2022年5月18日、不動産の電子契約が本格的にスタート

不動産取引においても契約の電子化が始まった不動産取引においても契約の電子化が始まった

2021年5月12日、通常国会にて「デジタル庁」の創設を含むデジタル改革の関連法が可決・成立し、日本でも本格的なDXの導入・推進に向けた制度設計が進むことになった。デジタル庁は9月に設立され、併せて電子契約=契約書面や手続きの電子化が始まったことは記憶に新しい。

不動産取引においても電子契約に関する実証実験が行われ、業務フローが劇的に変わることもあって現場からはさまざまな意見が表明されたが、大きな混乱はなく、重要事項説明や媒介契約、賃貸借契約などについても2022年5月18日より電子化が解禁された。どの業界でも契約には相応のコストや工数が発生するのは同じだが、コロナ禍もあってDXの積極活用は待ったなしの状況にある。不動産業界でも電子契約システムの導入が徐々に進んではいるものの、非対面契約の需要が高まる中で機会損失を発生させないためにも電子契約への対応は急務だ。

これまで紙の書面交付が必要だったのは、宅建業法で定められた重要事項説明、売買契約締結、媒介契約締結の3つ。特に重要事項説明については対面での説明を義務付けられていたため、電子契約化の高いハードルとなっていたが、2021年3月30日以降、国交省が定めたマニュアルに沿って対応すればIT重説が可能となった。また、上記の通りデジタル改革関連法が成立した5月以降は、押印義務の廃止・書面の電子化も認められることとなった。書面を電子化すれば印紙税の対象外となるため、特に不動産売買においてはIT化することで高額な印紙税を納付する必要がなくなるから(これだけでも極めて大きなメリットといえる)、不動産売買におけるIT化は今後必須だろう。コロナ禍も手伝ってIT重説に関しては大手を中心に電子化する不動産会社が急増しており、書面交付の義務がない賃貸借契約についても更新および退去の際のペーパーレス化(PDFなど電子書面の交付)が進んでいる。

当然のことながら、電子契約にすれば契約のために顧客を訪問したり、面談のため時間を取ったりという業務の時間が大幅に削減されるし、書面の郵送コストや手間などもなくなるから、印紙税も不要となることも含めコストの軽減にも寄与する。まさに良い事ずくめの電子化だが、一方で、例えば本契約に関連する駐車場契約や家賃保証契約などの書面も電子化しておかないとダブルスタンダードとなってかえって業務が煩雑になるし、本人確認も含めたセキュリティ対策は万全であることが求められよう。また、コスト全般が軽減されても、セキュリティ対策や新たな業務フロー構築に別途相応のコストが発生することも想定される。

不動産契約における電子化は不動産業界に何をもたらすのか、また導入におけるデメリットは皆無なのか、業界動向に詳しい有識者の見解を聞く。

管理会社の導入次第で賃貸にニーズあり、売買は投資用物件が中心か ~ 伊集院 悟氏

改正・宅地建物取引業法の施行により、契約書面の電子化と電子署名が解禁された。先に本格運用を開始したITを活用した重要事項説明(以下、IT重説)はコロナ禍を経て、賃貸を中心に利用が進んだ。LIFULLが提供するIT重説ツールは2022年1月の利用実績がコロナ拡大前の2020年1月と比べて約2倍に増えたという。従来はIT重説の際に紙の重要事項説明書類や署名捺印した契約書を事前に顧客へ送る必要があり手間となっていたが、宅建業法の改正によりこの手間がなくなり、IT重説を利用する顧客層はそのまま電子契約も利用することが見込まれる。ある民間調査によると、賃貸借契約での電子サインと電子書面の実際の利用はそれぞれ5%、7%と少なかったが、今後の意向ではともに20%前後に増えている。

