西日本を中心に大きな被害を引き起こした「平成30年7月豪雨」
2018年(平成30年)7月上旬、日本の広範囲で長時間にわたる記録的な豪雨が発生した。のちに気象庁により「平成30年7月豪雨」と命名されたこの豪雨により、中国・四国地方を中心とした西日本などでは、河川の氾濫や崖崩れなど甚大な被害を受けたのである。
被害状況は死者223名、行方不明者8名、家屋の全半壊等20,663棟、家屋浸水29,766棟にも及んだ(内閣府防災情報『平成30年7月豪雨による被害状況等について』より)。
なかでも岡山県南西部を流れる小田川とその支流の堤防決壊による浸水被害は甚大で、メディアによって全国的に大きく報道された。
真備や矢掛の被害における地理的特性
倉敷市北部の真備地区は、市街地を含んだ1,200ヘクタール以上が浸水被害を受け、浸水の高さは5メートル以上にもなった。これは真備地区全体の約4分の1の面積に当たる。
また真備地区に隣接する総社市や、同じ小田川流域である矢掛町・笠岡市・井原市などでも大きな浸水・崖崩れの被害が大規模に発生。平成30年7月豪雨による災害は、岡山県では戦後最悪の被害となったのである。
真備・矢掛など小田川流域で大きな水害が発生した原因には、地理的な特性があった。小田川は岡山県の三大河川のひとつ・高梁(たかはし)川の支流となる。
豪雨によって本川である高梁川の水位が支流より高くなり、「バックウォーター現象」と呼ばれる現象が発生。高梁川の水が小田川へと流れ込み、小田川の流れが阻害されたのだ。このバックウォーター現象によって、小田川やその支流の堤防の決壊が引き起こされたといわれている。
被災地の工務店から見た、当時の被害状況
平成30年7月豪雨以降も、2019年の九州地方、2020年の東北地方、2021年の九州地方など毎年のように全国各地で大きな水害が発生している。
教訓や心構え、災害前にできる対策などを他地域でも生かせるよう被災地の現状を伝えるために、平成30年7月豪雨から約4年半が経過した2022年12月、被災地を訪れて当時の状況を聞いてみた。
訪れたのは、被害の大きかった小田川流域・小田郡矢掛町にある工務店「有限会社 綱吉商店」。綱吉商店は1962年に矢掛町で創業した工務店(旧社名 鳥越工務店)で、地元の矢掛町を中心に真備地区など周辺地域に多くの顧客を抱えている。
お話を聞いたのは、綱吉商店の代表で二級建築施工管理技士の采女佳史(うねめ よしふみ)さん。「弊社は被災を免れましたが、弊社より800メートルほど南にある小田川の堤防が決壊し、近隣では大変な浸水被害が出ました」と、当時の緊迫した状況を語る。
「豪雨災害の発生した日、地元のお客様からSOSの電話がかかってきました。すぐに家まで駆けつけましたが、すでに私の膝上まで浸水しており、水流の勢いで流されて家まで進めません。電話で家の2階に避難する"垂直避難"をするよう伝え、救助を待ちました。無事、お客様は救助されてホッとしたのを覚えています」と采女さん。
災害後は、週末に矢掛や真備などでボランティアとして顧客や知人などの家の片付けを手伝っていたという。「災害後、すぐに修繕やリフォームができるわけではありません。もちろん流れ込んだ土砂やゴミ、散乱した家具の片付けが必要です。また、土砂災害の被害を受けた住宅もありました。土砂の被災住宅では、水気を含んだ土砂による漏電事故の可能性もあり、危険と隣り合わせの作業でした」と采女さんは振り返る。
また采女さんは「片付けた後は、家の扉などをすべて外した状態にし、長い時間をかけて乾かさないといけません。乾かした後に、消毒作業が必要となります。感染症などの発生の恐れがあるからです。そこまでやって、やっと修繕やリフォームに移れるのです。早い場合でも、半年はかかったと思います」と言う。
岡山県南部は災害が少ない地域だったため、綱吉商店は災害の復旧作業が初めてだった。そのため、被災地入りしていた世界規模で活動する災害ボランティア団体などと連携し、片付け作業・復興作業などを行ったという。
復興作業で感じた、被災者とのコミュニケーションの難しさ
平成30年7月豪雨が発生した翌年の2019年から、次第に綱吉商店へも修繕やリフォームの依頼が増え、復興への動きを感じるようになったそうだ。
采女さんによれば「修繕やリフォームの作業自体は、普段の作業と変わりません。しかし大きく違うのは、作業の理由とお客様の気持ち。前向きな理由で修繕やリフォームを計画していたわけではなく、突然の被災によって元の生活を取り戻すための修繕・リフォームです。本来なら望んでいなかったものなので、お客様の心も敏感だったと思います。そのため普段の会話中の何げない言葉が、お客様の気持ちを傷つける恐れがあったのです。ですから私たちは、お客様とのコミュニケーションは、非常に繊細に行いました」。
