年齢や職業に関係なく、暮らしを豊かにする“学び”を提供する「瀬戸内・暮らしの大学」

香川県の西部、三豊市仁尾町。「日本のウユニ湖」として知られる父母ヶ浜(ちちぶがはま)のすぐ近くに、定額制で学び放題というユニークな試みをする市民大学「瀬戸内・暮らしの大学」がある。通常、市民大学のような施設の場合は、講座ごとに料金がかかるのが一般的だろう。瀬戸内・暮らしの大学では、一般会員は月額12,000円、法人会員は月額20,000円、そして三豊市・観音寺市の在住・通学の18歳以下の学生会員は無料で、全クラスを無制限に受講し放題だという。

三豊市仁尾町にある瀬戸内・暮らしの大学の校舎三豊市仁尾町にある瀬戸内・暮らしの大学の校舎

瀬戸内・暮らしの大学のコンセプトは「地元がキャンパス、みんなが先生」。校舎は三豊市仁尾町にあるが、必ずしも校舎で授業が行われるとは限らない。瀬戸内・暮らしの大学が拠点とするのは、「三観(さんかん)」と呼ばれる三豊市と観音寺市。三観エリアの海岸や山で、家・店などで授業が行われることもある。まさに地元・三観エリア全体がキャンパスといえるのだ。またときには、三観エリア外の地域で授業を行うこともあるという。

瀬戸内・暮らしの学校のクラスは、多種多様。ビジネススキルを学ぶものから趣味、文化、暮らしの知恵など多彩だ。授業形式も座学で行われるものから、ワークショップを中心に行うもの、フィールドワークまである。

三豊市仁尾町にある瀬戸内・暮らしの大学の校舎瀬戸内・暮らしの大学を運営する、暮らしの大学株式会社の株主の1社・瀬戸内ワークス株式会社 代表の原田佳南子さん

19の事業者が株主となり運営

「瀬戸内・暮らしの大学を運営するのは、暮らしの大学 株式会社です。暮らしの大学は2022年に、18の事業者が株主となって設立されました。現在は19の事業者が株主になっています」と語るのは、暮らしの大学の19の株主のひとつ・瀬戸内ワークス 株式会社の代表取締役・原田 佳南子(はらだ かなこ)さん。

「もともと三観エリアでは、地域の複数の組織が集まっての取り組みやプロジェクトが盛んに行われていました。さらに三豊市にある父母ヶ浜が写真スポットとして注目され、観光客数が2016年の5,500人から2019年に45万人に増加したんです。父母ヶ浜の観光客数増加の相乗効果で、プロジェクトの数が70を超えるなど盛り上がりを見せ、宿泊施設や飲食店・小売店などが次々にオープンしました。その流れも、瀬戸内・暮らしの大学の設立につながっています」

原田さんは、瀬戸内・暮らしの大学の設立のきっかけを次のように語る。「暮らしの大学の株主である地元のタクシー会社から『営業所が空いているので、何かよい活用法はないか』と相談があったことが、瀬戸内・暮らしの大学設立のきっかけです」

瀬戸内・暮らしの大学の校舎のすぐ近くにある父母ヶ浜。写真映えスポットとしてSNSやメディアで話題となり、2018年ごろより観光客が急増した瀬戸内・暮らしの大学の校舎のすぐ近くにある父母ヶ浜。写真映えスポットとしてSNSやメディアで話題となり、2018年ごろより観光客が急増した

父母ヶ浜の影響で、取り組みやプロジェクトは増加した。しかし観光客や移住者など、三観の地域外から三観へ来る人向けのものが多かったのだという。「地元向けの取り組みが少ないと感じていました。そこで地域向けの取り組みを考える中で、地域の教育面の充実という目標が生まれたのです」

人が集まる都市部では教育の選択肢も豊富だが、人口減少の続く三観エリアではその選択肢は少ない。学びの場を求めて、県庁所在地の高松市まで足を運ぶ人もいるのが現状であったからだ。