賃貸借契約の場合、物件の管理会社が用意する契約関連の書類を使用することも多いので、電子契約サービスの普及は管理会社でのシステム導入次第とも言える。春先ぐらいまでは様子見状態で導入があまり進んでいなかったが、施行日が決まり、政省令の改正や国土交通省のマニュアル公表が行われたあたりから、大手を中心に導入が進み出した。未導入の管理会社でも需要を見ながら検討していくようだ。一つ懸念されたのが、これまで導入してきた賃貸管理ソフトなどの業務効率化ツールとの連携だった。賃貸業界ではIT化が進み、内見申し込みから入居申し込み、契約の更新や解約など多くの段階でオンライン化に対応してきた。新たに導入する電子契約システムがそれらと互換性がなければ手間が増えるだけとなる。このあたりの課題が解消されれば、管理会社での導入が進み、賃貸での電子契約はIT重説とセットで一定数普及していくのではないだろうか。

売買に関しては、実需の場合はIT重説と同様にニーズは少ないとみる事業者の声をよく聞く。先に紹介した民間調査においても、購入では利用意向は賃貸と比べて少なかった。住宅という高額な買い物では慎重になり、オンラインで手軽にとはいかない。遠方客の場合は内見をリアルで行い契約はオンラインで行うという可能性も考えられるが、ごく一部にとどまり、その他の顧客への広がりは難しそうだ。不動産会社側としては本人確認の問題もあるほか、個人間の売買仲介では売主と買主が顔を合わせて契約することでその後のトラブルが起こりにくくなるという事情もある。

一方で、投資用物件ではニーズが見込まれる。IT重説の社会実験でも売買で実施されたものの多くが投資用物件だった。1件目の購入の場合は対面を希望することが多いかもしれないが、2件目以降の場合はIT重説と電子契約を希望する顧客が増えるのではないだろうか。


伊集院悟:不動産業界専門紙「日刊不動産経済通信」記者。観光業界専門紙記者などを経て、15年末に不動産経済研究所に入社。「日刊不動産経済通信」で行政担当を経て、19年2月から流通業界を担当。仲介業を中心にリノベーション、賃貸住宅管理、不動産テックなどの分野を取材している。1980年生まれ。

電子契約普及のカギは「オーナーの電子署名問題解消」と「賃貸借契約に付随する周辺契約との連携」 ~ 永井 ゆかり氏

<b>永井ゆかり</b>:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。 全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母。趣味はバスケットボール、パン作り永井ゆかり:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。 全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母。趣味はバスケットボール、パン作り

5月18日の電子契約全面解禁を受け、賃貸仲介業務のDXへの動きが見られる。だが一方で、仲介の現場ではオーナーの電子契約対応や、契約書のやり取りを行う管理会社や周辺業務の契約などとのシステム連携の難しさから、賃貸仲介のデジタル化がストップしてしまうケースもある。

電子契約において、課題となるのは主に2つ。

1つはオーナーの電子署名だ。電子契約の利用拡大にあたって、オーナーに高齢者が多いため対応が難しいと見る企業は少なくない。
そんな中、オーナーの代理として賃貸借契約を行う契約をオーナーと交わすことでクリアした企業がある。管理を受託しているオーナーすべての代理人になり、賃貸借契約時の電子署名は代理人である管理会社が行えるようにした。それにより、ITが苦手なオーナーの物件についての賃貸借契約も電子化を実現しているケースもある。ただし、こうしたケースは珍しい。

一方、サブリース事業者は電子契約に取り組みやすい。サブリースの場合は、貸主がサブリース事業者であり、自社で対応できるからだ。年間1,000件以上のサブリース契約を締結するある会社では、電子契約の実施率は9割を超えたという。年間約100万円に上る郵送コストの削減や、契約にかかる日数の短縮につながっている。電子契約システムの活用により必要事項の入力漏れが防止されたことや、郵送にかかっていた日数が短縮されたことで契約書の取り交わしがスムーズになり、最短3日での契約も可能なのだという。賃貸借契約の電子化によるメリットを享受している。

もう1つの課題は、賃貸借契約に付随する周辺契約すべてが電子化されても、連携されていないと、かえって手間が増えるという点だ。入居申し込みや家賃債務保証会社、家財保険を扱う少額短期保険会社などとのやり取りで、一部でも紙でのやり取りが必要だったり、システム連携されていなかったりすると、せっかく賃貸借契約を電子化しても片手落ちになってしまう。そのため不動産会社からはかえって業務が煩雑になるという声も聞こえてくる。こうした状況を改善するために、現在システム会社では、入居申し込みから入居後のインフラの手続きまでワンストップで行うことができるプラットフォームの整備を進めている。