「お客様とのコミュニケーションのひとつとして、真備地区のあるお客様と行ったのが、壁修繕のワークショップイベントです」と采女さん。参加者に、被災住宅の壁の修繕を実際に行ってもらうというイベントだ。参加者と被災者がワークショップを通じてコミュニケーションを図ることで、被災者の気持ちを前向きなものにすることが目的だったという。
「家屋は直せばなんとかなります。しかし被災者の気持ちが前向きにならなければ、本当の復興ではないと考えました」と采女さんは語る。
復興に携わった工務店の観点から、災害対策で気をつけるべき点
近隣や顧客が豪雨災害で大きな被害を受け、復興のための修繕やリフォーム作業を多く手がけてきた綱吉商店。復興に携わった工務店の観点から、今後新築やリフォームを考えているときに、災害対策の面で気をつけるべき点は何かを聞いてみた。
采女さんは開口一番に「基本となるのは、ハザードマップです。ハザードマップを見て、家のある土地、家を建てようと思っている土地にはどのような地理的な特徴があるかを把握し、どんな災害が起きやすいかを知っておくことが大切です」と語った。
「土地選びから考えている場合は、災害が起きにくい場所を選ぶことが一番の対策になります。すでに家を建てている場合は、その土地で起きやすい災害を知っていれば、それに合わせた対策が立てられます」と采女さん。
小田川流域で起こったような水害の対策で言えば、どのようなものがあるのだろうか。
采女さんは「地盤をかさ上げして、土地を高くする方法があります。事情によって地盤のかさ上げが難しい場合は、家の1階部分を居住スペースとせずに車庫や倉庫として使用し、2階以上を居住スペースとするのも有効です」と言う。
さらに「大手のハウスメーカーなど、水害発生時に被害を軽減するさまざまな技術を開発している企業もあります。そのような技術を導入した家を建てるのも、対策のひとつです」と采女さんは語った。そして「やはり一番重要なのは、ハザードマップです。まずは、ハザードマップを確認することから始めましょう」と繰り返した。
市区町村が配布するハザードマップを活用し、自然災害のリスクを把握し備えよう
采女さんが重要だと語るハザードマップ。ハザードマップとは、地域ごとに自然災害の被害予測を分かりやすく示した地図のことだ。災害の種別ごとに、ハザードマップがつくられている場合もある。ハザードマップは各市区町村が配布しており、市区町村の公式ホームページで確認できる場合も多い。また国土交通省では、全国のハザードマップが検索できる「ハザードマップポータルサイト」を運営している。
まだ見たことがないという人が3割以上いるというハザードマップ(国土交通省「ハザードマップに関する現状と課題 (令和3年12月)」より)。ハザードマップは、災害対策の第一歩となる重要なものだ。自宅や家を建てる予定の土地の自然災害状況などを把握するため、ハザードマップをぜひ活用してほしい。
被災したときは公的支援制度の活用も
ハザードマップで土地の特徴を把握し、災害対策を行ったとしても被災してしまう可能性はある。自然災害に100%安全な場所はないからだ。もし被災してしまったとき、活用したいのが公的支援制度である。代表的な制度が「被災者生活再建支援制度」だ。災害により生活基盤に著しい被害を受けた世帯に対して最大300万円が支給される。詳しくは内閣府のホームページで確認できる。
ほかにも各地方公共団体が、発生した災害に応じて支援制度を実施することもある。平成30年7月豪雨でも、倉敷市や矢掛町をはじめ、被害を受けた各市町村で支援制度が設定された。制度を利用する場合の多くは「罹災(りさい)証明」が必要だ。罹災証明は、居住する市区町村で発行される。事前に市区町村の公式サイトなどで発行方法について確認しておくと、被災したときにスムーズだ。
自然災害は、いつ襲ってくるか分からない。ハザードマップを活用して土地の特徴を把握して防災対策をし、その上でもし被災してしまったときは支援制度を活用して再建する。二段構えの災害対策で、自然災害に備えよう。
取材協力:有限会社 綱吉商店
https://tsunayoshi-shoten.com/
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