「過疎」を前向きに受け入れ「にぎやかな過疎」を目指す倭文西まちづくり協議会

「過疎」という言葉には、「衰退している」「寂しい」といったネガティブなイメージがつきまとう。しかし「過疎」を前向きに受け入れ、「にぎやかな過疎」を目指している地域がある。それは岡山県の北部・久米郡美咲町にある倭文西(しとりにし)地区だ。倭文西地区は典型的な中山間地帯にあり、人口減少や空き家問題など過疎が進行している場所である。

倭文西地区の住民自治組織「倭文西まちづくり協議会」は「地域でできることを増やしていく」「地域のことは地域のみんなで」を合言葉に、積極的にさまざまな活動を展開。2023年には倭文西まちづくり協議会の活動が評価され、国土交通省の「地域づくり表彰」にて「国土計画協会会長賞」を受賞した。

全国で過疎化に悩む地域が多いなか、積極的な地域活動を行う倭文西まちづくり協議会。活動に取り組むようになったきっかけや運営面での工夫、今後の展望などについて取材をした。

倭文西では美しい雲海も見られる(提供:倭文西まちづくり協議会)倭文西では美しい雲海も見られる(提供:倭文西まちづくり協議会)
倭文西では美しい雲海も見られる(提供:倭文西まちづくり協議会)倭文西を代表する観光スポットの「まきばの館(岡山県農林水産総合センター畜産研究所)」

人口665人・高齢化率51%。過疎・高齢化が進む倭文西地区

倭文西地区がある久米郡美咲町は、岡山県の中北部に位置する。岡山県北部の中心地・津山市の南隣にあたり、日本の棚田百選に選ばれた「大垪和西の棚田」「小山の棚田」や、旧「柵原鉱山」「まきばの館(岡山県農林水産総合センター畜産研究所)」などの名所が有名な町だ。近年では、たまごかけごはんの提唱者ともいわれる明治期のジャーナリスト・岸田吟香(きしだ ぎんこう)の生地であることから、「たまごかけごはんの聖地」としても知られている。

倭文西は東西に長い町域の美咲町の、北西に位置する地区。地区内の大半を山地が占めている。2023年4月時点で美咲町の人口は12,936人で、世帯数は5,852世帯。高齢化率は41.6%にのぼる。そのうち倭文西地区の人口は665人、世帯数は308世帯。高齢化率は51%あり、過疎だけでなく高齢化も進行している。

美咲町内にある名所のひとつ「大垪和西の棚田」美咲町内にある名所のひとつ「大垪和西の棚田」
美咲町内にある名所のひとつ「大垪和西の棚田」倭文西の概況(提供:倭文西まちづくり協議会)

なお「倭文」の地名は倭文西地区が、古代に美作国(みまさかのくに)久米郡にあった「倭文郷(しとりごう)」の西部にあたることに由来している。1953年、倭文西村が周辺自治体と合併して久米郡旭町を新設。その後、2005年に周辺自治体と合併して美咲町となった。

倭文という地名は、古代につくられていた「倭文織(しずおり)」という織物に由来しているといわれている。倭文織の生産地であったことから、倭文という地名が付けられたという説がある。ちなみに倭文西地区の東隣には、倭文地区(旧 倭文村)もあるが、こちらは久米郡久米町を経て、現在は津山市の一部となっている。

美咲町内にある名所のひとつ「大垪和西の棚田」倭文西にある古刹「夢中山 幻住寺」。後醍醐天皇の夢枕に立った僧侶の伝説が残る
美咲町内にある名所のひとつ「大垪和西の棚田」倭文西にあるスリランカ料理が楽しめるカフェ「ランカカフェ」

小規模多機能自治の実践を目指し、5自治会が連携して生まれた倭文西まちづくり協議会

倭文西まちづくり協議会について話を聞いたのは、2024年現在、協議会の会長を務めている森岡 洋省(もりおか ひろみ)さん。「倭文西地区には、北・南・里・小谷・川北という5つの自治会があります。2009年に倭文西の5つの自治会が連携する形で発足したのが、倭文西まちづくり協議会です。過疎化による人口減少により、小規模な地域単位での自治会活動が将来的に困難になると想定してのことでした」。

「人口減少が続くと美咲町全体も規模が縮小し、小規模な地域への支援も難しくなります。そこで提唱されたのが『小規模多機能自治』というもの。地域内の自治会やケア会議・消防・老人クラブなど、さまざまな組織が協力し、地域内のことを地域の人たちが自ら考え、実行していくという考え方です。小規模多機能自治の基本組織として再編されたのが倭文西まちづくり協議会でした。倭文西地区はほぼ旧 倭文西村にあたるエリアで、神社や寺などの共通点も多く、自然な形でまとまるエリアです」と森岡会長。

