ロシアのウクライナ侵攻は長期化する様相
2022年2月24日、一義的にはウクライナ東部のドネツク・ルハンスク2州に住むロシア人および親ロシア派住民の安全を確保するため、またNATO(※1)へのウクライナおよびジョージア加盟阻止を目的として、ロシアがウクライナに侵攻した。この侵攻は世界的な非難の的となり、西側諸国は周辺各国を巻き込んだ「これまでロシアが経験したことのない」大規模な経済制裁を実施するとともに、ウクライナに武器供与および経済的支援の拡大、国際的な世論を醸成するべく国連を中心としたロシア批判などを展開し、一刻も早くこの戦争行為を止めさせようとしている。しかし、民主主義国家を中心に実施しているこれらの対応は、残念ながら侵攻の直接的な抑止力とはなっていない。本稿を執筆している6月上旬時点で侵攻は100日を超え、戦況も刻々と変化しており、ウクライナとロシアの主張には隔たりが依然大きいことから侵攻終結への道筋は全く見通すことができず、長期化の様相を示している。
※1 NATO:北大西洋条約機構。北大西洋沿岸地域諸国において相互に集団的防衛、平和・安定の維持を図る軍事的同盟で、現在30ヶ国が参加
ロシアへの経済制裁が世界的な資材・エネルギー価格の上昇を招く
ロシアのウクライナ侵攻に対する広範かつ大規模な経済制裁(※2)によって、ロシアから各国が輸入していた天然ガス、原油、鉄鉱石、石炭、木材などの資材・エネルギーの供給が滞ることになり、代替措置を講じても世界的な需要と供給の逼迫が発生し、資源価格は上昇し続けている。日本国内に滞留している資材・エネルギー価格も既に上昇に転じているから、ウクライナ侵攻が長期化すればするほど、これらの価格の先行きは不透明になる。
ただし、日本とロシアとの経済的結びつきは欧州各国と比較すると強くはなく、日本全体の交易額の1%程度に過ぎない。つまり、影響は決して大きくないとも考えられるのだが、財務省の貿易統計を確認すると、2021年のロシアからの輸入額は1兆5,431億円、そのうちLNG:液化天然ガスが3,722億円(24%)と最も多く、次いで石炭(18%)、原油(17%)など、専ら化石燃料をロシアに依存していることがわかる。また、非鉄金属の輸入も2,923億円(19%)と比較的多く、この中にはアルミニウム、パラジウム、ニッケルといったレアメタルが含まれる。特にパラジウムはガソリン車の排ガス浄化触媒には欠かせない素材で、ロシアが世界の産出量の約4割を占めているから、影響は今後顕在化する可能性を指摘せざるを得ない。例年輸入して活用する資材・エネルギーの調達がウクライナ侵攻によって滞ることになると、需給のバランスは当然ながら逼迫し、これらの価格が上昇していくことは確実だ。
また、2021年のロシアへの輸出額は8,623億円と更に少なく、自動車が3,574億円(41%)、自動車部品が1,000億円(12%)と自動車関連が半分を占めており、日本の基幹産業である自動車産業には輸出入ともに相応の影響があることが想定される。自動車産業は裾野が広く、また経済効果も大きいことから、生産台数の減少が明確化すると日本の経済的な打撃も相応に大きくなる。
このように、戦争行為は何も生み出さないどころか、世界各国が同様の経済的打撃を被ることと、さらに食糧の生産も滞ることで、巡り巡って世界的な経済危機や貧困、食糧不足などを発生させてしまう可能性を高めている。
※2:ロシアに対する主な経済制裁には、以下のようなものがある。
①金融決済システム(SWIFT)からの締め出しなど大規模な金融制裁
②ロシアへの輸出入規制の強化
③最恵国待遇の取消および撤回
④ロシア中央銀行およびオリガルヒと呼ばれるロシア新興財閥の資産凍結(暗号資産含む)
⑤ロシア最大の金融機関ズベルバンクとの取引停止およびズベルバンクの資産凍結 など
円安基調は主に日米の政策金利の格差によって必然的に発生
また、折悪しく、日米の金融政策に比較的大きな方向性の違いが示され、これによってこれまでほぼ同調してきた日米の政策金利にも格差が生じることとなって円安が進行している。
2014年に発生したロシアのクリミア侵攻時には、円は基軸通貨であり、有事の際に緊急避難先となるリスクオフ通貨と考えられていたために円を買う動きが活発になって円高に推移したが、現状では財政赤字の影響から基軸通貨としての認知がやや薄れたうえに、日米欧の政策金利差の拡大によって円を売ってドルおよびユーロを買う動きが広がっており、6月初旬には1ドル=133円前後、1ユーロ=142円前後と円安に歯止めが掛からない状況となっている。わずか1ヶ月前の5月初旬からドルは3円程度(約2.3%)、ユーロに至っては5円以上(約3.6%)もの円安が進行している計算になる。
