3度の閉鎖を繰り返した福山駅前に建つ大型施設
広島県の南東端、岡山県境に位置する中核市・福山市。人口約46万人を擁する広島県第2の都市だ。その中心部にあるJR福山駅は、新幹線「のぞみ」も停車する福山市の玄関口。福山駅の南口から西へ約400mのところにある「iti SETOUCHI(イチ セトウチ)」は、商業施設・大型複合施設の再生の新たな形として注目されている。
iti SETOUCHIがある場所には、古くは織物染色工場があった。やがて工場は郊外に移転し、跡地へ1991年に百貨店「福山そごう」が開業した。地上9階・地下2階建てで、当時は中国・四国最大規模とされた巨大な施設である。しかしバブル崩壊以降、客足が減少。そごうは経営破綻し、2000年に福山そごうは閉鎖した。
福山市は土地と建物を取得し、民間へ貸し出す形で施設再生へ乗り出す。そして天満屋グループ(岡山市)が10年契約で賃借し、2003年に商業施設「福山ロッツ」をオープンした。だが10年後の2013年に天満屋グループは契約の更新を望まず、福山ロッツは閉鎖に。
同年、大和情報サービス(東京都千代田区)が福山市と契約し、複合施設「リム・ふくやま」をオープンする。また建物の名称は、地元企業の株式会社 エフピコが命名権を取得し「エフピコ RiM(リム)」となった。しかし施設の老朽化のため大和情報サービスは契約解除を申し出る。そして2020年8月いっぱいで、リム・ふくやまも閉鎖したのである。
1991年の開業以降、3度の閉鎖を繰り返したエフピコ RiM。しかもどの施設も営業した期間は10年以下だ。2012年には福山駅前ロータリー西側にあった商業施設「キャスパ」も閉鎖しており、街の空洞化を防ぐためにもエフピコ RiMの今後の活用法は福山市の重要課題であった。
エフピコRiMの今後についてはこれまで同様に民間への賃貸のほか、売却する案も出たという。しかしこれまでどおりに何かしらの施設を運営するには、老朽化のために大幅な改修が必要となる。また売却する場合も、施設の解体・整地が必要だ。どちらにしても莫大な費用を投じることになる。
また前述のとおり、福山駅前はエフピコRiMとキャスパという2大施設が閉鎖し、駅前の衰退化・空洞化が懸念されていた。衰退を食い止めてにぎわいを創出するため、施設再生にはスピード感も必要だったのだ。改修や売却は、費用面だけでなくスピード面でもネックになっていた。
そこで解決策として導き出されたのが、建物全体ではなく一部のみを改修して賃貸するという方法だった。施設の新たな可能性を見極める実験的な面もあるため、福山市は賃貸期間を7年と設定し、契約する事業者を公募する。そして地元の電気設備企業の福山電業 株式会社が福山市と契約。エフピコRiMの1階部分のみを改修し、2022年9月に「iti SETOUCHI」として"半分開業"した。リム・ふくやまの閉鎖から約2年1ヶ月後のことである。
まちの文脈を引きこみ、周辺とシームレスで連続性のある場所に
「iti SETOUCHIは単なる商業施設や複合施設ではありません。"屋根のある公園"であり、建物の中にある"小さなまち"なんです」と語るのは、iti SETOUCHIの支配人を務める、福山電業 株式会社の谷口 博輝(たにぐち ひろき)さん。
福山電業が施設再生に名乗り出た経緯について、谷口さんは次のように語る。「そごうは大阪市発祥、福山ロッツを運営した天満屋は岡山市発祥、リム・ふくやまを運営した大和情報サービスは東京の企業です。これまでずっと福山市外の力に頼ってきました。私たちも含め、福山市民には『誰かがやってくれるだろう』と思っていた人も多いんじゃないかと思います」
「でも自分たちの地域のことですから、福山市民でなんとかしていくべきじゃないかと思ったのです。傍観者ではなく、自分事にする必要があると思いました。私たち福山電業は、福山市の戦災復興からずっと電気設備という側面でまちづくりに関わってきた企業です。だからエフピコRiMの再生も、地元企業である私たちがやるべきじゃないかという思いで、再生に手を挙げました」
また谷口さんは「今までエフピコRiMは3度も閉鎖を繰り返してきました。しかも10年超の運営ができた実績もありません。ということは、今までのようにただ商業施設や複合施設として運営しているだけではダメだということですよね。同じ方法で運営するのではなく、新たな運営方法・新たな視点を求めていく必要があると考えました」と話す。
「福山市さんとの話し合いの中で形になったのが"屋根のある公園"と"小さなまち"という考え方です。今までは商業を中心に力を入れてきました。今度は商業だけでなく、商業以外の部分にも目を向けるべきじゃないのかと考えたのです。もうひとつが建物という壁に閉ざされた空間にするのではなく、周辺のまちとの連続性があるような開かれた空間にしようということでした。それを具体化したのが"屋根のある公園"と"小さなまち"だったのです」と谷口さん。
