きっかけは賄い付きの共同社員寮を求める有田川の地元企業の要望だった
聖地・高野山の麓から流れ出す有田川に沿って東西に細長く伸びる和歌山県有田川町は2006年に吉備町、金屋町、清水町の3町が合併して誕生した町。
日本屈指のみかん産地、和歌山を代表する有田みかんの産地として、また、最近はぶどう山椒の産地としても知られるようになった有田川町のちょうど真ん中くらいに2023年、移住就業支援拠点施設「しろにし」がつくられた。
きっかけは地元事業者からの共同で使える社員寮が欲しいという声だったと一般社団法人しろにしの理事、白川晶也さん。当時の白川さんは町役場の産業課長で、要望に対して「あえて」気のない返事をしたという。
「旧清水町にある2つの事業者からの最初の要望は賄い付きの共同社員寮が欲しいという話でした。中山間地でコンビニはもちろん、店も少ない地域のため、働いている若い人たちは食事ひとつにも困る状況。そこで賄いのある、地元の事業者が共同で利用できる社員寮を作れないかという相談でした。ですが、これまでの経験から行政で箱を用意、運営までやるとなるとうまくいかないことが多いことを知っており、やるなら運営は地元でやりませんかとボールを投げ返しました」
地域全体を巻き込もうと、提案した事業者は地域で他の事業者にも声をかけて清水地域事業者連絡会を結成。加えて外部の有識者を依頼、どのような施設にするべきかなどの検討を始めた。事業者の本気を感じた役場が地域全体の将来図を描き、補助金申請を行って外部有識者の知見を投入。役場はあまり口を出し過ぎないように配慮しながら、事業者と外部有識者がどのような施設にすべきかなどの検討を始めた。そして発起人たちは100回を超す会議を重ね、外部有識者の意見を聞きながらプロジェクトを具体化。2021年秋頃から計画が具体化されてきた。
「当初は社員寮だけという話でしたが、地域のことを考えたらそれ以外の機能も必要だろうということになり、現在のような移住希望者やそれ以外の人たちも利用できる宿泊機能を付加、人が集まれるカフェとしての役割も加えてと交流から短期滞在、定住・移住までを兼ねる地域のHUBとしての形が明確になってきました」
有田川町の地元事業者の本気が事態を動かした
誰かにやってもらおうではなく、自分たちでなんとかしようと地元の事業者が立ち上がったことで行政も支援の体制を整えることに。
問題になったのが誰がプレイヤーになるかという点。発起人も含め、連絡会に参加している事業者は本業があり、複合拠点の運営に携わるほどの余力はない。地域おこし協力隊の制度を利用するつもりはしていたが、それだけでは足りない。地元、行政それぞれとのつなぎ役もできる人が必要だろう。
そこで白羽の矢が立ったのが現在しろにしの代表理事を務める楠部睦美さん。楠部さんは地元出身で8年前にUターン。親族から譲り受けた一戸建てを利用して民宿「もらいもん」を経営しながらまちづくりの集まりにも顔を出すなどしており、地元では知られた存在。本プロジェクトに外部有識者として関わるお二人も楠部さんの宿を利用しており、関係者とも顔見知り。しかも、宿の経営が本業である。これほど適任な人材も少なかろう。
そして、役場では産業振興、移住の2部門に関わっていた白川さんがこの事業を商工観光部門としてまとめて担当することに。しろにしが事業者の要望を受けた寮である部分は産業振興だが、そこに観光客や移住希望者が宿泊すること、その人たちが移住後にこの地で起業や就業をするかもしれないことまでを視野に入れれば、産業、移住、観光は実は一続きの輪。そう考えるとしろにしの立ち位置がよく分かるというものである。
もうひとつの問題は施設をどこに設置するか。最初は県立有田中央高校清水分校のある清水地域の中心部に整備し、そこに学生寮と社員寮をという案だったのだが、異なる世代の男女が混在することは難しいのではないかという声が出た。
最終的に現在の旧城山西小学校を選んだ理由は、できるだけ有田川下流域にも近く、少しでもコンビニなどに近いほうが若い人達も利用しやすく、集落に囲まれた孤立していない場所のほうが地域住民との交流も生まれやすいということだった。
紀州材を使い、地元事業者の作品も並ぶ「しろにし」
建物の中に役場の出張所、お弁当屋さんの作業場が入っていたこともプラスだった。もうひとつ、旧城山西小学校のある二川という地域の魅力もあったと楠部さん。
「二川地区は60年ほど前にダム建設で外から人が入ってきた地域で、何か問題が生じたとしたら、それについて住民間で話し合おうとする意識のあるエリアです。地域によっては暗黙のルールが絶対とされることがあり、話し合いに至らないことも多々。そうした地域は変化を好まないことも多く、外から人が入ってくるような施設にはなじまないのではないかと思ったのです」
発起人たちが主体となり、地元で事業の説明会を行ったときにも、「ここに新しい施設を作ってくれるのか」という前向きに歓迎する声が出たそうだ。
宿泊部分は建物2階に作られている。短期滞在用のドミトリールーム(8ブース)と中長期で賃貸可能なワンルーム(11部屋)から構成されており、トイレ、シャワーブースは共用。ワンルームには洗面台が備え付けられている。定住・移住を希望する方の寮としてだけではなく、企業の研修や地元の産業に関係する出張などでの利用を見込むほか、地元への里帰り時、高野山への観光の際の宿としても使えるようになっている。
