古い建物の魅力に惹かれ、移住した女性建築家

埼玉県中央部にあるJR高崎線の本庄駅の北口には、古い建物がいくつもある。ユニークなデザインの建物も多く、見て歩くのが楽しい。その魅力を見出した建築家が大橋千賀耶さんだ。

「この辺の商店街の古い建物が好きです。その面白さを見つけ、ここで何かしたいと思い、4年半前に移住してきました」(大橋さん)

現在は、早川純さんと一緒に合同会社本庄デパートメントを経営し、商店街を拠点に活動している。

「私たちの活動は地方創生や地域活性と言われることもありますが、それは目的ではありません。本庄のまちを、ひとを、楽しく巻き込んで遊び倒すことが目的です」と2人は言い切る。結果として、地域活性になっているかもしれないが、決してそれがもともとの目的ではないそうだ。自分たちが楽しいかどうかが、重要なのだろう。

本庄デパートメントのカフェの外観。ユニークなエントランスなどその魅力は尽きない本庄デパートメントのカフェの外観。ユニークなエントランスなどその魅力は尽きない

2人が出会ったのは、2019年9月の「本庄暮らし会議」というイベントだった。大橋さんが埼玉県や本庄市と連携し主催した、まち歩きなどで地元の魅力を再発見するイベントだ。

早川さんは夫人が本庄市出身で、夫人の実家の近くで子育てをするために本庄市内に引越してきた。当時行政職員だったが、コロナ禍となり、思い描いていた仕事ができなくなってしまった。そのころ、大橋さんはすでに商店街の今後に対して構想を持っており、それを一人で実行するつもりでいた。実はそれは、早川さんが思い描いていたことと方向性が近く、早川さんから大橋さんに「一緒にしよう」と話を持ち掛けたのだという。得意なことをそれぞれがやることで、より広がりができ、リスク分散にもなると訴えたのだ。

本庄デパートメントのカフェの外観。ユニークなエントランスなどその魅力は尽きない暮らし会議では本庄の古い建築を見て回った

空き家をカフェに再生することから始まった共同事業

2人の最初の活動は、商店街の空き店舗を活用したカフェの開業だった。2021年、何件かの空き物件を見たうちの一つが現在のカフェで、市役所の職員に所有者を紹介してもらった。外観が魅力的で、「この辺りで一番可愛い建物だと思った」と当時を振り返る大橋さん。十数年間空き店舗だったという築100年超の建物は、400m2を超える広さ。そのうち50m2ををカフェとして貸してもらった。

計画は、カフェとコワーキングとシェアキッチンの機能を兼ね備えた空間。そこで、いろいろな人同士の関わりを生むのが目的だという。それに基づき大橋さんが図面をおこし、2021年の夏にリノベーションがスタートした。

以前は洋服店だったため、水回りやガスの設備が無い。キッチンのインフラを整備するため、床に段差を設けてその下に配管を通した。生じた段差によってゾーニングもされた。

内装には既存の古いものをあえて残したそうだ。“レスキュー”した古材等を装飾品としても活用している。ちなみに“レスキュー”とは他の解体現場から、貴重な古道具や古材を譲り受けること。価値があるものが廃棄されるのを防ぐため、彼らは解体工事の情報を仕入れては救出に向かう。例えばこのカフェでは、解体現場から持ち帰った畳の下の板(荒床)を、切り取って内装に活用している。建具もレスキュー品だそうだ。古い建物は古材との相性が良く、瀟洒な空間が実現している。

ユニークなデザインの建物が並ぶが埼玉県の本庄駅の周辺で、リノベーションを通じて人々を巻き込み、地域を楽しむ活動が広がっている。商店街の空き店舗を活用したカフェの開業からスタートした「本庄アパートメント」を取材した。カフェは、床の高さを変えてゾーニングがなされている。古いインテリアを巧みに組み合わせた空間だ

巻き込み力の源は、リノベーションのワークショップにある

普通だったら数ヶ月でできるカフェのリノベーションを、あえて半年もかけたと大橋さん。それには理由がある。人々と一緒に場所をつくるという経験をしてから、オープンしたかったからだ。天井や床を剥がす作業には地元の学生が来てくれた。他に暮らし会議で知り合った仲間など、ここに関わりたい人たちと一緒に作業に取り掛かった。さらにSNSを始めたことで、活動に関心を持ち、作業を見に来る人が少しずつ増えた。東京からの来訪者もいたそうだ。リノベーションに参加する機会をつくることによって、活動に関わる人が増えたと早川さんは振り返る。オープン後にカフェで「この箇所は自分でやった」と思い出を話す人もいる。