iti SETOUCHIが入居するエフピコRiMが立つ場所は、福山駅南側の商業エリア、福山駅北側の福山城公園などがある文教エリア、そしてエフピコRiMから西側の住宅エリアという3つの性格の異なるエリアが混じり合う地点だった。これに着目し「3つのエリアの文脈を施設内に引きこむ」というアイデアが生まれたという。
谷口さん「屋内であるけれども、屋外のまちとシームレスに行き来できる。気軽に立ち寄れて、休憩したりできる。それが"屋根のある公園"ということです」
またiti SETOUCHIの内部は5つの街区に分かれる。「フードビレッジ」「マーケットストリート」「ワークストリート」「DIYスタジオ」「レンタルスペース」という5つの街区があり、これらを「パブリックスペース」が結んでいるという。パブリックスペースにはベンチなどが設置され、まさに公園のよう。「性格の異なる街区が集まり、パブリックスペースを介して繋がっている。まさに建物に中に"小さなまち"があるわけです」と谷口さんは話す。
シームレスにするために壁をぶち抜き、公開空地を施設内に通す
谷口さんによると、コンセプトを実現するためにiti SETOUCHIはデザインの力・ものづくりの力を使った工夫がたくさんされているという。
代表的な工夫点が壁である。商業施設・複合施設時代にあった壁を一部ぶち抜くことで、周囲のまちとの連続性を物理的に生み出した。巨大な開口部が広がることにより、気軽に施設内に立ち寄りやすくなっている。
さらに屋外の公開空地の一部と内部の一部を換地。公開空地とは、敷地内に設けられた広場や遊歩道のことだ。換地により内部を縦断する「メインストリート」と名付けられた大きな通路ができあがった。この通路は、屋内公開空地となっており、誰でも自由に通行できる。メインストリートはペットを抱いたり、自転車を押したり(乗車は不可)しての通行も可能とのこと。
また公開空地は占有利用できないのだが、換地したことにより、換地前は公開空地だった屋外スペースの占有利用が可能に。これによりイベントなどで露店やキッチンカーを配置できるといった活用法が広がった。iti SETOUCHIは「壁の撤去」と「公開空地の換地」という意表を突いたアイデアにより、周辺と連続性のあるシームレスな施設を実現したのだ。
内部の活動が屋外ににじみ出て、まちに広がっていくように
また「まちの文脈を引きこむ」という点でも、デザインとものづくりの力が発揮されている。
施設内の南〜東寄りのゾーンはまちの商業エリアと接している。そこで飲食店や小売店などを中心に配置した「フードビレッジ」「マーケットストリート」に。気軽に立ち寄りやすく、にぎわいを創出するようなゾーンとした。いっぽうで西寄りのゾーンはまちの住宅エリアに接する。そこで生活に密着する「ワークストリート」を配置。ここにはレンタルオフィスやミーティングルーム、DIYスタジオなどが並ぶ。
施設内の北東ゾーンは、福山城公園などがある文教エリアに接している。そのためイベントなどとの親和性を考慮し「レンタルスペース」に。イベントスペースやレンタルスペースが配置された。またワークストリートとイベントスペースをまたぐように、コワーキングスペース「tovio(トビオ)」が設置されている。事務作業や勉強のほか、会議、小商い、さらにセミナー・講演やイベントも開催できる多目的な場所である。
「施設内のデザインで意識したことは、内部の活動が屋外ににじみ出て、まちに広がっていくようにすることです。周辺とシームレスの施設というのは、外から気軽に来てもらうだけでなく、施設の中から外へと広がっていくことも重要だと考えました。また各街区の境界は、あえて曖昧にしていることもポイント。境界の曖昧な街区を、パブリックスペースが結んでいるのです。そしてパブリックスペースには、ベンチを設置して公園のように利用できるようにしています。なおiti SETOUCHIの貸床スペースの約50%が各街区で、残りの約50%がパブリックスペースです」と谷口さんは述べた。
あえて「余白のあるデザイン」にすることでずっと変化し続けられるように
iti SETOUCHIではパブリックスペースを中心に、あえて100%つくりこまない「余白のあるデザイン」を意識しているという。「未完成部分を残しておくことで、運営しながら変化に対応できるようにしました」と谷口さん。
実際に開業してから利用者の声を聞いて、追加や変更をした箇所がいくつもある。たとえばベンチの増設や芝生広場の設置などだ。谷口さんは「ずっと未完成であるということは、ずっと変化し続けるということ。また施設側だけでなく、お客様も一緒につくっていく施設を目指しています。未完成な余白のあるデザインには、そのような思いを込めているのです」と話す。