倭文西まちづくり協議会の森岡 洋省(もりおか ひろみ)会長(2024年現在)。生まれも育ちも倭文西地区で、進学・就職で一時岡山県を離れていたが、ふたたび倭文西へ帰郷し暮らしている倭文西まちづくり協議会の森岡 洋省(もりおか ひろみ)会長(2024年現在)。生まれも育ちも倭文西地区で、進学・就職で一時岡山県を離れていたが、ふたたび倭文西へ帰郷し暮らしている

倭文西まちづくり協議会発足の前年の2008年、岡山県の「集落再編・強化モデル事業(岡山元気集落)」に取り組むことになり、倭文西の地域住民へアンケート調査を実施。住民の意見をとりまとめ、地域活動に取り入れてきた。

「2019年、モデル事業から11年が経ち、アンケートの内容も変化していると考えられます。社会情勢や生活形態も変わり、少子高齢化による人口減少も加速。人口は2008年時点より、200人強も減少していました。そこで、中学生以上の住民を対象としたアンケートを再度実施することになったのです。これが、現在の倭文西まちづくり協議会の活動の大きなターニングポイントになりました」と森岡会長は話す。

「2018年に美咲町長に就任した青野 高陽(あおの たかはる)氏は、人口減少が進行する美咲町の将来を見据え、小規模多機能自治を積極的に推進する方針を打ち出しました。これも大きなポイントです。私たち倭文西まちづくり協議会は小規模多機能自治の必要性を感じ、これまで以上に積極的かつ本格的に小規模多機能自治へ取り組んでみようと考えたのです」と森岡会長。

倭文西まちづくり協議会の森岡 洋省(もりおか ひろみ)会長(2024年現在)。生まれも育ちも倭文西地区で、進学・就職で一時岡山県を離れていたが、ふたたび倭文西へ帰郷し暮らしている倭文西の冬景色(提供:倭文西まちづくり協議会)

住民アンケートにより浮かび上がった課題。解決のために「地域みらい計画書」を策定し配布

2019年実施のアンケートは、小規模多機能自治の実践へのアンケートも兼ねており、アンケート結果を通じて倭文西地区の地域課題の洗い出しや解決の糸口を探る意図もあった。

森岡会長によれば「アンケートの内容を分析し、地域課題の解決のために策定したのが『地域みらい計画書』です。この地域みらい計画書が、現在の倭文西まちづくり協議会の活動の基本となっています」とのこと。

意見共有会が行われる北公民館意見共有会が行われる北公民館

地域みらい計画書では、アンケートの結果やそこから見えてきた課題をまとめている。そして倭文西地区全体のスローガンとして「どんとこい 倭文西」を設定。アンケート結果から見えてきた地域課題の解決や、地域活動の柱となる部会を「福祉・防災」「子供・子育て」「空き家・草刈り」「観光・外からの交流」という4部会に再編した。さらに部会ごとに目標や活動方針などの計画を策定している。部会ならびに部会の目標・活動方針は、状況の変化に応じて見直しや再編を行うこともあるという。

こうして2022年6月には、倭文西まちづくり協議会が美咲町によって同町の小規模多機能自治の第1号として認定されたのである。

意見共有会が行われる北公民館意見共有会の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)

合言葉は「にぎやかな過疎」「賢く収縮するまちづくり」「関係人口の増加」「人交の増加」

小規模多機能自治を行ううえで、倭文西まちづくり協議会がこだわっている点、工夫している点はあるのだろうか。森岡会長によれば、同協議会の合言葉は「にぎやかな過疎」「賢く収縮するまちづくり」「関係人口の増加」「人交の増加」の4点だという。

「人口減少は美咲町だけの問題ではありません。日本全体で抱えている問題です。そのためには移住に頼るのではなく、人口減少を受け入れたうえで、住んでいる私たちが人口減少という現状に合わせた生活スタイルを模索していく必要があります。これが『賢く収縮するまちづくり』ということです。たとえばLINEなどSNSを活用した回覧・連絡方法などを取り入れたりしています」と森岡会長。

「さらに倭文西に住む人だけではなく、倭文西と関わりをもった人たち、つまり『関係人口』を増やすことも大切。関係人口とは、地域やそこに住む人と関わっているさまざまな人です。地域が好きで頻繁に行き来する人、地域にルーツがある人、過去に在住経験がある人、地域に思い入れのある『地域のファン』といえる人。そのような人を増やしていくことで、定住人口の減少によるマイナス面を補完できるのではないでしょうか」と森岡会長は語る。

