取り壊される日本の高層ビル

六本木一丁目の旧IBM本社跡地の再開発の様子六本木一丁目の旧IBM本社跡地の再開発の様子

先日、A-Forumという、建築学の研究者、実務家で構成されている研究会に出席させて頂いて、表題のような議論に参加できた。以前取り上げたことのある、日本の住宅寿命が短いというテーマと通じるものがあるため、その場での発表ややりとりから考えたことを報告させていただく。

この研究会「A-Forum」の案内文が、問題を捉えた名文だと思われるので、一部を引用させていただきたい。

■案内文 A-Forumより

『東京大学生産技術研究所を退官後明治村館長も務めた村松貞次郎は、使える建物を壊しているのは大地震や巨大台風ではなく、建直しを進めている人間ではないかと、皮肉を込めて言われていた。ローマのスペイン広場の向側のビルに挟まれた道だったと思うが、明らかに邪魔と思える小さな石造の遺跡があり誰も壊そうとしない。基本的に作ったものは壊さないヨーロッパの精神であろう。一方、木と紙と土で建築を作ってきた日本人のDNAには建築は建直すものと刻まれているのかも知れない。(一部略)
地震動の研究、強風の研究、これらに対する応答を調べる研究、これに対処するための材料・構造法・施工法に関する研究を進め、構造設計者は各時代の最先端の技術を開発し設計施工を進めてきた。言い過ぎかもしれないが、日本の超高層ビルは建築技術者の血と汗の結晶である。』

そしてこの案内文では、丹下健三設計の中之島の電通ビルや東京六本木のIBMビルが取り壊されたことを、例として挙げている。

物理的な寿命以前に建築物が取り壊されてしまうのは何故か、を考える

引用させて頂いた案内文の最後のパラグラフは、建築技術者の率直で、真摯な気持ちだろう。専門的な知識はないものの、私もこの気持ちは共有できる。

ではなぜ、物理的な寿命以前に建築物が取り壊されてしまうのか?
住宅の場合は、中古住宅市場が未整備であるため、居住者一代で「住み切ってしまう」資産となっており、管理水準も十分なものではないことが、その原因ではないかとされていた。しかし、オフィスビルなどは流通市場、賃貸市場が存在するため、このような現象は起こりにくい。

まず、経済学の立場から建築物の建て替えが起こるタイミングがどのようにして決定されるかというメカニズムをみてみよう。超高層ビルを資産としてとらえて、仮想的に利子率が25%の世界で、この資産をどのように運用するのがいいのかを考えよう。このオフィスビルが1期あたり100の収益があがっており、物理的、社会的劣化とともに期毎に10%劣化していくということにしよう。不動産所有者にとっての資産価値とは、そこから得られる収益を全て合計することによって得られる。ただし、現在の100円と来年の100円は等価値ではない。利子率25%の世界では、来年の100円は100円/(1+0.25)と等価値だと評価される。このため、このオフィスビルの資産価値は、グラフのオフィス収益の現在価値を合計することで347.5として得られる。

【オフィス収益と現在価値オフィス収益】

建て替えを行わない場合のオフィス収益(縦軸:収益、横軸:期)建て替えを行わない場合のオフィス収益(縦軸:収益、横軸:期)

建て替えのおこるタイミング

ここで建替えの効果を考える。
建て替えを行うことで、賃料水準は回復するが、建て替えのコストは、100かかるものとしよう。例えば、4期に建て替えが行われた場合の、現在価値オフィス収益の流れはグラフのようになる。この時期に建て替えを行うと不動産価値は、342.3となる。
これは、建て替えを行わない場合の資産価値を下回るので、わざわざ資産価値を低下させるような投資行動を居住者は選択しない。

【4期に建て替えが行われた場合のオフィス収益と現在価値オフィス収益】

建て替えを行った場合のオフィス収益(縦軸:収益、横軸:期)建て替えを行った場合のオフィス収益(縦軸:収益、横軸:期)

オフィスビル建て替え戦略の時期

このように建て替えを行うことで、建物の資産価値がどのようになるかを、全ての期について計算すると以下のグラフのようになる。この場合、6期に建て替えを行うことによって最大の資産価値357を、不動産所有者は獲得することができる。

つまり、11期になっても、相当な賃料を得ることができる想定の下においても、この不動産所有者は6期でこのオフィスビルを建て替えるという戦略をとることとなる。

 このように建物の建て替え時期は、建物の耐用年数とは違う要素で決定される可能性が大いにある。これは都市の構造変化が起きた場合により助長される。次回はこの都市の構造変化の影響を解説する。


【全ての期について計算したオフィス収益と現在価値オフィス収益】

建て替えの時期別の資産下記(縦軸:資産価値、横軸:期)建て替えの時期別の資産下記(縦軸:資産価値、横軸:期)

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