4代続いた金物店の建物を活用

姫路市網干地区の橋本町商店街の一角に位置する姫路市網干地区の橋本町商店街の一角に位置する

本サイトでご紹介した「旧網干銀行 湊倶楽部」の駐車場を挟んでお隣。2023年5月に「本と酒 鍛冶六」がオープンした。店主を務めるのは、旧網干銀行 湊倶楽部のマネージャー・濱田大規さんだ。

店名は、この建物で4代続いて営まれていた商店の愛称に由来する。江戸末期に生まれた初代の六兵衛さんが鍛冶屋をはじめ、明治初期に屋号を「カジロク」として金物商に。その後、「永尾金物店」と変更してからも、地元では”鍛冶六”の愛称で親しまれたという。

旧網干銀行をレストランとして活用することが決まった際、駐車場が必要だったため、売りに出ていた隣地を購入。その際、不動産会社からこの建物も併せてどうか、という提案があった。すでに購入した土地だけで十分な広さだったが、建物の中を見てみると商店にしては興味深い造りだったこともあり、旧網干銀行 湊倶楽部のオーナーとなった鵜鷹さんが購入を決意。”うなぎの寝床”といわれる町家スタイルの道路に面した店舗部分だけを残し、奥に続いていた住居部分は取り壊して隣地と合わせた駐車場に転換した。

いつか活用することを念頭に置きつつ、2019年に旧網干銀行 湊倶楽部が開店し、すぐにコロナ禍の営業となるなどしてバタバタとしているうちに時が過ぎた。そして2022年。付き合いのあった姫路市の姫路観光コンベンションビューローから、観光庁の「既存観光拠点再生・高付加価値推進事業」を受けて、改修工事をしないかと提案があった。

若い世代の活躍に期待する鵜鷹さんは、濱田さん、そして旧網干銀行 湊倶楽部でシェフを務める息子の絢さんに、自分たちの会社を興して事業を立ち上げるようにアドバイスして、お店を任せることに。

古い建物やまちの魅力を伝える「地域の拠点を作りたい」

補助制度の最初の採択が通り、事業計画を出すことになった濱田さん。それまで密かに思っていたことを事業として“かたち”にすることにした。

「旧網干銀行 湊倶楽部がオープンして、地域の方や、網干地区にまち歩きに来られたり、古い建物が好きで見に来られたりする方々がいらっしゃったら、なるべく建物の中を案内するようにしていたんです。そのとき、みなさん同じように、『食事もしていないのに申し訳ない』『外からだけ見られればいいと思ってたのに』とおっしゃっるんです」

レストランを利用した人以外にも建物やまちの歴史を伝えていきたいという思いがあったのだが、見学する側としては遠慮してしまう気持ちも分からなくない。

「そんななか、こうやってせっかくいい建物が他にもたくさんある地区なのに、ゆっくりできる場所が少ないというような話を聞くことがありました。それで、もっと気軽に入れて、ちょっと休むことができ、プラスしてこの地域のものが見られるような場所、地域の拠点となるようなものを作りたいなと思うようになりました」

そんな思いを事業計画書として書き起こした。

最終的に事業は3つ展開。一つは、酒の小売り。これはお酒が好きな濱田さんの夢だった。それだけだと「押しが弱いな」と考えていたとき、以前、終活をしていた知り合いから読みためた1万冊近い本を、売ったり捨てたりするのは忍びないと相談され、譲り受けていたことを思い出した。今では売っていないようなものをはじめ、面白そうなものがたくさんあった。「私設図書館はどうか」と思ったが、「酒店に併設では、子どもたちに来てといってもおかしな話やな」というのと、収益になりづらい。すると、東京や大阪でシェア型書店が増えていることを耳にした。

シェア型書店とは、棚や区画を利用者が借り、そこに書籍などを出品して販売。1つの書店を複数人で運営するというようなスタイルだ。「これやー!と思って」と濱田さん。譲り受けた本を出しつつ、金物店時代に使われていた商品棚を活かすこともできる。

その2つをメインにしつつ、長年パン職人として修業していた絢さんが手がける、中に具材を詰め込んだ小さな食パン型の「キューブパン」を月4回(第2・4木曜と第1・3日曜)販売することにした。

2022年夏に提出した補助金の審査も無事に通り、11月に店舗改装の本格着工。工事は急ピッチで2023年1月に終えることができたが、シェア型書店の参加者募集と酒の仕入れに時間がかかり、4月にパン販売のみ先行で始め、5月にグランドオープンとなった。

