都市の存在意義

東京大学CSIS不動産情報科学研究室では、不動産市場を都市の成長と衰退と併せて研究をしている。その成果を紹介する。

かつて未来科学者のアルビン・トフラーらは、情報通信技術の進化により人々の情報伝達が異なる空間を乗り越えて瞬時に行われることが可能となることで、都市が意味を持たなくなると考えた。
また、1998年にハーバード大学のグレーザーは、「都市は死にゆくのか (Are cities dying?)」(Glaeser(1998))という論文を書き、産業や人口が集積することで、都市内部で渋滞が発生し、交通事故や犯罪が増加し、公害が深刻化するなど、次々と都市を舞台として社会問題が発生する中で、都市という存在そのものが社会悪となり、死にゆくのか、死にゆくべきなのかという問題を、社会に問うたのである。
しかし、同論文でグレーザーは、人と情報を移動させることのコストや対面での重要性を指摘し、その時点では都市が死にゆく危険性は顕著ではないと結論付けた。その後、マニュファクチャリングを中心とした産業の衰退や金融、不動産などのサービス産業の成長、ITを中心とした新しい産業の台頭など産業構造の急速な変化に伴い、都市を取り巻く環境や期待は大きく変化していく。

現在において、都市の成長が一国の経済成長をけん引し、家計・企業の厚生水準を高めるための主要なドライバーになっているということは、疑う余地はない。しかし、都市の成長は、または集積は何によってもたらされるのか、さらには「都市」とは、一体なんであるのかといった疑問に対する明確な回答は、都市・不動産の研究分野において、依然として出すことはできていない。

かつて、都市経済にまつわる幅広い文献をレビューしたAnas、Arnott and Small(1998)は、「集積」こそが都市の存在意義であるとしつつも、集積がどのように発生するのかは、明確に定義することができておらず、近年における空間経済学の研究へと引き継がれていった。

都市の集積をもたらす要因は何であるのか

ニューヨーク・マンハッタンの夜景(写真提供:PIXTA)ニューヨーク・マンハッタンの夜景(写真提供:PIXTA)

そのような中で、近年では都市の成長を説明する概念として、人の属性に注目されるようになってきている。

例えば、Storper and Scott(2009)では、「都市にどのような特徴を持つ人々が居住するか、そしてそれがどう移り変わっていくか」が、都市の成長に深く関わりあっていると主張している。かつて、Jacobs (1969) は、都市とは「様々な人が集まり、交流が生まれることで情報の交換が促され、互いに刺激を与えあうことが可能となる地域」であり、かつ「そうした場所でこそ可能であることとして独創的なアイディアや技術が生み出さられ、結果として持続的な成長を可能とする地域」とした。

このような議論が沸き上がる中で登場してきたのが、Consumer City Theory (Glaeser, Kolko, and Saiz (2001))である。伝統的な経済地理学、都市経済学のモデルでは、都市では生産といった意味での有利性があり、消費といった側面では不利であると考えられてきた。伝統的な立地理論では、生産の拠点が都市の中心にあり、その周辺に住宅と消費の機会を提供する商業用施設が集積するということを想定してきたのである。

しかし、そのような基本的な枠組みでは、現在のロンドン、パリ、ニューヨークや香港、シンガポール、東京などの世界的なスーパースターシティの集積は説明できない。
そうすると、都市の集積をもたらす要因(ドライバー)はなんであるのかということになる。

人々の創造的なアイディアを生み出す点で有利である都市という場は、その都市の持続的な発展を可能にしている

シンガポール・マーライオン(写真提供:PIXTA)シンガポール・マーライオン(写真提供:PIXTA)

そうだとすると都市の成長を考えるにあたり、「そこに集まる人々の能力」、とりわけ「新しい知識」や「アイディア」「技術を生む創造性」が注目される。そのような要素がドライバーとなって「Innovation」を誘発させる原動力になっているといった主張に、一層具体性が持たれることになっていったと言っても良いであろう。

私どもの研究室との共同研究者であるシカゴ大学のクラーク(Clark (2004))は、経済成長の最も重要な原動力は、経済学の教科書で解説されている生産要素の「土地」でも「資本」でもなく、人々の創造的なアイディアであると説いた。

その背後にあるのは、知識やアイディアは、人々の間での伝達や共有が際限なく広がり、繰り返され、そして他のアイディアと結びつくことで、新しい発想が生まれるという循環をもたらすために、無限の力を持つと考えられるようになってきたのである。

このような特性を持つことから、多くの人々が集まり交流する都市という場は、新しい創造的な知識やアイディアを生み出すという点において有利であり、それが都市の持続的な発展を可能にしていると考えることは、世界のスーパースターシティを見る限り、自然と理解されることであろう。

都市はエンターテイメントマシン

次の出てくる疑問は、都市の成長を支えうる「創造性豊かな人材」(creative class)は、どのような都市に集まっていくのかということである。

Glaeser, Kolko, and Saiz. (2004)やAdamson, Clark and Partridge (2004)では、創造的な人々は居住地を選ぶ際において、高い賃金や安い家賃などの経済的側面よりも、文化的側面へのアクセスに代表される生活の質を重視する傾向が強いと指摘した。

人々の生活の質を押し上げるアメニティとは、Silver, Clark and Navarro (2010)らは、活気に満ちた音楽やアートのコミュニティ、映画館、レストラン、壮麗な建物、図書館、美術館などを挙げている。もちろん治安や教育の質も重要な要素である。

そして、Clark (2004)は、「都市とはエンターテイメント・マシン:The City as an Entertainment Machine」であると主張した。今、成長著しい都市は、広義の豊かなエンターテイメントを持ち、創造性豊かな人材が集まる場所となっているのである。

渋谷駅前のスクランブル交差点(写真提供:PIXTA)渋谷駅前のスクランブル交差点(写真提供:PIXTA)

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