幕末の防衛拠点から東京臨海副都心となったお台場

台場公園にある砲台場。黒船来航を受けて作られたもので、お台場海浜公園駅から徒歩15分ほど台場公園にある砲台場。黒船来航を受けて作られたもので、お台場海浜公園駅から徒歩15分ほど

東京都港区・品川区・江東区にまたがる広大な埋立地であり、東京臨海副都心として位置づけられている“お台場”。近代的な商業施設が立ち並び、海沿いに公園が広がる人気の観光地だが、その歴史は江戸時代末期の防衛拠点まで遡ることはご存じだろうか。意外と知られていない、お台場の歴史について紹介しよう。

1853年のペリー来航を受け、江戸幕府は品川沖に海上砲台を築いた。これが現在の“台場”の名前の由来だ。軍事拠点として始まったこの地は、戦後、防波堤や貯木場などとして活用され、1980年代のバブル期に、東京臨海副都心(レインボータウン)構想として、総事業費数兆円規模の巨大プロジェクトが始動。

しかし、1990年代のバブル崩壊により世界都市博覧会が中止されるなど、進出予定企業の撤退が相次ぐ事態になった。広大な空き地が広がるなかで、東京都が起死回生の策として打ち出したのが、10年前後の“事業用定期借地権”を活用した暫定利用の誘致だった。
1990年代後半のフジテレビの移転やパレットタウンの誕生など、民間の活力を導入するための“暫定利用”というスキームが、日本屈指の観光・デートスポットという、今日のお台場のイメージを決定づけることとなったのである。

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台場公園にある砲台場。黒船来航を受けて作られたもので、お台場海浜公園駅から徒歩15分ほど「ゆりかもめ」からお台場方面を見た様子

“閉館”は想定内だった。事業用定期借地権が生み出した街づくり

お台場を象徴する建物ひとつであるフジテレビの社屋お台場を象徴する建物ひとつであるフジテレビの社屋

ここ数年、ヴィーナスフォートやMEGA WEB(メガウェブ)、大観覧車などで構成された複合型商業施設のパレットタウンや、大江戸温泉物語といった人気施設の閉館が続き、“お台場の衰退”(前記施設の住所は江東区青海)を感じた人も多かったのではないだろうか。しかし、これらの施設は、そのほとんどが事業用定期借地権(定借)という契約形態の上に成り立っていたものだと知れば(2008年にパレットタウンの敷地は、東京都がトヨタ自動車と森ビルに売却)、その見方も変わってくる。

1990年代後半、東京都は空地を遊ばせておくリスクを避けるため、10年から20年程度の期限付きで土地の貸し出しを行った。都から土地を借り受けた民間企業が運営を担い、借地期間満了時には建物を取り壊して更地で返還するという契約だ。つまり、開業した施設がどんなに人気を博したとしても、当初から閉館が前提となっていたということである。

街が衰退したから消えるのではなく、契約満了に伴い、土地を更地にして次の大規模開発へ繋げていくことについて、「人気があるのに閉館はもったいない」という声があることも事実だろう。しかし、この潔いリセットこそが、常に街がアップデートし続けていくための、ひとつの方法とも言えるのではないだろうか。

観光の島から居住の街へ。職住近接を支えるタワーマンションの台頭

奥に見える高層マンションが、お台場海浜公園駅近くに建つ「ザ・タワーズ台場」奥に見える高層マンションが、お台場海浜公園駅近くに建つ「ザ・タワーズ台場」

“遊びに行く場所”というイメージが強いお台場は今、“住まう場所”へとその性格を強めている。1996年(平成8年)の“シーリアお台場”などの公団住宅(現UR)の入居開始に始まり、2006年(平成18年)には“ザ・タワーズ台場”という象徴的な分譲タワーマンションが誕生した。居住人口の増加に伴い、オーケーやマルエツ、まいばすけっとなどのスーパーのほかに、各種クリニック、学校などのインフラも整備が進められている。

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お台場のマンションは、都心へのアクセスの良さに加え、お台場海浜公園等の広々とした公園や海、空といった開放感を享受できる“唯一無二の住環境”として、ファミリー層や富裕層から根強い支持を得た居住エリアとして確立されている。ただ、夜間人口は、都心部はもちろん近隣の有明や豊洲などと比べると限定的で、さらなる生活利便性の向上も必要だと感じられる。とはいえ、住宅供給がある程度の規模で行われたことで、“遊びに行く街”から“暮らす街”への変化が確実に起こっているように見える。

