JR塩釜駅前の10年以上空き家だったオフィス+住居ビル
仙台駅からJR東北本線で10数分弱。JR塩釜駅から見えるほどの距離に、この10年ほど放置されていたRC造、4階建ての建物があった。市内で営業していた企業の本社ビルで、1階に同社オフィスがあり、2階以上は1フロア3戸、計9戸の住宅があり、同社社長もここに居を構えていた。
ところが、同社が廃業、社長も居住しなくなり、建物はどんどん荒れていった。9戸のうち、4戸には居住者がいたものの、管理されなくなって廊下の電気は消えたまま、ゴミは放置されたままで、お化け屋敷とまではいかないものの、新たに募集をかけても見向きもされない物件になってしまっていた。
そんな状況にあるビルをなんとか売却してくれないかと頼まれたのが、仙台に本社のある不動産会社東北共済商事株式会社の早坂謙一郎さん。「取り壊して新しく賃貸住宅を建てる前提であちこちに声をかけたのですが、なかなかいい返事がない。買いたたかれていることも感じていました。そうしているうちに、所有者から『思い出のある建物でもあり、本当は壊してほしくない、できれば残したい。それを前提に買ってもらえないか』と相談されました」
早坂さん自身も昭和初期に創業した会社の4代目であり、先祖が残したものを大事に思う気持ちが理解できた。そこで残すことを前提に引き取ることになった。
引き取った後で相談したのが、やはり仙台に本社がある株式会社エコラ。リノベーションを手がける会社で、かつ、ひとつの建物の中に複合的な要素を入れたり、使い方に工夫のある施設を作ったりと先進性があり、フレキシブルな建物の活用が得意な会社でもある。
「相談されて見に来てみると、あれ、駅からすぐの場所じゃないですかと立地のよさに気づきました。それまでは建物が荒れていることに目がいってしまい、実は利便性の高い物件であることを忘れていたのです」とエコラの百田好徳さん。
駅近で周囲に人が集まる施設もあるという立地を生かす
JR塩釜駅から徒歩3分、駅から建物が見えるほどに近いだけではない。
隣には公民館、子ども向けの図書コーナー、スタジオ、長井勝一漫画美術館、ホール、アートギャラリー、屋外のバスケットコート、ツリーハウスなどのある市の複合施設・ふれあいエスプ塩竃があり、さまざまな年代の人たちが集まってくる場所でもある。駅への途上にあるため、建物前の道は通学する高校生や通勤する人たちで朝晩は賑わう。立地としては近隣でも恵まれた場所なのである。
その一方で駅周辺にはあまり店舗等がない。スーパーは現在建て替え中で、コンビニはあるが、ランチができる店は駅の近くに1軒あるだけ。それ以外では居酒屋が何軒かとケーキ屋などがある程度。
「塩竃市は日本三大船祭りとされる塩竃みなと祭の出発点で、東北開拓の守護神、初詣客の多さでも知られる塩竃神社があり、生マグロの水揚げ量日本一の塩釜魚市場がありと魅力のあるまちなのに、高低差のためか、いまひとつ、栄えていないという印象があります。ただ、その高低差も仙台市内の八木山辺りの高低差に比べればそれほど厳しくはありません。良いタネはあるのに、それが生きていない。そこで何か面白いことができないかと思いました」と早坂さん。
そこで出てきたコンセプトが入居した人が1階フロアを店舗として使う、職住一体の小商いアパート。同じ建物内なら通勤の手間が要らずに済むだけでなく、建物内の入居者が階下の店舗を通じて仲良くなったり、店主、入居者、さらには地域の人も巻き込んで一緒にマルシェやイベントを開催したりということもあり得る。住宅、店舗を別々に構えるよりも同じ建物内に構えるほうが、初めての独立にも少しだけハードルが下がるのではなかろうか。
1階に3区画の店舗、2階以上を1LDKに改装した「マーケットアパートメント」
そこで1階には店舗を想定した3区画を用意、2階以上は住戸としてリノベーションを行った。1979(昭和54)年竣工の、2023年時点で築44年という建物である、住戸は和室3室の3DKだったが、若い人に入ってもらいたいと広めのリビングのある1LDKに改装した。
