「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」「住宅遺産トラスト」の活動に学ぶ
2023年3月23日、「LIFULL HOME'S PRESS」によるオンラインセミナー『名住宅を発見し、継承する~中銀カプセルタワービル・浜口ミホ設計の住宅の事例から~』が開催された。
建築の中でも住宅は、私的な生活の場であり個人の所有物である。歴史に名を刻む建築家の作品であったとしても、広く知られていない例もあり、また、世代を超えて引き継ぐにはさまざまなハードルがある。セミナーでは、住宅の保存・継承活動の事例を引きながら、名住宅を継承する意味と課題について議論した。
住宅は、解体の危機が再評価の機会につながることもある
冒頭、建築史家で大阪公立大学教授の倉方俊輔氏が講演を行った。題して『名住宅の継承と発見』。セミナータイトルとは「発見」と「継承」の順番が入れ替わっている点に着目して以下を読んでほしい。
近年、戦後に竣工した建築も「名建築」としての文化的・歴史的評価が与えられるようになってきた。その代表例が、2021年に国の重要文化財に指定された丹下健三設計の『国立代々木競技場』(1964)だ。
しかし一方で、同じ丹下の設計で同じ年に竣工した『香川県立体育館』は、関係者の努力もかなわず、解体の方針が決まっている。どちらも「新しい構造によって新しい空間を誕生させた(倉方氏)」モダニズム建築の傑作だが、命運は分かれた。
「名住宅」も事情は同じだ。ただ、公共建築と違い、住宅は、誰もが立ち入れる場所ではない。「住宅は、住む人がいなくなって解体の危機に瀕したときこそ、広く公開され、再評価が行われる機会ができる」と倉方氏は言う。
「建築の評価は、竣工時だけで決まるものではありません。住宅は、住まわれて初めてその価値を発揮するはずですが、実際には、研究者もなかなか見る機会がない。バウハウスの創始者グロピウスが絶賛したことで有名な、清家清の代表作『斎藤助教授の家』(1952)も、2008年の解体にあたって公開されました。生活の痕跡を残した状態で見ることができて、住宅の新たな平面形式・暮らし方を切り拓いた名住宅だと実感しました」(倉方氏)
移築によって保存された例や、建築家によって改修活用された例も
解体を免れ、保存や継承に繋がった例もある。
清家清の教え子にあたる篠原一男の『白の家』(1966)は、敷地が都市計画道路にかかっていたが、移築によって保存が実現した。同じく篠原の『から傘の家』(1961)は、以下に登壇する「住宅遺産トラスト」を介してスイスのヴィトラ・キャンバスに移築・公開されている。
建築家夫妻・林昌二と林雅子の自邸『私たちの家』は、林昌二の後輩に当たる建築家・安田幸一氏が継承し『小石川の家』として大切に住まわれ続けている。
「建築家が設計した家を、次代の建築家が現代の暮らしに合わせて改修し、本当に創造的な継承が実現しています」。
昨年末に逝去した巨匠・磯崎新の住宅作品にも、継承によって見ることができるようになったものがある。
福井県勝山市にある『旧S邸』(1986)は、磯崎と、磯崎アトリエ出身の伊東孝が設計した。この建築に惚れ込んだ女性が購入し、改修を経てショップ兼カフェ『nimbus』としてオープンしている。「磯崎さんの住宅を見る機会はあまりありませんが、精魂込めてつくられた非常にいい建築で、磯崎さんへの認識を新たにしました」。
「公共建築の継承は費用だけ考えても容易ではありませんが、住宅の規模なら個人の想いで救える可能性があります。継承を通じて、その価値が新たに発見されることもある。そこで、この講演のタイトルを『名住宅の継承と発見』としたわけです」。
自ら所有者の1人となって取り組んだ、中銀カプセルタワービルの保存活動
昨年ついに解体されて大きな話題になった、黒川紀章の代表作『中銀カプセルタワービル』(1972)。次に登壇した前田達之氏は、自らカプセルを購入し「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」を立ち上げて10年近く活動してきた人物だ。解体時には23カプセルを救出し、今も引き続き再生と継承に取組んでいる。
中銀カプセルタワービルは、区分所有の集合住宅だ。大規模改修や建て替えについては管理組合で議論する。前田氏は議決権を獲得するためにカプセルを買い進め、最終的には15カプセルを所有していたという。同時に、保存派のオーナーを増やす努力も続けた。
さらに「建物のファンづくりに注力してきました」と前田氏。「世の中に建築好きは、そんなに多くはないと思います。けれども、アイドルやアーティストのように、建築も“推し”になれれば広がりが生まれるじゃないか。そんな思いで、自分自身も楽しみながら保存活動に取り組んできました」
前田氏は活動を「認知」「体験」「参加」「共有」の4つのフェーズに分ける。
「『認知』については、SNSやブログによる発信はもちろん、紙の本も4冊出しましたし、テレビや新聞の取材も受けました。クイズ番組やバラエティー番組でも紹介されて、幅広い層に中銀カプセルタワービルを知ってもらう機会になったと思います」。
2021年には前出の倉方俊輔氏の監修でNHKBS8K が『東京レトロビルディング 中銀カプセルタワービル』を制作。高画質の映像で未来に残る記録ができた。2023年には同じくNHK総合が『解体キングダム』という番組で中銀カプセルタワービルの解体を取り上げている。
