都市緑地法等の一部を改正する法律の制定
昨今の気候変動は、世界各地に影響を及ばすだけでなく、日本国内においても目立つようになってきた。全国各地で100年に一度クラスの異常気象が頻発する中、まちづくりの領域においても脱炭素に向けて取り組んでいかなければならない。しかし、東京の緑地の充実度は、世界主要48都市の中で41位と国際的に大きく遅れをとっている。
そんな中、都市緑化を促進するために「都市緑地法等の一部を改正する法律 」(以下、改正法)が2024年5月に成立した。改正法は、①国主導による戦略的な都市緑地の確保 ②貴重な都市緑地の積極的な保全・更新 ③緑と調和した都市環境整備への民間投資の呼び込み を三本柱として、緑の質と量を高めることを狙いとしている。
具体的には、
・国による方針や数値目標の策定
・「特別緑地保全地区」に対する「機能維持増進事業」の支援や、都市緑化支援機構の指定
・民間事業者等による良質な緑地確保の取組を国土交通大臣が評価・認定と、資金貸付による支援
を行うことが定められている。
こうした都市緑地に取り組む流れの中で、2024年7月1日に、産官学のそれぞれの立場から「緑×まちづくり」について考える「まちづくりGXシンポジウム」が国土交通省によって開催された。
※GX=グリーントランスフォーメーション
会場となった赤坂インターシティAIR は、赤坂再開発事業の一環として「緑を基点としたまちづくり」をコンセプトにつくられたワークプレイスであり、まちづくりGXの実践事例として今回の会場のふさわしい場所だった。「ここに元々森があったら、どのような建物を建てるか」という観点で設計されたことで、赤坂という大都会の中にまとまった緑地を創出している。さらに、「赤坂・虎ノ門緑道構想」として周辺事業者や行政とともに地域一帯の緑化にも貢献している場所である。
今回は、「まちづくりGXシンポジウム」から、主に民間企業におけるまちづくりGXの施策や事例を紹介する。
緑化の舞台を民有地にも拡大。ポイントは官民の「つながり」~千葉大学大学院教授柳井重人氏
基調講演を行ったのは、千葉大学大学院 園芸学研究院教授の柳井重人氏と、MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部の原口真氏の二名。両者とも、上述の改正法における民間事業者の評価基準に関する有識者会議のメンバーである。
柳井氏の講演では、改正法成立の背景に着目して話がされた。
改正法で民間事業者にスポットを当てたことについて、名古屋の公有地と民有地における緑の比率のデータを示しながら、民有地緑化の重要性を語った。名古屋市のデータでは、公有地と民有地の緑の割合は5:5ほどであり、1990年から2020年にかけて、公有地の緑地は微増しているものの、民有地の緑地が大幅に減っていることがわかった。
それを受け、「都市の緑化にあたって、国や地方公共団体が、公有地の緑を中心に管理・運営し、増やしていくという今までの基本的な考え方は、古い考え方だったのではないかと思っています」と柳井氏。
官民連携や規制緩和など、公有地の緑に民間企業が参入する機会がつくられてきたが、さらに、公開空地やオープンガーデンなど、個人や企業の管理下であった土地も公開されるようになってきている。官民の土地が開かれていくなかで、管理主体についても線引きをするのではなく、つながりをもって緑地の創出・保全に取り組んでいく必要性がある。
また、主体のつながりだけでなく、「緑のつながり」も緑化をより効果的にするとの言及があった。緑をつなげることで、生物多様性やヒートアイランド現象、防災、観光といった文脈での相乗効果をより広い範囲で波及させることができる。
民有地の緑化を進めるためにも、局所的な緑をつなげていくためにも、主体がつながる必要性がある。今回の改正法で、国が民間の緑地確保を認定する制度が定められたことは、民間主導の緑化に行政がつながるための第一歩になるだろう。
TNFDによるネイチャーポジティブの評価・開示の仕組み確立~MS&ADグループ 原口真氏
続いて基調講演を行ったのは、MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社の原口真氏。自然関連財務情報開示タスクフォース(以下TNFD)のメンバーとして、フレーム開発に携わる立場から、ビジネスにおけるネイチャーポジティブについて話した。
TNFDとは、企業の自然関連、主に生物多様性についての取り組みを適切に評価・開示するためのフレームワーク確立を目的に設立された国際的な組織である。TNFDレポートでは、自然資源に関するガバナンス、戦略、リスクと影響の管理、指標と目標を開示する。
原口氏は、ネイチャーポジティブなビジネスを進めていくにあたっての課題として、キャッシュフローの黒字拡大の背景には、自然資源の赤字がある場合も見られるが、そういった状況を投資家は評価していないという現状を挙げた。TNFDは、自然資源に対する取り組みを開示・評価する仕組みをつくることで、「決算の自然も黒字にして経営者が褒められるビジネス」としてネイチャーポジティブを普及していくという。
