これまで相続した土地の登記が義務付けられていなかったって本当?
2021年4月「所有者不明土地法」関連法が成立した。この法律は、相続人が土地や建物の相続を知った日から3年以内(実際に相続が発生した日ではないことに注意)に、不動産登記することを義務付けるものだ。土地および建物の所有権を明確にする今回の制度変更で、土地と建物の活用を促進するための基礎がようやく整ったことになる。
2018年6月には所有者不明土地を公共のために利用可能にする目的で「所有者不明土地法」が成立、翌年施行された。しかしこの法律は、所有者不明の土地の定義や活用方法について示したものであり、制度趣旨に沿って所有者を特定するための登記を義務付けるには、今回の関連法成立を待つ必要があった。所有権は民法上極めて強い権利で、排他的に主張することができるものである。その所有者が不明だから、もしくは公共目的だからといって権限を制限するような行為は、法律の制定をもってしても極めてハードルが高かったためだ。
今回の関連法成立で、2024年以降、相続した土地および建物などすべての不動産登記が義務付けられることになる。併せて相続登記手続きも簡素化され、相続物件の管理が難しいケースについては、相続した土地を手放して国庫に納められる制度も設けられた。また、名義人が複数存在する土地や建物の管理制度も新設され、土地を共有する一部の所有者が不明でも、裁判所の決定を得るなど一定の条件下で用途変更や売却が可能となる。さらに、これまで相続登記には、相続人全員の戸籍謄本などを集める必要があったが、今後は相続人が複数存在していても、そのうち1人が申し出れば簡易に手続きできる制度も新設される。
国交省によれば、相続時に不動産登記手続きを怠るなどで、登記簿上誰のものか確認できない所有者不明の土地面積は、日本全体の約20%に達するという。今回の一連の制度変更では、土地の相続時の名義人変更を義務化。違反した場合10万円以下の過料(行政処分)を科されるという罰則規定も設けられた。これにより、国・自治体が国土の1/5もの土地や建物の所有者を把握できないという“異常事態”は解消に向かうものと考えられる。現状では少子化・高齢化によって特に地方圏での土地利用ニーズが低下し、土地の所有意識の希薄化が進んでいるとも指摘される。今回の制度変更を契機として、所有権および所有形態の確認が、不動産取引および土地活用の第一歩であることが改めて認識されることになる。
今回の法制定が、これまで所有者が不明であった土地の取引機会を増やし、休眠状態にある不動産の流動性を、どの程度高めることができるのか。残された課題はあるのか。住宅市場全般の動向を知る有識者に聞く。
人口減少下にふさわしい登記制度とは?~中川 雅之氏
中川雅之:1984年京都大学経済学部卒業。同年建設省入省後、大阪大学社会経済研究所助教授、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から日本大学経済学部教授。専門は都市経済学と公共経済学で、主な著書等に「都市住宅政策の経済分析」(2003年度日経・経済図書文化賞)、「放棄された建物:経済学的な視点」(2014年学会賞・論文賞)がある所有者不明土地問題は、政府も多くの論者も登記情報の信頼性を事前に確からしいものとする方向に制度を改善すべきだと主張する。2021年4月成立した「所有者不明土地」関連法では、相続人が土地や建物の相続を知った日から3年以内に不動産登記することを義務付けるものだ。確かに、登記のようなさまざまな取引や信用の根源となるものが表す情報は正確なものであるべきであろう。ただし、情報の正確性を向上させるためには、一定のコストがかかるはずである。
コネチカット大学のミセリ教授らの研究では、登記システムをregistration systemとrecording systemに分類し、その2つのシステムの経済学的な評価を行っている。registration systemの下においては、登記を行わなければ所有権移転の効果が発生せず、登記を行う際に、国の登記官が実質的な審査を行い、その後、真実の所有者が訴訟を行っても所有権は移転しない。所有権の帰属を事前手続きで決定している。
一方recording systemは、米国で広範に採用されている仕組みである。登記所では実質的な審査が行われない。取引後に真実の所有者が登場した場合には、所有権の帰属が裁判などを通じて事後的に確定し、登記に基づいて所有権を取得したと思っていた者は、保険によってその損失がカバーされることになる。
