不動産市場でのコペルニクス的転回、収益還元価格の導入

「原価法」および「取引事例比較法」で不動産価格を算出し鑑定評価に活用していたが、「収益還元法」が定着したことは、日本の不動産を取り巻く環境に変化を与えた「原価法」および「取引事例比較法」で不動産価格を算出し鑑定評価に活用していたが、「収益還元法」が定着したことは、日本の不動産を取り巻く環境に変化を与えた

1990年をピークとするバブル経済の隆盛と総量規制の導入による崩壊は、日本の不動産を取り巻く環境に劇的な変化を及ぼした。
最大の変化は「土地神話の崩壊」による地価の暴落であることは論を俟たないが、中長期的に見てその次に大きな変化をもたらすきっかけとなった出来事と言えば、「収益還元法を基準にした不動産価格の算定促進」ではないだろうか。日本の市場にも不動産証券化スキームが導入されたことで2006年から2007年にかけて発生した局地的なミニバブルにも関連し、「収益還元法」という言葉が独り歩きする契機ともなったが、実際には、地価や不動産価格を可能な限り客観視する手法を推進するものとして、極めてエポックメイキングなものであったと言えるだろう。

収益還元価格という発想が日本に定着する以前は、「原価法」および「取引事例比較法」で不動産価格を算出し鑑定評価に活用していたのだが、この二つの方式では、バブル期(ミニバブルも含めて)に流通した数多くの不動産の価格根拠を説明することはできなかった。
なぜなら、原価法は“どれくらい使っているか”を割り引いて価格を算出する方法であるから原則として新築時価格が最大となるが、バブル期には多くの不動産が新築時の価格を大きく上回ってしまったし(なかには、分譲時に設計段階の想定価格から2倍以上に設定された新築マンションもあった)、取引事例比較法は周辺の取引事例を収集・分析して比準価格を算出するため、結果的に上昇し続ける不動産価格を追認することとなって、いずれも地価や不動産価格が尋常ならざる勢いで急上昇している状況では、その急激な不動産価格推移を肯定するものでしかなかったからだ。

収益還元価格の考え方と、それでも防げなかったミニバブル

収益還元法は、ごく簡単に説明すると今後の収益(収入から支出を差し引いた利益)を想定もしくは期待利回りで割り戻す手法で、不動産の収益力から不動産の価格を算出する手段としては“数学的”な方法と言える。
算出の基になる賃料などの収入と、税金や維持管理コストなどの支出から、従来に比べればかなり明確な価格根拠が得られるものとして、徐々に日本の不動産業界、金融業界に浸透した。特に賃料は、土地の利用状況の程度や建物のグレード感、築年数、交通利便性などから総合的・自律的に決まるものであり、また地域的な違いを基に算定されるものであるから、収益還元法は不動産の個別性をほぼ正確に価格に反映することができる新しい手法として日本の市場に好意的に受け容れられた。

しかし、結論から言えば、2007年をピークとして発生したミニバブルにおける不動産価格の上昇と下落は、この収益還元法でも説明することができなかった。なぜなら、賃料=収益力という短期間で急激に変動することがないとされる指標を物差しにしても、拠点性および業務性の高い土地と建物の価格上昇を合理的に説明することができなかったためだ。
しかも、賃料が高水準であること=収益性を絶対視するあまり、専らその収益力の多寡だけで不動産価格を算出して周辺物件と比較するという状況を招き、しかも収益力の算定や想定利回りの設定が客観的に見て著しく合理性を欠いていないという収益還元法の前提が価格過熱によって徐々に説得力を失ったため、結果的に都心一等地の大手町や銀座、神宮前、名古屋の栄、大阪の梅田などの商業地の価格が暴騰したのである。もちろん参画したプレイヤーの目論見(買い進み)が価格を急騰させた一番の要因ではあるが、不動産の収益力を基に算出される収益還元価格に頼ったこともミニバブルを招いた一因と言える。

特に商業地は利用価値も高く収益力が大きいので、収益還元法を錦の御旗にして“高く買っても大丈夫”というプレイヤー心理が不動産価格や地価を押し上げたと言って良い。ミニバブル発生前の都心物件の適正と思われるROIの目安は6%超と言われたが、それがミニバブル終焉時には3%台前半で推移する状況であったことが、まさしく実態を伴わない「バブル」と言われる所以であろう。

商業地は利用価値も高く収益力が大きいので、収益還元法を錦の御旗にして</br>”高く買っても大丈夫”というプレイヤー心理が不動産価格や地価を押し上げたと言って良い商業地は利用価値も高く収益力が大きいので、収益還元法を錦の御旗にして
”高く買っても大丈夫”というプレイヤー心理が不動産価格や地価を押し上げたと言って良い

「本当の価格」を算出するには、建物の「残存価値」を正当に評価することが必要

商業地に比べれば、住宅地はミニバブルの影響はまだ少なかったと言える。生産活動を行い利益を生み出すことを目的とした商業用不動産と、そういった特定の目的がない居住用不動産の収益力には明確な違いがあり、ミニバブル期には収益力の高い商業用不動産が専ら買われていたことが、住宅分野においてミニバブル後に大きな「被害」がなかった要因である。
しかし、バブルが急速に加熱し、収益還元法によっても不動産の「本当の価格」=「誰もが納得できる客観的な価値に基づいた価格」を算出することができなかったことは事実であり、“より高く売りたい”もしくは“少しでも良いもの(ここでは収益力の高い物件)を買いたい”という人間の心理=欲望が価格算定の手元を狂わせたという事実は、数学的に価値および価格を算出する手法としての収益還元法においても課題として考慮する必要がある。

他のオピニオンコラムにもある通り、日本の不動産に対する累積投資額(約850兆円)と現在の評価額(約350兆円)には500兆円もの巨額な差があると言われている。これは500兆円分の経済的な価値が毀損し失われたということだが、こんなことが今後もまかり通るようであれば、誰も不動産を購入しよう、投資しようとは考えなくなるだろう。将来に渡る不動産価値の毀損がこれ以上拡大しないようにするためにも、不動産の「本当の価格」、根拠が明らかな価格が必要となる時期が遠からず到来するものと確信している。

実際には、住んでいることの満足感、価値観などを全て含めて斟酌し、それが価格に何らかのかたちで具体的に反映できるようになった時に初めて、不動産の「本当の価格」が客観的に算出できるようになる。原価法や取引事例比較法を併用し、収益力を過大・過小評価せず、しかも売り急ぎや買い進みなどの市場動向や価格の振幅を客観的に解析し、不動産の「本当の価値」が算出できる市場を形成することが、消費者=売主と買主のためのマーケットの誕生ということになる。
昨今不動産仲介における「囲い込み」が問題となり、レインズへの登録でもその解消に向けた施策が実施される前段階の「提言」として公表されたが、いわゆる両手仲介という方式が「囲い込み」の元凶と捉えるのではなく、他人の財産権を不当に侵害する可能性を限りなくゼロにするために、今後不動産の「本当の価格」を算出する必要がある。
インターネットを介して飛躍的に向上した情報の発信力・拡散力が、近い将来、不動産価格の算出に明確な根拠と客観性を与える市場形成に寄与するものと信じたい。

2015年 06月04日 11時04分