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奥に見える高層マンションが、お台場海浜公園駅近くに建つ「ザ・タワーズ台場」海や空、広々とした公園を身近に感じられるのもお台場の魅力。奥に見える高層マンションが「シーリアお台場」

2040年代の開業を目指す地下鉄新線が、街のブランドを高める可能性

都心部と臨海部を結ぶ地下鉄の計画案(出典:讀賣新聞オンライン)都心部と臨海部を結ぶ地下鉄の計画案(出典:讀賣新聞オンライン)

暫定利用が終了した広大な跡地では、すでに次なる開発が進行している。その象徴と言えるのが、2025年(令和7年)10月に開業したTOYOTA ARENA TOKYO。Bリーグのアルバルク東京のホームアリーナであるほか、様々なスポーツやエンターテインメントイベントに対応した、国内最大規模の多目的アリーナだ。

さらに、お台場周辺の魅力を後押ししそうなのが、2022年(令和4年)に東京都が事業計画案を公表した“都心部・臨海地域地下鉄”構想である。ゆりかもめやりんかい線は便利ではあるものの、東京駅や銀座駅といった都心の中心部への行き来には少々不便で、心理的な距離感を生んでいた。

この構想は、東京駅から銀座、築地を経由し、晴海、豊洲、そして有明・台場エリアを結ぶ新線を建設するもので、全7駅を新設予定だ。事業計画案では、羽田空港アクセス線臨海部ルートや、つくばエクスプレスとの接続も将来的に検討するとされており、2030年頃着工、2040年代前半の開業を目指している。

この新線が実現すれば、お台場の利便性は飛躍的に向上する。都心部までのアクセスが良くなることでオフィス需要や住宅需要を一段階押し上げ、街のブランドを大いに高める可能性を秘めていると考えられる。

都心部と臨海部を結ぶ地下鉄の計画案(出典:讀賣新聞オンライン)パレットタウンの跡地は「TOYOTA ARENA TOKYO」などの施設に

東京ベイeSGプロジェクト。お台場は、世界が注目する“最先端技術の実装フィールド”へ

お台場を含む臨海部は、東京都が推進する“東京ベイeSG(イーエスジー)プロジェクト※”の主舞台となっている。これは、50年後、100年後の未来を見据えた、“自然”と“便利”が融合する持続可能な都市を創り上げることを目的として構想されたものだ。
プロジェクトに向け、“ゼロエミッションの実現、水と緑あふれる都市づくり”“最先端のデジタルテクノロジーの実装”“グリーンファイナンスを活用したプロジェクトの展開”“サステナブルな都市・交通ネットワークの実現”の4つの戦略が掲げられている。

具体的には、空港ターミナル間バスでのレベル4自動運転の実現、空飛ぶクルマの実機飛行につなげる社会実装、洋上浮体式太陽光発電の技術実証、海岸漂着ごみを回収・運搬する自律型ロボットの活用、複合発酵技術を活用した循環型トイレの都市での実装など、様々な先行プロジェクトが実施されている。

お台場に広がる海上公園や広大な空き地は、こうした“実験”を行うための貴重なスペースとなっており、このような“スマートシティ”への進化は、不動産価値の定義を塗り替える可能性がある。スマートシティの実現に不可欠な、都市のインフラを支えるソフトウェア“都市OS”を実装しようとする取り組みの結果、お台場は、日本で最も早く最先端の未来を体験できる場所になるかもしれない。

※ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの要素の頭文字を組み合わせた言葉

フジテレビ25階の球体展望室からテレコムセンター方面を見た様子。</br>今後、駐車場などとなっている広大な空き地が有効活用されるのか、それとも…フジテレビ25階の球体展望室からテレコムセンター方面を見た様子。
今後、駐車場などとなっている広大な空き地が有効活用されるのか、それとも…

お台場は“終わった街”ではなく“進化を続ける街”

幕末の砲台から、一大観光地、そして世界をリードするスマートシティを目指す取り組み。このような変遷は、海を含めたお台場の広大なスペースが“その時代の東京が最も必要とする役割を果たす”という場所であったように感じるのだ。現在の更地が目立つ光景も、決して街の衰退ではなく、さらなる進化への過程であるように思える。

日本中の多くの街が老朽化や硬直化に悩むなか、お台場のように“予定通りに閉じる”という潔い新陳代謝ができる街は、極めて稀有な存在だろう。今後お台場がどのような進化を遂げるのか、10年後、20年後を楽しみに待ちたいと思う。