地下室を利用した酒の販売スペース。秘密基地のような場所に地酒、クラフトビール、ワインなど多彩にそろえ、一部は試飲もできる地下室を利用した酒の販売スペース。秘密基地のような場所に地酒、クラフトビール、ワインなど多彩にそろえ、一部は試飲もできる
地下室を利用した酒の販売スペース。秘密基地のような場所に地酒、クラフトビール、ワインなど多彩にそろえ、一部は試飲もできる特約店契約を結んだ佐賀県の酒蔵のものなど、兵庫県内ではまだ手に入りづらい品もそろえる

シェア型書店に想像以上の反響

入り口から足を踏み入れてすぐに見える、左右の元商品棚と、奥に用意した本棚にズラリと本が並ぶ。

棚の借主のことは、ここでは店子(たなこ)ならぬ「棚子さん」と呼ぶ。出店料は、月額一般1,500円、学生500円(ともに税抜き)で、最低3ヶ月から。本の値付けは、販売時のことを考えて10円単位でというルールだけ設け、あとは棚子さんにお任せ。売買は棚子と購入者の個人間取引となる。

棚子の募集はSNSをメインに、あとは店のある商店街の人々に紹介を頼むなどした。すると、予想以上の反響があったという。

「びっくりしましたね。正直、最初は知り合いだけでも埋めることができたらいいわって思っていたんですが、『こんなことやるって聞いたんですけど』と、お問合せがきたりして」

濱田さんが譲り受けた本の数々。有名作家のものをはじめ、いまでは貴重なものも発見できるかも!濱田さんが譲り受けた本の数々。有名作家のものをはじめ、いまでは貴重なものも発見できるかも!

現在、まだ区画に空きはあるが、出だしとしては上々。そんな棚子さんになることを決めた人たちはどのような思いがあったのだろうか。

「自分の棚を見てほしいという気持ちが強いのかなと思います。例えば自分の家には置ききれなくなったりして、倉庫などにしまっていたら傷むだけ。かといって、古書店に出すのは皆さん嫌だって言われますね。自分の好きな本が誰かの目に触れる、プラス、手に取ってもらえて、欲しい人には購入してもらう。自分の好きを共有できる方が買っていかれるのは、うれしいことのようです」

棚を見せてもらうと、写真を趣味にしている人がカメラ関係やデザイン関係の本を置いていたり、懐かしい絵本があったり。その棚ごとに“色”があって、眺めているだけで楽しい。好きな作家や系統の本が並んでいる棚があると、趣味が合うかもと思い、そこから自分が知らなかった本に出合えるワクワク感が出てくる。通常の書店とはまた違う本との出合い方ができる面白さがあるのだ。

濱田さんが譲り受けた本の数々。有名作家のものをはじめ、いまでは貴重なものも発見できるかも!元金物店の商品棚を活かした、シェア型書店の本棚。棚子さんの個性豊かな本が並ぶ。好みや趣味を伝えるため、カメラなどの飾りつけをしている人も

2階には回廊があり、趣ある雰囲気

取材を進めていると、小売りする酒を並べている地下室からお客さんが上がって来られ、会計を。筆者に気付くと、「2階素敵です。そしてお酒が美味しいです」とほほ笑まれて帰って行かれた。お酒好きな濱田さんが選び抜いた商品ばかり。試飲できるものもあり、満足度は高いようだ。

さて、今度は建築に注目してみよう。

おすすめされた2階には、旧網干銀行 湊倶楽部と同じような回廊が設けられている。濱田さんによると「4代にわたって金物店を営業されてきた中で、大正の終わりから昭和の初めごろにご活躍されていた3代目の方がこの形に改築されたようです。おそらく旧網干銀行より後の時期で、真似されたのかもしれません」とのこと。

3代目は新しもの好きだったらしく、この回廊のほか、洋室や地下室を設けたのではないかという。

洋室だった応接室は事務所として使っているので入れないが、2階は自由に見学ができる。和室部分と、ソファが置かれた階段横のスペースは本を読んだり、購入したお酒やコーヒーを飲んだり、パンを食べたりすることもOK。ゆっくり過ごしてもらえるようにしているという。

1階から見上げた2階の回廊1階から見上げた2階の回廊
1階から見上げた2階の回廊濱田さんも好きだという、ソファを置いた2階の階段横スペース

シェア型書店がある1階は、床の段差の調整、酒の小売りをする地下室への階段とレジ周りの小下がりスペースの新設などは行ったが、当時の趣は基本的に活かしてもらった。

「建物はかなり綺麗な状態で、大きく改築する必要はありませんでした」と濱田さん。店舗部分ではあるが、大切に暮らしてきたのだろう。2階も雨漏りしそうな窓の補修などのみ。回廊部分の手すりの細工や建具など、時代が蘇る感覚があった。

1階から見上げた2階の回廊施工は、同じ商店街にある昭和期の建物を改築して活用している設計事務所に依頼
1階から見上げた2階の回廊もともと地下への階段は店舗と住居部分の間にあったが、入り口正面に新しく階段をつくった。動線がよくなり、利用しやすい。また、地下へ行くというワクワク感も!