当然のことながら、円安が進行すると海外から輸入している資材・エネルギー価格は一層高騰することになるし、また畜産業で使用する輸入飼料なども値上がりするため、遠からず国産食糧の市場価格にも反映するのは必至だ。つまり、円安を契機として資材・エネルギー価格だけでなく、国内の消費財や生活用品、食品全般にも価格高騰の動きが広がることになって、日銀が何をしても上がらなかったCPI(消費者物価指数)も急速に上昇し始めている。
しかも、政策金利はまさしく各国の経済・金融政策を反映した金利で、欧米が主に消費者物価の高騰を抑止する目的で金利を引き上げているのに対して、日本では基本的にゼロ金利政策を継続することによって内需を維持しようとしているため(ほかに方法がない)、政策金利差は今後も拡大することがほぼ確実視される。したがって、今回の為替相場の円安推移は一過性のものではなく、今後も円安傾向が継続する可能性は依然高い。
国内の住宅・不動産価格にはどのような影響があるか
こうなると、鉄、銅、アルミニウムなどその多くを輸入資材に頼る日本の建設・不動産業界も、円安によるコストアップによって建設費の上昇を受け入れざるを得なくなるし、輸入木材もロシアからの北洋材の輸入がストップして(北洋材は全輸入木材の3%程度にとどまるが)輸入木材全体の市場価格上昇の原因となり得る。このように資材・エネルギー価格全般が本格的に上昇することになれば、コロナ禍で供給数を絞り込んで販売していた新築住宅にも更なる価格上昇圧力が加わり、結果的に住宅の売れ行きへの影響は免れない。
コロナ禍においても比較的堅調に動いていた住宅需要も、円安および資材・エネルギー価格高騰によって住宅価格が押し上がると、潜在的に需要はあっても高過ぎて買えない=マーケットアウトする価格まで上昇することで需要が後退する可能性も考慮しておく必要があるだろう。そうなると、地価動向のみならず景気全体にもマイナスの影響を与えかねない。まるで“風が吹けば桶屋が儲かる”の如く価格上昇の連鎖が起き得ることを考えれば、物件購入に関してはより慎重なポジションを取ることが求められる時期と言えるだろう。
新築住宅の供給サイドは、2000年代当初の大量供給による“薄利多売”によって利益率が圧迫されたことの反省から、新規の供給戸数を絞って価格を維持もしくは上昇させつつ、ニーズを喚起して売り切るという“少数精鋭”販売に切り替えており、特に新築住宅に手厚い住宅ローン減税や住宅購入目的の贈与税非課税枠、こどもみらい住宅支援事業による給付金など制度的な後押しもあって、販売戸数を追わなくても利益を確保できる構造に変化している。したがって、新築住宅の価格はウクライナ侵攻の影響に関わりなく高止まりし、資材・エネルギー価格の上昇によってさらに上振れすることも考えられる。既に1990年前後のバブル期の平均を超えている首都圏の新築マンション価格は、このような状況を勘案すれば当面価格が下がることはイメージできない。
新築住宅の価格だけでなく、中古住宅の価格も上昇する?
こうなると多くの住宅購入ニーズは中古に向かうこととなり、コロナ禍の縮小から脱してようやく登録在庫数が増加してきた中古住宅市場においても、足元では流通価格および成約価格とも上昇傾向に変化がない。新築価格の上昇傾向を反映し、中古もほぼ連動して価格が上昇すると考えておくべきだろう。特に東京、横浜、大阪、名古屋、福岡など各都市圏の中心部では、新築住宅の供給が減少し、代わって中古住宅の価格が上昇する公算が高い。ただし、多くの地方圏では需要と供給が安定しており、新築住宅の供給も限られているため中古市場に波及する可能性は今のところ低いと見られる。
これまでは専ら内政的・国内的な経済要因を反映して実勢地価が変動していたが、今後は国際情勢が緊迫の度を増すなかでの為替変動およびそれに伴う企業業績の変化など世界的なマクロ経済の動きも住宅地価や不動産価格に反映していくことを前提として、住宅購入予定者は対策を検討しなければならない。
バタフライ・エフェクトとは蝶の羽ばたきが遠く隔たったエリアの気象に影響を与えるというカオス運動の予測困難性を寓意的に示した言葉だが、ロシアのウクライナ侵攻の長期化および円安継続が、巡り巡って国内の新築および中古住宅価格の上昇につながる可能性についても十分認識しておくべきだろう。
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