以上のような課題がある中、「電子化するとなると、それまでのやり方を崩してシステム側に合わせた業務フローを再構築する必要がある。その労力に対し見合う効果を得られるのか疑問」と電子化に慎重な姿勢を見せる企業は少なくない。業務の効率化やコスト削減などが見込める賃貸借契約の電子化は、賃貸仲介業務の大変革となる。それだけに今後はこうした課題の克服ができれば、一気に普及するだろう。

求められる「業界慣習の健全化」 ~ 高橋 正典氏

<b>高橋 正典</b>:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など高橋 正典:不動産コンサルタント、価値住宅株式会社 代表取締役。業界初、全取扱い物件に「住宅履歴書」を導入、顧客の物件の資産価値の維持・向上に取り組む。また、一つひとつの中古住宅(建物)を正しく評価し流通させる不動産会社のVC「売却の窓口®」を運営。各種メディア等への寄稿多数。著書に『実家の処分で困らないために今すぐ知っておきたいこと』(かんき出版)など

2022年5月18日にいよいよ施行された「改正宅建業法」における不動産取引における電子契約の全面解禁について、不動産業界に与える影響や、実務面で注意すべきことについて、特に不動産売買における点について解説したい。

まず、施行に際しては「不動産売買における電磁的方法による提供に係る社会実験」がコロナ禍と被ったこともあり、テクノロジー化の遅れていた業界にあってZOOM等に代表される、いわゆるテレビ会議型サービスの事業者利用が促進し、同時に消費者も自らのビジネスにおける慣れも相俟って、今のところスムーズなスタートとなっていると思われる。
これまでの不動産売買における「重要事項説明」はセレモニー的要素も高く、また仲介事業者にとっては唯一の専門性の見せ所でもあり、仲介手数料を円滑に支払ってもらうためにも敢えて仰々しく行ってきた背景がある。しかし、元来この「重要事項説明」とは「売買契約」の締結前に実施され、かつ購入判断の材料となるべきものであるにも関わらず、慣習的にこの2つが同日に行われることが多かった。従って、難しい書面を当日初めて目にし説明を受ける消費者の感想は「難しい言葉が多く、よくわからない」というものが多かった。

では、こうした商慣習の残る業界が法改正によってどう変わるのだろうか?
国土交通省による「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明実施マニュアル」に幾度となく登場する言葉に、依頼者及び説明の相手方からの「電磁的方法による説明及び承諾」がある。①「宅建業者が利用予定のソフトウェア等に対応可能かどうか」の確認 ②「電磁的方法による提供の承諾の意向」の確認 ③相手方等から「電磁的方法による説明を承諾する旨の取得」(一応、紙での受領も可)等々、これ以外にも多くの確認等があるが、これら遵守すべき事項からわかることは、全てにおいて事前確認が求められるということである。そして、これは先に指摘した「重要事項説明書」の事前確認が進むことにもつながる。

遵守すべき事項には「重要事項説明書の事前送付」も含まれている。これの書類はドラフト等「仮」のものであってはならない。宅建士により記名されたもの(印字のみで可)であり、かつ添付書類も相手方に事前に送付しなければならない。この目的は相手方に「重要事項説明の内容を理解してもらうための工夫」が必要という観点からである。更には「送付から一定期間後のIT重説の実施」も明記されていることからも、効率性から生まれたものであると同時に、業界慣習の健全化を促す側面があることを知っておいて欲しい。
また、「重要事項説明書」の電磁的方法による提供の承諾は買主等から得るものであるが、「売買契約書」については売主買主等各当事者から承諾が必要となる点も注意が必要となる。あくまでこれら2つの書類の目的は違うものであり「契約に関する書類」という一括りでの承諾ではいけない。

その他、トラブル防止の観点からの推奨される「録音」を行う場合の相手方から承諾の必要性や、「宅建士証」が正しく相手方に見えているかの確認の必要性から、相手方に対して声を出して読み上げて答えてもらうよう依頼すべき等、細かい点が多々あるのでご注意を。

国土交通省「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明実施マニュアル」
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001479781.pdf

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