中古住宅の購入を検討するなかで、「不動産は値下げ交渉をして買うもの」と耳にしたことのある人は多いだろう。実際、不動産売買では、買主が希望する価格を示して購入を申し込む場面が珍しくない。業界ではこの値下げ交渉を「指値(さしね)」と呼ぶ。

では、不動産の売出価格は最初から指値を見込んで決められているのだろうか。そもそも指値は入れたほうが得なのか。

今回は、指値が入る業界の構造と売出価格との関係を読み解き、指値の良し悪しと成功の基準を、不動産営業として10年以上働いてきた筆者の経験をもとに解説する。

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なぜ不動産売買には指値が入るのか

不動産には、スーパーの商品のような定価がない。同じマンションでも階数や向き、室内の状態によって条件は異なるため、どの物件も一点ものである。つまり、売出価格は売主が仲介会社の査定を参考に決めた希望価格に過ぎないのだ。

中古住宅の売買の多くは、個人の売主と買主が価格を決める「相対取引」であり、最終的な価格は両者の合意によって決まる。ただし、売主と買主が直接やりとりするケースは少なく、間に入る不動産仲介会社が双方の希望を聞き取り、条件をすり合わせながら交渉をスムーズに進める役割を担う。売出価格はあくまでスタート地点であり、そこから交渉が始まるのは自然な流れといえるだろう。

買主が購入の意思を示す際は、購入申込書(買付証明書)を提出する。書面には希望価格のほか、手付金の額や引渡しの時期、住宅ローン利用の有無などの購入条件を記入する。ここに売出価格より低い金額を書けば、それが指値となるのだ。

購入申込書に法的な拘束力はない。それでも業界では、申込みを受け付けた順に「1番手」「2番手」と番手をつけ、優先して交渉する慣行がある。このように、不動産売買には買主が希望価格を伝える手段があらかじめ用意されているため、指値は特別な行為ではなく、通常の取引の流れの一部なのだ。

売出価格に上乗せされる交渉分の実態

指値が取引の流れの一部であるなら、売る側もあらかじめ値下げを見込んで価格を決めているのだろうか。

筆者の経験では、すべての物件ではないものの、指値を見込んで売出価格を提案するケースは少なくなかった。経験上、売主から物件を預かる側(元付)として、販売を担当する際に価格を交渉されることが多かったため、あらかじめ売主へ上乗せを打診していたのだ。

上乗せの金額は物件や売主の事情によって異なるが、私の場合は80万円を上乗せするケースが多かった。例えば3,000万円で売れると見込んだ物件なら、3,080万円で売り出し、この80万円が値引きの余地(交渉分)になる。そして実際に入ってくる指値も、この80万円を差し引いた金額がほとんどだった。

買主を案内する側(客付)としても、端数を差し引く指値は通りやすい。ただし、売り出されたばかりの物件や人気物件では、値引きはその半分程度にとどまるか、交渉自体に応じてもらえないこともあった。売主からすれば、売り出した直後や問合せが多い時期に、あえて値下げに応じる理由がないためだ。

このように、物件価格の端数には指値を見込んだ交渉分が含まれている場合がある。しかし、すべての端数が交渉分とは限らず、相場に沿って値付けされた物件もあるため、端数分は交渉の余地を探る1つの目安と考えるとよいだろう。

指値で最も影響を受けるのは誰か

指値によって受ける影響は、売主・買主・仲介会社で大きく異なる。その違いは、仲介手数料の仕組みを見ると分かりやすい。

仲介手数料は、売買が成立したときにだけ支払われる成功報酬である。上限額は売買価格によって決まり、400万円を超える物件では「売買価格×3%+6万円」に消費税を加えた金額となる。

先ほどの例で見てみると、3,080万円で売り出した物件が3,000万円で成約した場合、売主が受け取る代金は80万円減る。買主からすると、80万円安く購入できる。一方、売主が支払う仲介手数料の上限は108.24万円から105.6万円になり、仲介会社の減収は約2.6万円しかない。

つまり仲介会社にとっては、値引き幅の大小よりも取引が成立するかどうかのほうが、収入への影響がはるかに大きいのだ。指値が入った際に、仲介会社が売主と買主の歩み寄りを促す背景には、このような報酬体系の仕組みもある。

売主としては、仲介会社の提案を参考にしつつも、最も値引きの影響を受けるのは自分自身であることを理解しておこう。

買主・売主の立場で見る、指値のメリットとリスク

指値には、買主と売主の双方にメリットとリスクがある。まずは買主の立場から見てみよう。

買主にとってのメリットとリスク

買主にとって最大のメリットは、売出価格より安く購入できる可能性がある点だ。一方で、指値を入れると、物件を確実に押さえられなくなるリスクがある。前述のとおり、購入申込みは指値の有無にかかわらず、原則として受け付けた順に番手がつく。しかし、値引きの条件が付いた購入申込みは、仲介会社によっては満額の申込みよりも優先度が低く扱われる可能性がある。

筆者も客付側として、これを経験した。ある物件に100万円の指値で購入申込みを入れたところ、売主側の仲介会社から「100万円の指値は受け入れますが、契約日までに満額(指値なし)の購入申込みが入れば、そちらを優先します」と告げられたのだ。顧客にその旨を伝えると、「その物件を確実に購入したいです」という意向だったため、値引きを諦め、満額で申込みを入れ直した。無事に契約はできたものの、本来希望していた価格での購入はかなわなかったのである。

売主にとってのメリットとリスク

売主側から見た場合、指値を受け入れれば早い段階で成約しやすくなる。販売期間が長引くと新たな問合せが減り、結果的に当初の指値より低い価格まで値下げせざるを得なくなることも考えられるのだ。

しかし、指値に応じれば、その分だけ手元に残る金額が減る。売り出した直後や問合せが多い時期であれば、無理に応じず、より良い条件の買主を待つことも視野に入れるべきだ。

このように、指値は「入れれば得」「受ければ損」と単純に決まるものではない。物件の状況や売主・買主それぞれの事情によって、良し悪しは変わるのである。

指値の成否は何で決まるのか

では、指値の結果がどうなれば成功といえるのだろうか。指値はあくまで手段であり、本来の目的は納得できる条件で取引を成立させることにある。

買主にとっての成功

買主にとっての成功は、欲しい物件を相場に見合った価格で、確実に購入できたかどうかだ。1番手で金額交渉できる権利を獲得したとしても、見当外れな指値で物件を逃してしまうと意味がない。前述の顧客は値引きこそできなかったものの、気に入った物件を確実に手に入れた。その点では、取引に成功したといえる。

売主にとっての成功

売主にとっての成功は、想定した期間内に、相場の範囲で売却できたかどうかだ。指値を断って高値にこだわった結果、販売期間が長引き、さらに価格を下げるケースもある。反対に、指値を受け入れても、相場の範囲内で早く売れたのであれば、十分に目的を果たしたと考えてよいだろう。

価格交渉に振り回されないために

指値を入れたほうが得なのかは、不動産営業として10年以上売買に関わってきた立場からしても、一概に言い切れない。前述の顧客のように、値引きを諦めた判断が結果として正解になるケースもあるからだ。

不動産売買では買主であれ売主であれ、指値を入れる前(受ける前)に「自分は何を優先したいのか」を整理しておこう。価格なのか、物件を確実に手に入れたいのか、売却のタイミングなのか。その答えが明確であれば、価格交渉に振り回されず、納得のいく取引につなげられるはずだ。