また余白のある施設内のデザインは、イベント開催時などでも有効とのこと。メインストリートを中心にパブリックスペースにはベンチが配置されており、平常時は休憩や飲食のスペースとして利用される。イベント開催時には、それらの場所には露店スペースや舞台などに変化。可変性に富んだ空間を実現した。
みんなの希望をつくる場所に
谷口さんは「iti SETOUCHIは"屋根のある公園" "小さなまち"としてデザインしましたが、利用のされ方として"みんなの希望をつくる場所"や"福山の未来を育てるプラットフォーム"を目指しています。何かに挑戦したい人、表現したい人、新しいことを始めたい人がiti SETOUCHIを活用して新しい価値を生み出してほしいんです。福山の面白い人たちがここに集まって、福山の活性化に繋げていきたいですね」と意気込みを語る。
"みんなの希望をつくる場所"や"福山の未来を育てるプラットフォーム"を体現するものとして、iti SETOUCHIでは施設内を使ったイベントが活発に行われている。定期的に開催されるイベントとしては代表的なものとして、iti SETOUCHIが共催し春・秋に行う「little wonder department(リトル・ワンダー・デパートメント)」と、毎月第3日曜日に開催している朝市「FARMERS イチの第3日曜市(ファーマーズ - )」、毎月1回開催する紅茶を楽しむイベント「1day Teaheart」などがある。
谷口さんによると「イベントには施設側が開催するものと、施設側と共催するもの、一般の方が申し込んで開催するものがあります。一般の方からのイベント開催の問合せも多いんです。地元の方々が活用する場となっているのは、私たちが望む形です。実際にイベントを開催される方は、とても良い表情をされて楽しんでいます。『iti SETOUCHIだからこそ、ここで開催したい』といわれるように、私たちもイベント開催者のお力になりたいですね」と谷口さん。なお2023年にはiti SETOUCHIが福山市中心部をメインに開催される、アニメーションやサブカルチャーの一大イベント「フクヤマニメ」の会場のひとつになった。
"みんなの希望をつくる場所"や"福山の未来を育てるプラットフォーム"というコンセプトは、実は開業前から実践されていたという。開業前にプレオープンイベントを開催。このときにiti SETOUCHIで使用する看板やベンチ、屋台、本棚などをつくるワークショップを行った。一般市民が参加し、制作したものが開業後の施設で使用されることで "みんなの希望をつくる場所"というコンセプトを実感してもらえるようにしたのだ。
利用者や地域の人に「地元に必要な施設だ」と言われる施設を目指して
今後の展望について、谷口さんは「実証実験的な側面もあり、7年間という期限のあいだ常に評価されている部分はあります。ただ評価を気にしているだけでは、相手の求めていることをただこなすだけになってしまうと思うんです。だから少し振り切って、良い意味で期待を裏切るような価値を提供していきたいなと思っています。『こんなやり方があるのか』『これは楽しそうだな』と思ってもらえるようにしたいですね」と話す。
「最初はおもしろい人が集まる施設にしたいと思っていましたが、運営し始めてみたら自然とそのような人が集まってきているんです。これはとてもありがたいことですし、運営してきて良かったと感じています。おかげさまで、フードビレッジやマーケットストリートの空きスペースはすべて申込の問合せが来ています。またレンタルオフィスもすべて契約済となり、それでも申込の話が来て、お断りをしている状況。順調に運営できていると思います」と谷口さん。
「7年の賃貸借期間が終了するとき、利用者や地域の人から『iti SETOUCHIをなくさないでほしい』『iti SETOUCHIは地元に必要な施設だ』と言ってもらえるようにがんばっていきたいですね。地元の声があれば、7年後以降もいい形になるんじゃないかと思います」と谷口さんは目標を語る。
iti SETOUCHIは2023年にグッドデザイン賞の「グッドデザイン・ベスト100」に選出された。ひとつの結果が出たといえるだろう。またiti SETOUCHIに広島県外から訪れる人も多く「うちの地域にもこんな施設がほしい」などの感想を抱く人も多いそう。
大胆な発想と"ものづくりのまち"福山の力で、巨大施設の新たな道に挑戦するiti SETOUCHI。施設再生の新しい形として注目だ。
※取材協力
iti SETOUCHI
https://iti-setouchi.com/
福山電業 株式会社
https://tovio.com/
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