投機的取引の抑制という政策
千代田区は、大手不動産が加盟する不動産協会に対し、投機目的でのマンション取引を防止するため対策を強化するよう要請した。要請文では「現在、区内でマンション等の住宅価格の高騰が続いており、同時に国外からの投機を目的としたマンション取引が行われていると考えられる」としたうえで、「住宅価格の上昇や賃貸住宅の賃料高騰で、区内に居住したい方々が住めないことが想定される」としている。
そのうえで協会に求める具体的対策として、市街地再開発事業で販売するマンションについて、
1.購入者への引き渡しから原則5年間は物件を転売できないように特約をつける
2.同一名義による複数の物件の購入を禁止する
といった内容を盛り込んでいる。
要請に至る背景について、千代田区は区内にあるマンションの居住実態を調査した結果、ある新築マンションでは全戸完売したにもかかわらず、その半分が空き室で、住民がいなかったとしている。このほかにも、全体の4割の部屋で居住実態のない新築マンションもあり、これらの部屋では、外国人だけではなく日本人の登記も多く確認されたとしている。
投機的取引とは何か
そもそも投機的取引とはどんな取引だろうか。ここでは、「居住やオフィス利用などの目的がない一方で、資産保有から得られる運用収益、転売によるキャピタルゲインを目的として、不動産資産を購入・売却、賃貸化などの運用を行う行為」だとしよう。
資産運用収益が目的であっても、市場価格で購入し、市場で運用できる賃料で不動産資産を活用する行為自体に、どんな問題があるのだろうか。その動機が、資産の取得、一定期間後の売却によるキャピタルゲインの獲得が目的だとしても、安い時に購入し、高い時に売却する行為自体は価格変動をむしろ平準化する。またこの行為は、より高い価値をつける買い手と不動産資産のマッチングをするという、いわゆるミドルマンとしての機能を果たしていると解釈することもできよう。
バブルの発生とクラッシュ
投機的な取引が不動産市場の価格変動を増幅させている。特に価格の上昇局面でファンダメンタルズ以上の価格上昇を招来し、東京などの特定の地域に住みたい人をクラウドアウトしている、という指摘が行われることがある。このようなことは実際に起きる可能性があり、起きているのだろうか?
理論的には、ウィスコンシン大学のマルペッツィ教授とペンシルベニア大学のワクター教授の2005年の共同研究は、急激な需要の増加などのショックが大きな価格変動につながるかどうかは、供給能力が決定的に重要だとしている。特定の大都市に人口が流入したり、オフィスへの投資が大きく増加したときに、供給をなかなか増やせない場合には(価格弾力性が低い)、大きな価格高騰が起きる。一方、需要の増加に応じた柔軟な供給増加で対応できる場合(価格弾力性が高い)、住宅価格の高騰は抑制されたものとなろう。
このような価格変動の大きさと、この記事で扱ってきた「投機的取引」はどんな関係にあるのだろうか。マルペッツィ教授とワクター教授は、投資家が合理的期待に基づいて投資を行う場合と形成的期待に基づいて投資を行う場合について、価格変動に関するシミュレーションを行っている。合理的期待とは、投資時点で得られる将来の情報をすべて使った期待(予想)のあり方を指す。一方、形成的期待とは、専ら過去の情報に頼って、例えばこれまでも住宅価格が上がってきたので、今後もそれが続くだろう考える期待(予想)のあり方を指す。このシミュレーションでは投機的取引(speculative trading)とは、「価格変動により利益を得ようとするか否か」という動機ではなく、「専ら過去の情報に基づく形成的期待形成に基づく」投資という期待形成の稚拙さに基づいた区別を行っている。
以下の図1と図2では1年目に何らかの住宅の需要増をもたらすショックがあった場合に、どのような価格変動が0~10年間で予測されるかというシミュレーション結果が描かれている。実線は合理的期待に基づく投資が行われた場合、点線は形成的期待に基づく稚拙な、いわゆる投機的取引が行われた場合である。
図1では、柔軟な供給増加が行われるような環境下の価格変動が描かれている。このように、供給曲線が弾力的な場合は、投機的取引の有無にかかわらず大きな価格変動は生じない。図2では価格弾力性が低い場合のシミュレーション結果が示されている。投機的な取引がない場合でもいったん価格は大きく上昇する。しかし徐々にそれは終息している。しかし投機的取引がある場合は、いわゆるバブルの発生とクラッシュが生じている。
行うべきは住宅の供給の弾力性を引き上げる措置
投機的取引が価格変動を増幅させるという指摘は、本質的に供給側の柔軟性の問題に帰着する。つまり東京という地域に対する不動産需要が高まっているとすれば、価格上昇自体に公的な介入することはできないし、行うべきでもない。むしろ行うべきは住宅の供給の弾力性を引き上げる措置であろう。ただし、バブルの発生とクラッシュを引き起こすのは、情報を十分に持っていない、稚拙な投資家の存在であるという指摘は考慮する必要がある。しかし、その場合必要な対応は、投機的取引の規制ではなく、合理的な投資が行えるような情報環境の整備であろう。
ターゲットの識別性
そもそも、投資家が大家、仲介者としての役割を果たしているという側面を考えれば、住宅投資自体を否定すべきではない。住宅投資と投機的取引を区別することは非常に難しい。
一方、空家という状態で不動産資産を放置しておくことは、資源の遊休化により社会的なコストを発生させている、ひいては住宅の供給を低下させているものとして評価することは可能だろう。従って、介入すべき状態とは、
・住宅需要が逼迫(ひっぱく)する地域で
・空家や低頻度の住宅の利用などの資源の遊休化が発生している
ことだと認識すべきであろう。
政策技術としても短期の不動産取引を特定化することは可能であるが、それが投機的な動機に基づくものなのか、所有者にやむを得ない事情があるのか、より適切な購入者にマッチングさせたという側面がないのかを判断することは不可能である。一方、空家か否かについては、さまざまな課題はあるものの、特定空家を判別できるのであれば可能だと考えるべきだろう。








