も子どもも参加できるような内容。木造の校舎の前に広がる芝生のグラウンドは、こんなに美しい廃校はここだけでは……と思えるような風景。校舎の佇まいとフェスでの想い出とともに、会場そのものにも好印象を持たせる。

リバーバンク森の学校リバーバンク森の学校
リバーバンク森の学校木造講堂と鉄筋コンクリート造の校舎が緑に映える

建造から85年を超え、1990年に廃校になるまで現在も校庭にそびえるシンボルツリーは推定樹齢100年ともいわれている。フェスの大きな特徴として、鹿児島生まれで県外在住の人が多く運営に関わっている点も大きかった。この象徴的な楠木をバックに、「また来年この場所で会おう!」と会話が交わされる環境は、地元愛が育まれる場となっていたように思う。

ちなみに、鹿児島県南部に位置する南九州市は、自然と歴史が豊かな地域である。主要な地域として川辺、知覧、頴娃(えい)があり、2007年12月にこれら3つの町村が合併したことで南九州市が誕生した。知覧は「薩摩の小京都」とも呼ばれ、武家屋敷や庭園が残る歴史的な街並みが特徴。温暖な気候と美しい海岸線がある頴娃は、観光地としても人気が高い。そして川辺は農業が盛んで、特にお茶の生産地として知られる。

そんな地元に想いのある人たちが、廃校に集まり時間を共有する。「グッドネイバーズ=良き隣人」をイベント名に掲げたフェスは、2010年から2024年までのコロナ禍を含む15年間、一度も途切れることなく開かれた。フェスの発起人は坂口修一郎氏で、一般社団法人リバーバンクの代表(以降、リバーバンク)でもある。

リバーバンク森の学校シンボルツリーの楠木
リバーバンク森の学校お話を伺った、左から、一般社団法人リバーバンク・森の学校管理人の上堂泰輔さん、同社・副代表の鈴木秀典さん

廃校活用と地域問題解決のための一般社団法人

講堂。老朽化が進んでいた木造校舎は改修も行われた講堂。老朽化が進んでいた木造校舎は改修も行われた

ちなみに、鹿児島県南部に位置する南九州市は、自然と歴史が豊かな地域である。主要な地域として川辺、知覧、頴娃(えい)があり、これらが2007年12月1日に3つの町村が合併したことで誕生した。川辺は農業が盛んで、特にお茶の生産地として知られ、南九州市は全国でも有数のお茶の産地でもある。知覧は「薩摩の小京都」とも呼ばれ、武家屋敷や庭園が残る歴史的な町並みが特徴で、温暖な気候と美しい海岸線がある頴娃は、観光地としても人気が高い場所でもある。

講堂。老朽化が進んでいた木造校舎は改修も行われた面影が残る教室。団体利用で宿泊できるスペースに

フェスをきっかけに、森の学校はさまざまな人が交流し、人をつなぐ場所として新しい役目を担い始めていた。老朽化が進んだ校舎は、それまで地域の公民館や集会の会場として使われてきたが、建物の維持自体が難しくなってきており、耐震性の問題も抱えていた。戦前に建てられた建物なので無理はないだろう。そんななか、解体の危機に直面した廃校を保存しようとする廃校再生プロジェクトが生まれた。


こうして廃校と空き家を再生し、地域課題に取り組むための団体、一般社団法人リバーバンクが2018年7月2日に発足した。森の学校の管理は、南九州市の地域おこし協力隊とも連携しながら行われている。

講堂。老朽化が進んでいた木造校舎は改修も行われた校舎内には、学校が現役だった当時の様子を残す写真も掲示されている
講堂。老朽化が進んでいた木造校舎は改修も行われた地域の民芸品を展示しているスペースも

地域と一緒に盛り上げる場所へ

リバーバンクとして現在行っている具体的な活動は、施設の管理運営(リバーバンク森の学校、リバーバンクタノカミステーション)、周辺地域の空き古民家の再生事業、地域資源を活用したイベントの企画運営だ。


象徴的な活動となるのは、廃校再生プロジェクト。1階には多目的に使えるスタディルームやギャラリー、ラウンジ、センターハウス、ボルダリングスペースがあり、2階は宿泊機能を備えた居住空間。屋外にはウッドデッキとシャワー室もあり、団体宿泊のキャンプ利用なども可能だ。これまでにもさまざまなイベントも行われてきた。しかし外からの来客を待つばかりではこれ以上の活用が進まない、という問題にも直面している。過疎化が進み人が減っているこの場所で、廃校をどう残し、生かしていけばいいのだろうか?