具体的に言うと、まちづくりに関連するセクターであるエンジニアリング、建設、不動産の領域では、道路やレールなど線形インフラによる生態系分断や、建設段階の汚染、緑地の肥料・堆肥投入を開示指標として議論が進められているとのことだ。
利益を追求する民間企業にとって、ネイチャーポジティブな取り組みは直接的に自社利益につながるものではない場合が多い。そうした中で、国やTNFDのような機関による評価・開示制度が進められることは、企業が動くインセンティブになりうるだろう。
大日本印刷「市谷の杜」は、事業構造転換の要
大日本印刷株式会社からは、鈴木由香氏が「市谷の杜」について紹介した。
「市谷の杜」は、大日本印刷株式会社の事業見直しを機に市谷地区の再開発にあわせて整備を行ったもの。「2015年頃から『第三の創業』として、自分たちの持っている印刷や情報の様々な強みを掛け合わせるとともに、 パートナーの皆様とより良い未来を作っていくための連携を強化するための拠点作りとして再開発を行ったのがこの市谷の杜という緑地です」と鈴木氏。出版印刷業という事業構造を見直す必要がでてきたときに、再開発計画に移っていったという。
敷地の三分の一が緑地となっていて、新宿という都心にまとまった緑地を創出している。開発過程では、「市谷らしさ」にこだわり、地形や植生、歴史について調べ上げ、コンセプト作りから徹底したという。
結果、15,000m2の杜が完成。在来種のみで構成されており、地域の生態系を壊さないことが意識されている。保育園から子どもが散歩に来たり、地域住民と草刈りを行ったりと、緑だけでなく、地域内の交流をはじめとした多面的な効果が見られているそうだ。
管理は外部に委託せず、社員で行っており、「気づき日記」として記録をしながら週に2、3回ほどの頻度で管理作業を行っているとのことだ。
東急不動産ホールディングスはビジネスとしての「価値創出」を重視
東急不動産ホールディングス株式会社からは、松本恵氏が都市開発という観点での緑化について、取り組みを紹介した。特徴的なのは、緑化を単なる社会貢献だけではなく、ビジネスとして展開することへのこだわりだ。独自性、機会拡大、収益化に注力することで、「環境を起点とした事業機会の拡大」をめざしているという。
東急不動産ホールディングスでは、TNFDレポートを活用している。自然への依存・インパクトを可視化し、生態系へのインパクトが大きく、事業規模の大きな都市開発の事業に領域を設定。広域渋谷圏でのまちづくりGXに取り組んでいる。東急プラザ表参道「オモカド」や原宿「ハラカド」、代々木公園Park PFI計画、Shibuya Sakura Stageなどで都市緑化を進めている。
効果としては、鳥や虫などの生物多様性の確保やヒートアイランド現象の緩和はもちろん、ストレス軽減や集中力の向上といった副次的な効果も現れ、「GREEN WORK STYLE」という新たな働き方を提案している。
また、室外機の温度を下げるために行っている「芋緑化」では、小学生やテナントに芋ほりをしてもらい、収穫したさつまいもをポテトチップスにして、ノベルティとして渡している。都市にいながら、自然の恵みをとして実感できる機会にもなっている。芋緑化の事例も含め、いかに価値につなげていくかという思考が東急不動産ホールディングスらしさだと感じた。
三菱UFJフィナンシャルグループ MUFG PARKは「自分らしいQOLを追求できる場」
株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループからは、飾森亜樹子氏が登壇。MUFGが取り組む「MUFG PARK」について紹介した。MUFG PARKは、Nature、Sports、Communicationの機能をもつ東京都西東京市の公園施設で、社員向けの保養施設を再整備し、2023年より一般開放した。来場者はこの1年で27万人にのぼるそうだ。
コンセプトは「自分らしいQOLを追求できる場」。社員や地域住民とともに居心地の良い場づくりに挑戦する。社員アンバサダー制度や工芸やスポーツなど既存の社会貢献事業と連携したプログラム、まちライブラリーの導入等によって交流の場づくりを行っているが、オープン前からNPOや学校を巻き込んだプレプログラムを20回も開催したという。
電動二輪車の共通使用バッテリー交換ステーションや電動キックボードLuupの講習会など、社会課題につながる様々な取り組みも実験的に行い、発信の場としての機能も果たしている。
パネルディスカッション~民間企業としてまちづくりGXを進めていくためには
最後に行われたパネルディスカッションでは、柳井氏をファシリテーターとして、原口氏、鈴木氏、松本氏、飾森氏、そして国土交通省の鈴木章一郎氏も交え、民間企業の都市緑化について議論がされた。
問 都市緑化は利益や成果が見えづらい領域であるのに、なぜ企業としてGXに“取り組めた”のか?