その後2棟目、3棟目のリノベーションをすることになるのだが、そこではさらに参加者が増え、20人以上のときには現場に入り切らず困ったケースもあったとか。「コミュニティに入りたい」「一緒に活動するのが楽しい」など、まちづくり以外の動機の人もいて、毎回参加する常連もいるほどだ。5、6回参加したある小学生は、すっかり工具の使い方など理解していたので、DIYの先生としてワークショップを開催したこともある。子どもたちがしっかり育っていることに喜びを感じていると早川さん。

リノベーション工事のワークショップには親子で参加する人もいるリノベーション工事のワークショップには親子で参加する人もいる

カフェが交流の結節点になって、広がりを生む

カフェは2022年11月にオープン。通常営業とシェアキッチン営業の2通りがあって、シェアキッチン営業は、利用料を払ってもらいカフェのキッチンを貸し出す仕組みだ。シェアキッチンのメニューが料理メインの場合は、カフェではドリンクのみの提供とし、メニューがバッティングしないように配慮している。

営業時間は、午前11時半から午後5時半までで、スタッフの保育園の送り迎えに合わせている。家族を大事にしながら無理ない範囲でやることを重視しているそうだ。

オープンした頃はお客が少なく、1人も来ない時もあったという。もっとも本庄デパートメントの事業は、カフェがメインではないが、その後は予想以上にいろいろな人が来てくれたと早川さんは振り返る。「カフェがあるからこそ、新しいつながりができました。それは関わりシロを大事にした結果です」と続く。つまり「場」があることで、人との接点機会が増え、新たなチャンスへと広がっているのだろう。

例えば、移住の相談も少なくない。本庄デパートメントのカフェやコミュニティの雰囲気を気に入って、移住したという人もいる。一方、地元の大家さんが所有物件をリノベーションしたいと相談にやってきたケースもあるそうだ。カフェというリアルな場所があることで、お互いの顔が見える関わり合いが実現している。

つながった人たちはユニークな人が多いと早川さん。「例えばグラフィックデザイナー、動画クリエイターのほか、既成概念にとらわれない公務員や楽しく働きたいというテレワークの会社員など」と言う。それらのつながりをきっかけに、商店街では新しいお店が次々とオープンしていったそうだ。

シェアキッチンには、食事メイン、ケーキメイン、ドリンクメインなどいろいろなニーズがあるシェアキッチンには、食事メイン、ケーキメイン、ドリンクメインなどいろいろなニーズがある

公園の新しいあり方を提案。地域の楽しみ方を具現化していく

カフェに続く本庄デパートメントの2号案件は、建物ではなく、公園だった。カフェの近隣に私設公園「本庄銀座GOODPARK」を造園・外構のプロ集団である「一般社団法人ドコデモヒロバ」と共につくったのだ。早川さんは、「現在の一般的な公園は、例えば花火がダメ、犬の散歩がダメ、キャッチボールがダメなど、禁止事項が多いです。最近、公園は誰のための場所なのか分からなくなってきました」と言う。公園を使いたい人が、やりたいことができる場所にしたいと訴える早川さん。「花火をやりたいと私たちに連絡をもらえれば、許可します」

私設公園のため、本庄デパートメントが土地の賃料を支払って運営している。公園では月1回マーケットを開催しているほか、かつてはビアガーデンをやったこともある。また、毎週金曜日の夜にはキッチンカーがやって来る。夕飯としてテイクアウトしていく人も多い。

「本庄銀座GOODPARK」でビアパークを開催。大盛り上がりとなった「本庄銀座GOODPARK」でビアパークを開催。大盛り上がりとなった

早川さんは、本庄デパートメントの商店街での活動に、地元の子どもたちも関われる仕組みを作っていきたいそうだ。「僕らの世代はギリギリ商店街が生きていましたが、今の子どもたちにはそれがありません。商店街の価値を子どもたちに教えられるのは僕らの世代です。僕たちが子どもたちに原体験を与えないと、子どもたちはそれをさらに下の世代に伝えることができません」と早川さん。商店街を通して、子どもたちにまちと人の顔が見える関わり合いを伝えていきたい。そういうコミュニケーションを体験してもらいたいと早川さんは意気込む。

古い建物だけではなく、古き良きコミュニティを受け継ぐ本庄のまちは、ますますその魅力を増していきそうだ。

「本庄銀座GOODPARK」でビアパークを開催。大盛り上がりとなった商店街の通りを活用して路上マーケットを開催。子どもたちは道路にお絵かきして楽しんだ

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