空き家朝活の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)空き家朝活の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)
空き家朝活の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)空き家朝活の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)

さらに森岡会長は「イベントなどにより倭文西を訪れる人、つまり『交流人口』を増やすことで、地域をより盛り上げたいと考えています。これが『人交の増加』です。そして倭文西に住む人、関わる人、訪れた人が積極的に交流を展開することで、地域の活性化を目指し『にぎやかな過疎』を実現したいですね。ちなみに『人交』という言葉は、地元の旭学園の児童が考えた造語。『人口』と『人と人との交わり』をかけたもので、なかなかうまいなと思いました」と話す。

「あともっとも大事なのは、やっている私たち自身が楽しみながら活動すること。義務感でやらないことです。『やらなきゃいけない』という義務感でやっていると長続きしませんし、内容も充実しません。また、極力お金をかけないようにすることも大事。精神的にも金銭的にも、負担をしないようにすることは非常にポイントですね」

「もうひとつは『とりあえずやってみる』という気持ちです。楽しく負担のないように活動しているのですから、やりたいことがあるならやってみることを大事にしています。あとはやりながら修正していけばいいですし。まず第1歩を踏み出すことをしないと、地域でできることが増えませんよね」と森岡会長。

空き家朝活の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)空き家を使った総合学習(提供:倭文西まちづくり協議会)
空き家朝活の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)空き家を使った総合学習(提供:倭文西まちづくり協議会)

地域みんなで楽しく取り組む!倭文西まちづくり協議会のおもな活動内容

本格的な小規模多機能自治を実践すべく動き出した、倭文西まちづくり協議会。さまざまな活動を展開しているが、そのなかでも特筆すべき活動を挙げると、おもに以下のようなものがある。

●毎月開催する意見共有会
●毎月発行する地域新聞
●地域資源100人リスティング
●空き家朝活と空き家を使った総合学習
●黄旗運動
●どんとこい収穫祭
●公民館のミュージシャンへの貸出
●卓球大会

【意見共有会】
毎月1回、第3木曜日に公民館に住民が集まり、地区について話し合い、意見を共有する。「福祉」「観光・交流」「空き家」の3分野について話し合う。共有会から出された意見が元で、動き出した活動もあるという。

森岡会長「あえて遅参・早退可能とし、和気あいあいとした雰囲気の緩い会にしています。Webを使ったリモート参加も可能です。参加しやすい会にすることで、老若男女問わず、さまざまな世代や職業の住民が参加し、意見が出せるように工夫しています」


【地域新聞発行】
倭文西まちづくり協議会では、地域新聞『ふれあい倭文西』を毎月発行している。「2008年から発行しており、当初は不定期発行でしたが、現在は月一発行になりました。倭文西に関する身近な出来事やお知らせを記事にしています」と森岡会長。同新聞は、取材・撮影から執筆・デザイン・レイアウトまで住民が手がける。このほかにもFacebookページの運用なども実施し、地区外へも「倭文西の今」を発信している。

参考:倭文西まちづくり協議会 公式Facebookページ
https://www.facebook.com/shitorinishi

【地域資源100人リスティング】
「一番の地域資源は『人財』」という考えのもと、倭文西地区に住む、さまざまな分野の仕事や趣味の達人・専門家・資格所有者など、100人以上を目標にリストアップ。人財のデータベース化を進め、それぞれの得意分野を生かした地域活動を図る。

【空き家朝活と空き家を使った総合学習】
倭文西地区では空き家が増加し、問題となっている。その対策として始まったのが、空き家朝活だ。空き家を1軒借用し、毎月1回半日ほど、大工経験者やDIYが得意な人を中心に片付けやリフォームを実施。「とにかくみんなで楽しくワイワイとやっています」と森岡会長。

さらに地元の旭学園の児童・生徒が一部の空き家を訪れ、空き家内で総合学習を行っている。「自分なら空き家をどう使うか?」などの授業が行われ、活発な意見交換がされるという。森岡会長によると「ご近所さんや地域外の方が見学に訪れるなど、空き家学習がきっかけで『人交』が生まれています」。

座談会形式で行われている意見共有会(提供:倭文西まちづくり協議会)座談会形式で行われている意見共有会(提供:倭文西まちづくり協議会)
座談会形式で行われている意見共有会(提供:倭文西まちづくり協議会)どんとこい収穫祭の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)

