大門エリアに魅せられた店主が発起人。子どもたちに憩いの場所を
名古屋市中村区。名古屋駅から西へ1kmほど進んだ大門(おおもん)エリアには、かつて江戸の吉原遊郭を凌ぐ日本一の遊郭とも言われた中村遊郭があった。徐々にその面影は失われつつあるが、今も当時の栄華を感じる建物などが数件残っている。
そんな大門エリアに魅了されたのが、今回紹介する駄菓子屋の店主であるグラフィックデザイナーのあいざわけいこさんだ。
あいざわさんは約30年前、営業の仕事で初めて大門を訪れた。「当時の私の目にはこのエリアはまるで異世界。ワンダーランドに見えました」とあいざわさん。それから時間を見つけてはカメラ片手に風景を撮影したり、純喫茶でモーニングをしたり、知り合いもいないままに大門エリアに30年近く通い続けたそうだ。
そんなあいざわさんに転機が訪れたのが2018年。ひょんなことからこの街を盛り上げようと奮闘する「大門まちづくり友の会」のメンバーと出会い、地元のお祭りである“大門フェス”のデザインをすることになった。「大好きな大門でデザインのお手伝いができるなんて、本当に夢が叶ったと思いました」と、あいざわさんは嬉しそうに話す。その後は大門まちづくり友の会が開催するイベントで写真撮影をしたり、大門マップ作成に携わったりと、現在は友の会の一員として活動をしている。
「2020年1月のイベントを最後に、コロナの影響でイベントは軒並み中止に。一向に収束の気配が見えない中で、子どもたちの憩いの場を作りたいという思いが日に日に強くなっていきました。それもイベントではなく、日常にそんな場所を作ることができたら…。そこで思いついたのが駄菓子屋だったんです。“駄菓子屋をやりたい”というわけではなく、子どもたちが気軽に集まれる場所を作りたかった。だから駄菓子屋にしたんです」とあいざわさん。
コロナウイルスが流行してから1年ほどが経過した2021年2月、あいざわさんはついに「みんなで駄菓子屋 大門横丁プロジェクト」を立ち上げることを決意。動き出した。
想像以上に傷みの激しかった築75年の空き家をリノベーション
この街を愛するあいざわさんが駄菓子屋の場所に選んだのは、大門エリアの南に位置する飲み屋街「大門横丁」。レトロな雰囲気もさることながら、横丁内には車が入ってこられないことも、子どもが集まる駄菓子屋にもってこいだと考えた。
大門横丁には長い間空き家になっている店舗も見受けられたため、当初はすぐに物件を見つけられるのではないかと考えていたそうだが、実際はそうではなかった。全国で持ち主不明の空き家が問題になっているが、大門横丁にある空き家も同様だった。
そこであいざわさんは自ら情報を集めながら、以前から親交のあった「さかさま不動産」の力も借りた。さかさま不動産では、借りたい人の想いを発信し、その想いに共感する大家さんを繋ぐマッチングサービスを提供している。あいざわさんはさかさま不動産のウェブページに「大門横丁で子どもが集まれる駄菓子屋を作りたい」という熱い想いを綴った。紆余曲折ありながらも奇跡的に、大門横丁の北端に位置する築75年の物件とめぐり合うことができたのだった。
「以前はスナックだった店舗が40年間空き家となっていました。持ち主の方は相続によってこの物件を取得され、一度も室内には入ったことがなかったそうです。物件契約後、40年振りに元スナックの扉を開けると…シロアリ被害や雨漏りなど、想像以上に傷みが激しかったんです。本当にこんな状態の建物で店ができるのだろうかと、正直不安になりました。友の会代表の加納さんにも何度も泣き言を聞いてもらいましたし、さかさま不動産さんや地域のみなさんにサポートしてもらって、何とかここまでくることができました。何度も挫折しかけましたが、今ではトラブルを含めてすべてのプロセスが大切だったと思えます」とあいざわさん。これも人情味溢れる大門ならではのエピソードだろう。
みんなで作った駄菓子屋だから、より愛着が湧く場所に
タイルもみんなで貼った。実はタイルの裏側にはメッセージが書かれているのだとか。タイル貼りを手伝ってくれた子は、一緒に来店した友だちに「このタイル僕が貼ったんだ!」と自慢しているそう。そんな姿を見るのもあいざわさんの楽しみになっているのだとか建物の改修も仲間が集まり、できる限り自分たちの手で行った。子どもたちも一緒になって手伝ってくれたそうだ。
あいざわさんは「子どもたちが駄菓子屋で過ごす時間の中でいろいろなことを感じ取ってほしい」と話す。
「そのひとつが“みんなで何かをやるって楽しい”ということです。一人ひとりの力はそれほどなくても、それぞれの個性や得意なこと、アイデアを出し合ってみんなで力を合わせるとスゴイことができるということを、駄菓子屋から知ってほしいですね」。
「それは建物改修の過程だけでなく、これから店を営業する中でも、子どもたちと一緒にいろいろなことを考えたり作ったりしていきたいと思っています。そのひとつが店名です。今はまだ駄菓子屋には名前がありません。いつか子どもたちと名づけたいと思っています。先日男子のグループが「僕たちが考えていいの?」「“オシャレでレトロな駄菓子屋”とかどう?」「長くない?」(一同爆笑)…そんな会話をしていて、大変だったけれど駄菓子屋をやってよかったな…と思いましたね」と、あいざわさんは目を細めながら話してくれた。
こうしてみんなで作った駄菓子屋の建物は築75年。今後は子どもたちのより居心地のいい場所にするために、そしてたませんや焼きそば、カレーなどを提供できるようリノベーションを繰り返していく予定なのだとか。そんな時もきっと子どもたちは、アイデアを出したり補修を手伝ったりしてくれるのだろう。大門の駄菓子屋には、たくさんの心強いサポーターがついているのだ。
持続可能な駄菓子屋を目指す
この店では子どものみの会計には消費税はもらわない。募金箱をおき、大人から寄付を募って補っているのだが「この駄菓子屋がなくなるとイヤだから募金したい!」と、隙をみて寄付金を入れていってくれる子どもが多いそう。「最初は必死で止めていたんですが、最近は子どもの気持ちに素直に感謝しお礼を言うようにしています」とあいざわさんは語る筆者が取材に訪れたのは、開店してまだ1ヶ月も経っていない平日だったのだが、その賑わいに驚いた。ひっきりなしに子どもたちがやってきては、小さな駄菓子をいくつか選び、あいざわさんがそろばんをはじく。そして「はい、50万円」なんていう会話が繰り広げられる光景に、思わずこちらも笑みがこぼれる。すでにあいざわさんと子どもたちの心の距離はとても近いものになっていた。
今後も無理なく長く駄菓子屋を続けられるようにと、同店の営業は基本的には木~日曜日の14時~18時まで。「できる限り長くお店を続けたいと思っています。今来ている子どもたちが成長して、自分の子どもを連れてきてくれるのも今から楽しみなんです」とあいざわさんは楽しそうに話してくれた。
子どもたちはこの駄菓子屋で、お金の使い方を学んだり、上級生が小さな子を見守ったり、時には大人に注意されたりしながら、知らず知らずのうちに社会勉強をしていくのだろう。学校では教えてくれないいろいろなことを吸収し、そして改めて自分たちの住んでいる街の良さを感じてほしい。
「みんなで駄菓子屋 大門横丁プロジェクト」は始動したばかり。これから子どもたちと共に成長していくだろう。
※新型コロナウイルスの影響を鑑みて臨時休業する場合があるため、店舗のInstagramでご確認ください。
https://www.instagram.com/omon_yococho/
公開日:








