全面復旧にはまだ、15年以上という長い時間が必要
2016年4月の熊本地震で、大きな被害を受けた熊本城。多くの石垣が崩れ、天守閣の瓦も落ちてしまった。その後も余震が続く中、被害を調査して緊急対策工事を実施。2018年には熊本城復旧基本計画を策定し、復旧工事にあたってきた。しかし全面的な復旧予定は2038年。なお約15年という長い時間が必要なのだ。
このように、いまだ復旧工事の途中である熊本城だが、「特別公開」という形で順次公開されている。
2019年には、特別公開の第1弾として、修復された天守閣の外観が公開された。2020年には特別見学通路が完成し、第2弾として公開。そして2021年6月28日からは、第3弾として天守閣の内部が公開されている(当初は4月の予定だったが、新型コロナウイルス感染症の拡大によって延期されていた)。
城への愛着を改めて呼び起こす復旧工事の公開
熊本城天守閣内部の公開を控えた2021年5月28日、熊本城天守閣と特別見学通路の公開を記念したオンラインセミナー「熊本城の過去・現在・未来」(主催:日本設計 協賛:大林組、安藤・間 後援:熊本市)が開催された。
セミナーの前半、「熊本城復旧の姿」というタイトルで、セミナーのパネリストなどへのインタビュー映像が流された。
まずは、熊本城を管理する熊本市の熊本城総合事務所所長 網田龍生氏。復旧工事が長期にわたることが想定されたことから、その過程を可能な限り見てもらいたいという考えが関係者に共通してあったという。
「崩れた石垣も、復旧していく姿も、そのときにしか見ることができません。復旧工事を公開することで、熊本城の価値や魅力などの再発見につながり、改めて愛着が生まれるはずです」と、工事中での特別公開の狙いを明かした。
続いて各氏も、熊本城復旧の秘話や裏側を明かした。
工事の公開にあたって課題となったのは、円滑な作業と、見学客の安全確保の両立だった。
「危険のない所から工事を見て回ることができ、復旧工事の支障にもならない方法を考えた結果、たどり着いたのが特別見学通路でした」
こう語るのは、株式会社日本設計PM・CM部シニアアーキテクトの亀田裕之氏。特別公開第2弾で設置された特別見学通路は、およそ6mの高さに設けられた「空中回廊」で、全長は約350mになる。
同社九州支社建築設計部主管の塚川譲氏も特別見学通路について言及。
「熊本城の色ともいえる黒と白を基調に、床材には熊本県産のヒノキを使用しました」と話し、特別見学通路のデザインは、周囲の景観に配慮したものになっていることを説明した。
天守閣の復旧工事で設計を担当する株式会社大林組設計本部設計品質管理部長の清沢唯志氏は、鉄筋コンクリートの天守閣の制震性を高めるダンパーを設置したり、車椅子用のエレベーターを新設したりして、「地震の前よりも安全・安心で、堅牢な天守閣を目指しています」と解説。地震の経験を生かした、復旧工事が進められているという。
同社熊本城工事事務所前所長の土山元治氏は、地震によって石垣が崩壊し、かろうじて一筋の石垣で支えられていることから「奇跡の一本石垣」と呼ばれた飯田丸五階櫓の復旧工事について、「石垣が崩れて飯田丸五階櫓も今にも崩れ落ちそうだったので、地盤が工事に耐えられるかわからないといった不安もありました。しかし、とにかく工事を行うと決めました」と、当時の緊迫した状況を振り返った。
総力を結集して復旧工事が行われる熊本城。セミナーの後半ではその魅力が語られた。
多様な魅力、楽しみにあふれている熊本城
後半は、熊本大学大学院先端科学研究部教授の田中智之氏をファシリテーターに迎え、パネルディスカッションが行われた。
最初のテーマは「熊本城の見どころ」。こちらも各氏がそれぞれの立場から見どころを語った。