キャンプファイヤーができるスポット。奥には、ウッドデッキキャンプファイヤーができるスポット。奥には、ウッドデッキ
キャンプファイヤーができるスポット。奥には、ウッドデッキボルダリングスペースも

森の学校の管理を担当している上堂泰輔さん(リバーバンク)は、大学院入学をきっかけに鹿児島へ。その後、川辺町に惹かれて2年前に移住した。森の学校のこれからに関しては、地域との交流が大切だと感じているという。



「集落で月に一度実施される会合『たかた村づくり委員会』に参加しています。その地域に暮らし、地域の人と同じリズムで生活し、集まりに顔出すことによって親密度も上がっています。私が移住するまでは、現場に担当がいなかったので、どうしても地域の方と距離がありました。こうして地域の困りごとも教えてくれるようになって、助け合えたりするようになったのは良いコミュニケーションです」と上堂さん。近隣小学校校区のお祭りを一緒にやってくれないかと頼まれ、実行委員にも加わることになった。また来年、森の学校が旧長谷小学校時代から合わせて150周年を迎えるため、150周年祭を開催に向けて計画中だ。

「外の人に来てもらうだけでなく、地域の人にも活用されるという、当初描いていた廃校利用の理想像に近づいている気がします。地域の人も、森の学校を残したいと考えているんです。その思いを未来につなげていきたいです」と続ける。

キャンプファイヤーができるスポット。奥には、ウッドデッキフランス在住の日本人の書道家の方による書道教室が開催された。写真提供:一般社団法人リバーバンク
キャンプファイヤーができるスポット。奥には、ウッドデッキ森の学校自主企画のサマーキャンプ。写真提供:一般社団法人リバーバンク

フェスに終止符を打った森の学校。リバーバンクのこれからのチャレンジ

2023年10月から南九州市の地域おこし協力隊でもある鈴木秀典さん(リバーバンク副代表)は、上堂さんと共に森の学校の開発に携わっている。そのなかで、他業種や同業種と連携していく必要性があるという。「同じ悩みを抱えている鹿児島県内の廃校と連携して、課題を共有しあえる状況をつくるために動いています。ひとつの企業だけでは実現できなかったことも、行政や他業種の企業、そして地域住民と手を取れば進められることもあります。まさに仲間づくりです。共に手を取り合って、前に進んで行きたいです」と鈴木さん。


ひとつの実践事例として、2023年に誕生した元川辺中学校をリノベーションした複合施設「リバーバンクタノカミステーション」がある。食を通じて地域から新しい働き方を提案している施設で、1階には食堂やクラフトビールブリュワリー、2階にはサテライトオフィスというつくりになっている。地域外の人が滞在できるだけでなく、地域内の雇用を生む機能も果たしている。地域の人が実際に使える場所であるということを、忘れていない。

タノカミステーションタノカミステーション
タノカミステーションTANOKAMI KITCHENでは、地域の畑で採れた食材や地元の人が作ったパンも購入できる

また空き家対策事業は、移住者である民俗学研究者のジェフリー・S・アイリッシュさんが主軸となって、地域の空き家探しや大家との交渉、入居者探し、入居者とインフラ工事会社とのパイプ役などを担ってきた。これらの役割を拡大する形で、鈴木さんが加わり、2名体制でジェフリーさんと共に、南九州市川辺町エリアの空き家バンクの対応を続けている。


地元の人で構成された『たかた村づくり委員会』では、上堂さんや鈴木さんからアドバイスを欲しがるような場面も多いのだそう。上堂さんも「村には元気なお年寄りが多い」と語る。地域のことが自分ごとになっていることは最大の強みだろう。森の学校とタノカミステーション、空き家バンクが横軸で連動していけば、また新しい解決方法も生まれてきそうだ。


フェス会場として注目を浴びて、ハブとなってきた森の学校だが、今改めて地域のための場所にゆっくりと戻りつつあるようにみえた。地域の小学校は、地域の人のための場所であったはずなのだ。良き隣人を銘打ったフェスによって生きながらえた場所は、移住者や定住者も巻き込みながら、その町に暮らす隣人たちによって引き継がれようとしているのかもしれない。

タノカミステーション黒板に残された想い出。どんどん上書きされ、新しい記憶をつくっていってほしい

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