1階には大きなカウンターのある広いカフェがあり、一部はランドリーとして使えるようになっている。寮としても機能することを考えると必要な施設だろう。
現在、寮としては3人が居住しており、平日は昼夜食事が用意されている。宿泊者は昼、晩、必要かどうかを伝えて用意してもらう。近隣には車移動にはなるが、温泉などもある。
地域の人事部としてシームレスな活動を
施設は2023年6月にオープン。そのすぐ後、同年9月に白川さんが理事としてしろにしに加わることになった。
「楠部さんと地域おこし協力隊だけではスタッフが足りません。また、楠部さんは金屋地区出身。清水地区を知っている人間がいたほうが良いだろうとも思い、家族の都合で早期退職後、様子を見ていたのですが、そろそろ人を呼んでくる仕掛けも必要だろうと加わることになりました」
目指すのは人を呼ぶところから始まり、短期、長期の滞在から移住、この地で働く、起業するなどを一貫して行う総合的な窓口となる場所。これまでの移住促進施設以上にシームレスに住む、働く、暮らすをつなげる地域の人事部的な機能のある場所だと白川さん。
人手の足りない地元の事業者にインターンを呼んでくる、地元の人たちが同窓会や法事などで集まる場所を作るなど日常的にできることはもちろん、現在、力を入れ始めているのが一次産業ワーケーション®の「山椒収穫レスキュー」。農業、林業体験プラスちょっと観光というプランで人を呼び込もうという計画だ。
「去年7月、山椒農家さんから実がなりすぎていて収穫しきれない、放置すると木がダメになってしまうという声が出ました。ぶどう山椒は有田川町の名産品で、一時、人手不足から低迷したものを再度盛り上げてきた大事な存在。ダメージを与えないようにするためにはどうすればよいか」
「そこで思い出したのが昨年2月に聞いたみなべ町での梅収穫ワーケーションの事例です。2022年から始まったもので都市圏の人に梅を収穫する経験をしてもらうというもので初年度には120人以上が集まったそうです。
うちでもできないかと思い、しろにしに宿泊、送迎付きで1泊3食8800円という「ぶどう山椒収穫レスキュー」という企画をリリース。すでに収穫が始まっているというぎりぎりのタイミングでしたが、30人ほどに参加いただきました」
ぶどう山椒収穫レスキューに手応え、これからに期待
手応えを感じた白川さんたちは地域の人たちにこうしたやり方があることを知ってもらい、次に続けようとキックオフとなるトークイベントを開催。定員30人のところに50数人が集まったという。農業、林業ともに人手不足は大きな問題であり、特に収穫や作業時期が決まっているものについては深刻な問題だ。地域に目をやればなんらかの形でこの地を訪れ、親近感や愛着を持ってくれる人を増やしたい。その意味でふどう山椒収穫レスキューは面白い試みというわけだ。
取材にお邪魔した5月後半の時点では葡萄の花切体験のワーケーションが行われていた。長い房についた花をすべて成長させると養分が分散して味の悪い小さな粒になってしまい、実も落ちやすくなる。そこで花がついた時点で房の上部の花を切る作業が必要になるそうで、これが葡萄栽培ではもっとも手間のかかる作業なのだとか。
「山椒の時には私の個人的なつながりで来てくださった方が8割ほど。しかし、今回はそうしたつながりには期待できず、集まるだろうかと思いましたが、幸い、想像以上に集まっているようです」
これまでもみかんの収穫期に有田地域全体で100人、200人というアルバイトが1ヶ月、2ヶ月と長期で滞在していたそうだが、それを単なる労働力と見るのではなく、地域に関わってくれる人と考える、交流することで変わるものがあるのではないかと白川さんは考えている。
「その場限りの関係ではなく、長く繋がる交流の始まりであると考えると、訪れてくれる人のうちには農業や林業に関心を持つようになる人がいるかもしれない、後継者になってくれる人もいるかもしれないと考えています」
その際に必要になるのが公共交通、食事、そして宿。
幸い、しろにしができたことで宿はあり、建物内のお弁当屋さんと連携すれば弁当を含め、三食が用意できる。それを生かしてパッケージでぶどう山椒収穫レスキューをはじめとするいろいろな“レスキュー”を展開していくのが当面の目標。2024年も7~8月にはぶどう山椒収穫レスキューをバージョンアップして企画する予定だという。
「山椒、梅の収穫は特殊な技術があまり必要とされないのですが、みかんは熟れ具合をみきわめる目が必要。でも、いずれは有田みかんでもやれればと考えています」
都会でずっと座ったままで作業をしている人にとっては青空、緑のもとで体を動かして収穫を体験するのは非日常で新鮮だろう。しかも、それが地域の役に立っているとなれば気持ちも良い。訪れてみると地域との出会い、新しい経験が得られるのではなかろうか。
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