林業やお茶づくり、伝統工芸が盛んな八女市

江戸末期に建てられた造り酒屋の建物を整備し、八女福島の歴史や見どころなどを紹介している「八女市横町町家交流館」江戸末期に建てられた造り酒屋の建物を整備し、八女福島の歴史や見どころなどを紹介している「八女市横町町家交流館」

2022年10月9・10日に開催された「藻谷浩介と行くバス講演ツアー福岡編」(NPO法人Compus地域経営支援ネットワーク主催)。全国各地から都市計画コンサルや大学の先生、自治体の首長、学生など20~80代の28人が参加した。

ガイドを務めたのは、Compus理事長で地域エコノミストの藻谷浩介さんと、福岡を拠点に国内外でプロジェクトデザインを実践する同理事の後藤太一さん。2日目は八女のキーパーソンを訪ねて話を聞き、取組みや町並みを見学した。「八女ではここにしかないものに触れられます」と藻谷さん。

福岡市から南へ約50km、福岡県の南部に位置する八女市。南は熊本県、東は大分県に接している。2010年に近隣2町2村を編入して約482km2となり、総面積は県内2位。人口減少と高齢化が進み、現在の人口は6万911人(2022年9月現在)となっている。山間部では林業やお茶づくりが盛んで、久留米絣や和紙や仏壇、提灯など伝統工芸が今なお息づいている。

官民連携のスキームで里山に賃貸住宅が誕生

沖夫婦は地元の人と住宅居住者の架け橋となっている沖夫婦は地元の人と住宅居住者の架け橋となっている

まず向かったのは、のどかな中山間地域の川沿いにある「八女里山賃貸住宅」。この住宅の立ち上げから参画し、管理しながら暮らす沖雅之さん・可奈さん夫婦が明るい笑顔で迎えてくれた。

東京のIT業界で働いていた沖さんご夫婦は株式会社トビムシのファンで、同社が2017年八女で会社を立ち上げるのを機に、縁もゆかりもないこの地に移住。雅之さんは八女里山賃貸株式会社と地域商社・八女流の代表取締役を務め、夫婦で活動している。

沖夫婦は地元の人と住宅居住者の架け橋となっている久木原小学校跡地に立つ「里山賃貸住宅」。手入れが行き届いた芝生では、地域の人がグラウンドゴルフなどをする。写真の右側が藻谷さん

「八女には林業や伝統工芸の仕事があり働き手が不足する一方、移住希望者が里山地域で家を探すことは難しいという課題がありました」と雅之さん。そこで、官民連携のスキームによって、小学校跡地に賃貸住宅をつくった。自治体は小学校の跡地を所有する地元自治会に貸与の協力を求め、入居者への家賃補助などで事業のリスクを下げることで、民間事業者が銀行から融資を受けて住宅を建設。

地元の杉をふんだんに使い、8棟が連なる2階建ての長屋が2018年夏に竣工した。現在は満室で、家族や居住地フリーのIT企業に勤める人など、県内外からの移住者が暮らしているという。

沖夫婦は地元の人と住宅居住者の架け橋となっている1階にLDKと高野槙の浴室、2階に2部屋がある、2LDKのメゾネットタイプ。八女杉がふんだんに使われている
沖夫婦は地元の人と住宅居住者の架け橋となっている1軒ずつ野菜などを育てられる庭があり、建物の反対側には洗濯物や野菜を干せる庇付きのスペースも。2階の窓には腰掛けを備え、足を出して座ると目の前に美しい川や緑が広がっている

杉の葉を活用し、昔ながらの水車を使って線香を作る

「馬場水車場」で迎えてくれた馬場猛さん(写真中)「馬場水車場」で迎えてくれた馬場猛さん(写真中)

市の面積の半分以上を森林が占め、林業が盛んな八女では、用途のない杉の枝葉を材料にして各地で線香づくりが行われてきた。

中でも水車の動力を利用して杉の葉を粉砕する方法で、1918年に完成した水車場の水車を2度作り替えて、今なお操業する「馬場水車場」を訪ねた。現在も水車によって線香を作るのは、全国でここを含めて2件のみで、とても貴重な存在だ。

