温泉やスキー場、キャンプ場…外部の民間活力に注目
かつて炭鉱で栄えた、北海道中央部の芦別市。旭川市から車で1時間余りの山あいにあり、市域の88%を占める森林に囲まれている。澄んだ空気と周辺の光を遮断する環境で、1988(昭和63)年、当時の環境庁から「星空の街」に認定された。
1992(平成4年)年に市内最後の鉱山が閉じられて以降、人口が一気に流出し、「炭鉱から観光へ」のかけ声の下、大規模な観光施設が多く造られていった。一部は経営難で破綻し、また一部は施設の老朽化やレジャー需要の変化などで苦戦を強いられるようになった。
その芦別市で近年、温泉やスキー場、キャンプ場といった大規模施設を民間の力で再生しようという動きが相次いでいる。しかも、地元の第三セクター企業が指定管理者として運営するという、各地でよく見られるパターンとは一線を画す。指定管理料のない条件で、委託料をあてにせずにチャレンジする外部企業が参入している点が目を引く。
民間は初期投資を抑えて新たな挑戦の足がかりにでき、行政にとっては雇用の受け皿や交流人口の増加などが期待できる。現地で取材すると、過去のある手痛い経験がベースにあってこそ、芦別市が良好な関係を築いてこれたことが分かった。
炭鉱が続々と閉山。「観光」に活路を見いだした
芦別市ではかつて、「芦別五山」と呼ばれる大手五大炭鉱がひしめいていた。現在の人口は1万2,000人ほどだが、最盛期の昭和33年(1958年)には7万5,000人超が暮らすなど、大きく発展していた。ただ石油へのエネルギー転換により、斜陽化が始まった。
芦別観光協会の『50年のあゆみ』は当時を、「閉山によりマチが暗いムードに包まれた」と振り返る。炭鉱の相次ぐ閉山による過疎化や経済の低迷を乗り越えようと、地元の商工業者らが白羽の矢を立てたのが観光。目玉の1つが「芦別温泉」だった。
市中心部から約7km離れた油谷地区は、1965(昭和40)年に油谷炭鉱が閉山するまで、かつては5,000人が暮らす炭鉱町だった。1971(昭和46)年、閉校した小学校の体育館の下から源泉が湧き出した。校舎を改築して翌年には、現在の「星遊館」の源流となる「健民センター芦別温泉」としてオープンした。
1979年には増築して「国民宿舎あしべつ」が、1987年にはその温泉施設「星遊館」が完成。1989年には国民宿舎を併設する形で「芦別温泉スターライトホテル」がオープンした。
スターライトホテルや星遊館などは当初、第三セクターの「芦別振興公社」が運営していたが、定期的な更新への投資がなされず、新しい魅力づくりも進まなかったことで、客数が減少。運営から撤退することになった。
担当者として当時を知る、芦別市商工観光課の笹島伸介課長は苦い思い出を語る。
「採算性の見通しが甘く、責任体制が曖昧で、民間から運転資金や設備資金は借りられず資本がない状態でした。最後は自治体が支援すると思われているきらいもあり、税金を食いつぶしかねない。芦別ではそれが許されない状況になり、公社を特別清算しました」
「三セク破綻の教科書」から学んだこと
「教訓は、不採算の三セクを残すことで市民につらい結果をもたらすことです。公社を残すことで同じ轍を踏みかねないと考えました」とも強調する笹島課長。「同じ轍」と言うのは、「第三セクターの破綻事例の教科書」と呼ぶ出来事だった。
それは、バブル経済真っ只中、スターライトホテルオープンの翌年に誕生した、テーマパーク「カナディアンワールド」だ。
露天掘り炭鉱跡地を活用した約45万m2の敷地に、小説『赤毛のアン』の舞台となった19世紀の風景を再現した施設で、国が主導する、旧産炭地への整備基金の支援第一号となった。
カナディアンワールドの事業の推進母体は、芦別市が筆頭株主になった第三セクター「株式会社星の降る里芦別」。1990年のオープン当初は芦別温泉との相乗効果も見られたが、早い段階で経営不振に陥り、1997年に営業継続を断念して休園した。市は損失補償を抱え、財政破綻の状態になる恐れがあったため、同社を清算させることは避け、返済条件の変更を実施した。