「2つめの『体験』の王道は、カプセル見学会です。とはいえ多くの人が住むビルなので、他の住人に迷惑をかけないよう、必ず管理組合理事が立ち会って実施しました。2015年に始めて解体直前まで7〜8年間、多いときで月に100人、200人とご案内したこともあります」。2017年には「マンスリーカプセル」と題して1ヶ月の体験入居を実施。募集倍率は10倍以上に達した。★https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00625/★
こうして「体験」をした人は、保存運動への「参加」意欲も高くなるし、その「体験」を自ら発信し「共有」したくなる。
「保存・再生プロジェクトからお願いしたわけでもないのに、オリジナルの新聞やZINEを制作して情報発信してくださる方々が現れました。これは中銀カプセルタワービルならではの出来事だったのではないかと思います」と前田氏。
残念ながら前述の通り、中銀カプセルタワービルはすでに解体が終了した。しかし、前田氏らが救い出したカプセルは、これから国内外に広がっていく。
「23カプセルのうち14カプセルは、黒川紀章建築都市設計事務所の監修でオリジナルの状態に復原しました。これらは美術館や商業施設などで展示される予定です。残りのカプセルは外装だけ補修して譲渡し、内部は自由に改装していただいて、宿泊施設やアートイベントに使われることになるでしょう。ビルは解体されても、カプセルは残る。これらのカプセルに接した人が、また新たにファンになってくれるのではないでしょうか」。
吉村順三作品はじめ数々の名住宅の継承を果たした「住宅遺産トラスト」
次の登壇者は、一般社団法人住宅遺産トラスト理事の木下壽子氏。住宅遺産トラストは、まさに「名住宅の継承」を目指す団体だ。木下氏は、その設立と同時に理事に就任している。
住宅遺産トラスト設立の契機となったのは、吉村順三設計『園田高弘邸』(1955)の継承活動だ。2008年に木下氏が所属していたNPO法人玉川まちづくりハウスに相談が持ち込まれた。「住み替えのために売却しようとしたら、不動産会社は建物を解体し、更地にして三分割すると言ったそうです。建築の価値を理解してくれる人を探すため、トークイベントや音楽会を開催して継承を訴えました」と木下氏。
しかし、5年近くかかっても継承者は現れない。そこで、同じ課題を抱えていた前川國男と吉田五十八の住宅を併せ『昭和の名作住宅に暮らす』と題した展覧会を開催。これが新聞に取り上げられたことで、現在の継承者に出会うことができた。
「住宅が解体の危機に瀕してから活動を始めたのでは間に合わない。それよりも前に所有者が相談できる、常設の窓口が必要ではないかと考えました」と木下氏。そこで、2013年に住宅遺産トラストを立ち上げた。
「私たちは、所有者の置かれた状況や希望を尊重しながら、その住宅にふさわしい解決策を一緒に考えます。そのためには、建築だけでなく、不動産や法律、まちづくり、行政、金融機関といった多様な分野のネットワークが必要です。併せて、こうしたセミナーをはじめとした、住宅遺産の社会的認知と価値を高める活動にも力を入れています」。
住宅遺産トラストは、LIFULL HOME'S PRESS(★リンク★https://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_01258/#hd_title_5)で取り上げた、日本最初の女性建築家・浜口ミホ設計『G邸(旧中村邸)』(1965)の継承も手掛けている。
この住宅は、スイスの大学で浜口ミホを研究する上田佳奈氏が2020年に発見した。上田氏から連絡を受けた東京工業大学のノエミ・ゴメス・ロボ氏が現地を訪ねると、所有者はまさにこの住宅を売却しようとするところだったという。この話は東京工業大学塚本由晴研究室に伝えられ、住宅遺産トラストに相談が持ち込まれる。2021年4月末、コロナ禍の最中のことだった。
「私たちが塚本研究室の方々と一緒に訪問したところ、所有者の方も、建物を継承できるものならそうしたい、とおっしゃってくださいました。これまでになく切迫した状況でしたが、たまたま近くに住宅遺産トラストの支援者がいらして、この方がすぐに継承の意思を表明してくださいました」。
かくして2021年7月にスピード継承が実現。塚本研究室と塚本由晴氏のアトリエ・ワンが改修設計を行い、「100年後の街つくり」を標榜する建築工事会社NENGOが施工を手掛けた。
「この住宅は、一見するとちょっと変わった古い家で、不動産市場では価格が付かないどころかマイナス評価だったと思います。実際、解体する方向で話が進んでいました。けれども、解体はポジティブな結果を生まなかったと思います。継承が実現したことで、住宅は新たな命を得て、これからも幸せな生活の器になっていくでしょう」。
名住宅の継承には何が必要か。木下氏はアフリカの格言「はやく行きたければ一人で行きなさい、遠くへ行きたければみんなで行きなさい」を引く。「さまざまな分野の人たちが力を合わせなければ、保存継承活動はできません。法律の整備も含め、社会全体の意識や仕組みを変えていかなければならないのではないでしょうか」。
地価の高い東京以外なら「手の届く」名住宅に出会える可能性も?