「42.48m2から50.98m2と少しずつ広さは異なりますが、いずれもバルコニー側に広いリビングを配置した間取りに改装。水回りなども一新、白を基調にブルーやグレーをアクセントに感じがいい暮らしができる部屋に変えました。また、外装も剥がれかけた塗装をやり直しただけでなく、扉、エントランスなども新しくしました。建物1階は周囲から目立つように緑色にし、通り側にはマーケットアパートメントのロゴを入れて視認性もアップさせました」とエコラの土場愛莉紗さん。
賃料は6万5,000円からで、管理費が3,000円。
「地元を知る人たちからはそんな高い賃料では絶対に決まらないと言われました。仙台市郊外では利府町や多賀城市のほうが人気が高いのです」と早坂さん。
だが、その予測は見事に外れた。住戸の人気は高く、情報公開から1ヶ月ほどで5戸すべてが決まったのである。しかも、見に来た人がほぼその場で即決したという。
「塩竃では古い物件でもリフォームはされていないのが一般的ですが、ここは古い建物ながら今どきの暮らしにマッチした間取り、内装、設備に改装。加えて日当たり、眺望がよいのです。敷地の前には公共施設の駐車場、低層の公共施設があり、階数は高くなくても遮るものがありません。引き渡しは3月のまだ寒い時季でしたが、暖房が要らないほどの暖かさ。20代のカップルを中心に決まりました」
しかも、地元の人ではなく、仙台市に勤務している人や、首都圏から塩竃市内に転職した人など、地域外の人たちから選ばれている。よい物件があれば多少認知度の低い場所にでも人は引越しをするのである。
「マーケットアパートメント」告知のためにイベントを開催、認知度アップを図ってきた
店舗があることを意識し、改装を進めながら告知のイベントも開催した。2022年10月には建物を利用し、塩竃や県内の人気ショップが集まってのマーケットが開かれ、交流会も。これまで人が集まるイベントが開催されたことのない地域でもあり、戸惑いの声もあったそうだが、楽しそうな雰囲気に近所の人たちも参加した。
その後、2023年4月には1階にオープン予定だった飲食店も加わり、プレオープンのマーケットが開かれた。焼き菓子から雑貨、野菜や寄せ植えなどさまざまな商品が並べられた。
そして同月28日には1階に飲食店「ごはん屋はれ」が開業した。見た目にもおいしい一汁三菜が売りの定食屋さんで、ご飯は白米、玄米、黒米の3種盛りがこだわり。不規則な生活と昼夜問わずの仕事に追われて体調を崩した店主が食べることの大切さに気づいて始めた店で、体にも心にもよい食事がテーマなのである。
また、インスタ映えするクラシカルなプリンなどもあり、特にPRなどしていないにもかかわらず、常連も次第に生まれつつあるとか。これまでなかったセンスとコンセプトの店だけに地元の人にとってはできてうれしい店なのだろう。
問題は早くに住戸が決まってしまったこと。住戸が決まったことで経営としては安定、急いで1階の店舗を決める必要はなくなったが、早坂さんとしては1階の残り2店舗が決まらないと一段落とはならない。
「申し込みはあるのですが、コンセプトと異なるものが多く、今も広く募集しているところです。今、建物の近くを行き交う若い人たちにはコンビニエンスストアの前などしか集まる場所がなく、そうした人たちも含め、地元の人たちに居心地のよい場を提供できれば考えています」。
取材時は開業から4ヶ月ほど。店舗が決まり、にぎわいが生まれてくるにはもう少し時間がかかりそうだが、駅のすぐ近くで使おうと思えば敷地内にはスペースもある。早坂さんも百田さんもいろいろなアイデアを持ち寄りながら、次の一手を考えているという。次に塩竃を訪れるときには新たな名所になっていることを期待したい。
ごはん屋はれ
https://gohanya-hare.com/
株式会社エコラ
https://ecola.co.jp/
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