「我々にとって再開発は、全国に散らばっていた機能を集約させ、事業構造を変える大きな転換の1つです。100年以上操業してきている市ヶ谷の地に愛されながら、ともに成長していきたいという上層部の想いがあり、再開発での緑化に取り組むことになりました」 (大日本印刷・鈴木氏)
「二点ありまして、ひとつは会社としての方向性です。不動産業は土地にかける負荷が高いので、環境に対する想いもあり、社長のトップダウンで進みました。二点目はマーケットの評価です。環境関連のイベント会場としての需要が経済価値につながっています」(東急不動産ホールディングス・松本氏)
「MUFG PARKは、社員施設として長年利用してきた愛情が詰まっている場なので、せっかくの武蔵野の自然を活用したいという議論からはじまりました。新たなMUFGのパーパス『世界が進むチカラになる』からコンセプトを考え、対話の場、社員の社会課題意識の育成、そして社会課題解決の発信の場となりました」(三菱UFJフィナンシャル・グループ・飾森氏)
問 取り組みを通じてどのような効果があったか、またその効果が次の取り組みの意思決定にどのような影響を及ぼしているか?
「100%社会貢献なので、経済的メリットは追求していません。効果としては、社員の自己成長や挑戦によるエンゲージメントの向上や、顧客の社会課題解決の取り組みの活用の場としての提供、ブランド価値の向上を狙っています」(三菱UFJフィナンシャル・グループ・飾森氏)
「明確にビジネスにつなげることを目的としています。イベント会場としての需要や居心地の良さによるテナント入居など、不動産価値の向上による評価を頂く機会が増えてきました。また、投資家との対話の中でも生物多様性について触れられるようになってきており、今後定量的な効果の提示が求められると感じています」(東急不動産ホールディングス・松本氏)
「再開発によって新しい価値を生み出していくことを目的としていますが、現状では、社員が会社を好きになれているところが大きな効果だと思っています。社員や近隣の方とのコミュニケーションの場としての効果も見られています」(大日本印刷・鈴木氏)
問 地域との関係性が重要なキーワードとなっているが、地域や主体との関係をつないでいくという観点で、自らの取り組みをどう評価しているか?
「『生き物がつながる緑地づくり』として、隣の緑地から鳥が飛んでくるような緑地にするために、地域在来種のみを取り入れました。社員が気づき日記をつけて、駆除すべき在来種や外来種を図鑑のように記録して維持管理をしています。また、町内会が多いという地域特性上、人とのつながりも意識しています」(大日本印刷・鈴木氏)
「オフィス・商業施設で行う、利用者やテナントの方々と緑化の取り組みや、分譲マンション事業で入居者が緑に愛着を持つための『グリーンポジティブアライアンス』という仕組みづくりなどを行っています。さらに、TNFDレポートの発表を機に、数社から一緒に取り組みができないかという問合せもありました」(東急不動産ホールディングス・松本氏)
「周辺学校やNPOといったステークホルダーと共同したプレイスメイキングや、従業員による金融経済教育の会場利用やスポーツ教室といった持ち込み企画、地域の皆様による野球大会やキッチンカーなどの自発的な取り組みのようなプレプログラムで実施した3つのパターンでつながりが維持されています」(三菱UFJフィナンシャル・グループ・飾森氏)
民有地・民間企業の取り組みが今後の緑化をけん引していくという方向性が、シンポジウム全体を通じて示された。民間企業は特に自社のメリットや成果・効果を追求する必要があるが、”環境”という領域での効果は、定性的かつ長期化しがちで見えづらく、また経済的効果も伴いづらいため、参入のハードルが高いのが現状だ。パネルディスカッションで問われた「なぜ”取り組めた”のか?」という問いは核心をついた質問だと感じた。
そこでTNFDレポート等を活用して自然資源に関する取り組みの価値を可視化し、新たに成立した「都市緑地法等の一部を改正する法律」による国の評価・認定、支援を受けることは、成果・効果を第三者にも示せるという点で、民間企業の都市緑化参入のハードルを下げられるだろう。緑化に限らず、ウェルビーングや地域交流といった副次的効果も評価基準の対象となることで、緑化の効果を最大化することも期待できる。
ただし、民間企業という特性上、経済面での持続可能性は考慮していかなければいけない。
緑化効果の多面性に着目したビジネスモデルによって経済的メリットを生み出せるようになれば、「決算も自然も黒字にして、経営者が褒められるビジネス」を本当の意味で持続可能に回していけるのではないだろうか。
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