市営公園化された1999年3月の時点で未償還の元金は約33億円に上り、市と金融機関などの最終的な債務弁済の調停が成立したのは、2007年になってから。その後、会社は清算して整理された。2020年以降は地元有志らが自主運営しているが、2026年まで支払いが続く。
全国的に知られることになったカナディアンワールドの問題に苦しんだ芦別市は、温泉施設をめぐっても、三セクの公社が不採算事業を続ける道を選べなかった。そして、スターライトホテルが誕生して28年のタイミングで、新しい手法を取り入れることになった。
指定管理者と温浴ブランドの連携で、温泉をアップデート
2017年、スターライトホテルや星遊館、国民宿舎、隣接する市有施設を一体として管理・運営する指定管理者を公募した。道内で宿泊施設を運営する「北海道ホテル&リゾート株式会社」(H&R、富良野市)の小林英樹社長が、「隣接する富良野地域と連携して新しい観光エリアをつくりたい」と考え、手を挙げた。来場者と売り上げはV字回復し、コロナの影響がなければ順調に黒字化するという見通しも語られていた。
2018年には、これまではと違う客層をターゲットに定め、全国で長時間滞在型の温浴施設ブランドを手がける「温泉道場」(埼玉県)に協力を打診。フランチャイズ契約を交わし、2019年12月に「おしゃれにだらだら」ができる「おふろcafé」として再スタートした。
芦別市によると、温泉道場の山崎寿樹社長は温泉ソムリエ協会の「師範」でもあり、芦別を訪れて旧産炭地という背景や旭川に近い商圏、豊かな自然環境に着目。「温泉を通じた地域活性化」という共通テーマがあるとして、H&Rを交えた3者で包括連携協定を結ぶに至った。
星遊館は市が約5億円かけて、ホテルのフロントやレストランはH&Rが約3億円を投じて、それぞれ改修した。ホテル棟にある「森の図書館」は芦別の森林をテーマにした空間で、コーヒーなどを飲みながら風呂上がりに10,000冊の漫画や雑誌を読める。こたつ型のテーブルや、キューブ状の個室空間もあり、家族連れやカップルらがくつろいでいる。
星遊館の棟にある「湯あがりラウンジ」ではハンモックに揺られるなどアウトドア感覚で読書できるほか、コワーキングエリア、マッサージチェア、ビューティーバーもある。
レストランは炭鉱で実際に使われた道具などが展示され、石炭をイメージした独自メニューもある。ホテル棟と星遊館とをつなぐ廊下では、炭鉱のまちとして活気があった油谷地区や芦別市中心部の様子を写真パネルで紹介している。
リニューアル前は地元の高齢者らが多く利用していたが、地元客に加えて若い道内客が増え、売り上げは飛躍的に伸びたという。
振興公社が運営していた頃より大幅な料金値上げとなり、市議会からは反発の声もあったが、市側は「低料金設定で3セク公社に経営させて破綻した経過がある。指定管理料なしでH&Rが自力運営するには現行料金では立ち行かない」と理解を求めた。
さらなる投資を呼び込んだ、富良野発のホテル運営会社
市商工観光課は、公社の運営と比べて「経営効率や企画力、スピード、行動力がまったく違い、瞬く間に応援団のような市民や団体が増えていった」と評価する。H&Rは2020年には分社化して、芦別の観光を牽引する子会社を地元に立ち上げた。
さらに、2018年に廃止されたオートキャンプ場の活用を模索していたH&Rが、取引のあったリゾート地への人材派遣業を営む「株式会社ダイブ」(東京)を誘致。2021年にグランピング施設がオープンした。スターライトホテルから車で2分の雄大な自然の中、「童話の世界」をイメージした客室や、満天の星空の下での焚き火などをアピールしている。
知られていない地域の魅力を発掘し、地方創生への貢献を目指すブランド「ザランタン」の看板を掲げ、全国4カ所目の施設として芦別を選んだ。新規に開発するのではなく、環境負荷を考慮して遊休施設などをリデザインするのが特徴だ。