まちづくりの難しさを実感しつつ、模索しながら活性化への取組みを続ける

パン販売のある日は、入り口正面の棚に並ぶ。コーヒー、牛乳、ジュースは常時販売。ふらりと立ち寄ってコーヒーを飲みながら休憩してくれる地元の常連客も増えてきたというが、新規の集客率アップはまだまだ課題だ。ただ、棚子が個人のSNSで発信してくれてもいて、その効果もあるというパン販売のある日は、入り口正面の棚に並ぶ。コーヒー、牛乳、ジュースは常時販売。ふらりと立ち寄ってコーヒーを飲みながら休憩してくれる地元の常連客も増えてきたというが、新規の集客率アップはまだまだ課題だ。ただ、棚子が個人のSNSで発信してくれてもいて、その効果もあるという

旧網干銀行 湊倶楽部がオープンして、もうすぐ4年となる。まちの活性化に向けて少しずつ機運が高まってきてはいるが、濱田さんは「まちづくりってこんなに難しいんや」とも実感している。

まちの課題の一つは、日本各地で聞かれるように、若い世代の不在。厳密に若い人たちは住んでいるのだが、仕事や休日は姫路市の中心部などに出ることが多いそうだ。また、姫路市中心部から電車で30分程とアクセスも悪くない地域なのだが、イメージ的に遠いとされてしまう。祭りどころで、その時期になれば他地区に出ていた若い世代が帰ってきたり、活気づくのだが、それ以外の時期に続かない。

そんななかで、旧網干銀行に続いて鍛冶六に明かりが灯ったことで、また一歩進むことを願う。オープンから間もないこともあるが、鍛冶六の課題は平日の集客。それでも、シェア型書店をきっかけに、本が好きな若者が訪れてくれることもある。

もっとたくさんの人に来てもらうために、濱田さんも試行錯誤を続け、棚子さんにも協力をあおいでいる。「棚子さんたちに意見を出してもらい、一緒にこの鍛冶六をブランディングできたら面白いなと考えています。棚子さんには、網干の人も、網干外の人もいるので、いろいろな意見や知識をいただけるかなと」と期待する。一緒に店を作る、シェア型書店ならではの強みでもある。

建物をきっかけに不思議な縁でつながれ、網干のまちを考えるようになった濱田さんたち。地区外出身のよそ者だからこそ分かること、できることがあると、静かに、だが力強く奮闘する。網干地区を訪れた人にまちを楽しんでもらいたい。網干での滞在時間を長くしてもらいたい。そんな思いを込めて、新たに地域の拠点を目指して歩み始めた鍛冶六での取組みを応援し続けたい。

最後に。鍛冶六の外観を見ると、近代建築の影響を思わせる壁の装飾がある。奥の住居部分は瓦屋根の日本的なものだったそうだが、これもすぐ近くにできた旧網干銀行の建物の影響だったのだろうか。鍛冶六の隣の店も同じような壁の装飾があった。一つの建物を発端に、新たな時を刻むまちの形成がされたのかもしれない。そんな歴史ロマンに思わず浸ってしまった。古い建物探訪の面白さの一つだ。

取材協力:本と酒 鍛冶六 https://potofu.me/kaji-roku

パン販売のある日は、入り口正面の棚に並ぶ。コーヒー、牛乳、ジュースは常時販売。ふらりと立ち寄ってコーヒーを飲みながら休憩してくれる地元の常連客も増えてきたというが、新規の集客率アップはまだまだ課題だ。ただ、棚子が個人のSNSで発信してくれてもいて、その効果もあるという「本と酒 鍛冶六」店主の濱田大規さん。オープンに合わせて店名入りのスタッフ用羽織を制作。前オーナーの永尾家の方は、屋号や家紋を使うことを快く承諾してくれたという。店のコンセプトは「継往開来(けいおうかいらい)」で、先人の事業を受け継ぎ、発展させながら未来を切り拓くという意味。網干のまちで親しまれた屋号を背負いながら、新たな道を歩み出す

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