【黄旗運動】
倭文西は高齢化が進行しており、高齢の単身世帯や夫婦世帯が多い。高齢世帯への見守り活動として生まれたのが「黄旗運動」である。朝起きて玄関先に黄旗を掲げ、夕方に黄旗を片付けることで、地域全体による見守り・声かけ運動に繋げる。森岡会長「黄旗には地元の児童がイラストやメッセージを描き、黄旗を配布しました」

【どんとこい収穫祭】
2009年から毎年秋に開催している倭文西地区の一大イベントで、地区外・町外からも多く訪れる行事。地区で収穫された農産品の販売や、各自治会が出す屋台、舞台発表などが行われる。森岡会長によると「開催にはかなり住民の負担が大きかったのですが、『楽しんでやろう』というコンセプトのもと、負担が少なくなるような開催方法に変えることで、継続開催を実現しました」とのこと。

【公民館のミュージシャンへの貸出】
隣接地域を拠点とするプロの太鼓奏者の方の練習場所として、公民館を提供している。その縁で、公民館で音楽イベントの開催も実現。元ザ・ブルーハーツのドラマーの梶原徹也氏も来訪し、演奏した。

【卓球大会】
地元の旭学園は生徒数の減少により、スポーツ系の部活動は卓球部しかなかった。そこで「卓球部しかないのではなく、卓球が得意な学校」と発想を転換。倭文西まちづくり協議会が「卓球を通した地域づくり」を提唱したことにより、旧旭町エリアでの卓球大会が実現した。実業団の卓球選手も参加するなど本格的な大会となったという。

座談会形式で行われている意見共有会(提供:倭文西まちづくり協議会)黄旗運動。⻩旗運動の旗は、地元の児童がイラスト・⽂章をかいている(提供︓倭⽂⻄まちづくり協議会)

倭文西の住民が楽しんで、おもしろそうなことをやっていくことが重要

倭文西地区は人口減少地域でありながらも、小規模多機能自治の実践により活発な活動が行われている印象だ。一方で課題点などはあるのだろうか。

森岡会長の話では「みんなが同じ方向を向くことの難しさを感じています。倭文西まちづくり協議会は、5つの自治会が連携して生まれたものです。自治会の活動が広域化したことで、協議会を構成する5つの各エリアに目が届きにくくなるのではないかという不安を抱えている住民もいます」とのこと。

「実際はまちづくり協議会の設置により機能が強化され、小さなエリアにもこれまで以上に声が届きやすくなっていると思います。不安を払拭するには、引き続き活動を継続するしかないのかなと感じていますね。時間をかけるしかないと思います。今後も人口減少が続くと考えられ、いずれは倭文西よりも広域な旧旭町エリア単位での活動になるかもしれません。そのときでも地域の活力を失わないようにするために、将来を見据えた根気強い活動が必要ですね」と森岡会長。

さらに森岡会長は「昔ながらの考えに対し、意識改革が必要です。昔から続くしきたりや慣習・行事などは、残していくべきですし、私たちも残せるように考えています。しかし定住人口が減少し続ける状態では、運営の仕方などを改めるのは必須です。そのために考え方を柔軟にしなければいけませんが、世代が変われば見方や考え方も違ってきます。みなさんにご理解を求めるのは、なかなか大変な作業ですね。だからこそ、自分たちが楽しんで活動することが大切なんです。楽しんでいれば、共感したり影響を受けたりする人も増えてくると思っています。まさに『まちづくりは人づくり』ですね」と語る。

卓球大会の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)卓球大会の様子(提供:倭文西まちづくり協議会)

今後やってみたいこととして森岡会長は「倭文西地区限定の地域通貨の発行をやってみたいですね。倭文西地区内で発行し、地区内で使用するものです。ちょっとしたお手伝いをしたときに、お礼をたくさんもらうことが多いんです。大したことではないことが多いのですが、あまりにお礼をもらって申し訳なく思うことも多くて。だったら、その代わりに地域通貨を渡して、ちょっとしたことに使えるようにしたら、もっと地区内での助け合いが進むんじゃないかと考えています」と話す。

「ほかにも倭文西で100人のYouTuberを生んで、それぞれ得意なこと・好きなことを配信する計画なども浮かんでいます。とにかく今後もずっと倭文西という地区で楽しんで、おもしろそうなことをやる。それにつきますね」と森岡会長は今後の展望を語った。


取材協力:
倭文西まちづくり協議会
https://www.facebook.com/shitorinishi

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