「そして18の事業者が集まり、瀬戸内・暮らしの大学の設立が決まりました」と原田さん。なお19事業者(設立時は18事業者)は三観エリアの事業者が多いが、県内のエリア外の事業者、さらには県外の事業者も参画している。しかしいずれも、何かしらの形で香川県に関わり合いのある事業者だという。

趣味や学びを通じた地域のコミュニティーをつくる場所

原田さんは「地元で学ぶということは、学びを通じて地域のコミュティーをつくるという意味もあると思います。そのためには、年齢・世代を超えた学びの場、何かに熱中できる場が必要だと感じました。だから瀬戸内・暮らしの大学は、世代を超えた地域のコミュニティーをつくる装置としての意味合いもあります。そして学びを通じて、三観エリアの人や街の未来をつくり、次世代へつなげていくのです」と話す。

瀬戸内・暮らしの大学は、株主の19の異業種の事業者がそれぞれの得意分野を生かしながら学びを提供している。さらにエリア内外から講師を招聘することにより、非常に幅広いクラスが実現している。

仁尾町の校舎内にある教室のひとつ仁尾町の校舎内にある教室のひとつ
仁尾町の校舎内にある教室のひとつエリア内の古民家を舞台に開催された「古民家断熱クラス」。古民家を知り尽くした建築設計士からDIYの断熱方法を学ぶ(提供:瀬戸内・暮らしの大学)

さらに原田さんは「地元企業の人材育成・スキルアップの場を担うことも目的です」と語る。瀬戸内・暮らしの大学のクラスは、おおまかにキャリアアップやビジネススキルを身につけるものと、趣味や文化・暮らしの知恵などを学ぶものがあるという。「実際に運営してみて感じたのが、想定以上にビジネススキルを学ぶクラスが好評だったこと。瀬戸内・暮らしの大学は、地元企業の人材育成を担う存在でもあるのです」

仁尾町の校舎内にある教室のひとつテーブルゲームを通じて経営に必須の財務の知識を学ぶ「財務戦略MG研修クラス」。瀬戸内・暮らしの大学ではビジネススキル系のクラスが人気だ(提供:瀬戸内・暮らしの大学)

定額制の導入で公民館などのカルチャー教室と差別化

瀬戸内・暮らしの大学では2023年4月より新たな料金体制となり、定額で通い放題となった。「設立1年目は、クラスごとに料金が決められていました。しかしそれでは、地域の公民館などが主催するカルチャー教室との差別化が難しいと感じたのです。そこで定額制にすることで、学びやすさを打ち出しました」と原田さん。

「そして定額制と同時に、三観在住・通学する18歳以下の方は無料で利用できるようにしました。先ほど説明したように、瀬戸内・暮らしの大学の目的の一つに地域のコミュニティーをつくることがあります。子どもから大人まで幅広い年齢層に参加してもらい、学びを通じて世代を超えたコミュニティーをつくることが狙いです」

子どもは先生か身内しか、日常的にコミュニケーションをとっている大人がいないことが多い。瀬戸内・暮らしの大学を利用することで、子どものときから大人と日常的にコミュニケーションをとれる。身近なところに大人の人がいる生活をし、さまざまな知見を得られるだろう。

地元のスーパーマーケット社員から魚のさばき方を学ぶ「魚さばきクラス」。地元で捕れた魚を使って実践する(提供:瀬戸内・暮らしの大学)地元のスーパーマーケット社員から魚のさばき方を学ぶ「魚さばきクラス」。地元で捕れた魚を使って実践する(提供:瀬戸内・暮らしの大学)

なお瀬戸内・暮らしの大学のクラスは、基本的に三観エリア外で暮らす人の受講も歓迎だ。リモートでの受講が可能なものもあるという。

「すべてリモートで受講可能なクラスもありますし、全数回のうち1回をフィールドワークなど現地参加としているものもあります。瀬戸内・暮らしの大学は、地元がキャンパスですから。エリア外の方が、三観エリアを訪れるきっかけになればと思っています」と原田さんは話す。

