あきらめられた賃貸住宅

「寝床」としての賃貸の退去後の室内「寝床」としての賃貸の退去後の室内

語弊を恐れずにいえば、ぼくは賃貸住宅を好きじゃなかった。
自分らしく楽しい空間で豊かに暮らす。賃貸住宅だってそんな理想を抱いて選ぶ。でもそこにある現実は理想を幻想にかえてしまう。
「画鋲すら刺させないのに真っ白で味気ないビニールクロス」「フローリング調のフカフカすぎるクッションフロア」「餅や円盤のような丸くて眩しすぎるシーリングライト」「賃貸仕様でお仕着せのリフォーム」これだけの条件がそろえば賃貸への愛を薄れさせるのに十分すぎる。だから「住みたい街に住む」とか「買うよりは楽だから」みたいな理由がないと賃貸への魅力を抱けない。新生活に一定の期待と理想を抱きつつも、「賃貸だから仕方ない」と賃貸をあきらめた人たちが多い気がする。「そこに愛はあるか」なんて聞いたら失笑する人もいる。先日も友人が部屋探しで飛び込んだ不動産会社の担当者に「お仕事お忙しいでしょうから寝るだけならこれで十分じゃないですか」みたいな有り難い提案を受けたらしい。ぼくも以前に仲介実務をしていたのでその担当者に悪意はないと信じたいが、プロである一部の仲介者にとっても賃貸は暮らしの「舞台」ではなく「寝床」でしかないのである。

賃貸を舞台にする

ぼくは大家だ。住空間を提供する立場としてこのまま賃貸をあきらめたくもあきらめさせたくなかった。だから自分が生活者の視点でワクワクする空間をつくる。
相棒である夏水組代表の坂田夏水ちゃんと「底抜けに楽しくて愛おしい空間つくろうよ」と、足を踏み入れた瞬間に楽しくなるような「舞台」づくりに着手した。
たまたま隣同士に愛されてなかったボロボロのワンルームが2つ空いていたので、「これくっつけて2人暮らしの舞台をつくっちゃおうか!」と作ったのが『tout prêt(トゥプレ。フランス語で極上の既製品という意)』というお部屋。間取り、壁紙、塗料、タイル、ドアノブ、照明、時計、舞台を構成するひとつひとつのアイテムたちを妥協なく選び抜いた。もちろん限りある予算のなかでね。工事が進むにつれてぼくはこの部屋が愛してくてたまらなくなった。住まい方を想像してきちんと選び、つくる。このことが愛着をとてつもなく大きなものにする。幸運にもすぐに住みたい人が決まった。引き渡しをするときは愛娘を嫁に出すような気持ち。「どうかこの部屋を大切に愛してください」という親心と、「この部屋での暮らしを思う存分楽しんでください」というエール。

竣工まもなくのtout prêt。暮らしを彩る「舞台」に竣工まもなくのtout prêt。暮らしを彩る「舞台」に

舞台からドラマが生まれた

「何でもない毎日を色鮮やかに彩る 物語が生まれる賃貸」とは、当時掲載してくれた雑誌LiVESがこの部屋につけてくれたコピー。
あれから1年以上が立ち、この部屋で暮らすのは二代目の住人さんカップル。いつも明るくひょうきんな彼と誰からも愛される人想いの彼女。同じマンションに住む住人みんながこのカップルを好きで、ふたりが結ばれることを期待していた。なんでこんなことを書くかというとね。生まれたんですよ、物語。結ばれたんですよ、ふたりが。ぼくはもう本当に嬉しくて、嬉しくって。マンションの住人みんなで盛大にこの部屋から生まれた素敵な夫婦をお祝いしようと思ってます。毎日を楽しむ暮らしの舞台、そんな愛ある賃貸が増えることを願いながら。

物語が生まれた今のtout prêt物語が生まれた今のtout prêt

2013年 11月08日 10時03分