市によると計画を上回る集客実績で、2022年シーズンはサイトを拡張する予定。またH&R社の関係会社もグランピング事業に乗り出し、2022年5月末に、スターライトホテル前にトレーラー型キャビン3棟を新設する。
休眠していたスキー場は、通年型のローカルリゾートへ
2022年1月には、2020年3月に営業不振で休止した国設芦別スキー場が「M’s resort Ashibetsu」として復活したことでも話題になった。指定管理者としてスキーのインストラクター業や飲食業を展開するSUNFLAKE(サンフレーク、札幌)が名乗りを上げた。吉田勝大社長はプロスキーヤーでユーチューバーとしても知られ、芦別市はその発信力や企画力に期待をかけた。
全国のスキー場で休廃業が相次ぐニュースを知り、「道民のウィンタースポーツ熱を下げたくない」「1人でも多くの子どもや家族連れをスキー場に招待したい」という思いで、スキーヤー目線を生かし、スキー場運営に初めてチャレンジすることにした。
スキー場は1965年開業で、ピーク時の1985年には45万人ほどの利用があったが、地元観光協会が指定管理者となっていた2019年度は5万人ほどだった。サンフレークは夏はキャンプ場として営業するなど、「通年型のローカルリゾート」施設を目指し、スキーヤーやスノーボーダー以外でも楽しめるよう、リニューアルを図る。
ラウンジでは高めの床に掘りごたつ型のテーブルを置き、ゆったり滞在できるように工夫。サンフレークが展開するカフェもセンターハウス内に設け、フードにもこだわる。
4万7,000人近いチャンネル登録者数(2022年2月末時点)を抱えるYouTubeのスキーサロンで吉田社長は、技術や楽しみをレッスンする動画を多数投稿。星野リゾートの星野佳路代表やオリンピアンと対談するなど、魅力の磨き上げとPRにも余念がない。同年2月下旬には、スノーボードのレースイベントを開き、遠方からも含め数百人でにぎわった。
運命共同体のパートナーとつくる、新しい芦別の形
市商工観光課は、今後も指定管理などを通じ、民間との新しい取り組みを展開するという。「市有施設の有用性と活用策を無限に広げてくれるのは、アイデアやノウハウ、継続性がある民間。その果実は市内経済や市民に還元される」とみる。
老朽化が進む大型公共施設の扱いに悩むケースは多いとみられるが、同課は「民間が関心を持たない公共施設や遊休施設は、廃止や撤去を決断する目安にもなる」との見方を示している。
また、あらゆる産業で人手の確保が年々難しくなっているため、定住人口にとらわれず、働き手となる人材の獲得を進める上でも、民間と協働する重要性は増している。
指定管理料がなくとも、行政との協働は事業者にとってはイニシャルコストを大幅に抑えることができ、将来的な事業の拡大を見据えたときの足がかりもできるメリットがある。行政の施策と連携させ、地元にアピールすることもできる。
芦別市内では郊外に、廃校になった校舎を複数抱え、庁内ではワーケーションやテレワーク、ものづくり拠点など、活用法がさまざま浮かんでいる。笹島課長は「どう活用するかを事業者に競ってもらい、雇用や産業の創出につなげたい。放っておけばただの遊休施設でも、企画力やアイデアで可能性が出てくる。行政としてはそれをつぶさないよう、事業者の期待にできるだけ応えたいですね」と抱負を語る。
観光振興係の木村智弘係長は、例えば進出する企業の社員が住む物件の情報を提供するなど、できる範囲でのサポートを惜しまない。「指定管理者はパートナーであり、スピーディーに対応していきたい」と話す。
笹島課長はこう望みをつなぐ。
「以前なら、『委託先や指定管理者に補助金を出して、後はお任せ』ということもまかり通ったかもしれませんが、指定管理者は運命共同体です。今では自由なアイデアによる『コトおこし』を支えるようにしています。芦別では企業が企業を呼び込む好循環が起き、観光業は多くの業種に波及する可能性があります。炭鉱のまちが、温かい絆のある新しいリゾート地に生まれ変わっていければ」
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