地元のスーパーマーケット社員から魚のさばき方を学ぶ「魚さばきクラス」。地元で捕れた魚を使って実践する(提供:瀬戸内・暮らしの大学)実際に地元の土地を巡りながら、地域のことを学ぶ「ローカルナビゲータークラス」(提供:瀬戸内・暮らしの大学)

行政に頼らない運営をしつつ、行政との連携も

瀬戸内・暮らしの大学が運営面でこだわっているのが、行政の力に頼らない運営だという。補助金など行政の後押しありきの運営だと、持続可能な運営は難しいからだ。

「実は瀬戸内・暮らしの大学は、構想ができてから約半年で設立されました。このスピード感は、民間の力だけで運営している強みですね。2023年4月の料金体系の変更もそうですが、状況に応じて柔軟に対応するためにも、スピーディーな運営は大切だと思います。地元に関わる自分たちの手で運営するからこそ、地元に必要なものが提供できるのではないでしょうか」と原田さん。

三豊市の名産・オリーブについて学ぶ「三豊産オリーブオイルを味わい尽くす」。座学から、実際のオリーブ畑での収穫、さらにオリーブオイルについてまで学ぶ(提供:瀬戸内・暮らしの大学)三豊市の名産・オリーブについて学ぶ「三豊産オリーブオイルを味わい尽くす」。座学から、実際のオリーブ畑での収穫、さらにオリーブオイルについてまで学ぶ(提供:瀬戸内・暮らしの大学)

とはいえ、まったく行政と関わっていないわけではない。三観というエリアを拠点にしている以上、地元の行政との連携は欠かせない。

原田さんは「行政に頼るのではなく、互いに地元を盛り上げる仲間として行政と連携しています。たとえば、中高生が地域でやりたいことを実現していくことを目的に三豊市で発足した『みとよ探究部』と、瀬戸内・暮らしの大学が連携して中高生向けの学びの場を広げています」。

「今後、学校の部活動が縮小していくことが考えられます。生徒の減少や、教員の負担軽減のためです。そうなったときに瀬戸内・暮らしの大学が、学校の部活動の代替として機能できるのではないかと考えています。そのためにも行政との連携は欠かせません」

三豊市の名産・オリーブについて学ぶ「三豊産オリーブオイルを味わい尽くす」。座学から、実際のオリーブ畑での収穫、さらにオリーブオイルについてまで学ぶ(提供:瀬戸内・暮らしの大学)少子高齢化社会に向けての助け合い、支え合いの社会をテーマにした「暮らしの保健室~町のライフセーバー養成クラス」(提供:瀬戸内・暮らしの大学)

地元での認知度を高め、学んだ人が将来誇りに思える学校に

「開校から1年、サブスクリプション制にサービス変更して3ヶ月が経ちます、今後は瀬戸内・暮らしの大学の学生の輪が広がり、300人くらいまで広めていくのがひとつの目標ですね」と原田さんはこれからの展望を話す。

さらに「長期的には、瀬戸内・暮らしの大学に通った子どもたちが大きくなったとき、暮らしの大学があってよかったと地元の誇りと思ってもらえるようにしていきたいですね」と語った。

また瀬戸内・暮らしの大学には、課題もあるという。「まだまだ地元での認知度が足りないのが、今後の課題です。公民館のカルチャー教室などに比べると、瀬戸内・暮らしの大学は少しハードルが高い印象があるのかもしれません」。

瀬戸内・暮らしの大学:看板瀬戸内・暮らしの大学:看板

「三観エリアは、遠慮がちな人が多い印象があります。まずは、まわりの人を誘ってくれるような積極性のある人が来てもらえるようにすべく、瀬戸内・暮らしの大学の認知を広めたいと考えています。そのためにアナログ・デジタルなどの手法にこだわらず、認知度向上施策を仕掛けていきたいです」と原田さんは話す。

19の異業種の事業者が集まり、地域に学びを提供する瀬戸内・暮らしの大学。三観エリアを舞台に、学びを通じた新しいコミュニティーづくりの取り組みに注目だ。

取材協力:暮らしの大学 株式会社
瀬戸内・暮らしの大学 公式サイト:https://kurashinodaigaku.jp/

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