熊本城を管理する網田氏は「大きさや美しさ、力強さといった城に求める魅力をすべて備えている。城らしい城といえるのが熊本城」と語った。市の中心部のそばの、大きな緑地としても機能している点も魅力という。
復旧工事にあたる清沢氏は「天守閣の耐震性能を高めるために、ダンパーなどを設置したほかに、屋根の軽量化も行っています。土を使って瓦を固定する湿式工法から、桟木(さんぎ)を用いる乾式工法に変更することで、大幅な軽量化を実現しました」と話し、「地震に強い熊本城」が見どころだとした。
復旧基本計画策定の支援を行った亀田氏は、「ライブな博物館」を挙げた。
「復旧工事中の熊本城は、日々展示物が変わる博物館のようなもので、驚きや発見が待っています」(亀田氏)
つまり工事そのものが見どころということだ。工事の進展に伴って変わる姿を見てほしいと呼びかけた。
他のパネリストからも、「遠くから見る熊本城もいい。お気に入りの場所を探してほしい」(土山氏)、「夜間公開を見逃すなと言いたい」(塚川氏)と、それぞれの考える見どころが語られ、熊本城に対する思いがあふれていた。
紅葉の季節などに行われた夜間公開では、天守閣や石垣、木々などとともに、特別見学通路のヒノキの床もライトアップされたそうで、昼とはまた違う熊本城が楽しめたという。
熊本市のまちづくりと一体で進めたい復旧工事
パネリストが語る多様な魅力のある熊本城。まちづくりの中に熊本城をどのように生かすかを提案してほしいという、ファシリテーターの田中氏が呼びかけで、パネルディスカッションは次のテーマ「熊本城とまちづくり」に移った。
熊本市では現在、「2050年のまちの姿」を見据え、経済界や行政、大学などが連携して、中心市街地の将来像、グランドデザインを検討している。
工事事務所の前所長である土山氏は、歴史を感じることができる熊本城と、モダンで豊かな中心市街地が両立することで、ワーケーションをはじめ、多様化した働き方に対応でき、人が集まることになって活気も生まれるのではないかと言い、熊本城と中心市街地のコントラストを明確にすることを訴えた。
特別見学通路の設計にあたった塚川氏は、「中心市街地にあるアーケード商店街のところどころから、熊本城を眺めることができます。それが熊本城を好きにさせる要因のひとつではないでしょうか」と述べ、熊本城を中心とした「回遊型ミュージアムシティ」といったものの構築を提案。
アーケード商店街から熊本城まで歩いて行ける動線の確保や、いろいろなポイントから熊本城を眺めることができるようにすることなどを勧めた。
両氏が、ともに熊本城と周辺の市街地の関係性について言及したほか、熊本市での滞在時間を延ばすための工夫や、熊本城の豊かな緑や豊富な水資源をさらに活用する必要性などの意見が出た。
最後に網田氏は「熊本城の復旧工事は貴重な文化財を扱うので、丁寧にコツコツと取り組むことが必要です。その誠実な仕事がまちづくりに生かされるといいと思います」と、熊本城の復旧とまちづくりを一体となって進めることが必要だと訴えた。
「熊本城の石垣を復旧する過程を皆さんに見てもらい、未来につなげることが復旧工事の使命です。加藤清正の築城から約400年。長い歴史の中で、今回だけでなく何回も熊本城の石垣は、積み直され修復されてきました」と語る網田氏。
その言葉からは、熊本城が単なるシンボルを超えた存在であることがうかがえ、復旧工事や見学通路の設置に取り組んだパネリストたちの原動力といったものが見えたように感じた。
新型コロナウイルス感染症が収束し、自由に旅行が楽しめるようになったら、熊本を訪ねて歴史を目撃する一人になりたいと思わせるセミナーだった。
オンラインセミナー「熊本城の過去・現在・未来」
https://youtu.be/B90J9yz1UPA
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