コロナ禍、リモートワークのニーズに応える大谷石の蔵

埼玉県・小川町役場のすぐ近く、表通りから奥へと進むと、大きな石蔵が目の前に現れる。「NESTo(ネスト)」というコワーキング施設だ。

この石蔵は2021年に改修され、サテライトオフィスやコワーキングスペースの機能を持つ施設としてオープン。コロナ禍で増加傾向の移住者や、2拠点生活者のワーキング施設としても人気になっているという。夜間や休日には、音楽イベントや映画上映会、講演会、地元食材を活用した料理イベントも開催され、地域の拠点になっている。また、入り口付近に置かれた自転車は、レンタサイクルとして町外の人々を中心に重宝され、観光拠点にもなっているようだ。

細い通路の先に突如現れた石蔵。奥まった場所にあるので、通りからは見えない細い通路の先に突如現れた石蔵。奥まった場所にあるので、通りからは見えない

さて、石蔵の内部に足を踏み入れてみよう。屋内は、小川町産の杉の木で作られた大テーブルが真ん中に置かれ、ノートパソコンを使って静かに仕事している人たちがいる。手前にはカフェスタンドもある。

壁際に張り巡らされた太い鉄骨は、改修⼯事による耐震補強で加わったものだ。この改修工事は、⼩川町と地域連携協定を結んでいる⽵中⼯務店と、地元の杉⽥⼯務店の協業により実現。今回は、歴史的な建物でありながら十分に活用されているとは いえなかった石蔵の、改修を実現した過程と、これからの役割を取材した。

細い通路の先に突如現れた石蔵。奥まった場所にあるので、通りからは見えない建物の中は薪ストーブがあって、冬でも暖かくくつろげる空間だ。薪ストーブの温熱を利用した床暖房も完備されている
細い通路の先に突如現れた石蔵。奥まった場所にあるので、通りからは見えないカフェも併設されていて、イベント時にも活躍する

耐震基準などインフラ面に問題があり、一時は解体の危機

石蔵は今から約100年前、1925(大正14)年に建てられたもので、倉庫として絹織物製品が置かれたり、タバコの葉っぱが置かれたりと、それぞれの時代で役割を担ってきた。しかし小川町の地場産業も変遷し、近年はこのような大きな倉庫を必要としなくなっていた。活躍の場を失った石蔵は、オーナーの好意で、地元有志にイベント会場として貸し出されていたものの、1月や2月の冬は寒く、暖房を入れるとブレーカーが落ちることがあったり、トイレがないため、近くの役場のトイレを利用させてもらう必要があったり、雰囲気が良くてもインフラ面で課題を抱えていた。

石蔵でイベントを開くなど利活用を進めていた一人が「NPO法人あかりえ」の代表・谷口西欧さんだ。
「蔵に使われている大谷石は、人類が誕生するよりはるか昔、日本がまだ海の底にあった約2,000万年前につくられた自然石です。現存する大谷石の蔵は、ここが関東では最大級になります」と谷口さん。「しかし建築から100年近く経ち、現代のインフラや耐震等に追いついていません。そのため、一時は解体の危機にありました」と続ける。

谷口さんは修繕見積もりを依頼してみたが、示されたのは、個⼈やNPOで出資できるような金額ではなく、銀行からも、収益性を考えると融資が難しい、と断られた。

ところがそんななか、小川町役場から思いもよらない情報がもたらされた。それは今から2年前の2020年春ごろのこと。サテライトオフィスの整備などに対して支援する、埼玉県の「ふるさと創造資金」という補助制度があり、この石蔵に適しているのではないかという話だった。補助制度に応募するにあたっては、石蔵のオーナーである三協織物株式会社の協⼒のもと、⼩川町が国や県との窓⼝となり、取得した補助⾦による改修計画の調整役を⽵中⼯務店が、整備後の運営を⾕⼝さんが主催するNPO法⼈あかりえが担うという座組になった。

大谷石の蔵は重厚さが魅力だ。しかし一時は解体の危機にあった大谷石の蔵は重厚さが魅力だ。しかし一時は解体の危機にあった

古民家再生に強い竹中工務店との連携が功を奏した

実は、この話が持ち上がる前年(2019年)に小川町は、竹中工務店とNPO法人あかりえと、ある協定を結んでいた。協定の内容は、3者が森林資源を活用した地域活性化や交流人口などの増加、歴史的建物資源などの活用、エネルギーの地産地消などを協力して行うというもの。「前年に連携協定を結んでいたので、スムーズに進んだ」と谷口さんは振り返る。

ちなみに竹中工務店は江戸時代の創業で、伝統建築も得意としてきた建設会社だ。昨今は、古民家再生事業も手掛けるほか、横浜赤レンガ倉庫などの近代建築の保存といった、歴史建造物の修繕の実績も多い。小川町はかつて商都として栄え、歴史的建造物・町並みが残り、”武蔵の小京都”ともいわれることから、竹中工務店との協定は親和性が高いと思われる。

改修計画のプロジェクト監理は、⽵中⼯務店の「まちづくり戦略室」が中⼼となり、構造設計についても同社の構造設計者が担った。また、意匠設計および内装⼯事は地元企業のセンティードが、⼀部解体工事と建築⼯事は地元の杉⽥⼯務店が行うと、役割分担が決まった。

連携協定締結時の記念写真。一番右が谷口さん連携協定締結時の記念写真。一番右が谷口さん

短い期間での鉄骨の組み上げは、初の試みとなる難工事

鉄骨によって耐震補強を図った鉄骨によって耐震補強を図った

NESToは2021年5月10日にオープンしているが、改修工事はもっとも苦難の連続で簡単ではなかったそうだ。例えば、最初に行った既存の床板を剥がす作業では、想定外の事態があった。なんと床の束材に大谷石が使われいて、その大量の大谷石の搬出作業が発生したという。

また、工事において大きな課題となったのが、構造補強に必要な大きな鉄骨を、いかに石蔵の内部に納めるかということ。

工事関係者同士による検討の結果、既存の出入り口三ヶ所を活用し、そこから搬入できる大きさに鉄骨を分けた。さらに近隣の駐車場敷地のオーナーに協力を取り付け、敷地境界の壁を取り払わせてもらうことで鉄骨の搬入が実現できたのだ。また、既存木柱を残しながら鉄骨部材を石蔵内で組み立てる工事も困難だったそうだが、地元の杉田工務店と竹中工務店の構造設計者の綿密な計画があったからこそ、実現した。
「工事の初期の段階が、クライマックスの一つでした」と谷口さんは振り返る。

工事は無事に完了し、石蔵内部に鉄骨による構造体が組まれつつ、外壁の大谷石はもとのまま残せた。外部からも内部からも大谷石のも持つ重厚な雰囲気が味わえ、他に類をみないコワーキングスペースが誕生した。

鉄骨によって耐震補強を図った重厚な大谷石と重厚な鉄骨のハーモニーが美しい

働き⽅だけでなく暮らし⽅が変わる、新しい⼈⽣の価値を共創する場を目指す

NESToでは現在、467名ほどに会員証を発行している。小川町民が約3割を占めるが、近隣の町からの利用も多い。都心の会社に通う人が、リモートワークの際にコワーキングスペースとして利用するニーズが多いのだ。

一方、会員による主催イベントもあり、これまでに三味線、声楽、サックスなどの管楽器、さらにオカリナなどの音楽イベントも開催された。大谷石に囲まれた空間は、アコースティックな音楽には響きが良いと、宇都宮大学による調査発表もあるそうだ。料理のイベントでは、有機栽培が有名な小川町らしくオーガニックに特化した餅つき、味噌造り、米作りといった、地域の魅力に出合う体験プログラムもあり、谷口さんも「働き方だけでなく、暮らし方が変わるきっかけづくりをしたい」と抱負を語る。さらには、ちょっと贅沢なディナーの機会も検討している。地元のお酒と有機農産物を使って、地元レストランのシェフに来て作ってもらうものだ。

今後、町内の木質資源循環の拠点にもなりたいと谷口さん。冬は石蔵内が冷え込むため薪ストーブを使っているが、現在林業の会社から購入している薪も、できれば子どもたちと一緒に木を切り出し、薪割りをやりたいという。小川町の魅力は暮らしを DIY すること。手づくりを大切にすることだと言い、谷口さんはその拠点の一つになっていきたいと言う。新しい⽣き⽅、豊かさの価値を会員と⼀緒につくっていきたいのだ。
コワーキング施設にとどまらないNESToの未来が楽しみだ。

モダンさを兼ね備えた入り口の設計デザインだ。イベント会場としても活用が増えているモダンさを兼ね備えた入り口の設計デザインだ。イベント会場としても活用が増えている

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