日本においては、登記は第三者対抗要件にすぎず、また公信の原則を不動産について採用していないため、recording systemに必然的に伴う、「事後的に起こされた訴訟を通じて、所有権が真実の所有者に移転されること」は生じうる。一方で保険制度がないため、印鑑証明を求めるなどの事前手続きにより、実態的にregistration systemに近い運用が図られている。
今回の措置は、事前手続きによる所有権帰属の蓋然性を高めるものと位置付けることができよう。ミセリ教授の分析でも不動産の収益性が高い環境下では所有権確定を事前のタイミングに行うregistration systemが、収益性が低い状況下ではそれを事後的に行うrecording systemが適していることが示されている。価値がほとんどない不動産が多い環境下では、事前に大きなコストをかけるより、問題が起きた場合の措置に力を注ぐことの方が合理的だろう。
今後日本で本格的に進む人口減少、少子高齢化は、土地の収益率を低下させる可能性が高い。そのような環境下で事前に情報の精度を高めるという制度改正の方向に私は懐疑的である。そもそも国土の20%もの土地が所有権があやふやな状況下で、状況を改善するのは、相続のたびに少しづつ所有権をはっきりさせていく措置ではなく、事後的な所有権確定をスムーズなものにし、利害調整を行う保険制度ではないだろうか。
法施行に併せて、実態に即して登記されない要因を解決することが重要~宮村 昭広氏
宮村昭広:株式会社住宅産業新聞社代表取締役。1957年長崎県生まれ。大学卒業後、家電業界専門紙の新聞記者として、冷暖房や照明から水回りまで幅広く住宅設備分野を取材。さらに住宅専門誌の編集などを経て、住宅産業新聞社に。移籍後は住宅産業新聞の記者として住宅設備・建材業界、旧国土庁(現・国土交通省)や旧建設省(同)を取材し、その後取締役編集長として大手ハウスメーカーを担当。2015年から代表取締役に所有者不明土地法整備の狙いの一つは、裁判所の判断で、所有者がわからない土地の用途を変更したり売却できるようにするもの。所有者がわからないまま放置されていた土地の問題を解消し、市場に流通させることだ。
だがそれは、全国には相続しても登記せずに放置されている土地(所有者不明土地)がいかに多いかということの裏返し。以前、自治体が何かの公的施設を建てようとした際に、複雑な土地の権利関係に加え、ある土地はすでに物故者となって久しい明治時代の人の名義のまま。その相続人を探すために膨大な労力を要する羽目になったと聞いた。
では、人はどうして登記を放置するのだろうか。さまざまな理由はあるだろうが、最も大きいと思われるのが、登記によって固定資産税が課税されること。さらに、登記手続にもお金がかかるという、相続人にとって二重払いの問題もある。手続きなど自分でやればいいと思う人もおられるかもしれないが、書類の用意などそれなりに手間がかかるし、やり方自体がよくわからない。自分でできない(面倒くさい)なら、司法書士に頼まねばならないが、一定額の税を納め、そのうえで司法書士にまでお金を払いたくないから放置する。
売れる可能性が高い都心部の土地なら、購入希望者も多いだろうし、相続人は相続手続きをして、さっさと売却してしまうだろう。だが、地方の資産価値の低い遊休地の相続手続きのためにお金をかけるのは、ばかばかしいと思う人は多い。また、売れない土地を相続した人からも、あまりいい話は聞こえてこない。土地の所有者となれば管理責任が発生。定期的な草刈りに加え、台風などで倒れた木が他人の家のものを壊したら土地工作物責任も負うからだ。
あえて放置していたケースもある。遺産分割の協議がまとまらず、相続人たちが嫌になって放置したなどだ。現預金など金融資産は即決でも、誰も欲しがらない不動産には手をつけない。あるいは土地を所有している人(登記名義人)とは疎遠で、その人が亡くなったことを知らなかった事例も。特に、これまで放置していても、これまで不都合はなかったという点も否めない。そもそも、登記手続きの必要性を認識している人自体がそれほど多くないということもいえる。
今回の法整備に対し、民間からは「再開発などの妨げとなる問題の解決に寄与するもので歓迎する」(不動産協会)とのコメントがある。確かに、都心部で登記未了の土地がたくさんあるのであれば、流動化の高まりに期待できるかもしれない。だが一方で「都心部の所有者不明の土地は以前より減っており、大きな成果はでない」との見方もある。
あとは、名義人変更の義務化に対する違反への罰則規定(過料)がどの程度の効果を発揮するか。罰則がどこまで厳格に適用されるかとともに、過料10万円という額への金銭感覚にもよるだろう。だが、登記に対する意識の現状を考えると、休眠状態にあった不動産の流動化への効果はかなり限定的ではなかろうか。
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