「馬場水車場」で迎えてくれた馬場猛さん(写真中)水車の動力で15本の杵が杉の葉をつき、粉砕する

2代目の馬場猛さんは77歳。家業を継ぎ、夫婦で線香を作り続けてきた。地元の山から材料となる杉の葉を自ら厳選して集め、火室で乾燥させた後、水車の力で粉砕する。水車は木製で直径5.5m。水車が回ると15本の杵がガタゴトと大きな音を響かせて葉をつき、粉にする。

その杉の粉と粘着性のあるタブの葉の粉を水で練り、棒状にして乾燥させると線香になる。馬場水車場の線香は、香料や着色料など化学物質を一切使わない天然100%で、やさしい香りに心が安らぐ。

山の上から水車場に流れる水の量は季節や天気によって変わるため、馬場さんは1年中24時間気を配りながら水門で調節。水車を作り替えるための木も、自ら山に入って数年かけて探す。「自然相手で大変だけど、とてもやりがいがある」と誇りを持ち伝統を守る馬場さん。水車場を案内しながら、どんな質問にも笑顔で丁寧に答えてくれた。

「馬場水車場」で迎えてくれた馬場猛さん(写真中)山で採取した杉の枝葉は高温で乾燥させる
「馬場水車場」で迎えてくれた馬場猛さん(写真中)まだ柔らかい線香が上の機械から棒状になって押し出され、それを紙に乗せて乾燥させる

伝統的な建築物が残る八女福島で、地域文化商社を営む

八女の中心市街地・福島は、1587年に筑紫広門が築いた福島城の城下町として栄えた。少子高齢化や転出によって空き家が増える中、1991年の大型台風をきっかけに、地元の有志で町並みを保存する活動が活発に。現在も江戸から昭和初期に建てられた伝統的な建築物が連なり、2002年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

白壁の町並みを散策すると、趣のある建物がホテルや飲食店、物販店として利用されて、町にすんなりとなじんでいた。


江戸末期に建てられた「許斐本家」は、重要伝統的建造物群保存地区にある。九州最古の茶商で、今も営業している江戸末期に建てられた「許斐本家」は、重要伝統的建造物群保存地区にある。九州最古の茶商で、今も営業している
江戸末期に建てられた「許斐本家」は、重要伝統的建造物群保存地区にある。九州最古の茶商で、今も営業している八女福島の町並みは、八女福島仏壇や八女提灯の工房や店舗が多い

同エリアにある八女市横町町家交流館で、地域文化商社「うなぎの寝床」代表・白水高広さんの話を聞いた。白水さんは厚労省の事業で八女と縁ができたのを機に、2012年八女福島の歴史ある建物を改修して、地域の伝統工芸などを集めたアンテナショップ「うなぎの寝床 旧寺崎邸」をオープン。今では八女福島で3店、福岡市で1店を展開し、さらに地域文化を体感できるツーリズムや宿、出版事業も行っている。

「地域文化を顕在化させることが私たちの大きな仕事です。文化的なリサーチから始まり、作り手と一緒に価値や活用法を考え、伝える場を作り、ツーリズムなどで触れる機会を創出する。文化が残るか淘汰されるかは、文化に触れた皆さんの判断次第なのです。私たちはこれからも、ものと人を介して地域文化のあり方を探究していきます」と白水さん。

藻谷さんは「製造者と利用者を橋渡しするつなぎ手として、日本の最先端がここにあると感じました」と語った。

江戸末期に建てられた「許斐本家」は、重要伝統的建造物群保存地区にある。九州最古の茶商で、今も営業している八女市横町町家交流館で話をする白水さん
江戸末期に建てられた「許斐本家」は、重要伝統的建造物群保存地区にある。九州最古の茶商で、今も営業している「うなぎの寝床 旧丸林本家」。久留米絣のもんぺを現代風にアレンジしたオリジナル商品が人気を博している

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