セミナーの最後は登壇者全員でのトークセッションだ。改めて「名住宅とは」何かを考える。(以下、敬称略)
木下:住宅遺産トラストもよく「住宅遺産の定義」を聞かれます。実は明確な定義はなくて、私たち理事が見て「これは壊してはならない」と心から思える住宅かどうかが基準です。
前田:中銀カプセルタワービルは、住むことによって成長する、コミュニティが育まれる、クリエイティビティに富んだ住宅でした。そのことが私にとっての「名住宅」かなと思います。
倉方:基本的に、住む人が楽しんで住んでいれば「名住宅」だと思います。その上で、住宅の楽しみ方は幅広い。古い住宅の古さを楽しむ人もいれば、建築家が設計した住宅を住みこなすことに楽しみを見出す人もいるでしょう。住み方・暮らし方の挑戦を楽しむ人が増えるといいですね。
前田:中銀カプセルタワービルは古いし雨漏りもするし、でも「マンスリーカプセル」の参加者たちは、まさにそれさえも楽しんでいたようです。建築関係者よりアートやメディアの人が多く、申し込みの8割9割が女性だったのは意外でした。
木下:住宅遺産の見学者は多くが建築関係者です。ディテールまで食い入るように見て、測って、経験しようとなさる。建築には実際に体験しなければ学べないことがたくさんありますから、そこにも名住宅を継承する価値があると思います。
では、どうすれば名住宅を継承していくことができるのか。
木下:東京は土地が高い上に、建ってから年数を経た住宅は改修にも相当な費用がかかります。これまで住宅遺産トラストを通じて継承してくださった方には、文化や芸術に造詣の深い資産家が多いですね。
倉方:ただ、地方は事情が違います。不動産価格は東京だけが突出して高いので、東京以外なら富裕層でなくても名住宅を所有できる可能性はある。ご自身の地元の名住宅を発見していただけたらな、と思います。
木下:最近は全国からご相談が寄せられますが、中でも別荘は名住宅の宝庫です。別荘なら、土地もそれほど高くなく、建物の価値が評価される例もあります。また、私が可能性を感じているのは賃貸です。継承して、うまくメンテナンスして賃貸すれば、中銀カプセルタワービルのように「行列ができる」賃貸住宅になるかもしれません。
前田:中銀カプセルタワービルも「一棟丸ごと」での購入を検討した人がいたのですが、コロナ禍で立ち消えになってしまいました。区分所有の集合住宅は継承は難しいのかなと思います。
名住宅の価値を広く共有し、継承を妨げる仕組みを変えていこう
倉方:冒頭の講演で、名住宅は発見されるものだと言いましたが、中銀カプセルタワービルがこれだけ知られるようになったのは前田さんの活動のおかげで、多くの人々に新たに「発見された」と言っていいと思います。浜口ミホの『G邸』も同様です。浜口はダイニングキッチンの考案者として知られていますが、設計者としては無名に等しい。『G邸』の継承によって、これから「建築家としての浜口ミホ」が発見されていくのではないでしょうか。
名住宅の継承には課題が多いが、それでも「時代は変わってきた」と木下氏はいう。
木下:15年前に『園田高弘邸』の継承活動を始めたときとは隔世の感があります。前田さんのように、建築の専門家ではない方たちの建築に対するリテラシーが非常に高くなっている。他方で、日本は人口減少で家が余っているわけです。そのたくさんある既存住宅の中から、住まう人暮らす人の目線で名住宅を発見していってほしいですね。そうして自分で買ってみると、この社会には、住宅の継承を妨げる仕組みがたくさんあることも分かると思います。そうしたら、みんなで束になって、その仕組みを変えていきましょう。
まずは、名住宅の存在を意識し、その価値を広く共有していくことが第一歩となるようだ。
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